ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
それを見た時、小鳥遊ホシノの脳裏に過ぎったのは、忘れもしないあの瞬間だった。
『────ぁ』
宙を舞う頭部。噴き出す鮮血。ちぎれかけの右脚、欠損した片腕。
世界が止まったかのように、はっきりと見えた。ゆっくりと、それこそ虫のごとき遅さで世界が進む。
くるくると回転するその頭。
どうしてか、二つの目と視線があった気がした。
(……なんで)
そして、今。
(なんで)
カイと名乗った人物が身に付けたカイザーのロゴの入った服。
(なん……で……)
その腰に携えられた、モヤがかかっていてもなお見えてしまう刀が。
(メグル以外の存在が)
それを持つのが、彼女のただひとりの同級生では無いことは……見ずとも明らかだったから。
(────その刀を持っていいはずがない)
ドロドロに澱んだ瞳は宿敵を映す。
何より。
「……返せ」
冷たく、気持ちの悪いオーラを放つそいつが彼の刀に触れているという事実だけで。
「返せッ」
それだけで、小鳥遊ホシノにとっては、もう。銃を抜くに値する大罪なのだから。
「────返せぇぇえええ!!!」
あらん限りに口を開いて叫ぶ。
世界を震わせるほどの絶叫。視線が集まることなど無視し、ホシノはただひとりの存在を睨みつける。
その言葉が、誰に向けられたものなのか。それはホシノ本人も分からないもので。
ただらそれでも。
彼女の慟哭は、目の前の存在にだけ向けられたものではないことだけは、確かだった。
「ホシノ先輩っ!?」
同じくアビドス高校の後輩の声は届かない。彼女達はまだ、小鳥遊ホシノという生徒の犯した罪を知らない。
唯一、その罪を知る二人はホシノの凶行に目を見張り、一方は止まってくれと嘆願し、もう一方は顔を歪めて舌を弾く。
獣の如き敏捷性は一直線に発揮され、ホシノの銃とカイと呼ばれた存在の持つ刀が衝突する。その感触に、相手の力量を一瞬にして悟ったホシノは思考の隙間に正気が生まれるも、それ以上の憎悪でかき消される。
「返せッ、その刀!!!」
『お前のじゃないだろう』
男とも女とも言えないような声と、曖昧な体格。口調や一人称だけで見れば男なのかもしれないが、断定は出来ない。
否、そんなものはどうでもいい。
『今は俺のだ』
「ッ……黙れぇぇえええ!!!」
その発言を許してはならなかった。
この時点で、ホシノはもう何に対して怒りを抱いているのかは分からなくなっていた。
ただ、目の前の存在にぶつける。
ちょうどいい標的がそこにいるのだから、と。
メグルの刀を奪った悪人という、大義名分でもってして銃を掲げる。
全てを壊したのは、
(私だ)
そう、理性が叫んでいる。
けれど、今の彼女には不可能だった。
────■■メグルさんの遺体は私の方で回収しましたので御安心ください。
「────ッ!!!」
黒服。
いつか、黒服と立ち会った日のことを思い返す。
その会話の内容は、当時ホシノは気が高まっていて思考力が著しく低下していたからこそ、気づけなかった違和感に今気が付く。
(なんで、黒服はメグルの遺体を回収した……?)
ホシノはその答えに辿り着くことは出来ない。出来るはずもない。
そのための……仮面。
黒服が依頼し、ゴルコンダと共に開発を進めた特別仕様。
小さな閃きを掻き消す程のナニカを放つ、カイが着けている仮面。
それがある限り、小鳥遊ホシノは……いや、その他の何者でも、真実を知ることは出来ないのだろう。
なぜならそれは、あまりにも。
(……メグルと全然違う!!)
