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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ギリシャのランニング野郎

2006-03-23 04:37:57 | ヨーロッパ

 どこの国にも、その民族が血の中に持っている男っぽさ、あるいは頑固さ、頑迷さと言ってしまってもいいだろうか、その象徴みたいな、岩のような顔と声を持ったオヤジ歌手というのがいるものである。ギリシャで言えばこの男、ステリオス・カザンジディス(STELIOS KAZANTZIDIS)が、それにあたるだろう。

 彼が1950年代から歌い続けているギリシャ歌謡の”ライカ”は、時代の流行に影響を受けつつサウンドを表面上は変えてきた。が、その本質もまた、岩のように変化はない。イスラム文化とキリスト教文化の激突などと、この地域の音楽を分析的に語るに定番の認識なども吹き飛ばし、濃厚なギリシャっぽさとしか言いようのない臭みがその音楽には漂っている。

 例えばアイドル歌手のアルバムなどを聞いてみると、冒頭の数曲は確かに西欧風のアイドルポップスなのだが、聴き進むにつれ、地中海の陽光と果てしない時の流れに干し上げられて枯れ切ったような旋律と地を這うようなリズムのギリシャ歌謡の世界が展開されてしまう。
 あるいは、60年代に人気のあった歌手のアルバム。冒頭の曲は粋な当時の流行のジャズ風都会派ポップスなのだが、気がついてみれば、やはり濃厚なギリシャ歌謡の世界に突入してしまう。一事が万事。流行り歌だけ聞いた印象で言えば、ギリシャ人は世界一頑固な民族だ。

 このアルバム、としか言えないのが残念、なにしろジャケには隅から隅まで探し回ってもギリシャ文字しか書いていないし、作品の詳細や歌詞内容はおろか、アルバムタイトルをどう発音するのかさえ私は知らないのである。どなたか写真のこのアルバムのタイトルの読みをご存知の方、ご教示願いますまいか?

 それはそれとして。私はこのジャケのカザンジディスが、ランニング姿で漁船に乗っていると、長いこと思い込んでいた。おそらくは”漁師”というコンセプトであろう。ギリシャ国民の暮らしを寡黙に支えてきた無名の庶民の心意気を象徴するように、カザンジディスはアルバムのジャケ写真で漁師に扮してみたのだろう。

 が、久しぶりに引っ張り出したこのアルバム、ジャケ写真の彼はランニング姿の漁師に扮してなどはいず、ただ海辺に佇み、いつも写真撮影で彼がそうするように、凶悪な目つきでこちらを睨むだけである。ポロシャツの下には確かにランニングが透けて見えてはいるが。

 私にそんな誤解をさせたのも、このアルバムの基調として響き続けているディープなギリシャの庶民感情ゆえである。アメリカ南部の黒人のそれより何千年も前から営業しています、エーゲ海の⊿ブルース。あ、”⊿”って文字化けじゃないよ、ギリシャ文字の”デルタ”だよ。




タンバリン撲滅計画

2006-03-22 02:01:19 | 音楽論など

 今、テレビでお笑いコンビの”次長課長”が、「ホストがその場を盛り上げようとタンバリンを叩く様子」を描写したという”タンバリン芸”を披露しているのを見、以前よりの持論を書いておきたくなったのであるが。

 まあ、論旨はシンプルである。「この世からタンバリンを撲滅せよ!」である。あんなに、ただやかましいだけのクソ楽器、誰が作りやがったのだ。いらねーよ、あんなもの、この世界に。

 深夜のスナックとかでカラオケに合わせてあの鈴だらけの楽器を、隣の席の泥酔したオバハン・ホステスかなんかに、よりによって耳元かなんかでガッシャンガッシャンぶっ叩かれて閉口した経験は、どなたにもおありと思うが。

 もう一度、問う。あんなにやかましいだけの楽器を作りやがったバカは、どこのどいつだ。何を考えている。ただでさえたちの悪い酔っ払いでいっぱいの酒の現場を、さらに修羅場にするあのような代物、この世のすべてに悪意を持った者によって作り上げられたとしか解釈のしようがなかろうが。

