プルコルン・コルン(Perkolong Kolong)の響きには、夏風邪で寝込んだ夜、熱に浮かされた頭で聞いた遠くの祭囃子の面影がある。
などと思いつきで書いてはみたものの、実は夏祭りの夜に夏風邪で寝込んだ覚えはない。ふと浮かんでしまったイメージは、子供の頃に熱を出して寝込んだ夜、近所の旅館の宴会場から歌声や芸者衆の器楽の音などが流れ聞えていた記憶が、夜の闇に響いていた祭囃子の音の記憶と混同されつつ、プルコルン・コルンなる未知の部分の相当に多い音楽の説明のために、苦し紛れに我が脳が無理やり造成したものであろう。
が、このイメージは、なかなか良いんではあるまいかとも思う。そう、プルコルン・コルンには、子供の頃に遠く聞いた祭囃子を思い起こさせるものがある。
プルコルン・コルンは、インドネシアはスマトラ島のローカル・ポップスで、現地ではおそらくはダンスミュージックとして機能している。くらいの事しか現段階では分からず。
手元に何本かのカセットテープがあるものの、CDには今のところ出逢ってはいず、また、この音楽を(もちろん現地で)ライブで体験したという人の話も聞いたことはない。いまだ我が国には未紹介に等しい音楽と言っていいだろう。
プルコルン・コルンの最大の特徴は、リズムの骨格を成す竹のパーカッションの響きである。どのような形状に細工されたものを、どのような状態で叩いているのかも現状では分からないのだが、ポコポコとのどかに鳴り響くのは、確かに竹を棒状のもので叩いている音である。
竹の音と、それを取り囲むように配されたインドネシアの民俗楽器群が織り成す複合リズムが、まるでインド洋からスマトラ島に寄せるさざ波の響きのように永遠の時を刻み、それに乗って、女性歌手の歌うマレー音楽の伝統に則った甘美なメロディが悠然と流れて行く。絶えることなく打ち鳴らされる竹の音。その響きは、まさに東アジア人すべての心の琴線に至る共通の秘密などを抱きつつ、空気を震わせているようだ。
いまだ我が国には未紹介の音楽と先に述べたが、プルコルン・コルンには、詳細不明の音楽という今のままのポジションであり続けて欲しいような気もする。私の個人的な夏祭りの思い出と奇妙に共鳴する音楽、という誤解を楽しんでいたいのである。などと要望せずとも、こんな地味なローカルポップスがわざわざ我が国に紹介される日も、まあおそらくは来ないのであろうけれども。
個人輸入とか、密輸とか、
密入国とか・・・。
アジア各地に「マリーナ号・支部」が、
きっと有るに違いない。
神秘の国インドネシア、行って見たいです。
音楽も神秘的かな?
この人、以前は大手ゼネコンに勤めていて外国でダムとか作る仕事をしていたんですが、そこで町に流れている音楽に感動し、「この音楽を日本に紹介するのが俺の天職だっ!」と一念発起、会社に辞表を叩きつけて音楽ライターと前記の店を始めたという剛の者です。仕入れルートはかっての同僚と取引先という次第。うまく出来てるなあ。
レオさま
密輸は、彼の友人がやったそうですよ。軍政下のミャンマーにタイから国境(単に河だが)を越えてカセット仕入れに行った人が実際、いたそうです。
jakkoさま
インドネシアはなにしろでかい国ですからね、神秘的な音楽、えげつない音楽、オシャレな音楽、なんでもありです。おいおい紹介して行こうと思っています。