姿形は把握出来ず、雰囲気は不気味の一言に尽きる。
なんと表現すれば良いのか。生理的に受け付けない、とはまた違う嫌悪感。
言葉を尽くすに、しかしこの感覚を表現するのは、つまるところ……ホシノは、カイが嫌だった。
見る、話す、聞く。全てに身体が拒否反応を示す。
唯一、戦闘だけは嫌悪感を示すことはなかった。それ以上のアドレナリンの分泌によるところも大きいが。
それはさておき。
刀使いという稀有な存在。
ホシノが知る限り、キヴォトスでそんな珍妙な武器を主にしているのは、■■メグルただ一人。他者との比較は叶わず、指標はメグルを基準に行われ、多く行われた模擬戦闘によりホシノはメグルの癖などをある程度理解していた。
だからこその結論。
手首を持ち上げられ、そのまま振り回されてから地面へと叩きつけられたホシノは、チカチカと点灯する瞳をカイに向けながら思考する。
(銃弾を斬るのはメグルもしてたけど……体術が異常だ)
震脚、縮地、搦手。
近接戦闘特化である刀使いのメグルと比較して、それらの技は極まっていた。
いいや、違う。一番の違いはその威力。または、重みと言うべきか。
ヒナの介入。そうして始まった二人の戦闘。それを俯瞰しながら、ホシノは痛む身体を何とか脚で支えて立ち上がる。
ギリっ、と歯をかみ締め、身体の芯に衝撃が残っていながら、それでもホシノは歩き出した。
激しく戦闘を行う両者を見て……いや、不気味なカイを見て。
カイは、ホシノの考え得る中で最悪な人物たちを寄せ集めたような存在だった。
廃れたアビドスから搾取しようと法外な借金を背負わせてきたカイザー。
弱みに付け入り取引を持ちかけ、騙した上で嗤っていた黒服。
服を見るにカイザーの関係者であることは明らか。本人の口上から黒服の手先であることも窺える。
悪い大人。
ホシノがこの世で二番目に嫌悪する対象。それを煮詰めたのが、あのカイという存在だったから。
そして、それは。
『お前は悪くないよ、小鳥遊ホシノ』
変わらぬ様子で語りかけてくるカイ。
それがいっその事不気味で、気色悪くて、歪だと思った時にはもう遅く。
ホシノがするべきだったのは、話を聞くことなく即時迎撃だった。
カイの二言目を許してしまったからこそ。
「銃如きで死ぬやつが悪い」
その言葉は、あまりにも。
「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────は?」
小鳥遊ホシノという罪人に、突き刺さってしまった。
『今日も無傷……』
『ノロマ乙』
『ぐっ……』
ホシノは、メグルと関わってきた一年余り。
あの時を除き、一度として、彼が傷を負ったところを見た事がなかった。
◈◈◈◈
「……え?」
こちら現場〜。どうも■■廻ですよ、はい。
眠気が、ピークです。
早起きとかじゃないけどね。眠いですね。ヒフミの安全も確保されたし、さっさと帰りたいんだよ。
兄さんと、白い子と、ホシノ。
散られても面倒だ。だから俺は、主力である二人を一刀の元切り伏せた。
踏み込んだ途端に意識を失う二人。瞳から光が消え、地面へと倒れ込む。
意識を刈り取ったのと、ついでに脚と腕も動けないようにはしといた。自然治癒で治る程度の阻害だけど、丸一日は動けないだろう。
「まだ続けるのか?」
ロールプレイは欠かさず。俺は兄さんへと問いかける。
突然倒れた二人に混乱を見せていた兄さん。やはり、動体視力も並なのだろう。もちろん、元いた場所基準で。
チカチカと光るタブレットはまるで兄さんに語りかけているかのように見えて、だから何をするという訳でもない。
「ッ……」
「おいおい。俺は正当防衛をしただけだぞ? 俺から危害を加えた訳じゃあないだろ」
ほんとそれ。思ったことだけを口にする。
あくまでも受けだったわけで。二人との戦闘も初撃は向こうからだ。俺からの攻めに転じたのは今回が初めて。回数で言えば俺の方が圧倒的に少ないだろう。
そのことをきちんと理解している大人は、それでも俺と対立するように佇んでいる。
「……すまない。けれど、割り切れない点が君には多すぎる」
「例えば?」
「黒服の関係者……君はゲマトリア所属なんだろう?」
何それ。あー、黒服さんたちの名称か。そんな感じだったなそういえば。ゲロやらゲボやら覚えにくいんだよ。カタカナやめろや。
にしても、俺の所属ね。
まだ籍があるのならアビドス所属の三年生(留年の可能性あり)なのだろうけど、どうなんだろう。死んだら取り消しか流石に。ということは俺高三にして既にニート? ゴミじゃねぇか。
い、いや、働いてるし! アリウスで臨時講師的な戦闘訓練役引き受けたし!
