497 彼女が来た
『じゃあ、今日はカレーにフィッシュフライをトッピングしとくか』
「ん! 魚も美味しい」
「オン!」
「この体で何が一番つらいって、食事ができないことだな」
美味そうにカレーを頬張るフランたちを見つめながら、フェンリルが溜息を吐く。まあ、その気持ちは分からなくもない。フランたちは本当に美味しそうにゴハンを食べるからな。
剣の体になったことで食欲がなくなった俺でさえ、ちょっと羨ましくなるのだ。幻影であるフェンリルも食欲を刺激されているのだろう。
「……う?」
「オン」
魔境であるとは想像もできない豪華な食事を終え、お茶を飲んでいたフランたちが動きを止めた。そして、平原の北を睨む。
『近づいてきているな』
「しかも一直線にな」
何か大きな魔力を持った存在が、こちらに向かってきているのだ。
最初は強めの魔獣が暴れているのだと思ったが、エリアなど無視して真っすぐ南下してくる。どうも、単なる魔獣などではなさそうだった。
『フラン、気を付けろ!』
「ん!」
「ガル!」
いつでも対応できるように、フランとウルシが立ち上がる。俺も、最悪は解析を中断する必要があるだろう。それによって何が起きるかは分からんが、フランが最優先だ。
「ん?」
「オン?」
だが、俺たちはすぐにその緊張を解いていた。別に相手がいなくなったとかそういったことではない。単に気配の主が知り合いだと分かったのだ。
距離が近づいたことで、気配の主が誰なのかはっきりと分かっていた。
「アマンダ?」
そう、凄まじい速度でこちらに向かってきていたのは、ランクA冒険者のアマンダであった。全力で駆けているようだな。この分なら、数分でここに到着するだろう。
そのまま5分ほど待っていると案の定、平原を走るアマンダの姿が見えてくる。
こちらが視認したのと同時に、向こうもこちらを見つけたのだろう。
「フーラーンーちゃーん!」
メッチャ手を振っているな。フランの姿を発見したアマンダがさらに速度を上げた。
アマンダとフランの直線上にいたゴブリンが風魔術で粉々にされたな。それを見たフランが何故か悲痛な声を上げた。
「ああっ! 鼻曲りー!」
「オーン!」
ああ、あのゴブリンがフランとウルシの永遠のライバル、鼻曲りか。なんでも、ゴブリンとは思えない嗅覚で、フランたちのストーキングを悉く見破ってくるらしい。さらに隠密の精度を上げ、遠距離から監視すると意気込んでいたはずだ。
「ううー、鼻曲り……」
「え? え?」
「アマンダのバカ」
「え? なんで……?」
アマンダが狼狽している。久しぶりに再会して、感動的なアレコレを想像していたのだろう。だが、いきなりフランが手足をガクリとつき、何やら叫び始めたのだ。しかも、挙句の果てに怒られた。
「ご、ごめんなさい?」
なんで怒られているのか分からないなりに、頭を下げるアマンダ。
フランもそれを見て、仕方ないと受け入れたらしい。まあ、相手は所詮ゴブリンだしな。
「許して?」
「……もう、いい」
「ありがとうフランちゃん!」
「むぐ」
感激した様子のアマンダが、フランに飛びついて抱きしめた。胸の谷間に埋もれる形で、フランが変な声を出す。その後は頬ずり&ほっぺにチュー攻撃である。
前に別れてから、久しぶりの再会だ。多少熱烈になってしまうのは仕方ないだろう。アマンダが男だったら、解析とか無視して最高威力の攻撃を叩き込むところだがな。
「フランちゃん! お姉さんが来たからには、もう大丈夫だからね!」
次に、キリッとした顔でアマンダが宣言する。だが、フランには何のことか分からない。
「どういうこと?」
「だって、フランちゃんが魔狼の平原に向かって戻らないっていうから~。何か問題があったんじゃないの?」
「ない」
どうも、フランが行方不明扱いになっていたようだ。
「でも、修業してくるって言って出てきた」
「まさか、ずーっと籠ってるって思わないわよ」
町に近い魔境で冒険者が修業をする場合、数日で町に戻るのが普通であるそうだ。得た素材も無駄にしたら勿体ないし、食料などの問題もあるからだ。
ただし、それらは次元収納を持つフランにとっては問題にならない。まあ、ダンジョンアタックと同じだろう。普通の冒険者が長期間、ダンジョンや魔境に滞在し続けるのは難しいが、フランなら可能になるのだ。
「アレッサのギルドでも、フランちゃんが帰ってこないってネルが心配してたから、私が確かめに来たのよ」
「ネルは、次元収納知ってる」
「フランちゃんは、もう少し自分の凄さを自覚しなさい」
時空魔術に次元収納の術は存在するが、普通は俺たちほど便利ではない。そもそも俺だってストレージという術は使えるが、ほとんど使用したことは無かった。
だって、次元収納の方が高性能なのだ。即座に発動でき、入り口が大きく、容量が圧倒的に多い。しかも中で時間が進まない。まあ、それだけに特化した専用のスキルだし、当然だが。
ストレージを基準に考えた場合、俺たちほど大きいものを収容することも、量をたくさん収容することもできないのだ。しかも余程の使い手でなければ、時間も経過する。
「それにここはA級魔境よ? いくらフランちゃんが強くても、1ヶ月も戻らなければ心配するわよ。まあ、ギルマスは笑ってたけど」
アマンダも、何かあったのではないかと考え、慌てて魔狼の平原にやってきたらしい。
「それに、師匠もいないし、きっと不測の事態があったんだと思ったのよ。師匠、どうしちゃったの? その、全然魔力が……」
アマンダが痛まし気に俺を見ている。実は祭壇に差し込まれている間、俺の存在は他者からほとんど感知されないようになるらしい。それ故、アマンダからは力を失ってしまった魔剣に見えるのだろう。
聞きづらいことを聞くような顔で、フランに尋ねている。いや、俺とフランの関係を知っていれば、聞きづらいのは確かだろう。相棒が何故死んだのか聞いているようなものだからな。
ただ、アマンダにはどこまで説明してもよいのか、すでにフェンリルと相談済みである。
『心配してくれてありがとうって言えばいいか? それとも勝手に壊すな、かな?』
「え? 師匠、大丈夫なの? 私てっきり……」
『この台座は俺を作った神級鍛冶師に由来しているんだが、ここに刺さっている間は俺の力が外に漏れないようになるらしいんだよ』
「へー、それは凄いわね。でも、神級鍛冶師? 師匠って、もしかして神剣なの?」
『はっはっは、違う違う。神級鍛冶師に作られた剣っていうだけだよ』
嘘ではない。今の俺は神剣ではないのだ。
「ここで師匠の修復をしている」
『この台座には、色々と機能があるらしくてな』
「修復って、何かあったの?」
さすがにフェンリルや神について、話すわけにはいかないというのがフェンリルの見解だった。そこで、神級鍛冶師であるエルメラを前面に押し出し、俺のメンテナンス中であると説明することにしたのだった。