「まさか貴方もシンオウ神話を!? その若さで素晴らしいわ。私もシンオウ神話を追っているのだけど、この著者の本は特に考察しがいがあって──」
やばいやばいやばい。何がやばいって圧がやばい。一方的にめちゃくちゃシンオウ神話について語られている。
「ちょ、ちょちょちょちょ……! 落ち着いてください! それに俺、ミオ図書館で偶然その本を読んだってだけで、シンオウ神話にはそんなに詳しくないんですよ!」
「あ、あら、そうなの……?」
急に現実に引き戻されたのか、シロナさんは少し顔を染めて恥ずかしそうに俯いた。
「ご、ごめんなさい。シンオウ神話のことになるとつい、ブレーキが外れちゃって……」
「い、いえ……」
「ヒカリちゃんにもよく注意されるの。直さなきゃとは思ってるんだけど……」
「そ、そうなんですね……」
でもまあ気持ちはわかる。俺だって好きな事を話すときは早口になりがちだったし。でも戦法について早口で語ってたらラズに『キモ』って言われて直した。振られちゃったけどね!
「で、でもスケールのでかい話ですよね。アルセウスは言わずもがな、ディアルガやパルキアも負けず劣らずで……」
「そうね。あの2匹は
「……ん?」
なんか今違和感があったような? まるで実物を見たことがあるとでも言いたげな──。
……や、やめとこう。なんか踏み込んじゃいけない気がする。
「……ねえシバリ君。アルセウスって存在すると思う?」
「へ?」
アルセウス……? なんでいきなりそんな……?
「シンオウ神話はアルセウスから始まっているの。でも、そのアルセウスについては影も形も掴めない。ただでさえ時間と空間を操る伝説ポケモンが居るのに、更にその上のポケモンが居るわけがないって言う人も少なくないわ」
「まあ、そう思う人も居るんでしょうね……」
何度も言うけどスケールがデカすぎるもんな。あの本にあったアルセウスについて書かれた部分を全て理解できたわけではないが、それでも神に等しい力を持っているということは俺でも理解できた。
「でもアルセウスが存在しないと認めることは、アルセウスを基に語られるシンオウ神話の否定。だから私は、アルセウスの存在を立証したい」
「シロナさん……」
「……こんな話をしたあとに聞くのもズルいわよね。『居ると思う』……としか言えないもの。忘れて頂戴」
「……」
シロナさんは再び部屋を出ていこうとする。確かに俺はあの2択には答えられない。でも──。
「……シロナさん、さっきの質問ですけど」
「ごめんなさい、気を遣わせて。無理して答えなくても良いのよ?」
「いえ、その、居るか居ないかって言うのは俺には何とも言えないんですが……」
でも、そんな存在が居るとするならば。そう考えるだけで、俺の中でどこかワクワクとした気持ちが湧いてくる。
「居たら面白いなって思います。だって神ですよ神! そんなのロマンの塊じゃないですか!」
「──」
俺の言葉に、シロナさんは驚いたように目を見開いた。
あ、あれ……? 冷静に考えたら全然答えになってないし、ただ子供っぽい発言しただけなのでは……?
や、やばい……。何か少し恥ずかしくなってきた……!
「す、すみません。やっぱり忘れて──」
「──ふふっ、あはははははははははっ!」
あ"ーーーーーーッ!? ドチャクソ笑われてる! やっぱり変な回答してたのか俺!?
俺が自分のやらかしに頭を抱えていると、シロナさんは目の端の涙を拭いながら話し始めた。
「ふふっ……そうよね。
「へ……?」
「ありがとうシバリ君。なんだか初心を思い出せたわ」
「え? あ……ど、どういたし、まして……?」
なんかシロナさんのお眼鏡に叶う回答だったっぽい……? よ、良かった……恥をかいて引きこもるシバリ君は居なかったんだな……。
「……ね、もうひとつ聞いても良い?」
「なんでしょう?」
「実はね、アルセウスが近代に人の生活に手を出したとされる文献があるの」
「近代って……そんな最近なんですか?」
「へ? ああ、近代って言っても100〜200年は前の話よ。近代って言うのは現代に近いって意味であって、私たちの言う最近って意味ではないの」
「な、なるほど……」
なんかややこしい言葉だな……。こういうのもちゃんと本読んでたら理解できてたのかな。
「昔、シンオウ地方が"ヒスイ地方"と呼ばれている時代があったんだけど、その頃は『まだ人とポケモンが共に暮らす方法を知らなかった時代』とも呼ばれていて、ポケモンは人々に恐れられていたらしいわ。ちなみにこれは歴史の本に載ってる内容よ」
「へぇ……」
ポケモンが恐ろしい? うーん、今となっては考えられないな。そういう時代もあったのか。
「でも今は違うってことは、何かあったんですよね?」
「ええ。一人の少年がたくさんのポケモンと仲良くなって、ポケモン図鑑の作成を手伝ったらしいの。あ、ここで言う少年っていうのは若い人のことであって、男性と断定する言葉ではないわ」
「おふ」
何も言わずともシロナさんが補足してくれるようになった。学のない人間でごめんなさい……。
「それによってポケモンの生態が人々に知れ渡ったことで、ポケモンへの恐ろしさも徐々に薄れていったとのことよ。"知らないものは怖い"……よく言うでしょ?」
「なるほど」
つまりその少年がめちゃくちゃ頑張ってくれたおかげで、今の俺たちとポケモンの関係が築かれていると。めちゃくちゃ凄い人じゃん。