 ほんとのタンバリンの叩き方に初めて出会ったのはもう20年位前、NHKのFMで放送された戦前の日本のポピュラー音楽を特集した番組においてであった。ゲストの藤山一郎氏が、ハバネラのリズムかなんかをタンバリンによって奏でておられた。

 それはとても優雅な”楽器”の演奏だったのだ。そして知った。あの楽器はそもそも、張られた”皮”の部分を叩くものだと言うことを。”鈴”は、皮の部分を打ち鳴らす事によって編み出されたリズムのための、あくまでも装飾音のために付けられている。にもかかわらず。

 にもかかわらず今日、巷間、流布しているのは、肝心の皮の部分を取り去られ、鈴のみ残して、けたたましい騒音楽器に生まれ変わった、浅ましい姿のタンバリンである。一人の音楽ファンとして私は、あの楽器が誤解されたままの姿で生き残っているのを見るに忍びない。

 どうだろう、あなたを心ある音楽ファンと見込んでお誘いするのだが、世界中のタンバリンというタンバリンを破壊し火中に投ずる、”タンバリン撲滅計画”に、あなたもご参画いただけないだろうか?色よい返事を待っている。

 


狂女の魂

2006-03-21 04:40:03 | 南アメリカ

 ”TANGO EN VIVO” by ADRIANA VARELA

 アルゼンチン・タンゴ界異形の歌手、アドリアーナ・ヴァレラのライブ盤である。

 突然聞かされたら、歌っているのが男か女か判断に迷う人もいるだろう。ドスの効いた低音で、心のうちの激情を叩きつけるように歌いかけてくるその迫力。なんだったらハードロックとかヘビメタとかそんな言葉も動員して、彼女の歌唱の破壊力を紹介してもかまわない気がしている。

 アドリア-ナの姐御肌のきっぷのいい歌いっぷりを楽しむなら、やはりこのライブ盤にすぐるものはないだろう。冒頭の「狂女の魂」で、もう一気に彼女の世界に持って行かれる。

 タンゴの世界で普通に歌われる色恋沙汰よりは、どちらかと言えば”人生”とか”定め”とかいう代物に戦いを挑むかのような彼女の歌世界は、ポルトガルのファドなども、ふと連想させる部分があるのだが、ただちょっと騒々し過ぎるかも知れない、ファドを引き合いに出すには。

 19世紀末、大西洋を望む南米1の港町として経済的繁栄を謳歌し、またさまざまな文化が混交していたブエノスアイレス。その荒っぽい植民都市の血の騒ぎの中から生まれた、猥雑なダンスミュ-ジック。発祥当時のそんなタンゴの息吹が、彼女の歌には今も生きている。

 まあしかし、おっかねーだろうなあ、アドリアーナがホステスとかやってる飲み屋で飲んだら(笑)




火星のブラスバンド

2006-03-20 03:25:47 | アンビエント、その他

 SF作家ブラッドベリの、なんて断るのも恥ずかしい高名な小説、「火星年代記」のなかに、「楽団が”海の宝石コロンビア”を奏で」なんて描写がある。

 地球から火星にやって来た最初の探検隊が、火星で遭遇したのは、なんと懐かしい故郷の風景だった。とうに失われたはずの昔ながらの街角で、もう、この世のものではないはずの両親や旧友に迎えられ、探検隊のメンバーは・・・なんて話の終わりに、演奏の描写は何気なく挿入されていた。

 この”海の宝石コロンビア”って、どんな曲なんですかね?一度聞いてみたいものだ、と思ってから、オーバーではなく、数十年の歳月が流れた。小説の描写から想像するに、ブラスバンドが演奏する曲らしいのだが。相当に古い曲なのではないかという気もする。

 この曲、聴いてみたいと願ってから流れた”長の年月”の間に、もう自分の頭の中でさんざん美化されてしまっているので、もはや現物を聞いても幻滅するだけだろう。それゆえ、実態を知らぬままにおいておいたほうが無事なのだろうけれど。

 ブラッドベリの作品の中ではもう一つ、”カライアピーの音”ってのにも興味をそそられたものだ。見世物小屋にある、超簡素なパイプオルガンみたいなものらしい、とは分かってるんだけど。というか、何かの映画で演奏場面は見たことはある。
 その音楽を思い切り聞けるCDとか欲しいものだな、と思ってから、これも幾歳月。




インドネシアの上海娘

2006-03-19 04:00:31 | アジア

 今、検索をかけてネットの世界をあちこち探してみたんだけど、”ユリア・ヤスミン”の名で、何もヒットしなかったのには驚いてしまった。記事も映像も何もなし?もう彼女は忘れられた人なんだろうか?それとも私の探し方が悪かったのか?

