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奇妙な友人






 彼女は私の唯一の仲間であり、唯一の上司。守護神の残りの二柱は未だ会えてはいないため、四守護神はその名に反し現在は私と彼女と二人だけになっている。
 そういう意味でも彼女は私のただ一人の仲間であり、リーダーと言う立場上この王国で王族を除き唯一私に命令を下せる地位にいる、ただ一人の上司。

「マーキュリー」

 いつも通りの軽口でそばに寄ってくる彼女を、私は黙って受け入れる。私にこんなに軽々しく寄ってくるものはこの王国では彼女以外皆無だ。立場も仲間であり上司だから、こんな風に声をかけることを、公私共に許されている。
 彼女はいかにも秘密の話をするように耳元に唇を寄せてきた。

 私はそれを拒まない。

「寝ましょう」

 そして彼女は、私の唯一の『友人』である。だから私は、その伸ばされた手を、つながれた指を否定することはしない。










 青い宵闇が室内を満たす中、私は素肌をベッドに埋めただぼんやりとしていた。先ほどまで自分の部屋で私のベッドで、所謂『情事』とかいうものをしていて、火照った体に冷たいシーツは心地いい。
 隣では彼女が私と同様素肌をシーツに埋め、一息ついてきたかと思ったら物言わず腰辺りに抱きついてきた。

「・・・ヴィーナス」
「・・・んー・・・」
「暑いわ」
「んー」

 涼を求めるにも眠りを求めるにも好ましい体勢とは言えない。私はやんわりとヴィーナスを押したが、彼女が離れてくれることはなかった。
 用が済んだらさっさと帰るだろうと思っていたのに。単に疲れているのかもしれないが、それならそうでここで寝るにしても離れたほうが快適だ。

 私の思考は間違っていないと思うのだけど。

 私と彼女のこのような関係は『友人』になってしばらくしてから始まって、何故か今まで続いている。愛の女神なだけにこの行為に対する相手など不自由しないだろうに、彼女は時折思い出したように私を選ぶ。
 これが友人に対し行なう行為なのかと思うと、実のところまあそんなものなのかと言うのが私の正直な感想だった。私にとってヴィーナスは初めて出来た友人なので、友情に関して自分の常識は信用できない。
 体を重ねあう。これが彼女にとって友情と言えばそうなのだろう。

「・・・・・マーキュリー」
「・・・?」
「眠る前に、少し話をしましょうか」
「話?」

 ヴィーナスの言葉に、改めて話をすると言うことは何か重大なことだろうか、と私は少しだけ姿勢を正した。と言っても背中から抱きこまれているので振り返ることも出来ないのだが。

「・・・何?」
「一応聞いときたいんだけど、あなたにとってあたしってどういう関係?」

 ヴィーナスの口調は仕事の進行ぶりを尋ねるようないつも通りさ。それなのに今更の質問で、私は却って困惑した。
 友人相手にこんなことを改めて尋ねたりするものだろうか。

 だが自分の常識にしがみつくのは賢明ではない。現に友人である彼女に関係性を問いただされているのだから、答えるのが礼儀と言うものだろう。

「・・・・・・・・・仲間で、上司」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・唯一の友人」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・たいせつな、ともだち」
「ふむ」

 そこでヴィーナスの腕の拘束が緩んだのを感じ、私は体を反転させ彼女のほうを向いた。可能ならば話をしている人の顔を見る。これは彼女自身に教えてもらったことだ。人と話をする時は、きちんと相手の目を見ること。
 振り向いて見た彼女は、愛の女神と言うよりは子悪魔めいた表情をしていた。何か私を陥れる言葉を思いついたらしい。それくらいは表情で分かってしまう。

 ブレーンだからではない。それは友達だから分かること。

「あたしはあなたにとって友達なのよね」
「あなたは違うの?」
「いや、違わない。マーキュリーはあたしにとって大切な親友よ」

 親友。どうやらヴィーナスが求めていた回答はそれだったらしい。私は図らずも無粋な回答をしてしまったわけで。
 私は自分が思っていたより彼女に思われているらしい。そしてそれはありがたいことでもある。私が得た唯一にして、大切な―親友だから。

