12/10/25 01:18
眠かった。
一日がここまで長く感じるのは本当に年に一度。お願いだから早く終わってほしいと毎年思って、それでも私は懲りずに待っている。首の力だけで頭を支えるのもおっくうになってテーブルに頬杖を突きながら、ただ自分の部屋で一人で黙って座って待っている。
何もしないでただ待つというのは、なにかをするよりもよっぽど労力がいるということは、この年に一度の習慣で知った。
仕事だと、誰かの都合で待たされたり、ほんの些細な時間のずれやタイミングなどのせいで手が一時的に空くことはいくらでもある。そういう時は仕事の資料に目を通したり、ポケコンをいじってみたり、その時間が長ければ読書を楽しんでみたり、少し運動をしてみたり、私なりにいろいろ工夫している。むしろそれはほとんど無意識にやっているから、意識的に何もせずにいるというのは意外と辛い。
ここ最近の睡眠時間を思い返して、頭が痛くなってそれも考えるのをやめた。
不摂生に慣れた体は、それでも数日前からのオーバーワークのため容赦ない眠気を訴えている。急くような仕事は無理やり昨日までに片づけたけど、そのせいで瞼は異様に重いし、頭の回転は悪い。そしてすぐ部屋を横切ればベッドもあるし、眠る時間だって、本当はあった。
かといって、眠るわけにもいかないし。
この一日のために何時間。何日。何週間。
そうやってやっと空けた一日で、こうやって何もせず眠ることもせず、一人で黙って寝不足の頭と疲れた体を持て余して。どうか本当にこの習慣が、今年こそ無駄で終わりますように、なんて祈るような気持ちで。
今日はあと数時間。もう数分。やっと、あと一針ぶん。
こんなこと、頼まれたわけじゃない。私だってしたいわけじゃない。でも、どういうわけか習慣になってしまった。
今年こそこの習慣と縁を切られればいい、本気でそう思って、一日できるかぎり何もしないと決めたはずの禁を、これくらいはと自分に甘くなってしつこいくらいに時計を見る。
だから、お願いだから、もう私のことは放っておいて。
「マーキュリー、こんばんはー!」
ノックもないままぶち破られるように開く部屋のドアと、陽気な声に鈍い意識が引き戻される。確かに起きていたはずなのに、眠っていたところを起こされたように感覚が尖る。でも返事をするよりなにより、時間を確認する―日付が変わるまで、あと数十秒。
これで、今年で終わり、というわけにいかなくなった。誰に頼まれたわけでもなく、私自身うんざりしている習慣のはずなのに、きっとまた来年も心底うんざりしたものを抱えながら寝不足の頭と体をもてあまし、一年に一度、何もせず部屋で一人で待つことになる。
そして、底知れない不安とほんの少しの安堵がまた胸をよぎる。
「…こんばんは、ヴィーナス」
「マーキュリー、他に言うことあるでしょ?あとちょっとしかないんだから、先に言って」
この言葉を言うために。この言葉を当日言うためだけに。今日はあと―ほんの数秒。残念ながら、今日はまだ残っていた。
「…お誕生日おめでとう、ヴィーナス」
「はいありがとー」
この一言のために。
こんな習慣いつついてしまったのか、もう考えるのも嫌になってしまうけれど。
年に一度の彼女の誕生日。守護神、特にリーダーである彼女にとっては、この日はおめでたいというよりはある意味勝負の日。国で大げさに祝辞を行うこともあるけど、そういうイベントを腰を据えるより、彼女には為すべきことが多いのだ。
国同士の公式な外交の場を持つ機会であり、なにより彼女個人の交友に関してもこの日は勝負の日だから。
具体的にこの日彼女が何をしているのかは、私は知らない。王族の方々から言葉を賜ることもあるだろう。友人にお祝いのものをもらうこともあるだろう。部下に声をかけてもらうこともあるだろう。他の星の方からも何かコンタクトがあるかもしれない。こんなのでも一応国防のトップだし、なんと言っても愛の女神だから、公私ともに一年で最高に愛想を振りまく日、くらいの認識しか私にはない。
「…今年も、来ちゃったのね」
「ん?なに?」
「なんでもないわ。今日はお疲れさま」
「あーほんと今日は疲れたわー。星間びょんびょん飛び回ってきたもん…でもしょうがないわね。あたしの美しさって宇宙規模で、その誕生なんて神聖な日とくれば…ねえ、本当罪だと思わない?」
「…大変ね」
いつもの軽口を私は受け流す。正直、もう、眠くてしょうがなかったから。
ただ、確かに罪だとは思う。私がどんな思いでここで待っていたのか、彼女は知らないから。
「疲れてるなら寝ればいいと思うわ。私はもう寝るから」
「えっ…」
「おやすみなさい」
「ちょ、ちょ、ちょっとマーキュリーさん」
「おやすみなさい」
「なにその有無を言わせない口調…あのね、誕生日にせっかく来たのに」
「……」
焦ったように私の方に寄ってくるヴィーナスに、だから待ってた、とは私は言わない。そんなこと、知ってほしくない。