 ユリア・ヤスミンはインドネシア・ポップスの歌手である(であった、なのか、もう?)私の手元に今、私が彼女の歌に興味を持つきっかけになった1本のカセットテープがある。
 タイトルに、”YULIA YASMIN - AKU GADIS SHANGHAI 1976 - 1991”とあり、年代表示からすると、これはベストアルバムなんでしょうな。

 カセットには、中華風というよりはむしろ、沖縄の守礼の門みたいに見える建築物のイラストをバックに、これも中華風のつもりらしいがあんまりそう見せることに成功していない人民帽もどきを被った、歌手ユリア本人が微笑んでいるジャケ写真が付けられている。

 確かにそのジャケ写真を信ずる限り、彼女は、あまりインドネシア人風には見えない。色白であり、なんとなく太田裕美風(といったって、もう若い人は知らんか、”木綿のハンカチーフ”の)の顔立ち。そして、歌われている歌も、そこはかとなく中華風の装いの凝らされている感触のものが多い。何しろカセットのタイトルが「私は上海娘」である。

 まあ、そんなの特に珍しい話ではないですよ、異国の血をひいているとか、なんらかの事情があり、その特殊性を売り物にして芸能活動を行なうなんてのはね、どこの国でも普通に行なわれているであろう。
 けどねえ、ことインドネシアでとなると、これはちょっと事情が違うはずだ。なにしろ多宗教多民族多文化混在のモザイク状国家であるインドネシア、当時はまだ、独自の文化を高らかに謳う事など許されていなかったのである。ことに、インドネシアの経済面を握っているとも言われる中華系である。

 確か、このカセットが出た頃、中華系のインドネシア国民は、経営している店に漢字の看板を掲げることも許されず、マレー系の名を名乗り、目立たぬ生活を余儀なくされていたはずなのだ。
 だったらなぜ、ユリア・ヤスミンはこのような中華アピールのあからさまな芸能活動を行ないえたのか?その辺に興味を惹かれ、私はちょっと(ほんとにちょっとだけ)彼女を追いかけてみたのだった

 先に結論を言ってしまうが、まず彼女の中華な音楽性に関して。インドネシア政府の中華系国民に対する文化的圧迫は漢字使用の部分に多くかかっていて、音楽の旋律部分への規制などは行なわれなかったとのこと。これは、現地生活の長い人に教えてもらった。

 そして。というかそもそもユリア・ヤスミンの中華アピール、彼女を知れば知るほどシリアスなものであったとは思えなくなってくる。その後、手に入れた彼女のカセットのジャケ写真に見るユリア・ヤスミンの容姿は、あのカセットでの太田裕美もどきはなんだったのだと言いたくなるほど、普通にインドネシア女性のそれであったし。
 またその音楽性も、最初に例のカセットで聴いた”なんとなく中華系”を一歩も出ることはなく。というより、だんだん後退して、普通のインドネシア・ポップスと変わらなくなっていったのだった。

 ここにいたって私もそろそろ気がつく。彼女の”中華”って、”なんとなく”どころか、”なんちゃって”だったのではないか。なんかきっかけがあったんでしょうな。その血筋のずーっとさきに、中国系と言われていた人がいたとか、ある日撮った写真が偶然中国人っぽく写ってしまったとか。
 それで試しに、俗な中華っぽいキャラ設定にしてみたら、結構カセットが売れたんで、その後もずっとその路線で行っちゃった、とか。

