ジェンダー論を専門とするナンシー・フレイザー氏へのインタビュー記事が11月12日に朝日新聞で公開された。
共食い資本主義論で読む女性首相 「99%のためのフェミニズムを」:朝日新聞
――日本では、史上初の女性首相が誕生しました。画期的なことですか。
フェミニストとして私が言えるのは、女性が首相になったという事実だけをもって、フェミニズムが前進したとは言えないということです。英国のサッチャー元首相のケースを思い出して下さい。彼女は女性でしたが、労働者や福祉に厳しい政策を進め、多くの女性や弱い立場の人びとの生活を損なった。
象徴だけでは、人々の暮らしはよくならないのです。政治学者アン・フィリップスは、「誰がそこに『いる』か」を重視する「プレゼンスの政治」と、「どんな政策や価値を代表しているか」を重視する「アイデアの政治」を区別しました。
同意するしないは別として無料部分だけでも明解な指摘だと思ったが、なぜかフレイザー氏への反論のつもりでジェンダーギャップ指数を持ちだしているらしい反応を複数いかけた。
たとえば、はてなブックマークを見ると賛否両論だが、はてなスターを集めて現時点で最上位につけているrag_en氏の反応からしてよくわからない。
[B! feminism] 共食い資本主義論で読む女性首相 「99%のためのフェミニズムを」:朝日新聞
id:rag_en じゃあまず、なんちゃら指数をありがたがってた事を反省しなよ…という話で。あと、その「99%」って正確には「×0.5」だよね。/結局、「Woke左派政治家しか支持したくない」と言っているだけ。
はてなスターをつけた人々は「×0.5」が何を指しているのかわかるのだろうか。正確には49.5%の女性というなら、残り49.5%の女性は何だというのだろうか。まさかタイトルだけを読んで「99%」が男性をふくむと誤読していないだろうか。
フレイザー氏は「1%」の女性が象徴的な立場になっても「99%」の女性の問題が解消されなければ平等ではないと主張しているのであって、その立場から高市氏個人が首相になる意味を見いだせないことは理解できそうなものだ。
rag_en氏は他の指数を想定しているのかもしれないが、はっきりジェンダーギャップ指数をもちだしているコメントは複数ある。しかしジェンダーギャップ指数の改善が政治家を評価する充分条件とフレイザー氏が主張した過去を指摘できているコメントはひとつもない。
id:gimonfu_usr (「例のジェンダーキャップ指数で高く評価されるのは、左派の女性の社会進出のみ」説 〔リターンアベノミクス願ってるわけではないけど〕 )
id:wxitizi これはまあその通りだろうけど、ジェンダー指数とかを振りかざしてきた人たちがけっこういるからなあ。/"女性が首相になったという事実だけをもって、フェミニズムが前進したとは言えないということです"
id:wakuwakuojisan しょーもな。なら女性政治家の数なんかジェンダーギャップ指数に組み込んでんじゃねえよ
id:dongurimanz ジェンダーギャップ指数?別に使いやすかったから使ってただけで、その意味なんてどうでもいいのよ。あたしたちは数字を使うの。数字に使われるのでなくね。
id:irukutukusan ジェンダーギャップ指数とか言う都合の悪いものを今更使える訳ないよな
id:richest21 GG指数が低い時「日本はダメ!GG指数がこんなに低い日本はダメ!世界各国のGG指数を見ればダメさが一目で」→GG指数が上がる「日本はダメ!GG指数が上がってもこんなのはダメ!日本はダメ!」←こうですかわかります
ジェンダーギャップ指数をもちだすこととフレイザー氏の意見をきちんと区別できているのはwxitizi氏くらいだ。しかしそれも、実はジェンダーギャップ指数がフレイザー氏の指摘と必ずしも矛盾しないことを理解できていない。
