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舞台袖の保護者たちと次の舞台

 閉幕後の舞台袖から、楽しそうに会場を後にするアヤとメイの後ろ姿を見つめる二つの影。さっきまで舞台上で()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の脇を肘で小突く。


「――アヤは一体何をしているんだ」

「別に中佐もそれくらい許してあげてくださいよ。すっごく楽しそうですよ?」

「笑一、お前がもう少し家の中で構ってやればこうならなかったと思うが?」

「どうなんですかねぇー。さっきも思いっきり殴られたので僕の言葉を聞いてもらえるかどうか」

「どうせお前があいつを怒らせるようなことをしたんだろ?」

「あはは……まぁいつもの手癖がでちゃいまして」


 宮都中佐は呆れたように溜息を吐いて肩を落とした。

 最後までアヤとメイを目で見送った二人は、廊下に溜まっている裏方や共演者に挨拶をしながら楽屋へ向かう。


「まさか本当にあった話とは誰も思わないでしょうね」

「それでいい……さて、我々も残る仕事をしよう」

「はぁーここから残業か。着替える時間くらいほしいんですけどねぇ」


 笑一は楽屋の扉を開けるなり、げんなりと口先を尖らせる。


 部屋の中央に置かれている長机の上には大量の事件報告書が積み上がり、その傍には電話回線傍受用の機器。壁には世界地図と帝国領の地図が並んで掲げられており、その向かいの壁に掲げられている黒板には「御庭番衆」の構成メンバーと行動記録の詳細、さらにスズカの顔写真と内定調査の結果が貼られている。

 床には、アヤが「リン」としてもたらした情報の数々が新聞とともに足の踏み場のないほどに散乱しており、笑一は慣れたように隙間を飛び跳ねながら椅子に座った。対して宮都中佐は床の書類を踏みつけながら笑一と向き合うように椅子に腰を下ろす。


 笑一はおもむろに足元に落ちていた新聞を手に取った。


「中佐、それで尋問の進捗はどうなっていますか?」

「死んでも口を割らんとさ。恨み言ばっかりぶつけられたよ」

「あらら……あんまり強情だと本当にこの記事みたいになっちゃうぞーって伝えないと」


 笑一は陽気に新聞の第一面を指で示した。

 そこには、金井財閥の次期当主の家が焼き討ちされてしまった事件の見出しがある。

 死亡者の中には次期当主とその配偶者「金井スズカ」の名前もしっかりと記されていた。貧民救済と富豪の打倒を叫ぶ過激派がなぜか警備が手薄になった日を偶然狙い、屋敷を焼き討ちしたらしい。


 だが、真実は異なる。

 少なくとも金井スズカは死んでいない。


 笑一の躊躇いのない殺気を纏った笑みを、宮都中佐は一瞥して制する。


「冗談でもそういうことはいうな。殺し殺されの終わらぬ因果律はここで止めないといけない」

「……ちなみに、アヤちゃんがあいつを殺していた場合はどうするつもりで?」


 ここで宮都中佐は、机に並ぶ報告書の中からアヤが毎日送ってきた調査報告書を一枚だけ手に取った。


 日付は、ちょうどアヤがリンとしてスズカと邂逅した日と同じ。

 そこには、親の仇をみつけた興奮と迷い、そして悲しみが、殴り書きされている。


 こんな報告を送ってきたのは初めてのことで、宮都中佐もよく覚えていた。


「そのときは私が責任を持ってお役御免を言い渡すつもりだったさ」

「それでも中佐はギリギリまで助けに行かなかったわけだ。アヤちゃんが死んでいたかもしれない……それか、これも全て中佐のシナリオ通りなのか。まぁあの日の朝に引き止めて連れ帰らなかった僕にも責任はあったのかもしれないですけど、中佐に『好きにさせろ』と言われていましたからねぇー」

「お前怒っているのか?」

「そりゃ、結果的に自慢の妻が傷物にされているわけですからね」


 いつも閉じているように見える笑一の目がスッと開く。

 宮都中佐は鼻を鳴らして笑一の抗議を一蹴し、何枚かの報告書を彼に投げ渡した。


「非常に難しい判断だったのは間違いない。だが、アヤが我々と今後も共に歩めるのか、試す必要があったのは理解しろ……まぁ今回はそれ以外にも大きな収穫があったわけだが」

