おかしい。こうなるはずでは無かったんだが。
装備やアイテムの補充を済ませていざもう一度ムーンゲートを潜ったところ、何故か全く知らない場所へ飛ばされていた。てっきりシャーレの部室に着くと思っていたのだがまさかゲートでの着地位置がランダムとは……。
今私の目の前には雪プチ……いや、小柄でもこもこな白髪の少女がその躯体には不釣り合いとも言える大きな銃器を携えて対峙していた。当たり前だが警戒されている。音もなくゲートによって彼女の執務室らしき所に出てきたのだから当然だろう。今なお攻撃はせず様子見してくれているだけ温情があると言える。
「それで?こちらの質問には答えてもらえないのかしら。このままだと捕らえるしか無くなるのだけど」
やはり優しい子だ。未だ警告で済ませてくれている。
どうしたものか。この子であれば事情を説明して矛を収めてもらう事は簡単だろう。
しかしだ。この状況はある意味チャンスなのではなかろうか。私はまだキヴォトスの子と戦ったことはない。ここはあえて挑発して戦う事でキヴォトスのレベルと用意した武器の具合を確かめてみる良い機会なのではなかろうか。そうとなれば善は急げだ。
「ふむ、答える義理はないな」
「――そう。はぁ、めんどくさい……。それじゃあ、捕縛させてもらうわ」
彼女の言葉を皮切りに私はラッキーダガーと木刀を装備すると同時に白髪の子がこちらに肉薄してくる。
そしてこちらに銃口を向け――る事無くそのまま銃器で殴りつけてきた。どういう事だ?なぜ撃ってこない。あれは銃器の見た目をしただけの鈍器なのだろうか。とりあえず私は迫りくる銃をラッキーダガーでいなしながら木刀で彼女の脇腹を狙い打つが、彼女の翼に弾かれてしまう。
「木刀に短剣……?変わった武器を使うのね。背中に担いでるのは一体何かしら。あまり見たことのない形状の武器だけれど」
彼女はこちらに声をかけながらも攻撃の手は止まない。変わらず鈍器で殴りつけてきている。
「これはレールガンだ。あまり使うつもりはないから安心すると良い」
私もそれを躱しながら言葉を返す。技量もあるが速度も高い。ティラノサウルスと同等かそれ以上といったところか。馬適正もそれなりに高そうだ。
「そう。随分と自信があるのね、先生?」
思った以上に優秀だ、ペットに欲しいな……。
――――なんて?
聞き間違いでなければ、今私の事を先生と呼んだか?一体なぜ?
「チナツからの報告じゃ、戦う力は無いけれど指揮官としての能力が高いとの事だった。どうして隠していたのかしら」
ほう、先生は指揮官タイプだったのか。肉体の方はあまりに脆弱というか、一般人の域を出ないから少し心配だったのだが前線に出ないのなら大丈夫そうか。
「でもヘイローも無いのに私たちに挑むなんて、流石に無謀だと思うわよ、先生」
――ヘイロー。キヴォトスの生徒達の後頭部に浮かんでいる光輪の事だ。
そうか、そういえば私と先生はヘイローを持っていない。そして大人の男性だ。私の情報は先生とリンちゃんが広めていなければあの二人しか知りえないが先生はそうではない。となればヘイローの持っていない大人の男性=先生という図式が彼女達の中に出来上がってるわけか。どおりで発砲してくる事無く銃器で殴ってきていたのか。先生の肉体の脆弱性を知っていたが故に。
……これ以上は続けても無意味だな。
「すまない、まずは謝罪をさせてもらう。そして一つ勘違いを正させてほしい。私は先生ではない」
「――えっ?」
「うむ、その反応になるのも当然だ。少しばかり事情を説明させてほしい。いいかな?」
「えぇ……聞かせてちょうだい」
先生と出会った時の事とここにくるまでの経緯を粗方話した。
そして私がわざと挑発してキヴォトス民の実力を把握しようとしたことを話すと若干視線が冷たくなった気がする。
「そう……。貴方に体よく使われたって事ね、私は」
「それに関しては返す言葉もない……」
続けて謝罪を行おうとした直後、ドアが破裂するんじゃないかというくらい凄まじい勢いで開けられた。
「ヒナ委員長!物音が激しかったので急いでこちらへ来ましたが手遅れでしたか……!もう既にそこの男に好き勝手に使われてしまった後だなんて……!そこの男、覚悟しなさい!生きて帰れるとは思わないことです!」
「「――はっ?」」
白髪の子と比べると体格のある青髪の子が訳の分からない事を言いながら威勢よく入ってきた。誰だろうか。あと私にとんでもなく不利益な誤解をされているような気がしてならない。