まあ俺がビル破壊したからなんですけどね。ロクでもねぇや俺。
「どうだろうな」
自分でも分かりません。
とりあえず解答は濁しておいた。どうせ色々考えて勝手に補填してくれるだろう。
刀の柄に触れる。それだけで、兄さんの視線は刀へと向けられる。そこに込められた感情、状況を顧みれば兄さんの考えてる事は分かりやすすぎる。
「そんなに欲しいのか? この刀」
年代物とかじゃないぞこれ。気が付いたら持ってたからな。神様あたりがさすがに丸腰は危ねぇだろって渡してくれたのかな。じゃあ身体頑丈にしろやカス共が。武器より先に肉体強度だろ。
結果として重宝してるからいいんだけど。
「……ああ。それは、私の……弟の形見だからね」
わー、背たかぁー。
改めてみたら兄さん身長高めだな。180ちょいあるんじゃね? いいないいな、俺も180超えたい。176から4センチも伸ばさないとダメなんですか。成長期ってまだあります?
こんなこと考えてるって兄さんにバレたら殴られそう。
苦虫を噛み潰したよう、言葉を探してから呟くように吐き出された兄さんの思い。
(やっぱホシノから聞いてんのか)
俺のことはちゃんとホシノから聞いているようだ。違うんです、あの子人殺しじゃないんですよ。ガラスに触れたら割れたぐらい理不尽に可哀想なんですよ。
「銃の一発そこらで死ぬようなナメクジが出しゃばるから死ぬんだよ」
「────」
ホシノに申し訳ないね、マジで。
思ったことを呟く。全くもって言った通りなのだ。発砲が当たり前の世界で、対処できると言っても当たれば死ぬ程の肉体強度でしかない俺が刀一本で出歩くのが悪いんだ。
あの時は、完全に正気を失っていた。
あんなものを見せられたら、流石の俺でも理性が飛ぶぐらいブチギレる。
「貴方は違うな、先生」
「……」
「無茶をすれど、そばには護衛を置いている。リスクヘッジはしっかり取れているんだろうさ」
兄さんは特別な立ち位置なのだろう。ただの『先生』という肩書きを超えたものをあの人は持っている。
だからあの人の周りには常に生徒がいて、愛されて、守られている。人柄の部分が大きいだろうな。優しすぎるよ、兄さんは。俺とは違う。
今回は一発撃たれたようだけど。俺が治したとはいえ、恐らく俺の介入がなくてもピンピンしてたくらいには致命傷は避けられていたし。
俺みたいな愚行は起きないだろう。
「ゴミみたいに死んだ馬鹿とは、えらく違う」
「黙れ」
ピリッ、と。
肌に突き刺さる緊張感。それは、強者を前にしたものではない。
きっと、遠くから見守る生徒達は、この声が聞こえていないのだろう。仮に聞こえていたとしても、誰が発したのか分からないのだと。
「口を閉じろ」
二度、言葉を重ねる。
心の底からの不快感を隠さないその声に混ざる怒気。
授業中、騒いでいる生徒を見兼ねて先生が怒った時の、あの緊張感。
俺を睨みつける、兄さんの顔が。
「────俺の弟を侮辱するな」
一人称が、昔のそれに戻ってしまうほどに、あの人は俺に対して怒りを抱いていた。
(本人に本人の侮辱するなと言われてもね)
ただ、状況が状況なだけにあまりにも滑稽だ。お笑い劇場かな、ここは?
しかし困った。兄さんをブチ切れさせる気はなかったんだけどな。事実しか言ってないのに、これが俺を侮辱することになってんの? 違うよ、マジで。カスよ俺?
この場を収める手段が思いつかない。というかどこに落とせばいいのか。
ホシノと白い子は意識が無い。周りにいる子達は加勢しようとしてるけど兄さんの圧に圧されて動けなさそう。教師強すぎんか。
こういう時のお前だろ■.■.■.■.■。冗談でも言って場を和ませろ。タブレットの中で隠れやがって。実体化しろや、頑張ったら出来そうだろお前。無理? 無理か。
直接文句言いに言ってやろうかな。
変わらず俺を睨み続ける兄さん。拳は血が滲みそうな程に強く握られている。セットしていたであろう髪もボロボロだ。治療後すぐにここに来たんだろう。
兄さんがキレるのは珍しい。黒服さんが見たら鼻血吹き出しそうだな。気持ち悪。
「あなたに危害を加えるつもりはないんだけどね。先生」
弟を侮辱するな発言の返答とは思えない言葉だな。どこにも掠ってない。
首を横に振って、やれやれといったジェスチャーを見せて、俺に視線を固定している兄さんの追いつけない速度で隣へと降り立つ。
まだ、兄さんは俺の接近に気づいていない。視線が動くことは無い。
俺は兄さんの持つタブレットに軽く手を添える。
