1話
あれから1週間と少し経って、俺はシンオウ地方のミオシティに到着していた。
ミオシティは静かな港町と聞いていたんだけど……。
「……なんか人多くね?」
やけに人が多い気がする。俺がド田舎に居たから人が多く感じるのかもしれないけど、多分そんなんじゃないぞコレ。
街の出口は橋を渡った東側らしいので、さっさと橋渡って街出たいところなのだが……。
「いつまで上がってんだよあの橋……」
ここ数十分ずーーーーーっと橋が上がりっぱなしで、反対側に渡ることが出来ない。ひっきりなしに船が出入りしてるから、下げようにも下げられないんだろうけども。
……ま、急ぐ旅でもないし、一息つけそうなところがあればそこで時間を潰すのもありっちゃありなんだが、どうせなら現地の人にシンオウ地方の観光名所とか聞いてみても良いかもな。
お、ベンチ座ってゆっくりしてるおじさんが居るな。ここに住んでる人っぽいし、あの人に聞いてみよう。
「すみません。ちょっと良いですか?」
「なんですかな?」
「実はさっきこの地方に来たばかりの旅の者なんですが、シンオウ地方のおすすめスポットとかあったりしますかね?」
「おお、旅の方でしたか。それでしたら"しんげつじま"などいかがでしょう? この島からは近いこともあって、私が船を出せばすぐ着きますぞ?」
「しんげつじま……ですか?」
「ええ。そこにはダークライと呼ばれる珍しいポケモンが居ましてな」
「ダークライ……?」
聞いたことない名前だな。今まで読んだ教本にはそんな名前のポケモンは載っていなかったし、どんなポケモンなんだろうか。
ちょっと見てみたいかも──。
「ちなみにダークライに見初められた人間は悪夢を見続けて衰弱死すると言われておりますが、旅の方はそんなこと気にしますまい」
「ちょっと待て今何つった?」
「はて?」
『はて?』じゃねぇよ。衰弱死するとか聞こえたんだけど。
「……お気に召しませんでしたかな?」
「お気に召すどころか天に召そうとしてきましたよね?」
「別に上手くないですぞ」
「やかましいわ」
自分でも言った後にちょっとやらかしたと思ったんだからやめてくれ。
「……と、冗談はこれくらいにして、次が本命でしてな」
「本命」
「ええ。ミオシティから出て道なりに進むと、コトブキシティというところに着きましてな。そしてコトブキシティから見て北に進んでいただくとソノオタウンという街に着く」
「ほう」
「そのソノオタウンも綺麗な街なのじゃが、その街から見て更に北に進んでいただくとハクタイの森というところに着きましてな。その森の中にはシンオウ地方でも顧客満足度No.1と名高い宿泊施設である"もりのようかん"が──」
「……あの」
「なんですじゃ?」
「そこが心霊スポットってことくらいは流石に知ってますけど」
「……チッ」
今舌打ちしたよね?
「あの……おじさん?」
「あのな、少年よ……」
おじさんは空を見上げると、遠い目をしながら口を開いた。
「老い先短くなってきたからかのう。少年のように未来ある若い者を見ると、妬みで捻り潰したくなるんじゃ」
「とんでもないこと言い始めましたね」
「ほら、はよう選べ少年。"しんげつじま"か"もりのようかん"か」
「どっちも行きませんけど」
「老い先短い老人を助けようとは思わんのか!? 最近の若いのはこれだから……!」
「助けられる側に問題しかないケースだろこれは」
『キィィィィィ! 』と1人で金切り声を出し始めたおじさんを見て、俺はこっそりとその場を離れた。
えぇ……怖。シンオウ地方で話しかけた1人目がこれなのちょっとショックなんだけど。
なんなら最初にダークライについて説明してきたのって、次に説明してきた"もりのようかん"を信じ込ませるための仕込みだよな……? 冗談で場を和ませて2つ目に良いところを教えてくれたって思わせるための……。 ……知っててよかったもりのようかん。
うーん……なんか他の人に話しかけて観光名所を聞くのもちょっと怖くなっちゃったし、ここはやっぱり喫茶店とかで時間でも潰して──。
「……ん? ミオ図書館?」
少し先の方に、そんな名前の建物が見えた。
図書館か。あそこなら人と話すわけでもないし、時間潰すのにもちょうど良さそうだ。色々と読ませてもらおうかな。
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「……なるほど、ね」
3〜4時間は経っただろうか。本を読むのに集中していたからか、割と時間が経過してしまっていた。
「アルセウスに、時を操るディアルガ、空間を操るパルキア。んで、アグノム、ユクシー、エムリット、ね……。スケールがデカすぎる話だったなぁ」
シンオウ神話なるものを考察している分厚い本を読んでみたのだが、これまたスケールの大きい話だった。
ちなみに内容について理解できたのは2~3割くらいだ。二度と『なるほどね』とか言うなよ。
なんか書いてあることが難しいってのもあるけど、それを抜きにしてもやけに遠回しな書き方というか、まわりくどいというか、癖のある文章で、とにかく難解な文章だった。
……もっとこういう本を読んでいたら、より内容について理解できていたんだろうか。そう思うとやはり少し勿体なさを感じてしまうな。
さて、流石に橋も下がってるだろうし、出ていくとするかな。
「ご利用ありがとうございます。お帰りですか?」
「へ?」
本を戻したので入口に向かおうとしたところ、突然職員の人が話しかけてきた。
まさか話しかけられるとは思っていなかったこともあって驚いて変な声で返事してしまい、それを見て職員さんが頭を下げてきた。
「も、申し訳ございません。お若いのにとても集中して本を読んでいらしたので、つい目に入ってしまいまして……。不躾ではございますが、今後も当ミオ図書館をよろしくお願いいたします……」