「金井財閥の御令嬢を味方に引き込めたのは幸運でしたね。頭のキレる子は僕も好きですよ」

「……残念だが、アイツは化け物だよ。我々を無理やり引きずり出したわけだ、アヤを使って」

「アヤちゃんを?」

「お前が持っている報告書を読んでみろ」


 笑一は受け取った報告書に慌てて目を通す。

 そこには自分の不始末のせいでリンとして役割を演じることが難しくなっていることや、正体を怪しまれている旨が詳細に記されていた。具体的に「リンへの質問には『リン』」と呼び、リンを演じているアヤに向けて語りかけるときは「貴女」と呼ぶなど、細かく使い分けていることなどが書かれている。あの試験の日からメイはリンの正体を探っていたということの証だ。


 笑一は「なるほど」と頷き、報告書を宮都中佐に返却する。


「素性を偽っているメイドがやってきた。だけども害意は感じない。むしろ反対に献身的にお世話を焼いてくれる……つまり、誰かに命令されてやってきたと考えたわけですね」

「そうだ。しかし、どうやって連絡を取り合っているかは不明。そこで考えたのが……」

「自分の窮地にアヤちゃんも巻き込むと……ははっ、確かに化け物だ」

「しかも、我々の正体や目的に勘づいてからは、それを利用し始めた。自分の掲げる理想のために。我々のような存在は、アイツにとっても今後もっと必要になるだろうからな。末恐ろしい娘だ」

「結果的に協力関係を築けたけど信頼できる相手かどうか……ということですね」


 宮都中佐は静かに頷く。


「だが、アイツもアヤもお互いに心を通わせているのは本当らしい……アイツも、アヤも、殺すことはしなかった。結果的に全てうまくいったわけだ」

「そうですね。アヤちゃんについてもしばらく注意して見守っておきます」

「あぁ、そうしてくれ……」


 ここで宮都中佐が煙草に火をつける。

 目で笑一にも吸うように促し、二人で一服。


「あー、さっきの『殺さなかった』というので思い出したんですけど、本当に御庭番衆(あいつら)が復活していたとは驚きですよね。しかも、若いのにかなり手広く根を下ろしているらしい。ははっ、いまだに信じられません」


 笑一が巨大な電話の傍受装置を目に皮肉っぽく笑う。


「スズカは仲間のことを『お姉様』と言っていたが、何人かいるらしい……今別件でそれも調査を進めているところだが、判明にはしばらくかかるだろう」

「何が目的なんでしょうかね。ミュラーの件も、今回の件も……」

「さぁな。ただアヤを殺そうとしなかったところを見ると、少なくとも向こうも我々を追いかけているのは間違いないだろう。ただ、それにしても大規模すぎるのが気になる」

「帝政前の政治体制の復活なんて掲げている割には、かなり現代社会に溶け込んでいるような……だってアレでしょ? また武士の世を作ろうとしている奴らでしょ? 中佐はどう思います?」


 宮都中佐はここで天井の蛍光灯を見上げ、口に蓄えた白煙を勢いよく吹きかける。

 虚な目の中には複雑で悲しい感情が見てとれた。


「…………さぁな」

「なにか知っている感じですか?」

「……いいや、わからん。今から調べるところだ」

「まぁ……僕たちとしては、旧時代の遺物たちにはさっさとこの世からご退場いただく……ということで」


 笑一はヘラヘラと笑いながら力強く灰皿に煙草を押し付ける。

 相当の恨みでもあるかのように、火が消えても、煙草が完全に押し潰されても、笑一はしばらく煙草を押し潰していた。その様子から、明確に『潰す』という意思が見える。


 だが、宮都中佐はその光景を黙って見守るだけ。

 やめろとは言えない事情があった。

 むしろ宮都中佐は、憐れみや申し訳なさが混じった複雑な表情を浮かべ、灰皿の上に煙草を乗せて席を立つ。


「さて……掃除でもするか」

「そうですね。さっさと片付けましょう」


 二人は席を立って、片付けを開始。

 しかし、大まかに書類の整頓が終わったときだった。



 ――コンコン


 突然楽屋の扉をノックする音が二人の耳に届いた。

 分厚い金属製の扉で蓋をされているせいか、普通よりも音がはっきりと響いてしまう。

 二人は咄嗟に作業の手を止めて警戒体制に入った。


 そもそも楽屋までの道のりは隠し通路を通らなければならず、それでも念の為にということで、楽屋の前には『関係者以外立ち入り禁止』の看板を立てており、普段来訪者がやってくることはまずあり得ない。