「なぁ、あの元気な子とんでもない誤解をしている気がするんだが……。君はヒナと呼ばれていたな。私もそう呼んでも?」
「えぇ、かまわないわ。ゲヘナ学園三年の空崎ヒナよ。よろしくね」
「こちらこそ。よろしくついでにあの子の誤解を解いてくれると助かるんだが」
「任せてちょうだい。――落ち着いてアコ。私は大丈夫よ。気にしてないわ」
「なっ!?き、貴様っ…!!!」
違う、そうじゃない。その言い方では行為があった上でヒナが肯定してしまっている。ありもしない既成事実が作られてしまっただけだ。アコと呼ばれた子の顔を見るとすごいことになっている。血涙を流しながらこちらを睨んでいる。恨みの大きさによって与えるダメージが増える魔法が存在していたなら私はきっと一撃で殺されているだろう。
そしてヒナは何故かやりきった顔をしている。今ので誤解を解けたと本気で思っているようだ。
……もうどうにでもなれ。
「あー……ありがとうヒナ、助かったよ。うん」
「気にしないで。こういうのはお互い様よ」
「――ギリィッ!」
実際のところ何も助かってはいないし途轍もなく大きな歯ぎしりの音も聞こえてくるが先の一件で負い目があるので満足気なヒナに指摘するのも抵抗がある。このままヒナには喜んだままで居てもらって恨みはこちらが受け持つとしよう。いずれどこかで誤解を解く機会があるだろう。
「では急に邪魔して悪かった。私はこれで失礼させてもらうよ」
「えぇ。でも貴方はこれからどうするの?もし良ければこちらで雇われてみる気はない?お金ならちゃんと出すわよ」
「――は?」
「私は特に目的という目的はないから適当にこのキヴォトスを見て回ろうと思っている。金も特に困っていないから問題はな……」
いや問題あるかもしれないな。ここは異世界だ。であるならばこちらの通貨が通貨として機能していないのではなかろうか。ヒナに確認してみるとやはりこちらの通貨であるオレンはキヴォトスでは使われていない事が判明した。
【悲報】Sランク冒険者、異邦の地にて無一文
笑えない。パルミア・タイムス*1に取り上げられようものなら確実に笑われる。
「その、しばらくの間厄介になっても、かまわないだろうか……」
「――ギリィィィッ!!!」
そういう事になった。
**********
「い、委員長……。本当によろしかったのですか?あんな者を招き入れるなど……」
彼は携帯を持っていないどころか存在も知らなかったようで、これでは連絡もまともに取れないので彼に費用を渡して携帯を買いに行かせた。彼は一体どんな世界から来たのだろう?同時期にキヴォトスの外からやってきたという先生という人は体が弱く銃弾一発で致命傷になってしまうようだが、短い時間だけとはいえ交わった私には何となく察する事が出来る。彼はそんなものでは恐らく傷一つ付かないのではないだろうか。
「彼の事だけれど、強いわ。それもかなり」
「え?でもあの男にはヘイローもありませんよね?一発撃たれただけで死んでしまうのでは?」
「どうかしらね。短い間だけでなおかつお互い牽制程度ではあるけど戦ったの。でも私は一撃も入れる事は出来なかった」
「えぇ!?委員長がですか!?」
「うん。それに近いうちにトリニティとの条約もあるでしょ?あれほどの戦力を放置して万が一条約に影響を与える可能性もあるかもしれないと考えると、放置するより友誼を結んだ方が良いかと思って」
「エデン条約ですか。確かにそうですね……。ヒナ委員長の言う通りならあの男がトリニティに与したとなれば厄介そうです」
「トリニティにならまだ良いわ。問題は他のゲヘナの勢力よ。万魔殿に行かれるのも嫌だしテロリスト達のところは論外。なら私たち風紀委員の所に居てほしいでしょう?」
マコトの所に行かれて嫌がらせの手段に彼を使われたら目も当てられないしテロリストも同様だ。捕まえられるビジョンがあまり浮かばない。
「た、確かに。……ならいっそシャーレもこちらに引き込んでしまいましょうか。大人の方を二人こちらに迎え入れられれば盤石です」
「……あまり勝手な事はしないでね。アコ」
「えぇ、勿論です。委員長」
大丈夫かな。まぁアコは基本優秀だし滅多な事はしないと信じよう。
今考えるべきは彼の事だ。この判断が間違っていない事を祈る。突然やってきた新しい風に、私は少し浮足立つのを感じていた。
**********
「こちらの機種もおすすめですよ!こちらは最新の機種で何と新しく――」
――なんて?
