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【前編】『自分で道を切り拓く方法を教えてくれた4人の存在』株式会社サーキュレーション 信澤みなみさん

ウーマンズが立ち上がって以来(2017年4月)、企画から取材、執筆まで初めて全て1人で担当した第2弾。メンバーの山根がお届けするのは、株式会社サーキュレーション 信澤みなみさん。

大学生の今の私には、まだまだ見えないことが沢山あります。今回が私にとってお姉ちゃんのような存在の信澤さんが、「自分らしさを選べる社会をつくる」をビジョンに掲げ、自分が叶えたい社会像や今取り組むべきことがクリアになるまでたっぷり伺いました。

前編、後編と2本立ての豪華な取材の前編をお届けします!

前編の目次
▶︎「大学1、2年生の2年間は模索期間」
▶︎「浪人生活で考え抜いた自分軸」
▶︎「自分ができることを増やすことでしか前に進めなかった社会人1年目の半年間」
▶︎「自分の価値観に影響を与えてくれた4人の存在」
後編の目次
▶︎「20代に経験とスキルや心から繋がれる信頼関係を築き、初めて30代での可能性が広げられるようになる。」
▶︎「自分にとっての正解を探すことが、自分の人生を創る」
▶︎「自分の夢や目標やなりたい姿に忠実にやり続ける欲望の大きさが、自分の可能性の大きさにつながる」
▶︎「空想し続けた先に道は拓ける」


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信澤みなみさん:「自分らしさを選べる社会をつくる」をビジョンに掲げ、"人と企業が信頼で結ばれる相互尊重型社会"の実現を目指す30歳。
早稲田大学卒業後、大手人材総合会社初の社内ベンチャー1期生として立ち上げに参画後、「新しい働く価値観を創出する」株式会社サーキュレーションの立ち上げに参画。年間200名の経営者向けのオープンイノベーションコンサルタントを経て、人事部立ち上げ。採用、人事企画、育成研修構築を経て、現在は、「女性がライフイベント、時間、場所にとらわれず働く」を実現するために事業推進、コラム執筆、イベント登壇に奮闘中。株式会社サーキュレーション社長直轄組織 経済産業省受託事業Project.Work.Design代表/新卒採用チームマネージャー/パラレルキャリアアドバイザー。

「大学1、2年生の2年間は模索期間」

WI:信澤さんは人一倍の好奇心と行動力がおありな印象を抱きました。モチベーションや原動力はどこにあるのでしょうか?

信澤さん:私が大学に進学した目的の1つとしてあったのは、「とにかく価値観の幅を広げたかった」のと「自分自身の可能性を広げたかった」から。自分自身が社会に対して、「何に関心を抱き、何をやりたいのか」と自分探しをする為に大学に行ったところもありました。

”大学を卒業した後の自分の人生をどうしていくのか”どうしても見つけたくて、それが理由でとにかくアクティブに行動しながら、内心はいつも「何が本当にやりたいことなのだろう」と感じながら、ずっと探していました。

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大学で1番もがいていた時期の信澤さん(2列目右から2番目)

大学1、2年生の2年間は模索期間です。悩むだけでは意味がないから、自分自身が知らない環境に飛び出すために長期留学などをしました。帰国してからは、インターンを経験したり、様々なところに顔を出していました。学校の中ではできない体験や世界を見るために社会に飛び込んだ方がいいと感じたから。自分を探すため、自分の価値観や可能性を探したかった。

WI:なぜ早稲田大学人間科学部に入学されたのでしょうか?またその選択は将来を意識した選択だったのですか?

信澤さん:
大学を早稲田にしたのは先ほど挙げた理由と同じく「自分自身が見たことのない価値観に触れたい」。その一心でした。高校生の頃は、何となく上位校の方が可能性が広がりそうと、早慶上智、旧帝大と見ていた中で、マンモス大学と感じたのが早稲田大学でした。

これは純粋に感覚の問題だったので入学後、「なぜ海外の大学を視野にいれられなかったのだろう」と後悔して留学したことにも繋がっています(笑)

早稲田に「色」はあるけど、ある意味「色」が決まっていない、ばらばらな感じというか。雑多なところに多様性を感じて、色々な価値観を知れるんじゃないかって。

学部を理由は、私自身が人が「働く」ということや、「人には個人の特質(パーソナリティ)があり、それを活かして生きるとはどういうことだろうか」という”人”や”働く、生きる”ということに関心を抱いていたから。それを勉強できる学部が人間科学部でした。