まずジェンダーギャップ指数は少数のフェミニストのみが使用しているわけではなく、日本政府も参照する指標のひとつだ。
男女共同参画に関する国際的な指数 | 内閣府男女共同参画局
他にジェンダー開発指数やジェンダー不平等指数があげられているように、あくまで問題の程度をはかるための数字であって、数字が良くなればそれで問題がなくなるわけではない。
そもそも総裁選出後の混乱から首相選出時までは理解できなくもないが、現時点では高市政権でジェンダーギャップ指数がおおきく改善するとは思いがたい。
上記画像に書かれているように、ジェンダーギャップ指数において政治参画は四分野のひとつにすぎない。さらに首相のような行政府の長の性別も、三つある算出基準のひとつにすぎない。
・国会議員の男女比
・閣僚の男女比
・最近50年における
行政府の長の在任年数の男女比
しかも半世紀における在任年数の比率から出すので、首相になったばかりの高市氏が1年目に改善できる数字は2%くらいだ。それこそ安倍政権くらいの長期にでもならなければひとりの首相がおおきく改善できる基準ではない*1。
くわえて閣僚の男女比が算出基準にふくまれているが、高市政権の女性閣僚はけして多くない。高市首相をふくめても3人で、過去に何度か5人の女性閣僚がいた時代と比べると、高市政権そのものは数字が悪化してもおかしくない。
30カ国で女性4割以上、進む男女同数内閣への動き 日本はG7最低:朝日新聞
政府は2003年、指導的地位の女性比率を20年までに30%にする「2030」を掲(かか)げたが、03年以降で女性が最も多かったのは、14年に発足した第2次安倍改造内閣の5人。最近は1~3人となっている。
より大きな動きとして議員数の男女比率は改善しているわけだが、これは高市政権の成果ではもちろんない。どちらかといえば野党第一党の成果だ。
女性議員過去最多で15・7% 女性候補3割超の政党は参政、共産、れいわ | 週刊金曜日オンライン
10月27日投開票の総選挙で、女性の当選者は73人、15・7%と過去最多となった。女性当選者73人のうち、小選挙区は35人、比例区は38人。党別に見ると最多は立憲民主党の30人で、次に自民党の19人。当選者数が多い両党が押し上げたとみられる。
躍進した立憲民主党は、全候補者237人のうち53人、22・4%の女性を擁立。自民党が擁立したのは55人、16・1%と2割未満だが、21年の前回総選挙の33人、9・8%からおよそ7割増で同党としては過去最多だった。石破茂首相が、派閥裏金事件に関係した議員の公認や比例代表への重複立候補を見送る一方、女性や若者を積極的に擁立した結果のようだ。
女性の候補者を実際に議員として送りこむことができたのは立憲民主党で、衆参ともに全体よりも女性議員の比率が上回っている。ついでに自民党が過去よりは改善したのも石破政権の選択だ。
ちなみに、前後して記事に書かれているように、候補者の女性比率をあげて日本政府の数値目標にほぼ達したのは参政党、日本共産党、れいわ新選組くらいだった。
女性候補者は314人、23・4%と過去最多ながら3割にも満たない。3割を超えた政党は、参政党37・9%(女性候補者数36人)、共産党37・3%(同88人)、れいわ新選組34・3%(同12人)だ。
母性に聖性を見いだすタイプのフェミニズムもあるようなので、その意味では参政党のような右派ナショナリズムからジェンダーギャップ指数だけは改善される未来もあるのかもしれない。
いずれにしても上記のように「2030」という具体的な目標をかかげたのは自民党政権の日本政府で、実はジェンダーギャップ指数の誕生よりも早い。もし政界で女性比率をあげることだけを目標とすることを批判したいなら、その対象は日本政府こそがふさわしい。
逆にジェンダーギャップ指数は、とりこぼす要素の多さなどからフェミニストからも批判されているくらいだが、ずっと広い範囲を見て算出されている。きちんと「99%」の女性が平等であるかをたしかめるためだろう。