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2025年11月18日火曜日

ゲームブックにおける死と物語 第1回:『護国記』における主人公の死と「輪廻」 FT新聞 No.4682

みなさん、こんにちは。編集部員のくろやなぎです。
先日、田林洋一氏の『スーパーアドベンチャーゲームがよくわかる本』の連載がついに完結を迎え、火曜日が少し寂しくなってしまいました。
新たな連載記事として、明日槇悠氏による『モンセギュール1244』のリプレイが開始されていますが、私からは『スーパーアドベンチャーゲームがよくわかる本』とはまた異なる切り口で、ゲームブックの紹介・考察的な記事をお届けします。

以前の私の記事『死はパラグラフに留まる——ゲームブックにおける「殺意」と死の意味について』(2025/08/22、No.4594)では、物語としてのゲームブックにおける死、その中でも特に、飛んだ先のパラグラフで突然訪れる死について考察しました。
今回からの一連の記事では、主人公の「死」に関連するギミックを持つゲームブックをいくつかご紹介しながら、ゲームブックにおける死と物語について、改めて考えていきたいと思います。
その第1回となる今回は、波刀風賢治氏の『護国記』(幻想迷宮書店、2018年)をご紹介します。

記事の中では、作品全体の構造や、物語の展開について言及しています。
そのため、『護国記』を未読の方で、「余計な知識を入れずにまっさらな状態で作品を楽しみたい」という場合は、読了後に改めてこの記事に戻ってきていただければ幸いです。
なお、以下のURLからは、出版元である幻想迷宮書店の作品紹介ページや、ゲーム情報サイト『4Gamer.net』における、著者の波刀風氏と幻想迷宮書店代表・酒井武之氏へのインタビュー記事をご覧いただけますので、適宜ご参照ください。
[幻想迷宮書店 作品紹介ページ]https://gensoumeikyuu.com/gb31/
[4Gamer.net インタビュー記事]https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20181203003/

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ゲームブックにおける死と物語
第1回:『護国記』における主人公の死と「輪廻」

 (くろやなぎ)
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■主人公の死と「輪廻」のはじまり

『護国記』は、剣と魔法が支配する世界「高ツ原」を舞台としたゲームブックです。
主人公の「ライゼ」は、高ツ原で最も古い歴史を持つ「壱の国」の史料編纂室の書記官であり、近衛兵でもあります。
物語の開始後まもなく、壱の国の王城は突然の襲撃を受け、主人公ライゼは近衛兵としての参戦を余儀なくされます。しかし、ライゼには優れた戦闘能力があるわけでも、魔法などの特別な力が備わっているわけでもありません。彼はまだ最初の数パラグラフしか進んでいない段階から、あるときは弓矢に射抜かれ、あるときは攻城兵器に押し潰され、とにかく実にあっさりと死んでしまいます。

多くの読者は、死んで最初の場面に戻り、また死んでは最初の場面に戻ることを何度か繰り返すうちに、序盤のかなり早い段階で、これはこういう「死にまくる」タイプのゲームブックなのだな、という印象を抱くことでしょう。
当然ながら、これは「読者」の視点であって、主人公ライゼの視点ではありません。プレイをやり直す読者にとっては「数回目」「数人目」のライゼであっても、物語の中のライゼにとっては、すべてが最初の経験であり、それが唯一の選択、唯一の人生に他ならないはずです。
読者は「前回」までの失敗を踏まえて、「次」は異なる選択肢を選んで先へ進んでいきますが、その失敗の記憶は読者のものでしかありません。物語の中のライゼは、新鮮に驚き、悩みながら、右往左往し、そして死んでいきます。

ところが、あるひとつの「死」の場面で起こるできごとが、主人公ライゼに重大な変化をもたらします。「残穢石」と呼ばれるものが、彼の身体の一部と同化し、それから彼が死ぬたびに、彼を過去のある時点へと「輪廻」させるようになるのです。
「輪廻」したライゼは、「前世」に起きたできごとの記憶をそのまま残しています。そして、もしライゼが「前世」と同じように行動すれば、周囲のできごとも、ごくわずかな例外を除いて同じように進行します。つまり「前世」の記憶は、彼にとっては「過去」の経験であると同時に、「未来」の予知という側面も持つことになります。
『護国記』の物語の大半は、この「輪廻」というギミックとともに進んで(あるいは「戻って」)いきます。当初は読者だけが知っていたはずの、ライゼが死んだ「前世」の記憶は、彼の「輪廻」が始まってからは、ライゼ自身の記憶でもあることになります。読者だけでなくライゼもまた、自らの「死」に慣れ、いくつもの「前世」における死の経緯を踏まえて、自らの行動を変えていくようになるのです。

