1.アカデミックハラスメントによる損害
アカデミックハラスメントを受けた学生は、学校に通えなくなってしまうことがあります。通学できない期間が長くなると、単位の取得に影響が出て、留年したり、卒業年度が遅くなったりすることに繋がります。
こうした損害は、どこまで賠償を求めることができるのでしょうか?
昨日ご紹介した名古屋高判令7.4.25労働判例ジャーナル163-30学校法人東海学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.学校法人東海大学事件
本件は大学院生が原告となって、指導教官から人格や尊厳を侵害する不当な叱責を受けたなどと主張し、指導教官Bと学校法人に対して損害賠償を請求した事件です。
一審が、ある叱責行為の違法性を認め、原告の請求を一部認容したところ、原告側・被告側の双方から控訴がありました。
二審も双方の控訴を棄却し、原審を維持しています。
昨日は叱責行為の違法性についての判断に焦点を当てましたが、本日、注目したいのは損害論に関する判示です。
二審の裁判所は、次のとおり述べて、
授業料及び教育運営費の損害賠償請求を認める一方、
卒業が遅れたことによる逸失利益の損害賠償請求は否定しました。
(裁判所の判断)
・令和4年度分の授業料及び教育運営費について
「1審被告らは、本件叱責後(本件叱責=令和4年5月15 括弧内筆者)も1審原告が本件大学院の講義に出席していたことからすれば、上記授業料等は本件叱責による損害に当たらないなどと主張する。しかし、本件叱責後、1審原告が出席したのは1審被告Bとは別の教員の講義であり、その回数も3回にとどまるのであって、それ以外は本件大学院に登校できなくなったことが認められるから、上記授業料等相当の損害が生じたと認められる。」
「また、1審被告法人は、1審原告がハラスメント相談窓口を一切利用しなかったから、本件叱責と本件大学院に登校できなくなったこととの間に因果関係はない旨主張する。しかし、前記のとおり本件叱責による1審原告の精神的打撃は大きいことなどに照らせば、仮に1審原告がハラスメント相談窓口を利用したとしても令和4年度中に本件大学院に復学できたとは考え難く、1審被告法人の上記主張は結論を左右しない。」
・逸失利益について
「1審原告は、本件叱責によって本件大学院の卒業が少なくとも1年は遅くなったことから、平均初任給額の12か月分に相当する逸失利益の損害を認めるべき旨主張する。しかし、前記・・・のとおり、1審原告が本件大学院を卒業しても、就職して収入を得ることになったのか又は研究を続けることになったのか、就職したとしていくらの収入が得られたであろうかなどの予測は困難であることからすれば、本件叱責により逸失利益が生じたと認めることはできない。」
3.慰謝料以外にどのような損害項目が認められるのか
ハラスメントである以上、違法性が認められれば、幾ばくかの慰謝料が認められるのが通例です。
しかし、慰謝料以外に、どのような損害項目が認められるのかは、それほど事例の集積があるわけではありません。
本件は、授業料及び教育運営費の損害賠償を認める一方、逸失利益の請求は否定しました。
アカデミックハラスメント事案の損害項目を考えるにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。