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屍愛の上で悪魔は踊る作 : 夢伽莉斗X : @yumerito_birt

2.封じられた記憶の在り処

 眠って起きたらまだ抱きしめられていて。瞼を持ち上げ、涼やかな眦を見つめる。すると彼の瞼が薄く開き、冷たい青がわずかに覗いた。手が伸び、アタシの目尻を鉤爪が擦った。

「この眼いいな」
「何が」

 ラムズは自在に姿を変えられる。今の姿も件の仮面のひとつだ。アタシもある程度は変えられるけど、今のこの人型が基本型。

「俺も二色にしようかな。綺麗だ」

 以前、とある事故でラムズの本当の姿を見てしまったことがある。普段飄々として掴みどころのない彼が、信じられないほどショックを受け動揺していた。
 話に聞けば、自分の姿が、宝石とも宝飾品の似合う姿ともかけ離れているのが相当なコンプレックスらしい。

 まあ……たしかに。アレは…………。悪魔の中でも特別醜悪で、一度でも見たら夢に出てくる、忘れられないってヤツだ。人型を取らないタイプの完全異形。目も……目、あれは眼と言っていいのか……。
 ん、これ以上ペラペラ話すのはちょっと可哀想だし、黙っておいてあげよ。

 アタシが目を瞑り眠ろうとすると、頬にすり、と冷たい指が摩った。

「ラムズってアタシに執着してんの」
「なにその質問」
「自分が眠るのに心地いいってだけか」

 なんで尋ねたのかわからない。「してるよ」と答えられたところで、悪魔の言葉を、ラムズの言葉を鵜呑みにすることはない。コイツが人を誑かすのは朝飯前だ。

「してるよ。愛してるし」

 思わず眉を顰め、顔を上げた。ぱちぱちと目を瞬く。──すっ飛ばして愛してるとかフツー言う? テキトウに喋りすぎでしょ。

「ラムズに愛されたら不幸になりそう」
「あー。けっこう間違ってない」

 彼はくつくつと笑って答える。

「今言われても愉しくない。近いうちに抱いてくれんでしょ、そんとき言ってよ」
「愛されたいの?」
「まあ? ラムズになら」
「なんで?」
「強くてかっこいいから?」
「酷ぇ理由」
 みんなこんなモンでしょ。「じゃあそういうおまえはナニ?」
「んー。いい匂いで美味しいから。あと俺のものだから」

 アタシは目を胡乱に細める。

「いつそうなったし」
「ずっと前から。……というか、もっと懐けよ? こんなよくしてやってんのに」

 ……まあ? かつてはアタシはもっと魔法が下手で、幹部でもなくて、魔族に絡まれることもあったっけ。たしかに初め面倒な輩はラムズが殺していたし、幹部で馴染めるようにしてくれたような気も……しなくもない。あのアーサーという女の拷問の仕方を教えてくれるのもラムズだ。

「後進を育てろとか魔王に言われてんでしょ」
「否定はしねえが」

 しばらくの沈黙のあと、ぽつりと零した。

「……懐いても、返ってこないじゃん」

 ラムズが強欲に閾値を取っていて、宝飾品に執着しているように、アタシは色欲がかなり高い。だからいちばんほしいのはソレだ。でもラムズはソレを与えてくれない。魔法や拷問は教えてくれても、好きなものはくれない。
 甘氷を紡いだような声が落ちる。

「ごめんね」
「別に。諦めた」

 百年間ずっとこうだもん。
 ラムズは首筋や耳朶に口づけを落として、それから唇に触れるだけのキスをした。

「俺もシたいよ。俺のかわいいシェリン」

 だから違うってば。
 ラムズが体を抱き寄せる。いい匂い。胸元に頬を擦り付ける。眠気に沈んでいく体の感覚が心地いい。吐息をそっと落とす。

「ねぇ。もっかい言って?」
「ん?」
「さっきの」

 「ああ」と笑うと、顔を首筋に埋める。灰に沈むような甘苦い声が、鼓膜を撫でていく。

「好きだよ。愛してる。俺のシェリン」

 ……心地いい。もっと言われたい。愛されたい。抱かれたい。もっと気持ちよくなりたい。
 ラムズに言われるのがいちばん気持ちいい気がした。こうして彼の魔力に包まれて、彼の声で「シェリン」と呼ばれると、本当に愛されているような気になってくる。耳馴染みがよくて、何度も聞いた気がして、アタシの中の何かと呼応しているような──。

 別に嘘でも罠でもなんでもいい。悪魔にとって大事なのは真実じゃない。愉しいかつまらないか、快か不快か──ただそれだけだ。

 彼が口を開く。

「焦らされるんだろ、いいのかよ?」
「……近いうちにって言ってたじゃん。今から高めておく」
「ストイックだな」

 ラムズはくつくつと笑って耳元にキスを落とし、小さく囁いた。

「嘘じゃない。飽きるほど抱いてやるから」


 ✧


 独房にはラムズがいて、アタシがいて、騎士のアーサー(もといグレース)がいる。アタシたちふたりが扉を開け顔を見せた瞬間、ベッドに磔にされていた彼女はゔーゔー唸りはじめてアタシと目線を合わせ、左右に体を振って暴れた。