 あ、知りませんよ、本当のところは。でもまあ、そんな感じではないかなあ。いやあ、勝手に”ちょっと珍しい中華系インドネシア人歌手って存在”の幻想なんか抱いちゃって、無意味なことしました。この辺も大衆文化の猥雑なる楽しさの一部って言えましょうが。




日本がラテンだった頃

2006-03-18 05:14:33 | アジア

 昭和30年代風の建築物に妙に心惹かれてしまうのは何故だろうか。

 里帰りしてきた幼馴染みの友人と会い、ちょっと話をしようなんて時に行くのは、決まって喫茶店のDである。
 そこは、彼が十代に「非行少年」をやっていた頃の思い出の戦場であることもあるのだが、それ以上に、その昭和30年代におけるモダニズムがそのまま生きている、というか、まあ早い話が当時からずっと改装のなされていない店内の雰囲気が彼も私も好きだからである。

 店のど真ん中に池というかプールの如きものが設えられていて、その中に昔風の前衛彫刻、みたいな構築物が立っている。ああ、さぞかし開店当時はナウい代物だったのだろうな、と思わされる作りであり、それが時の流れの中で古びるにまかされているのは、なかなかに風情がある。

 飲み屋などでも、いい具合の物件を飲み歩きの際、偶然に足を踏み入れた路地の突き当たりに発見し、こいつは儲けた、などと嬉しくなる事もある。まあ、稀だが。

 理解できない人に、これらの魅力を語るのは難しい。だって、いい感じじゃないか。説明が必要だろうか。
 看板ひとつ取っても配色や字体が嬉しい。カウンターや飾り窓の仕様、今の感覚では「無駄」でしかない空間の使い方。その他諸々。
 昔風のモダニズムの魅力。活力に溢れていた時代の息吹が伝わってくるような。今時、見られない、あからさまなお洒落が込められていて、しかも愛らしくピント外れだ。

 その種のものを、よその町などに行った際、つい探してしまったりする。たとえばN市だったら駅裏のあの辺りに、おそらく昭和30年代に建てられ、そのままなのだろうな、と想像される飲み屋群がある。
 いい雰囲気だなあ、ひょっとして扉を開けると吉行淳之介とか遠藤周作とか安岡章太郎などの「第三の新人」たちが若かりし頃の姿のまま「ハイボール」などを飲んでいるのでは、と、訳のわからない空想をしてしまったりするのだが、ちょっと入る勇気が出ずにいる。土地勘のない町でもあり、店内の雰囲気や、そこに集まる客たちがどのような「層」の人々なのか想像がつかないからである。うっかり入ってしまってから「あ」と思っても遅い。

 というのは気の廻し過ぎで、入ってしまえばなんという事もない店なのかもしれないのだが、東北のある町に行った際、ちょうど頃合の30年代風飲み屋街を見つけビデオに撮ろうとしたら「何を探りに来た」などと因縁をつけられ、なかなか恐ろしい思いをした事もあるので、この辺はなんともいえない。

 その他、いつギターを抱えた小林旭が乱入して来ても不思議ではない、みたいな古色蒼然たるキャバレーが廃墟と化していたり、なんて風景も実に捨てがたいものがあるのだが、しかし、この種の趣味が悩ましいのは、気にいった物件を買い取って所有するわけにも行かない所である。
 時の流れとともに「物件」は続々と取り壊されて行く定めにあるのである、それはどうしたって。

 いっその事、自分の家をそのように改装してしまおうか、とも思うのだが、「新作」に「いい味」が期待出来るものかどうか。という以前に、そんな金もない。

 さっきまでメキシコの古い曲、「エストレリータ」をギターで弾く練習していたんだけど、音の飛び方がラテン特有なので、どうもうまく行かない。技術的にはなにも困難ではないのだが、暗譜する、というか曲を「手癖」として指に覚えさせるのに、てこずってしまうのだ。

 この種の古いラテンの曲というのも、「昭和30年代的風景」に良く似合うなあ。ブームだったんだろうな。私のガキの頃の思い出の町の風景にも、大々的にラテンの曲が流れていたものなあ。セレソローサとかマリアエレナとか・・・あの時代を体現すると言っていい小林旭の一連のヒット曲なども、ラテンのリズムなしには考えられないし。