元々は「父」の影響が大きいんです。ビジネスのシーンで活躍している人だったからそういう意味で「ビジネスを学びたい」という想いがありました。商学部や経営学部に関心があって、早稲田でいうと商学部も選択肢の1つでした。

もう1つの興味として、人が働くということや価値創出するということそのものに興味がありました。早稲田大学はオープンキャンパスといって、他学部の授業も選択できるんです。ゼミは所属している学部の教授を選ぶのがルールだったのだけれど、商学部はゼミを取らなくてもいいという自由度の高い学部でした。人間科学部はゼミを取って卒論ちゃんと書かないと卒業できない学部だったので、働くにおける専門領域でゼミを取って、普段の授業はオープンキャンパスで商学部の授業を取ろうと決めていたので、コアの学部を人間科学部にしました。

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「浪人生活で考え抜いた自分軸」

WI:将来を見つめ、そこまで深く考えられていたんですね!今までおしゃって下さったことを高校生の時に考えていたのでしょうか?

信澤さん:大学選びというより浪人したことが大きいかな。高校3年生までずっとバスケ部のキャプテンをしていました。文武両道の学校だったので、いわゆる高校生活を謳歌していました。3年生まで、高校生ライフをすごく楽しんだ結果、夏に受験スイッチが入らなかったんです。何のために受験をするか自分の中に目的がないとモチベーションが上がらなくて。予備校にも行ってみたけど、勉強するモチベーションが湧かなかった。

現役時代はどこの大学に行きたいっていうのも明確にないまま受験期を迎えて、自分の中で大学行く理由や目的という物がないまま受験を終えてしまったの。そんな感じだったから、受かった大学のどれに行きたいか選べなかった。選べなかった結果、ちゃんと受験勉強してもっと自分を見つめ直した上で大学に行こうと思ったから浪人しました。

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もう少し細かくいうと私自身が、「もともとの夢って何だっけ?」「自分が将来何したいのか?」と高校3年生で立ち返った時のこと。ポンと出てきたのが2つありました。

1つは、幼稚園の先生や幼児教育。小学生の間、英語を習わせてもらっていたことから、「英会話の教育で子供の可能性を広げたい」という想いがあったの。日本の学校では「自分の状況を答える質問(How are you?)」って聞かれないですよね。

でもこの質問によって自分の事を話すようになってくると、自分が何者かということを言語化する事ができる。人の可能性を開くという体験を小学校の時に学校ではなく、英会話スクールで感じていました。それによって感化されて、幼少期に「英語」という物を通じて、個々人の個性を開けるのではないかと考えていました。そういう訳で幼児教育における英会話教育に憧れを抱いていたんです。

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高校1年時の信澤さん(3列目の右から2番目)

もう1つは高校生の時から「母親になりたい」、「自分の子どもを育てたい」という想いがあったこと。どちらにしても高校を卒業して幼児教育の専門学校に行って先生や母親になるよりも、もっと社会や世界の事を知り、自分自身が経験を沢山積む。それから教える側、育てる側になった方が子どもの可能性を開けるなと思った時に、大学に行こうと思いました。

領域の決まった専門学校に絞ってしまうよりも、もっと広い世界を見に行った方がその後先生になるにしろ子どもを育てるにしろ、可能性を自分自身も見せてあげられると思った。これも大学に進学しよう、浪人してでもしっかり学びたい環境に行こうと思った動機の1つです。

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高校卒業時の信澤さん(1列目左端)

大学に行く理由(自分の経験を積む、可能性を広げること)が見つかり、どこの大学に行こうかと考えた時に、自分の可能性が最大限に開けそうなところの方がいいと考えていました。日本においてはできるだけレベルの高い大学の方がチャンスは多いと思っていたので、なんとなく受かった選択肢ではなくもう1つ上の選択肢を作りたい。そう思って、浪人を決意しました。

選択肢を狭めてしまうのはもったいない。選択肢を持てる自分になるために、自分の可能性を広げてほしいとWIの読者に伝えたいな。

「自分ができることを増やすことでしか前に進めなかった社会人1年目の半年間」

WI:信澤さんはどう困難・失敗を乗り越えられていますか?