「ただ、きっともうすぐ会える彼女たちとも友達になる」
「・・・・・・『マーズ』と『ジュピター』?」
「そう。同じ守護神なら、きっとウルトラ人見知りのあなたでも友達になれるわ」
「・・・・・・・・そう、なのかしら」
「仲良くしといたほうが色々面倒がなくていいわよ」
「・・・面倒をなくすために仲良くするものかしら」
「そういうわけじゃないけどね。志同じ仲間なんだから自然に仲良くなれると思うけど、ただ、あなたはとてもとても人見知りだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「仕事中とか超しかめっ面で顔怖いし、スーパー顔怖いし、ハイパー顔怖いしで誤解されやすそうで心配なのよ」
「・・・・・・・三回も言わなくても」
「だってこわいんだもん!友達でも傍に寄りがたいわよ」
「寄りがたがってるとは思えないけど・・・」
「ふぉーっふぉっふぉっ。そこは親友ですもの」

 でも、確かに彼女の言うとおりだろう。これから出会う志同じ仲間、仲が悪いのは決して好ましい事ではない。親友のアドバイスは素直に聞いておこうと思う。ここまで私のことを考えてくれるのは、正直ありがたいことだ。
 ただ、と思う。私がマーズやジュピターの友人になるのなら、ヴィーナスもまたマーズやジュピターと友人になるのだろう。

 なら、彼女はマーズやジュピターともベッドを共にしたりするのだろうか、と思う。勿論それを否定する権利も意思もないにしても、少しだけ引っかかるものがある。

 私はどうなのだろう。自分からしたいと思ったことはないし、まだ出会いもしない仲間たちとそういうことをする自分は思い浮かばない。
 そもそも、こういう行為を、友人だからってする必要はないわけで。

「・・・・・・・・・・・え、え?」
「・・・マーキュリー」
「・・・え?」
「顔、怖いわよ。また何か考え事してたんでしょ?」
「・・・・・・・・あ、えっと・・・まあ」
「まあいいわ。あと、もう一つ話すことがある」
「・・・・・・・・・・・なに?」
「あたしは今まであなたの親友だったけど」

 そこでヴィーナスは体を起こし私に覆いかぶさるような体勢になる。だが、体は密着はせず、シーツに立てた腕は真っ直ぐ伸びている。
 表情は、笑顔。

「今この瞬間であなたの親友をやめようと思う」

 それを言われて、私の心はざわついた。表情に出ているかは分からない。表情を顔に出さないように練習してきたから、こんなときでも私はポーカーフェイスを保っているかもしれない。
 唯一にして大切な親友。それを彼女はやめると言い放った。
 ということは、もう私がすることなどない。私が憤って理由を問い詰めようが泣いてその足に縋ろうが、もう友情はこの瞬間とっくに破綻しているわけで。

「・・・・・・・・・・そう」
「あら、リアクション薄い」
「やめようなんて言う時点で、私がどう思おうが終わっているって事でしょう」
「そうなんだけどねー、実は、今どころかとっくに終わってたわよ」

 そうさらりと言い放たれる言葉に更に言葉はざわつくが、彼女の表情から察するにやはり私の表情は変わっていないようだ。
 公的な場ならともかく、こういう場ではそれは無粋であると知ったのは、彼女と出会ってから、親しくなってからのこと。その彼女が。
 いつからか知らない。私が彼女を大切な友人だと思っていた頃、彼女は私との友情を断ち切りたいと思っていただけで。

「・・・・・・どうして」
「え?」
「どうしてか・・・理由くらい聞いてもいいでしょう」
「え、聞きたいの?分かってると思ってたけど」
「・・・私、あなたに何かした?」
「・・・ふっ・・・・あなた、やっぱり抜かりなくマーキュリーなのね」

