392 ロミオの行方
食べ歩きをしながらようやくたどり着いた冒険者ギルドでは、危惧していたような騒動は一切起こらなかった。
思った以上にフランの存在が知れ渡っていたのだ。
ランクA冒険者に軽々と勝利した黒雷姫の異名を持つ凄腕で、有名冒険者であるコルベルトを舎弟にしていて、あのカレー師匠の弟子で逆らうとカレー料理の店を出禁になるという、なんとも言えない情報が冒険者の間に流れているらしかった。
全く外れてはいないけど、間違ってはいるんだよね。微妙な尾ひれの付き方だ。そのおかげで絡まれない訳だから、あえて訂正はしないけどさ。
冒険者ギルドでは、リンフォードとの戦いで共闘したこともある、ギルドマスターのガムドに面会する。だが、まだガルスの行方は分かっていなかった。
「フラン嬢ちゃんに行方を尋ねられた後、こっちでも色々と情報を集めてみたんだが、芳しくはなかった」
「そう……」
その後、以前ガルスの行方を調べてもらった、情報屋兼冒険者のレグスとも再度情報を交換したのだが、彼もガルスの情報は持っていないらしい。
「少なくとも、バルボラには戻っていないな」
都市内の依頼を専門にこなすレグスの情報網はかなりのものだ。その情報屋レグスが戻ってきていないというのであれば、間違いないだろう。
それでも一応鍛冶師ギルドには行ってみたが、こちらでもガルスの情報は一切ない。やはり無駄足だったかと思ったのだが……。興味深い情報を一つだけ聞くことはできた。
「ガルスを連れて行ったと思われるアシュトナー侯爵家だが、王都で少々動きを見せている。鍛冶に利用可能な素材を方々から集めているらしい」
それは、かなり怪しいな。
「表立って集めているわけではないが……。いくら名義を偽ろうと、間に仲買人を挟もうと、俺たちの目は欺けんよ」
やはり王都で開催されるというオークションに行く必要があるな。そこで出会えればいいし、出会えなければアシュトナー侯爵家があやしいってことだ。
『ガルスの行方が分からなかったのは仕方ないが、切り替えて孤児院に行こう』
「ん」
やや暗かったフランの表情が柔らかくなる。孤児院の子供たちとは顔見知りだしね。
孤児院の入り口には、以前にはいなかった門番がいる。アマンダが責任者になって、防犯面でもしっかりしたらしいな。
門番は元冒険者の獣人の男性で、フランのことを知っていた。そのおかげですんなり中に入れたんだが、すぐにフランの姿を発見した子供たちが寄ってくる。
「あ、フランだ!」
「フランお姉ちゃん!」
「ウルシもいるぞ!」
大歓迎だね! ウルシの怖い顔も気にならないらしく、子供たちがそのフカフカの毛に抱き付いてキャッキャと喜んでいた。ウルシもご満悦だ。巨大化して寝そべり、尻尾をファッサファッサ動かす。すると、その尻尾に撫でられた子供たちがさらに歓声を上げていた。
巨大化したらさすがに怖がる子がいるかと思ったが、全然平気らしい。孤児院の子供たちは逞しいね。というか、こちらの世界の子供が逞しいのかもしれんが。
子供たちの騒ぎを聞きつけたのだろう。建物の中から大人が飛び出てきた。子供が襲われているとでも思ったのか、武器を持って厳しい顔をしている。
知った顔だな。1人は野菜くずから超絶品スープを作り出す凄腕料理人のイオさんだ。ただ、もう1人がここにいるのは予想外だな。
「シャルロッテ?」
一緒にリンフォードと戦った舞姫、シャルロッテがいた。
「フランちゃん? お久しぶりです。ウルシちゃんも!」
「オン!」
話を聞いてみると、なんとシャルロッテはこの孤児院の出身らしい。孤児院の窮地を救ったアマンダと、そのアマンダに連絡を取って孤児院の窮状を訴えたフランに非常に感謝してくれていた。
「でもフランちゃんでよかった……」
「どういうこと?」
「実は――」
シャルロッテたちがこれだけ速く飛び出してきたのには理由があった。なんと、2日ほど前に、指名手配されている賞金首が訪ねてきたというのだ。
「一応、変装はしていたのですが、間違いないと思います。あの巨大な邪人と戦った時に、近くで見ましたから」
「ゼロスリード……。なんでここに?」
なんと、ゼロスリードが孤児院にやって来たのだという。そして、3歳ほどに見える1人の少年を、預かってほしいと頼んできたらしい。その姿はとても凶暴な賞金首には見えず、真摯な表情であったという。
「亡くなった知人に託された子供だが、自分は子供など育てられない。自分と一緒では子供が耐えられないだろう。金も払うから預かってほしいと……」
かなり過酷な旅をしてきたらしく、子供は疲れた様子だったらしい。
「その子供の名前は?」
「ロミオというそうです」
やはりロミオか! つまり、ゼロスリードは裏切った相手であるミューレリアの最後の願いを叶えようとしていたってことなのか? なんでだ?
「その子はどこ?」
「いえ、結局預かりませんでした」
「なんで?」
最初、シャルロッテはその場におらず、対応したのは今ここにいない院長先生だったらしい。そして、院長先生がロミオを受け取ろうとすると、泣き叫び暴れて、どうにもならなかったという。イオさんなどでも同じで、ゼロスリードが抱き上げるとピタリと泣き止み、笑顔さえ見せるのだ。
ゼロスリードが距離を取っても同じで、ある程度離れるとやはり泣き叫んだらしい。
そして、これだけ懐いている子供を男性から引き離すのは忍びないと考えた院長たちは、ゼロスリードにもう少し面倒を見たらどうだと提案したのだという。本当に面倒を見られないのであれば、改めて預けに来ればいいと。
結局、泣き叫ぶロミオを無理やり押し付ける事も出来ず、ゼロスリードは少年を抱き上げて去っていったらしい。その去り際にシャルロッテが出くわしたという訳である。
「正直、最初は別人かと思いました。以前出会った時とは比べ物にならない程、雰囲気が落ち着いていたので」
「あのゼロスリードが?」
「はい」
色々と信じられん。ゼロスリードがロミオを救出してバルボラの孤児院に連れてきたということも、あの暴力的な気配を剥き出しにしていた男が子供に懐かれたということも、信じられない程落ち着いていたということも、全てが信じられなかった。
「ただ、放置はできなかったので……」
兵士に報告はしたものの、捕まえることはできなかった。そもそも、普通の兵士や騎士では被害が増えるだけで、触れる事さえできないだろう。
「ゼロスリード……何考えてる?」
『ミューレリアを裏切ってはいるけど、せめて手向けに最後の願いくらいは聞いてやってるってことか?』
(でも、結局子供を連れてった。何かするつもりかも。生贄とか)
うーん。単に連れて歩いてる間に情が湧いただけなんじゃないか? 子供が自分に懐いてるってなればなおさらだ。
俺はフランを見る。そして、フランと出会い、旅を始めた頃のことを思い出していた。もしゼロスリードがロミオに対して、あの頃の俺みたいな感情を得ていたとしたら? 子供を無理やり孤児院に押し付けて行かなかった気持ちも分からなくもない。
とは言え、これは俺の想像でしかない。やはり最悪を想定して、ゼロスリードの行方も気にするべきだろうか? フランの安全が第一なんだが、子供の安否はやはり気になるからな。
ちょっと風邪をひいてしまったので、今週は3日に1回更新とさせてください。