 それゆえ二人は不意を突いて訪れた来訪者の気配に、思わず顔を見合わせてしまう。



 ――コンコン


 先ほどよりも強いノック。

 宮都中佐が「私が出よう」とそそくさと扉の前に出る。


「はい、どちら様でしょうか?」


 声は穏やかに、お淑やかな看板女優の雰囲気を纏わせて。

 宮都中佐は扉越しに相手の素性を確認する。もちろん、その右手には自衛用の短刀がしっかりと握られていた。


 だが――ほどなく聞こえてきた来訪者の声に、緊張は一気に和らぐ。


「姉上、私です」

「……陛下」


 それは道を別れた弟の声だった。

 アヤとメイ以外の観客――それが帝国の最高権力者であり、宮都中佐の弟のことだった。

 今日はお忍びで公演を観覧。

 実は今回の演目は、『八咫烏』が主催した皇帝への状況報告も兼ねた欺瞞興行だった。


 宮都中佐はすぐに背後へ振り返り、拳銃を構える笑一に目配せを送って銃口を降ろさせる。

 

 皇帝ならこの楽屋の存在は知っているから問題ない――と、宮都中佐は咳払いをして、普段の落ち着きの払われた声で扉の向こうにいる相手に声をかけた。


「陛下、なにか緊急のご用件でしょうか?」

「その……一言だけ…………とても素敵な舞台だったと姉上に伝えたくて。あと、久しぶりに……天覧席から妹の元気な様子も見ることができて……嬉しくなってつい……若いときの姉上にそっくりになっていて、その――」


 ここで宮都中佐が言葉を遮る。


「陛下……ここは危険です。侍従たちが騒ぐ前にどうかお戻りを」

「ははっ、()()()()()()()()()()()のことなんて誰も心配しないですよ……姉上、事態は刻々と悪化しております。それだけ忠告に参りました。私はまもなく『連邦』か『合衆国』かどちらに与するか決定しないといけなくなりそうです」

「……どういうことですか?」

「……詳しくは封筒にまとめておきました。姉上のご武運をお祈り申し上げます」


 ほどなくして気配は完全に消える。

 分厚い鋼鉄製の扉を開けると、足元に落ちている封筒が目に入った。


 慎重に手に取って中を確認する。筆跡から宮都中佐は皇帝の直筆文であると判断。

 そこに記されていたのは、皇帝しか知り得ない重大情報の数々だった。


「――っ!」


 宮都中佐の表情が一瞬強張る。

 だが、すぐにいつもの冷静沈着な顔色を取り戻すと、後ろに控えていた笑一の肩に手を置いて真剣な眼差しを向けた。


「おい笑一、次はお前とアヤが主役を張ってくれないか?」


 どうやら大きな事件が起こったらしいと、笑一は宮都中佐の頼みを間髪入れずに受け入れる。


「任せてください。そろそろ僕も大きな役がほしいと思っていたところだったんで嬉しいです」


 こうして二人は新しい舞台へ羽ばたく準備を密かに開始したのだった。


お疲れ様です。

ここまでで「一巻分」が終わりということになります。

まだまだ明かされていない謎は残っておりますが、しっかりと回収する予定です。ここまで読了いただいた読者の皆様には感謝申し上げます。ぜひ感想やブックマーク、評価ポイント(星です)を頂けますと幸いに思います。

(大切なお知らせ)

10月中は誤字脱字などの文章の改稿作業に当てさせていただきます。皆様の感想を参考にさせていただき、より魅力的な作品として仕上がるようにしてまいります。

次はどんな舞台が待っているのか、みなさん楽しみにしていてください。

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― 新着の感想 ―
楽しませてもらいました。次のページが気になる流れがドキドキします。また、落ち着いてら続きをお願いします。
1巻分の投稿お疲れ様でした。ハイペースな投稿でストーリーの鮮度が残ったまま次のお話が読めたのでとても読みやすかったです。文字特有の表現の伏線(ヒント)も最後にスッキリする形で読めたのも気持ちよかったで…
演技指導どころか本人主演かよ…全くアヤちゃんに悟られずに。まだまだ中佐の底は見えなさそうだ。それに笑一氏は武闘派っぽいし、お二人の実力が発揮される場面が楽しみ。
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