あっ、そういう……。びっくりした。何かと思ったわ。
「い、いえいえ。こちらこそありがとうございます。有意義な時間が過ごせましたし……。……あ、えと、ついでにひとつお聞きしても良いですか?」
「は、はい。私にお答えできることでしたらなんなりと」
「ありがとうございます。この街ってその、普段から今日と同じくらい人が多いんですか?」
「いえ。今日は特別大勢の方がいらっしゃってますね。隣のコトブキでイベントがあるので、それを目的にしているのかと思われます」
「イベント……ですか?」
「はい。なんでも新旧チャンピオンの二人組がコトブキにいらっしゃるそうで、私も今日が仕事でなかったら見に行っていたのですが、生憎と同じ考えの者が多くおりまして……」
「な、なるほど……」
「もうイベントは終わった頃でしょうか……。はぁ、一目で良いから見たかったなぁ……」
残念そうに語る職員さんが、なんとも気の毒に見えた。
しかし、チャンピオンか。そりゃこんだけの人だかりになるわな。
振られる前の俺なら是が非でも見に行っていただろうし、あわよくばポケモンバトルについて話を聞こうとしたかもしれない。
でも今となってはそこまでの情熱はないしな。旅に出る前に教本とかも全部処分したし。その結果俺の部屋めちゃくちゃ綺麗になって最近流行りのミニマリストみたいになってたけど、まあどうでもいいか。
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「はぁ〜……疲れたぁ……」
「お疲れ様、ヒカリちゃん」
「シロナさんもお疲れ様です……」
コトブキシティからミオシティ方面へ、2人の女性が歩いていた。
片や新チャンピオン、片や旧チャンピオンというトンデモ肩書な彼女達は、現在新旧チャンピオンとしてメディアに引っ張りだこであり、先程もコトブキシティで行われていたイベントにゲストとして参加していた。
「チャンピオンってもっとこう……こんな感じじゃないと思ってました……」
「わかるわよヒカリちゃん。私も通った道だもの」
ヒカリが期待していたのは、まだ見ぬ強敵との熱いバトルを繰り広げ、ポケモンバトル界を盛り上げていくことだった。
現にチャンピオンだった頃のシロナを観ていたときの自分は盛り上がっていたし、無敵のシロナを見てポケモンチャンピオンへの道を歩き始めたと言っても過言ではないのだが──。
「ポケモンバトルに関係ないイベント多すぎないですか!? 今日だって2人でファンサして写真撮られただけですよぉ!?」
「そうね」
「一昨日の知らない人とのエキシビションマッチだって6タテでしたし! 見てる人達は『無敵のチャンピオンだ!!』って盛り上がってくれてますけど、私からすれば全然物足りないですよ!」
「そうね」
「シロナさん、ちゃんと聞いてます?」
「その……わかりすぎて『そうね』としか言えないのよ……」
「あっ……」
ハイライトの無いシロナの目を見て、ヒカリは悟った。きっとこれが未来の自分の姿なのだろうと。
「せめて強い人と戦えたらなぁ〜……。手に汗握るバトルなんて、最後にしたのいつだろう……」
「……」
そう呟くヒカリを、シロナはどこか懐かしむような目で見つめた。
(懐かしいわね……。私もそんなふうに考えたことがあったわ)
圧倒的な強さは良いことばかりではない。そもそもまともなバトルが成立すること自体が珍しいし、普段よりもいい勝負が出来たとしても、相手の心が折れて再戦してくれないことも珍しくない。
なので、シロナは自分を打ち倒してくれたヒカリにどこか感謝していると同時に、申し訳なく思っていた。
(2人で新旧チャンピオンと持て囃されてはいるけども、実際私とヒカリちゃんじゃ実力に天と地の差がある。……きっと私が相手したとしても、ヒカリちゃんのことを満足させてあげられないわ)
現役時代のシロナの更に上をいく圧倒的な強さを持つヒカリのことだ。まともにバトルが出来るトレーナーなんてそうそう現れることはないだろう。
加えてヒカリはその才能を遺憾なく発揮し、若くしてチャンピオンになった。年齢からすればまだ子供同然だというのに、彼女にこの責務を押し付けてしまうような形になってしまったことについて、シロナは罪悪感を覚えずにはいられなかった。
(ヒカリちゃんと真っ向から戦えるトレーナーとか居ないかしら。……なんて、そんな人が簡単に見つかるなら私はもっと早くチャンピオンの座を譲っているでしょうね)
そんな風にシロナが考えていたそのときだった。
「……シロナさん、止まってください」
「えっ? ヒカリちゃん?」
「あれ見てください。あれ」
ヒカリが指差す先にシロナが視線を向けると、そこには一匹のムクホークが居た。
「どうしたの? あのムクホークが何か──えっ?」
「……ヤバいですよね。あのムクホーク」
二人は瞬時に、あのムクホークが只者ではないと理解した。
鍛え上げられた肉体、隙があるようでまったくない身のこなし、あれは野生で実現できるものではない。と、なれば──。
「ね、ねぇ……シロナさん」
「……なにかしら?」
「あれ、絶対人のポケモンですよね? てことは、あのムクホークを育てたトレーナーが居るってことですよね……?」
「そうなる、わね」
「……あんなムクホークを育てた人、強いに決まってますよね……?」
「ヒ、ヒカリちゃん……?」
「あの子についていけば強いトレーナーと出会えるかも……?」
「あの、ヒカリちゃん? 貴女まさか──」
「あっ、行っちゃった! 待ってそこのムクホーク!」
「ヒカリちゃん!? ちょ、待ちなさい! ヒカリちゃん!!」
ムクホーク目掛けて走り出したヒカリを、シロナは慌てて追いかけ始めた。
・ムクホーク
※脱走癖有り