 アキラと言えば、昔、私の町にあったHという喫茶店などは、非常に30年代のアキラ度、というか映画「渡り鳥シリ-ズ」度の高い物件だったので、バブルの当時に取り壊され、パチンコ屋になってしまったのは実に残念だ。

 まず店内に入ると・・・まあ、普通の喫茶店なのだが、店内に中二階部分が設けられていて、これがまるでアキラ映画に出てくる「クラブ」のノリだったのだ。
 1階席を見下ろす形で、ドーナツ形にしつらえられた2階部分は、店のオーナーだが実はギャングの親分、なんてアキラ映画の典型的登場人物が子分たちを前に策略を巡らす、なんてシーンが即戦力で撮影できる雰囲気が漂っていた。
 店の内装一つ一つも、見事に昭和30年代へのこだわりを見せ・・・じゃないな、あれは当時から店内の改装をしていないだけの事だ。

 そのうち店専属の踊り子がエッチな踊りを、当然ながらラテン・ナンバーをバックに踊り始め、(映画では、ですよ^^;)で、なぜか不意に乱闘が起こったりしますな。
 そこにギターを抱えて登場するのが渡り鳥アキラだ。そいつを認めて、薄笑いを浮かべて2階席から降りてくるのが、その時点ではギャングに用心棒として雇われている身分の宍戸錠、いや、「エースのジョー」だ。

 なんて「見立て」を楽しむために通っていたんだがなあ、喫茶Hよ。
 あの店に流れていたBGMも、当然の事ながらラテンナンバーだった・・・ような記憶があるんだけど、これは私の思い込みかなあ。




滅び得た者、滅び得ぬ者

2006-03-17 01:50:38 | 音楽論など

 初めて買った、というか買ってしまった民俗音楽のレコードと言えば、例のブライアン・ジョーンズ・プレゼンツの”Jajouka”だろう。晩年(と言うのも悲しいが)のブライアンがモロッコに赴き録音して来た、現地のトランス系(?)民俗音楽のアルバムである。

 ともかく60年代のローリング・ストーンズの、と言うよりブライアン個人のファンだったといっていい当時の私は、リアルタイムであのアルバムを買ってしまったのだ。まさか、いくらなんでも少しはロックな事をやっているだろうと現実を甘く見て。

 が、聴いてみると本当に民俗音楽のレコードで、なんだか訳の分からねー音楽がギッチリ詰まっている。呆れ果ててすべてを聴くことも泣く売り飛ばしてしまったのだが、今だったらそれなりに楽しんで聴くことも可能だろうなあ。なにしろモロッコといえば、マグレブ地域でも音楽的には特にお気に入りの場所だから。今の私には。

 とは思うのだが、そう思う頃にはその盤は手に入らない。いや、どこかで手には入るかも知れないが、なにやら版権問題でジャケットがオリジナルとは違うデザインになっている。何しろ縁起ものだから、そりゃしがないCDとはいえ、オリジナル仕様で手に入れたい。と思っているゆえ、”Jajouka”への再挑戦は、いまだならずにいる。

 ずっと以前、ブライアンを主人公のブラックジョーク小説を構想した事がある。

 ”事故にあわずに生き延びたストーンズのブライアン・ジョーンズが、ひょんなことから健全きわまるクイズ番組の司会者をする羽目になり、やけくそでしょうもないジョークを連発したらそれが逆に受けてしまう。ついには不本意ながらも全英のお茶の間の人気者になってしまい、なおかつその番組は好評のまま30年続く。いやいや続けたその番組の最終回の夜に・・・”
 なんてドタバタ・コメディで、まあ、結局、ものにはならなかったのだが。

 今、なんとなくテレビをつけたら、細野晴臣やキヨシローなんかが演歌歌手のなんとかいうコをボーカルに、”パープルヘイズ音頭”みたいなのをやっていたんで、そこはかとなく不愉快になる。
 まだ、そんなことをやっているのか。そんなのってさあ、もうやりつくされて手垢にまみれた、凄くありきたりなアイディアじゃないか。昔やっていた臨時バンドだかユニットだかの再結成というが、いまさら麗々しくそんなものを引っ張り出して、得意になっているんじゃねーよ。
 いやいや、こういった”功なり名を遂げた”ヒトビトってのはもう、ワシらの敵なんでしょうね。