■「輪廻」する主人公と読者のシンクロ

一般的に、主人公の死のパラグラフが頻出するタイプのゲームブックでは、読者の経験と主人公の経験は、物語が進むごとにどんどん乖離してしまいがちです。冒険の「やり直し」という読者の行為は、あくまで物語の外側にしかありません。物語の中にいる主人公にとっては、「輪廻」のような何か特殊な設定がない限り、いつもすべてが初めての経験であり続けます。
ふつうの主人公は、やがて読者だけが持つ「前世」の記憶に導かれて、「初めて」にしては不自然なほどに正しい選択を繰り返し、致命的な選択を回避し、さいごには奇跡的に冒険を成功させることになるでしょう。ここで主人公が、自分の「ただ一回の」冒険の背後にある、「前世」の自分たちの誤った選択の数々や、その帰結としての数多くの「死」の存在を知ることはありません。

しかし、『護国記』における読者と主人公の経験は、物語の中で主人公が死に続けても、それが「輪廻」の中にある限り、大きく乖離してしまうことはありません。選択肢を前にした読者が、「前回はこちらを選んで失敗したから、今度はこちらを選んでみよう」と考えるときに、主人公ライゼが物語の中で同じように考えていても、不自然ではないのです。
ゲームブックにおける死は、しばしば、物語に断絶を生み出し、「読者だけの経験や記憶」の蓄積を通じて、読者と主人公のあいだのギャップを広げていきます。逆に『護国記』における死は、物語を途絶えさせることはなく、むしろ繰り返されるたびに、読者と主人公をより強くシンクロさせていくもののように思います。もっとも、たとえば「平気で死に続ける主人公に、ちょっと引いてしまう読者」のように、経験や記憶はともかく気持ちの上で、読者と主人公との距離が広がってしまうこともあるかもしれません。

『護国記』は、二人称ではなく一人称で記述されるゲームブックです。物語の中のできごとは、「きみ」や「あなた」ではなく「僕」や「俺」の視点で語られ、地の文はいつも主人公ライゼの主観に彩られています。
さまざまな感情を表に出し、自己主張するライゼは、いわゆる「無色透明」な主人公とはかけ離れた存在です。この点で『護国記』は、そもそも読者が主人公に「なりきる」タイプのゲームブックではないと言えるかもしれません。しかしその一方で、「輪廻」という物語上の設定は、ゲームブックのギミックとして、経験や記憶の面から主人公と読者を重ね合わせます。
主人公ライゼの個性や考え方・感じ方は、必ずしも読者と同じではなく、ときとして正反対なことすらあるかもしれません。それでも、読者による一連の選択とその結果を、「死」も含めて共有してきたライゼは、読者とは異なる「僕」や「俺」であると同時に、やはり読者である「あなた」の分身に他ならないようにも思えるのです。(※)

※参考:松友健『夢幻の双刃』(幻想迷宮書店、2016年)「ゲームを始める前に」p.3
(以下引用)
 この物語の主人公も他の多くの物語と同じく、持ち前の名前と性格と背景を背負っています。ただし、物語の登場人物でありながら、その行動の選択はもっぱら読者たるあなたに委ねられています。無論、あなたとはまた別の人間です——あなたがなんらかの博士号を持つほどの知識があっても主人公はそこまで賢くありませんし、あなたがリュウマチを患って腰痛に悩まされていても主人公は元気に動き回ります——が、行動のかなりの部分をあなたの意思に委ねている以上、彼ら主人公達はあなたの半身であるといえましょう。
(引用ここまで)

■「輪廻」と物語の終わり

『護国記』において、読者と主人公ライゼ、この両者の記憶のあいだにギャップが生じるのは、ライゼが死んで「輪廻」するときではなく、彼が生き延びて『護国記』の物語の外に出るときです。これは、この物語における「輪廻」のあり方と関係しています。
ライゼの「輪廻」は、その力の源である「残穢石」という不吉な名前が示すとおり、決して英雄的でポジティブな能力ではありません。それはむしろ、「穢れ」を残して死ぬ者を時間の檻へと閉じ込める、ある種の呪いに他なりません。その「穢れ」とは、憤怒や後悔の念であり、輪廻の力が発動するには、ライゼの後悔と死が必要なのです。