ヒナに携帯という機械を買いに行くように言われて来てみたのだが、店員から出てくる言葉が古文書より難解だ。マナも心なしか吸い取られているような気がする。ももとーくとやらをするための機械では無いのか携帯は。話を聞いているとやたら多機能の様に思えるんだが、そんな代物が固定アーティファクトでもなく量産されているなんてことありうるのだろうか?もしや私が世間知らずと見抜いてだまくらかそうとしていないか?そんな手には乗らないぞ?
「い、いや必要な――」
「あ、これ確かヒナ委員長と同じ奴だった気がしますね。機種はこちらでお願いします」
私が毅然と断ろうとしたところ、同行してくれていたヒナの属する組織である風紀委員会の者が話を進めてしまった。
彼女の名前は火宮チナツ。
ゲヘナ学園の一年であり風紀委員においては癒し手の役割を担っているらしい。前線の生命線だ。
彼女はそれから店員に負けず劣らずの難解な呪文を唱えながら会話を進めてあれよあれよと携帯の購入を終えた。
「どうぞ、これが貴方の携帯です。ヒナ委員長と同じものですから、もし分からない機能があれば委員長に聞けば教えてくださると思います。もちろん私でもある程度答えられると思うので遠慮なく聞いてくださいね」
「ありがとうチナツ、とても助かったよ。しかしやたら色々な機能が備わっているようだが事実なのか?今でも信じられないんだが」
「えぇ本当ですよ。ではまずは写真を撮ってみましょうか。一通り基本的な機能を試しましょう」
それから二人のツーショット写真を撮ってみたり周りの風景を映像として残してみたり、モモトークの使い方を学んだりした。まさか本当にこの小さい機械一つでこれだけの機能が備わっているとは……。特にモモトークとやらはあまりにぶっとんでいる。一瞬にして手紙のやりとりをこの機械一つで済ませる事が出来る。距離の制限も基本的にないらしくこれが固定アーティファクトではないとは、キヴォトスの技術はイカれている。もうこれを手土産にノースティリスへ持ち帰るだけでも十分なのではないだろうか。ノースティリスに残っている機械は遥か昔の遺物を見よう見まねで使っているものだったはずだが、旧文明にはこういったものは当たり前だったのだろうか。だとしたらなぜこれだけの技術がありながら滅んだのだろう。
「なるほど、大体分かってきたと思う。これでもまだこの携帯の機能の一部でしかないのだろう?キヴォトスの文明は凄いな」
「私としては生まれた時からこれが当たり前だったのであまり実感はありませんが、携帯が存在しない世界というのは中々想像出来ないですね」
「そうだな。私のいる世界はこちらから見れば遅れているのだろう。いや、過ぎ去った時代というべきか。イルヴァにもこれくらいの機械があった時代があったみたいだが、遥か昔に滅んでしまったらしい。世の儚さが窺えるな」
そんな雑談を挟みながらゲヘナ学園の方へ足を向ける。それにしても流浪の冒険者だったはずの私が、異世界では治安維持の組織に加わるとは……。
「――ふふっ」
「どうしました?急に」
「いやなに。私がノースティリスに居た頃はどちらかと言えば治安維持部隊の者に良くも悪くも迷惑をかける側だった筈なのだが、ここキヴォトスでは一時とはいえ治安を維持する側に回るのが少々面白くてな。私の世界の者たちが今の私を知ったら、さぞ面白い顔をするだろうな」
「……一体何をしてきたんですか?いえ、聞くのも怖いのですが」
自分が犯罪者になった事に気が付かぬまま王都に入り、そのままガードと大乱闘に発展したり、カジノの壁を掘りすぎて犯罪者になってしまいそのまま開き直ってカジノの壁や施設を根こそぎ奪ったりなど色々あったが、バカ正直に話してもきっと彼女らに良い影響は与えないだろう。胸に秘めておいた方が良さそうだ。
時折ガードと戦った事や、逆に戦争依頼で治安維持部隊の者と肩を並べて戦った事などを軽く話しつつ、ゲヘナ学園へ戻っていった。
イルヴァ豆知識
・パルミア・タイムス
今日の君の運勢は「ハマグリ」だよ!だよ!
つまんない
土地の権利書をアビドス砂漠で読んでカイザーと一悶着起こしてぇ~。