信澤さん:1番参考にならない答えでいうと、失敗しても死なないと思ってる(笑)失敗して気付くこと、失敗したからこそ見える世界を経験出来た方が自分の糧になる、と思っているけど、それは失敗を重ねてきたからかも。

社会人1年目は、出来ないことばかり。例えば「何を言っているかわからない」「相談はまとめてからにして」とか最低限のところから言われたの。そういう失敗?であったり、出来ないことはいっぱいある。社会人になって半年ぐらいは喋り方を始め、仕事の仕方、報連相、全て勉強する時間だったから落ち込んでいる暇はなかった。​

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社会人になりたての頃の信澤さん(最前列の右)

ただ自分ができることを増やすことでしか前に進めなかった。出来ない自分に落ち込んでいないで、どうすれば出来るようになるのか考えて出来るようにするために諦めないということを半年間続けた社会人1年目だった。

そうは言いながらも落ち込んでいなかったというわけではなく、めちゃめちゃ泣きながら帰っていたこともあったの(笑)努力を継続していくうちに出来ることが増えて、見えなかった世界が見えるようになると自分のステージが少しずつ上がるのが分かっていく。するとやることをやる意味や継続する重要さが感じられるようになってきた。泥臭く継続すると、見えることがあるんだよね。

怒られて気持ちいい人なんてあまりいないと思うし、少なからずみんな同じような経験を味わっていると思えばいいんじゃないかな。怒っている人はあなたに傷ついて欲しくて怒っているのではない。“成長してほしい”、“成長できる”と思われるからいうのであって、怒られることに対して感情的にならずに、自分自身に成長できる可能性があるから指摘を受けていると捉えるべき。

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社会人2年目の頃の信澤さん(右端)

そのためには、怒られた際に言われている内容と言い方を切り離して理解すると良いと思う。人は言い方に強く影響されるので、怒られるとその言い方により傷ついてしまうけれど、その内容を切り取って文字化すると真っ当なことを言われていることが分かるの。

内容だけみると「確かにそうだ、そうするべきだ。」と思えたりすることが多い。感情的にならずに、冷静に何がダメだったのか、どうすればいいのかを考えてみる。ちなみに私はそれができるようになるまで2年ぐらいかかった。

毎回傷ついていたからある日傷つくことに疲れて、「言われている内容は正しいから、言い方を気にすることをやめよう。と考えるようになりました。

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「自分の価値観に影響を与えてくれた4人の存在」

WI:学生時代にロールモデルだった人、尊敬する人はいらっしゃいましたか?

信澤さん:学生時代は正直いなかったし、探していなかった。どっちかというと自分探しをしていた時間の方が長かったですね。そうは言いながらも、自分の価値観に影響を与えた人が4人います。

1人は幼少期に本を沢山読んでいた中で出会ったヘレンケラー。小学校低学年の時に読んで、健康体でいることは当たり前でないこと、健康体でなくても出来ないことなんてなく、自分次第で道は拓けると思わせてくれた。ヘレンケラーのように障がいがあっても前に進んでいくストーリーから、人は無限の可能性をもっているということを教えてもらった気がします。

2人目はマザーテレサ。小学校で彼女についてのドキュメンタリーを見たんです。世界を舞台に社会貢献する使命を持っている姿は、人としてかっこよく見えた。初めて自分や自分の家族を超えた広い世界で活動する人を見た気がしたんですよね。小さい頃は世界を舞台に活動する感覚がなく、マザーテレサの生き方を見て拓かれた想いがしました。

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あとの2人は両親です。父からは、人生と働くということは切っても切れない関係にあることを学びましたね。父は自信を持ち楽しみながらビジネスシーンで活躍していたのだけど、環境の変化が重なったのかある時心理的体調を崩してしまったの。モチベーションが下がるなどの鬱の症状が3か月くらい続きました。

働くことを楽しんでいる状態でも、環境の変化や人の気質によって人生が一変することに気付きました。人のパーソナリティと働く環境に関心を抱くようになったのは父の影響が大きいですね。その後インターンをする中で、人と労働の強い関係性を実感するようになりました。

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母は、人の可能性を信じることや、今ある状況は当たり前でないなど人としての基本的な考え方・スタンスを教えてくれました。

WI:価値観に影響を与えた人に身近な両親を挙げる人は多いですが、ヘレンケラーやマザーテレサに価値を見出されたのですね。

信澤さん:当時はただ衝撃を受けていただけで、その憧れは言語化されていなかった。だけれどその衝撃は記憶に残っていて、自分の価値観に影響を与えてもらいました。自分の身近な世界からかけ離れた衝撃だったという感覚がありますね。

(文:山根千沙、構成・編集:大山友理)

Women's Innovation前HPブログ掲載記事を再編集(2019年10月11日取材)



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