「ジェリコの嘆き、七つの古則」
世界が書き換えられる。視界にぱあっと光が広がり、そしてすぐに映し出されるのは教室と海というミスマッチ。
どういう原理で建ってるの? と聞きたくなるような違法建築。教室には机と椅子が幾つか並んでいるけれど、この世界の住人はただひとり。
何度か見た光景だ。
「よお」
「…………え?」
窓に向かって何かを話していた青髪の少女に話し掛ける。
自分の顔に触れてみれば、仮面の感触があったためにこの世界でもこの装備は有効なようだ。
俺の声を聞いてか、ヘイローがビクッと揺れ、謎のマークに変わると同時に振り返った彼女は俺の姿を視認すると目を丸くして呆然と佇む。
「どうやってここに……あなたは、誰ですか……!?」
「そんなことはどうでもいいだろ、アロナ」
「どうでもよくありませんっ……私の名前を!?」
表情の変化に伴うヘイローの変化。基準となる形は無く、その時の感情によってその形状が変化していく。実体がないからこそ出来るものなのか? こいつはよくわからん。
「先生を守るのがお前の役目だろ。何やってんだ」
銃弾を受けることは本来有り得ない。こいつがいるのだから。
こいつなら「電磁バリアー」とかいいながら障壁展開出来るだろ。何サボってんだ。デコピンするぞ。
「っ……私は……」
「?」
そこで、ふと。
僅かに感じた違和感。外から聞こえてくるさざ波程でもなく、けれど無視出来なかったそれに俺は首を傾げる。
感情の揺れと共に変化する、ヘイロー。
それは俺が見る限りで、既に五回以上は変化していた。
そして、アロナの表情変化。
「……キャラ変でもしてんのか、お前?」
「……ふえ?」
無表情がデフォルトだっただろお前。なんだそのあざとい顔は。俺に対して毒舌フルコースをお見舞してきたお前はどこに行ったよ。
さて。そろそろ、気づかれるくらいの時間か。
別れの挨拶は無く、現実世界へと意識を浮上させる。瞬きの間に景色は瓦礫の山へと代わり、タブレットへと添えていた手を兄さんの肩へと持ち上げて、ポンと乗せる。
「じゃあな」
「……ッ!?」
俺の姿を見失ったのと、肩に手を置かれたことに気が付いたのが同時だったのだろう。兄さんは、見るに明らかに動揺しており、咄嗟の行動すら出来ていない。
もうここに用は無い。最初から無かったようなものだけどな。
アツコ達は逃げたようだ。なら、去ってもいいだろう。
一人だけ、周りの生徒たちのように固まることなく、痺れを切らしたのか飛び出してきた狼のような耳の生えた子が銃を構えて接近してくる。
流石に兄さんのそばに居るから発砲は無いが、離れた瞬間に撃たれそうだ。
俺は骨が折れる事を前提に、一気に力を解放してその場から消える。
脚の感覚を無くし、そして戻っていくのを感じながら、俺はアツコ達のところへと向かおうと、彼女達の現在地を探ろうとしたところで、耳元に鳴る音。
『メグルさん』
「きっつ」
『そういうことは隠すべきでは?』
耳元から聞こえてきた黒服さんの声。割と懐かしいな、と思うよりも前に、囁くような音量だったために全身がゾワゾワした。おっさんのASMRほど需要が無いものは無いな。
というか、この仮面に通信機能含まれてるのかよ。どこまで高性能なんだよ。
にしても、このタイミング。やっぱり黒服さんは俺の事を、というよりあの現場をモニタリングしてたんだな。どこまでも先生ファンだね。
「んで、どうしました?」
『一度、こちらへとお戻りください』
「……へぇ」
要件を聞けば、そう答えてきた黒服さん。
俺はその言葉を聞いて、目を丸くした。
「珍しいですね。というか初めてじゃないですか? 黒服さんが俺に命令するの」
いつものようなお願いとは違う。言葉の抑揚の中に、確かな圧というか、強制感が含まれていた。
黒服さんは、いえいえ、といいつつ、半分は図星だったようで。
『少し、状況が変わりまして。申し訳ありませんが』
「了解です。まっすぐ戻りますよ」
『助かります。それでは』
会話が終わる音もなく、黒服さんの声はそれ以上続かなかった。
こっちからも通話掛けられるのかね。後で操作方法教えて貰お。
(悪役ムーブが過ぎたかね)
完全に俺敵キャラになってたよな。まああれはあれで楽しかったからいいけど。変な因縁付けられなければ良いけどね。
アツコ達が少し気になるが……まぁ仕方ない。
元通りの脚で地面を踏み締め、青空の下を俺は駆けた。
廻くんの地味な特技①
ヘイローの識別が出来る