「で、問題はここから。この少年、出自が不明なのよ」
「へ?」
「そもそも性別も不明。最近だと女性という説が有力だけど、とにかく、この少年についての詳細は未だに明らかになっていないわ」
「それは……謎ですね」
「でしょ? しかもこの少年は、ポケモン図鑑の作成だけではなくて、異なる里同士のいざこざとか、色々な問題を解決していったらしいわ。どこからともなく現れた少年にこんなことが出来るなんて、普通じゃ考えられない」
『だからこそ』と、シロナさんは続ける。
「その少年を"神の使い"と提言する人が居るわ。そして実際、その少年がアルセウスと繋がりがあったと推察出来る文献も発見されている」
「神の、使い……」
実際やってることを考えればとんでもない。確かに普通の少年がやったと言われるよりも、まだ"神の使い"がやったと言われる方が納得出来るかもしれない。
「……さて、ここからが質問よ。歴史的な観点からしてその少年が実在したことは確実。でも、本人の出自はわからない。そして、アルセウスとの繋がりがあるともされる文献が発見されている。……ねえシバリ君、この少年は一体何者だと思う?」
「何者か、ですか……」
う〜ん、難しい質問だなぁ。時代を動かす人間が生まれるというのはいつの時代にもあるだろうし、特別な存在とかそういうんじゃなくて普通の少年だったという可能性が一番高いんじゃないか? いや、それだと出自が不明というのがわからないか。
実績についてはまあ、例えばラズみたいな人ならパッションでどうにか出来そうだけど──。
「ん?」
「……何か思いついた顔ね」
「あ、いや……。子供みたいな考えですよ?」
「いいじゃない。子供なんだから」
「……いや、子供というか幼稚というか……」
「いいわ。私は貴方の考えが聞きたいの」
「あ〜…そ、それなら……」
ミオ図書館で本を読んでディアルガとパルキアを知ったときに、思ったことがある。
例えばパルキアがいれば、ここからすぐに地元までひとっ飛び出来るんだろうか、とか。
例えばディアルガがいれば、未来や過去に行くことが出来るんだろうか、とか。
少年とアルセウスに繋がりがあり、そしてディアルガとパルキアをアルセウスが作ったと言うのなら──。
「……例えば、アルセウスが未来から適性のある少年を過去に送った……とか、どうです?」
「え……?」
「ほら、今の時代の人間ならポケモンのこと怖くないですし、里同士のいざこざも中立的な人間として見れるじゃないですか。……なんて、荒唐無稽ですかね……?」
恐る恐るシロナさんに問いかけるが、シロナさんは黙って俯いてしまった。今度こそ終わったか……?
「確かに現代から人間が送られたのだとしたらポケモンへの恐怖心はないでしょうし、図鑑の作成の手伝いは出来る。里の話もシバリ君が話した通り中立的な視線で俯瞰できるし、何よりトレーナーとしても超一流だったという文献も、才能ある少年を送ったのだと考えれば納得できるわ。それに──」
あれ? 自分の世界に入ってないかコレ?
なんかめちゃくちゃブツブツ言ってるような──。
「──シバリ君」
「はいっ!?」
いきなりガッシリと両肩を掴まれた。痛い痛い、力強いですシロナさん。
「……考古学者とか、興味ない?」
「痛い痛い! シロナさん痛──はへ?」
「貴方の柔軟な発想力、とても貴重だわ! なんなら私の下で働かない? いえ、私の下で働くべきだわ!」
「ス、ステイ! シロナさん! ステイ!!」
「そもそも界隈には若者が入ってこないのよ! 人が入ってこない界隈は衰退していくだけ。貴方が新しい風になるのよシバリ君!」
「ちょまっ、ほんとに待ってくださいシロナさん!」
「いいえ待たないわ! こんな機会、そう何度も訪れるものじゃ──」
「──シロナさん?」
底冷えするような低い声が、シロナさんの真後ろで発せられた。
「……あ」
サーッと顔が青くなったシロナさんがゆっくりと振り向くと、そこには笑顔のヒカリが立っていた。
笑顔のはずなのにめちゃくちゃ怖いのは何故だろう。なんだか俺まで震えてきた。
「ヒ、ヒカリちゃん……? いつからそこに……?」
「シロナさんがシバリさんの肩を掴んだあたりからです。部屋に入る前に声もかけましたけど、聞こえませんでした?」
「あ、あらそう……。ご、ごめんなさい。気づかなかったわ……」
「前にも言いましたよね? 神話のことになると周りが見えなくなる癖、直しましょうって」
「ち、違うのよヒカリちゃん……? 私はただ、シバリ君とお話ししてただけで──」
「へぇ……肩を掴んで顔をあんなに近づけるのがシロナさんの話し方なんですね、なら……」
ヒカリはガッ!っとシロナさんの両肩を掴んで、顔を近づけた。
「私ともお話、しましょっか」
「ヒェ……」
シロナさんが息してない。終わった。俺も今日ここで死ぬのかな。
なんて震えていると、ヒカリはこちらに振り向いて満面の笑みを見せた。
「てことで、私とシロナさんは部屋に戻るね! おやすみなさい!」
「あ、はい……」
なんとか俺は助かったようだが、ズルズルと引き摺られていくシロナさんを見て、俺は合掌せざるを得ないのだった。
・ヒカリ
ブチギレててもシバリへの笑顔は忘れない主人公の鑑
・シロナ
神話談議で熱入りすぎて有罪。ヒカリサイバンチョに処された。
・シバリ
ヒカリさんの笑顔怖いっす……