 元気だった頃の寺山修司が、NHK教育テレビの”日曜美術館”に出て、シュールレアリズム画家のマグリットに関し、「かってはさまざまなイマジネーションの源となってくれたマグリットだが、いまやコマーシャルな世界においてそのイメージを流用され、退屈な日常の一部と化してしまっている。我々は今日、かって我々が愛した、あのマグリットの山高帽の紳士を敵とするところから、始めなくてはならないのではないだろうか」と発言していたのを思い出す。

 いや、それは今に始まったことではなく。
 かって、同じ時代を過ごした者たち。生き残った者たちの生き方は納得が行かず、支持する気持ちの続いている者たちは、もうこの世のものではなかったりする。いやいや。死者たちは、生の時間が短すぎてドジを踏む間もなかったという、ただそれだけの違いでしかないのか。
 



ボーナストラックも不要!

2006-03-16 03:33:00 | 音楽論など


 昨日の話の続きだけど、これもアナログ盤のCD化にはつきものの”ボーナストラック”も不要だと私は思うのである。まあ、中には貴重な音源もあるが、多くの場合はどうでもいいような、別に聞かなくたってどうって事はないようなお蔵入りトラックが、さも大事そうに収められているのであって。
 
 もちろんこれもレコード会社が、「そのアルバムをすでに持っている人に同じ商品をもう一度買わせる」為の方便として行なっている、本来無用の”サービス”であること、言うまでもないよね。

 おい冷静になれ、そのアルバム自体は、お前はもう持っているんじゃないのか。なのに、そんな端切れ音源を手に入れるためにもう一度、高い金を払って買い直すのかと言って聞かせたところで、レコード会社の姦計にまんまとはめられてしまった彼のタマシイは、すでに財布の紐を解く気になってしまっている。
 
 レコード会社よ。汚い話とはいえ、そちらも商売だ、どうしてもアレをつけたいと言うのなら、せめて、オリジナルのアルバム収録曲目が終わったら、そこでいったん音の再生が止まるような構造にしておいてくれないか。

 本来、そのアルバムに入っていなかった音源までうっかり通して聴いてしまっては、アルバムの作品としての整合性が失われるだろ。本来、そこにはないはずの音をアルバムに押し込んでしまう、それだけですでに、過去の作品の冒涜をしているってことを忘れるなよ。

 いや、それどころじゃない、中にはそのボーナストラックという名の無用音源を、オリジナルのアルバムの曲順のど真ん中に入れてしまうバカもいるんで呆れ果てたことがあった。「ついに見つけた貴重音源を加えて、さらにパワーアップ!」とか帯に書かれていたんだが、まさかそんな場所に押し込んであろうとは。

 腹を立てて売り払ってしまったんだが、レコード会社の非道の証明として手元に残しておけば良かったなあ。なんか70年代ロックの復刻盤としか記憶していない。タイトルもアーティスト名も忘れた。ここで思い切り悪口を言ってやりたいのに、残念だ。

 そんなわけで、ともかくボーナストラックなんて本当に手に入れる価値があるのか、もう一度、考えてみようよ。私は、いらないけどね、オリジナル作品の正当な姿ときちんと向き合いたいから。レストランの厨房のゴミバケツを覗いてありがたがるみたいな真似は、もうやめようや。



紙ジャケ反対!デジリマ粉砕!

2006-03-15 04:18:48 | 音楽論など

 過去の名盤、たとえばストーンズといえば60年代に限る、と思っている私としては、そのあたりのアルバムがオリジナル仕様で廉価版としてCD化されたら買い揃えようと思っているのに安くはならず、逆に”紙ジャケだから”とか口実つけて高額になって行くのが非常に不満です。

 まあ、同じアルバムを何度でも買わせようと言うレコード会社の思惑、丸分かりなんですが。
 ちなみに私、CDの紙ジャケに関しては何の興味もなし。逆に「出しにくくて不便だなあ」としか思っていないんで、他の方々がありがたがるのがさっぱり分からず、であります。

