その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は木村琢磨さんの『 社内政治の科学 経営学の研究成果 』です。

【はじめに】

 本書のタイトルを見て、社内政治の「科学?」と首をかしげた方もいるかもしれません。私も実務家の方々に研究テーマを聞かれて「社内政治」と答えると、「そんなことも研究している人がいるんですか?」と驚かれることが多々あります。

 実は、社内政治の研究は世界的には主要な研究テーマの一つであり、決して珍しいものではありません。私の専門は経営学の中の組織行動(Organizational Behavior)という、主に人材マネジメントを扱う分野です。具体的には、モチベーション、リーダーシップ、組織変革などが組織行動の研究領域となります。世界の経営学界で組織行動は、戦略やファイナンス、マーケティングと並ぶ主要な分野であり、多くのビジネススクールでは必修科目とされています。

 世界で広く読まれている組織行動の教科書には、多くの場合「権力と政治」という章が含まれています(例:Buchanan & Huczynski, 2023; Luthans et al., 2021; Robbins & Judge, 2023)。これらの教科書は、一流学術誌に掲載された研究成果をもとに執筆されていて、「権力と政治」の章も豊富な先行研究に基づいて書かれています。今日も世界中で多くの人が、ビジネススクールなどで社内政治を専門領域の一つとして学んでいます。

 社内政治は民間企業だけの話ではありません。官公庁、NPOなど、あらゆる組織において「組織内政治」が広く見られます。大学にも「学内政治」が見られます。私も企業と大学の両方で、多くの社内政治を経験してきました。ただし本書は、私の経験談ではなく、社内政治の学術研究をもとにした議論を中心に解説します。

  社内政治には、世界中でさまざまな理論が展開され、膨大な理論研究・実証研究が積み重ねられてきました。本書では、その中でも特に、社内政治の理解を大きく前進させてきた質の高い研究に焦点を当てます。そして、社会科学の知見に裏づけられた社内政治の全体像を丁寧に解説していきます。

「社内政治」という言葉から、あなたは何を思い浮かべますか?

 会社で数年働いていれば、一度は社内政治を目の当たりにしたことがあると思います。「政治ならお手の物」という「社内政治家」の方々も、もしかしたら本書を手にとっているかもしれません。しかし多くの人が思い浮かべる社内政治は、根回し、派閥、権力争い、えこひいきなど、ネガティブなものが多いのではないでしょうか?

 実は、社内政治は会社というシステムの欠陥ではなく、その構造に本質的に組み込まれている現象なのです。

 会社は、さまざまな利害や目標を持つ人たちの集まりです。そして、ほとんどの会社は限られたリソースをやりくりしてビジネスを展開しています。そのため会社では、お互いが利害を調整しながら、目標に向かって進む必要があります。このプロセスで、社内政治は欠かせないものになります。会社が多くの人間で成り立つものである以上、政治の存在は避けられないのです。

 「社内政治なんてなくなればいいのに」「私はそんなものには関わりたくない」と思っている方もいるかもしれません。しかし、たとえあなたが無視しても、社内政治そのものは続きます。社内政治から目を背け続けていると、結果的にあなたが無力で無防備な立場に置かれることになるのです。

 とはいえ、本書は皆さんに「狡猾な社内政治家」になることを勧めたり、指南したりするものではありません。本書は、利害の異なる人々を束ね、会社の目標を実現するために影響力を発揮したいと思っているすべてのビジネスパーソンに向けた一冊です。もともと政治的な存在である会社という組織の中で、自分はどのように影響力を発揮できるのか。それを考えることが大切です。

各章の内容と構成

 本書は、学術研究に基づいて社内政治の理解を深めつつ、それを現場でどのように実践に活かすかを考える構成となっています。理論だけで終わるのではなく、現場での悩みや疑問にも応えられるよう工夫しました。以下に、各章の内容を簡単にご紹介します。

 第1章「あなたの周りの社内政治」では、日常業務の中で誰もが感じる社内政治の具体例を取り上げます。なぜ理にかなった企画が通らないのか、なぜ「あの人」が出世するのか―そうした疑問の背景にある政治的な力学を解明し、日本企業に特有の構造や文化との関係を考察します。

 第2章「日本だけではない社内政治」では、グローバルな職場での社内政治を取り上げます。ネマワシやタテマエといった日本独特の政治行動が海外ではどう見られているのか、また、日本人が海外で陥りやすい「社内政治の落とし穴」についても論じます。

 第3章「そもそも社内政治とは?」では、社内政治の定義や研究史を紹介し、社内政治がどのような視点で研究されてきたかを解説します。ここでは、「社内政治とは何か?」という根本的な問いに対して、学術的な視点からの答えを提示します。

 第4章「リーダーシップとしての社内政治」では、なぜ政治的な力量がリーダーに求められるのかを解説します。変革や動機づけなど、リーダーシップの中核には社内政治が深く関わっています。この章では、リーダーがどのようにして組織を動かすための影響力を築き、行使するのかについても、リーダーシップ研究の知見をもとに考察します。

 第5章「ビジネスパーソンに必要な政治力」では、個人の実践力に焦点を当てます。政治知識、政治スキル、政治準備性、政治的パワーという4つの視点から、読者が自分の政治力を自己診断し、向上させるための具体的な視点を提供します。

 最終章となる第6章「社内政治を分析する」では、より客観的に社内政治をとらえるための手法を紹介します。意思決定の流れやネットワーク構造、組織風土の診断といった分析的アプローチを通じて、社内政治の現状を分析するための方法です。そのうえで、分析結果を組織のマネジメントや政治力のあるリーダー育成のために活用する方法を考察します。


 本書が、社内政治を敬遠するのではなく、そのさまざまな側面を理解し、状況に応じて適切に扱うための視点や手がかりを提供できれば幸いです。そして、政治的な力を戦略的かつ倫理的に活用することが、健全で活力ある組織づくりにつながることを実感していただければ、著者として望外の喜びです。


【目次】

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