物語の中では、戦いを運良く生き延びたライゼが、穏やかな日々や、ささやかな幸せを手に入れることがありえます。そこでライゼは、自分が生き延びたことや、あるいは大切な人を護れたことに、それなりに満足していて、強い怒りや後悔に苛まれる様子は見せません。おそらく「この」ライゼは、このまま自らの生をまっとうし、もう「輪廻」することはないのでしょう。そしてひとつの物語が終わります。
しかし多くの読者は、それでは満足しないでしょう。なぜなら、『護国記』の全体的なボリュームや、「特異点」と呼ばれる各章のタイトルとその構成などを踏まえれば、いま自分が見ている場面が、物語の「ほんとうの」終わりだとは到底思えないからです。
後悔を手放し、国を護ることを諦め、「輪廻」から逃れたライゼにも、何らかの物語は続いていくでしょう。ただ、それは『護国記』というゲームブックの外に出て行ってしまう物語です。『護国記』の物語に留まりたい読者は、「別の」ライゼを改めて呼び出すか、あるいは「このライゼが、実はあとからやっぱり後悔して死んで輪廻した」ということにするしかありません。

そのようにして読者が物語を再開するとき、「前の」ライゼが生きて迎えた物語の終わりの場面と、「今回の」ライゼが前回の「死」を経て輪廻する場面とを直接的につなぐような、両者の橋渡しとなる場面の描写はどこにも存在しません。
『護国記』では、主人公が「輪廻」の檻から逃れて生き延びることで、物語の断絶が生まれ、読者の側だけにひとつの結末の記憶が残されます。この物語では、後悔とともに繰り返される主人公の「死」のほうが、物語をつなぎ、主人公と読者の記憶を重ね合わせる役割を果たしているのです。

それでは、長い物語が終わるとき、主人公ライゼは輪廻の檻から完全に解放されるのでしょうか。そこでライゼには、どのような生と死が待っているのでしょうか。それは、輪廻を繰り返す中での、あるいは輪廻の力が失われた後での、ライゼと読者の選択によって決まります。
ひとつのルートでの、ひとつの結末を見届けた読者は、また別のルート、別の結末を探しにいくかもしれません。そして読者が、物語の最初や、どこかの「特異点」に戻ったとき、そこにいる「ライゼ」は、読者の見た「未来」をまだ何も知りません。
それでも、そこからまた死を繰り返し、読者もまだ知らない新たなルートやできごとに出会うたびに、ライゼと読者の距離は再び縮まり、そのルートにおける両者の記憶は重なり合っていくことでしょう。

■おわりに:この記事について

今回の記事では、主人公が「輪廻」の中で死を繰り返すゲームブック『護国記』について、読者と主人公の間のずれや重なりという点に着目しながらご紹介しました。
「輪廻」というギミックは、ある意味ではきわめて特殊な仕掛けであり、『護国記』を特徴あるゲームブックにしている源泉のひとつです。同時に、それはゲームブックという形式自体に内包された、「読者(プレイヤー)」と「主人公」との、そしてまた「死」と「物語」との複雑な関係性の一端を、水面下から浮かび上がらせるような仕掛けでもあるように思います。
次回(12月掲載予定)の記事でも、死に関連する特殊なギミックを持つゲームブックをご紹介する予定ですが、この一連の記事の趣旨は、それらの作品の「特殊性」の提示ではありません。むしろ、「輪廻」のようなギミックが浮き彫りにする、ゲームブックという形式に内在する普遍的な何かについて、個々の作品の魅力とともに改めて言語化することを目指しています(それは、ある意味「あたりまえ」の話になるかもしれませんが…)。
また、今回ご紹介した『護国記』の内容は、あくまで私の関心に沿って切り取った一部の要素を、私の解釈とともに提示したものにすぎません。関心を持たれた方は、ぜひ記事冒頭のリンクから、著者の波刀風氏自身の言葉や作品そのものをご覧になり、その物語やシステムの奥行きに触れてみてください。

【書誌情報】
波刀風賢治『護国記』(幻想迷宮書店、2018年)[2023年9月更新版]
(参考)松友健『夢幻の双刃』(幻想迷宮書店、2016年)


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