 ヴィーナスは不敵に口角を上げる。
 彼女の言葉から察するにどうやら原因は私のほうにあるらしい。それはまあ当然か、とも思うが、別に何か重大な粗相をしたわけではない・・・と思う。
 私が彼女に敵意ある言動を向けた記憶も意思もない。嫌いじゃないからこんなことを出来るのだし。
 だけど、私の言動を受け止めるのは私でなくヴィーナスだから。私は不覚にも粗忽な言動を彼女に向けていたのかもしれない。

 そんな風に、まるで他人事みたいに冷静に頭で分析する。そうしなければ、頭が真っ白になってもう二度と使い物にならなくなりそうだったから。真っ白になってしまったら最後、友人としてだけでなく知性の戦士として仲間として部下としても必要とされなくなってしまいそうで。
 こんなときでさえ、私は感情的になることを許されない。これ以上彼女に嫌われるのは、嫌だったから。

「あたしはただ、マーキュリーがあたしと親友でいるの辛いんじゃないかと思ったんだけど」
「・・・・・・・・・・え?」

 それなのに。
 私の頭はあっさりと彼女のその言葉でスパークした。

「・・・・・・どういうこと?」
「やっぱりあなたは期待を裏切らないわね。予想は裏切ってくれるけど・・・あなたのそういうとこ、好きよ」

 どこまでも逆なでするような口調で。
 それでも彼女は、笑顔。

「言ってる意味が分からないわ」
「普通は友達同士でこういうことしたりしないもの」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
「これじゃ体だけのただれた関係だわ」
「だってあなたが・・・・・・そういうものだって」
「そうよね最初はそうだったわよね。まさか信じるとは思わなかったし・・・にぶちんは昔から相変わらずなのね」

 頭の中がヴィーナスのことを理解するのについて行けていない。
 今まで彼女が友情だと言い張って、私が必死にすがり付いてきたものは。

 私が彼女にすがり付いていた、彼女から欲しかった感情は。

「でもあなたはあたしと寝てたくせ今まであたしのことを親友と思ってたのよね?まったく、本当に期待を裏切らないんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、勘違いしないでね?あたしだってあなたに愛して欲しくてこんなことしてたわけじゃないわ。そんな陳腐な感情も愛してるなんて言葉も、あなたからは期待していない」
「・・・・・・・・ヴィーナス」

 そこで不意に、ヴィーナスから笑みが消える。その表情は真剣そのもので、先ほどまでの不敵な笑み以上に目を反らせなくなった。突っ張った肘が曲がっていることすら気付かないほど、彼女の真剣な瞳から目を反らせなくなっていた。
 あれほど恐れていたはずなのに、とうとう私の頭は真っ白になった。もう何も考えられなかった。

 私が彼女にすがり付いていた、私が彼女に向けていた感情は。

「でも」

 そこまで言われたところで私は口を開いた。それはきっと私の頭を介さない心からの言葉だったけど、残念ながら口から出る前にふさがれてしまったので、私の頭は私の心が何を言うかを聞かないまま終わってしまった。
 触れる唇は柔らかくて、拒むことは出来なかった。

 奇しくもこれが彼女との初めてのキスだった。

 これは友情ですることでないのはいくら私でも知っている。だからどれだけ体を重ねても、今までキスだけはしたことなかったのに。
 でも残念ながらそれは決して不快じゃなかった。

 一度離れた唇は、もう一度触れそうな距離で私に囁きかける。

「愛してないとは言わせない」

 口をふさがれていなければ私はなんて言葉を言ったのか。彼女を失望させるような、愛してるなんて言葉ではきっとない。でも、彼女が望むとおり、愛してないなんて言葉は嘘でも言えなかったから。

 私が彼女に向けていて、彼女にすがりついていたこの感情はもう友情ではない。



 この夜、私と彼女は親友の域を越えた。






        ********************

 「愛してないとは言わせない」ってヴィーナスに言わせたかっただけです。ある意味マキュは床惚れかも(笑)
 この二人がくっつくきっかけって何となく普通じゃないよなーと思って、ただれた感じにしてみました。「ともだち」な二人も好きなもんで。
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