 同じようにデジリマのなんのと音をいじくって新装盤として売り込むのも、私は納得出来ない。「これまで聞こえなかった音が鮮明に!」とか言うのが売りの台詞みたいだけど、私は発表当時の音で聞きたいと思う。60年代の音は60年代の音のレベルで。どうせなら製作当時のミュージシャンが聴いていたそのままの音で聴きたい、当時と同じ世界を体験したいと思うのだ。

 諸事すべて、余計なお世話と思うのですね。これもまあすべて、同じ音源を何度でも売り込もうとするレコード会社のセコイ戦略でしかないと思うんですが。そしてそれに簡単に乗せられてすでに持っている音源を何度も何度も買い直すファンたち。健全な世界とはとても思えないですよね、これ。にもかかわらず当たり前のような顔して横行してしまっている。病んでいるよなあ。

 これはロックの世界を前提にして書いてみたんだけど、ジャズの世界でも同じことが起こってますよね。クラシックの世界はどうか知らないけど、似たようなものではあるまいか?以前、レコード店のクラシックの棚で、帯に”超盤!”とか銘打たれた物件を発見したんだけど、そのあたりから想像するに。

 超盤ってのはきっと、なにかとオーバーな表現好きなあの世界において、”定番””名盤”とかの、さらに上位に君臨する、もうとんでもない志向の芸術世界なんでしょうね。私はその帯を発見した際、思わず吹き出してしまったんだが。

 閑話休題。そんな同商品二度売りみたいなつまらない商売をするくらいなら、まだ手のつけられていない音楽世界を紹介し、新鮮な購買欲を掻き立てる、そんな商売をいっそ、考えてみないかね、レコード会社の諸君!世界には、まだまだ日本の音楽ファンには未紹介の素晴らしい音楽が溢れているんだから!とりあえず事の始めとして、ナイジェリアのイスラム系ポップスとか、どうだろうね、ええ?

 まあ、最後はどさくさまぎれに私の勝手な都合も言わせていただいたが、当ブログ、ワールドミュージック町十三番地としては、以上、提案するものである。

 ともかく。とりあえず。私は紙ジャケもデジリマも一切必要としていない。そんなものはいらない。これだけは言っておく。
 



コンゴ・ルンバの夜明け

2006-03-14 05:27:27 | アフリカ

 ”ORIGINALITE by FRANCO & TPOK JAZZ ”

 故・フランコこと、フランシス・ルアンボ・マキアディ Francois Luambo Makiadi と言えば、コンゴリーズ・ルンバ、日本で言うところのリンガラ音楽の開祖の一人というか巨匠、リンガラ音楽の厳父などとも呼ばれている。

 さらには、複雑にギター群やらコーラス、リズムやハーモニーが絡み合う、その音楽性のありようと”対位法”とを絡め、フランコをアフリカのバッハなどと呼ぶ人までいるようだが、そこまで行くと悪乗りのような気もする。

 これは、彼が率いるT.P.O.K.ジャズが、地元コンゴのローカルレーベルに残した初期作品復刻集。デビュー曲から50年代終わりごろまでの音源の再発との事。

 巨匠の最初期の仕事に接することが出来る訳だが、その音楽の表情はと言えば、きっちりとした構成美を誇る、完成期の彼とくらべ、なかなか人懐こいものを持っていると言えるのではあるまいか。

 まだアフリカ音楽の独自色も確立されていない時代である。アフロ・キューバン音楽やカリプソなどの影響も生のまま残るそれらは、ゆったりのんびりした下町の人気者的な気の置けない楽しさを伝えるものである。

 つい、「なんだよなんだよ、フランコの旦那、昔は結構話の分かるおにーさんだったんじゃねーか」などといいつつ、一緒に酒でも飲みに行ってしまいたくなるのだが、そうは行くものか。

 その演奏の間に差し挟まれるフランコのギター・ソロの鋭さ、完成度の高さは、今日の耳で聞いてもやはり凄い。だれかけていた背筋も思わず伸びようかと言うもので、デビュー当時からフランコはフランコだったんだなと舌を巻かずにはおれないのだった。