この、一日の最後のほんの数秒。今年もヴィーナスの誕生日に結局ヴィーナスは私の部屋に来て、私にいつも通り挨拶をしてくる。この習慣は果たしていつからついてしまったのか、もう思い出したくもない。
この数秒のために、私がこの一日を無理やり空けて部屋でただ待ってるなんて、知られたくないし、私自身やめたいと思っているのに。
「もう誕生日は終わったでしょう?」
「朝まではほぼ誕生日とみなせるわよ?」
「公式には終わったわ」
「でもあなたから何ももらってないんだけど…そりゃお祝いの言葉はうれしいけどね、もういい大人なんだしそれだけってのもちょっと…ほかにも期待したいじゃないの」
そう言って、露骨に何かを催促するような目で彼女は私ににじり寄って来る。そして私は、そんな彼女の姿が霞んで見えるくらい疲れ果てていた。そしてやっと眠れるのだという安堵もあって、自分でも驚くほど対応が雑になる。
「冷蔵庫にケーキがあるわ」
「え、やったやった」
「キャビネットにプレゼント置いてる」
「本当?」
「そして私は寝るわ。おやすみなさい」
「ええええええ」
ほとんど誕生日の人にひどい態度だな、という自覚はあるけど、睡眠欲には勝てなかった。ジュピターやマーズ相手ならもうちょっと気の利いたことができたのかもしれないけど、でも、この人だから。むしろ、この人のためにこうなっているから。
今日一日なにもしないでいるために、何日の徹夜を繰り返したのか、もう思い出せない。誕生日こそ忙しいヴィーナスがいつ来ても迎えられるように、いつも何かしている自覚があるから、年に一度の誕生日くらい何もしない状態で彼女と顔を合わせたいだけで。書類やポケコンに浮気しての片手間でなく、ただ彼女を待っている態勢で、彼女が迎えられるように。
そんなこと知られたくないから、言わない。もういっそやめてしまいたいと思いながら、捨てることができないまま今年もこうなってしまった。
「なんなのよその餌だけやって放置みたいなー毎年そうじゃない」
「…それはあなたもでしょう」
「え?」
「……本当に、もう、倒れそうなくらい眠いのよ。このところ寝てなかったから」
餌だけやって放置なんて、まさに私がされてることじゃない、と思った。口に出したら負けだ、と思って黙った。こうやってへろへろになっているのは、結局私の意志だから。
でも、と思う。私のところに来てくれる気があるのなら、いつ来るかだけでも伝えてくれたら。それか、いっそ一度でも、誕生日が終わるまでに私のところに来なければ、心置きなくこの習慣は捨てられるのに。
毎年何も段取りを教えてくれないくせに、それでも毎年唐突にでもきっちり来るから、結局こうやってくたくたの体とふぬけた顔とひどい態度で待っているしかない。
「……だからって」
私のことなんて忘れてくれればもう、楽になれるはずのに。
それでも今年も来てくれたことに安心して、気が抜けたらもう眠気を押さえることはできなくなった。
「……あなたが言うには、朝まではほぼ誕生日なんでしょう」
「うえ?」
「あなたも疲れてるんだし、お互い起きててもいいことはないと思うわ」
「だからなんなのよ」
「一度寝て…どうせほとんど誕生日なんだから…朝、仕事の前…それならちゃんと」
「え、ほんと!?」
「だから…一度寝かせて」
「ほほう」
もう私に見えるのはベッドだけだった。だからヴィーナスの声のトーンが変わったことで、その声を出すときは愛の女神のあの息が止まるような表情をしているのは経験で分かっていても、ありがたいことに見えずに済んでいた。
「じゃあ、朝…期待してもいいのよね?」
「・・・・・・・・・・・・おやすみなさい」
無駄なことをしているのは分かっているから、もういっそ離してほしいのに。
それでもきっと、来てくれなかったらこんな風に安心して眠れない。たとえ彼女に結果的にこんなに隙だらけの姿を見せても、やめられない。きっと来年も後悔しながらこうやって一日待つ羽目になる。そんな自分にうんざりして、もう顔からベッドに倒れこんだ。どちらにせよお祝いなどできる気分ではないから、こんな時はもう眠ってしまうしかない。
朝期待されてることができるだろうか、そんなことを考えるまでもなく落ちていく意識。背後から何か重くて生温かいものがかぶさってきたけど、もう抵抗する気にもならない。
「…おめでとう」
誕生日はほぼ無理だったけど、ほぼ誕生日の今は私のそばにこうやっていてくれる。そんなおかしな関係に安堵して、今年もまた、睡魔にも彼女にも勝てないで隣で眠る。
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おめでとうリーダー!しかし25日はほぼのうちに入りませんねすみません(そもそも休止中じゃ…
せっかくの誕生日なので無理やり絞りましたが、まだ本復帰というわけにはいかないので、もうしばらく潜ります。
カテゴリー:SS