「記憶戻してやる」ラムズが言った。
「……え?」
「魔王から許可が出た」

 記憶って……あの記憶? 生まれてから十年くらいの記憶がないって……ラムズは興味ないフリしてたのに、なにか知ってるってコト?
 女はいっそう声を大きくして金属音を立てた。ほんと五月蝿いな、コイツ。

 アタシはピストルのように指を立て、バン、と一発魔法の空砲を打った。女の目玉に見事命中。力なく呻いて涙を落としている。

「なんで今? ずっと前から言ってたのに、無視してたワケ?」
「困ってねえだろ」
「そうだけど。気にはなるし」
「薬飲めば、じきに記憶が戻ってくるから」

 ラムズは緑色の小瓶を取り出すと、ぐぃと煽ってアタシに口づけた。わざわざ口移ししてくれるなんて、お詫びのつもりか? ま、有難く受け取らせてもらう。
 ぬめりのある液体が喉を通り、そのまま冷たい唾液が混じり合う。少し外してはまた角度を変え、唇を何度も触れ合わせた。

「んっ……は。ぁ……」

 いつもよりキスが長くて、背伸びをして首に手を回した。しばらくして顔を離し、またちゅ、と短くキスをされて額を合わせる。

「こんなキスしといて、いったいいつ〝近いうちに〟がやってくるワケ?」

 ラムズはどこか悪戯っぽく笑った。「じゃあ今?」

「え? ほんと?」

 アタシはラムズの体を掴みまとめて短距離転移を使い、一瞬でベッド上に投げ落とす。ラムズの腰に跨り、上半身を倒してキスを続ける。よし、コイツの気分が変わんないうちにヤってしまおう。

「ん゛ん゛っ! ん゛んんん!」

 ──五月蝿いな。
 隣で縛られていたアーサーが体をねじってこちらにぶつかろうとしてくる。せっかくの愉しみを邪魔すんなっての。

「邪魔。あとで相手してやっから」

 アタシは冷たく言い落とすと、両手首を縛っていた鎖を切り、彼女をベッド下へ突き落とした。ガシャン、と思ったより大きな音が鳴る。猿轡が壊れたか? まーいっか。

「続きしよー? ラムズ」

 彼は半回転してアタシを組み敷き、小さく笑ってキスを落とす。
 ほんとにシてくれんだ。なぜかアーサーの部屋だけど。それはどうでもいい。コイツに対する嫌がらせか何かかもしれない。実際騒ぎまくってたし。

 ラムズはアタシの胸元に手を伸ばした。

「逃げなさいシェリン!」

 高い喚き声に目を瞬く。アーサーの声だ。

「早くそいつから離れて! その男はあなたの父親なの!」

 …………は?

 ラムズは上半身を起こし、唇を緩く傾けた。

「今回もお預けだな? またな、シェリン」

 三日月みたいに嗤う唇が残って、転移で消えた。

 は、え? どういうこと?

 慌てて彼を追いかけようと魔法を使おうとしたら、全魔力が塞き止められてることに気づいた。さっきの記憶を戻す薬に、魔力封印まで施されてた?

 というか、ナニ。父親? なんの話?

 アタシは眉を潜めてベッドから下り、芋虫状態で床で喚く女騎士の腹を蹴り飛ばした。

「なにしてんだよ? お前のせいでラムズが逃げただろ!? 気持ち悪りぃこと言ってんじゃねえよ!」
「っげ、ほ。くっ……ぁ、逃げ……逃げっ、て」
「うるさいな。なんの話!?」

 アタシが拷問するときは決まって猿轡が噛まされていたから、初めてまともな声を聞いた。普段は温厚なアタシだけど、百年越しの願いが叶えられたのを全部この女におじゃんにされて、低値の憤怒が牙を剥いていた。

「どうしてくれんだよっ!? アイツ気分屋なんだよ、次部屋出てもヤってくんねえだろうが!」

 頭をヒールで押し潰し、ぐりぐりと髪を捻り切るように床に押し付ける。

「っしぇ、り。んっ、しぇり」
「黙れ。お前に呼ばれたくない」

 もう一度蹴り飛ばすと壁の端まで女が吹き飛んだ。背中を大きく打ち付け、表情を歪めて血を吐く。さっきから聖魔力を吸い取る魔法円が光りっぱなし。こんな雑な暴力でも相当堪えているらしい。

「にげ……っ。にげて。だまそう、とっ……りよう、されて」

 頭が痛い。目眩がして軽くふらついた。

「なんなの。お前がアタシの記憶に何か関係あるワケ。またラムズが父親だとか言うなよ。悪魔は瘴気から生まれるもんだ、アタシには父親も母親もいない」

 苛立ちを堪えて放ると、女は苦しそうに首を振った。

「まれ……に、うまれる。しぇり、ん。は、ハーフ。人間と、悪魔の……。あなたっ、は、私……の、」

 女が何か言ってる。声が聞こえる。みるみる意識が遠ざかって、視界がぼやけた。アタシは床にどさりと倒れ、流れゆく記憶に身を任せた。