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大人の階段






「あ」

 街中を歩いていた時、唐突に隣を歩いていたまこちゃんが声を出した。まこちゃんのお宅にお邪魔させてもらう途中、ふたりで歩いていた時だった。

「振袖、きれいだね」

 まこちゃんの目線の先には、成人式を終えたであろう振袖や袴姿の人たちのグループ。それを見て私も、ええ、と言った。

 テレビを見ると、今日ばかりはずっと成人式の報道がされている。毎年やっている行事だけど、それぞれの人生にとっては一回しかないことだからだろう。新成人の抱負を語るインタビュー画像や、地方の特色が出た式の様子、はたまた暴れる若者の姿まで。

 私たちにはもう少し先のことだからあまり実感はわからないけど、やはり実際に見る振袖の華やかさは目を引いた。

「袴の男の人もかっこいいし。なかなか和服って着る機会ないもんね」
「そうね・・・華道や茶道をやる人や、結婚式のような機会でもあれば別だけど・・・なにもなければ、七五三が終わったら成人式まで、そうそう着ることはないわね」
「亜美ちゃんの振り袖姿、早く見たいな」
「ま、まこちゃんが着たいんじゃないの?」
「亜美ちゃんのが見たいんだよ」

 へら、と笑って、それでもしっかりこっちを見てくるまこちゃんにどきりとした。いつも、なにを考えているのかわからない言葉にどきりとする。どういうつもりで言っているのかわからなくて、胸が苦しくなる。
 言葉通りに受け取ればいいのかもしれないけど、それはそれで恥ずかしくて頷くことができなかった。

「亜美ちゃん、素敵な大人になってるだろうなぁ」
「そ、それはまこちゃんこそ」
「そうかな?」
「ええ、きっと・・・」

 手を頭の後ろで組んで、そうかな、と呟くまこちゃんをぼんやりと見上げる。大人になったまこちゃんはいったいどうなっているかしら、と想像する。今でも充分大人っぽいから、却って想像がつかない。だけど、きっと。

「でも、亜美ちゃんはもうかなり大人っぽいよね」
「そ、そうかしら?」

 まさにまこちゃんに思っていたことを、唐突に返されてどきりとした。私のどこに大人っぽいところがあるというのだろう。そう言おうとする前に、まこちゃんは言葉を続けた。

「うん。冷静だし、落ち着いてるし・・・考え方もものすごくしっかりしてるし、仕草とかも、おしとやかだけど無駄がないって言うか・・・同い年なのにすごいなーって」
「そ、そんなことないわ。それを言うならまこちゃんだってとてもしっかりしているし・・・」
「・・・・・・うーん・・・そうだ。亜美ちゃん。寒いとこ悪いんだけど、ちょっとコンビに寄っていいかな?ちょうどそこ曲がったとこにあるから」
「えっ・・・ええ。それは構わないけど・・・」

 唐突な会話の切られ方にびっくりした。寒いという言葉に、そんなささやかなところでも気を遣ってくれる優しさは感じるのに、それはほんとうにとても唐突だったから。
 もしかしたら気に障ることを言ってしまったのかも、そう思ったときにはまこちゃんはすでにコンビニに向かって駆け足気味に入っていった。私も慌てて追いかけると、まこちゃんはすでに商品を掴んで財布を探している。決心が早い。

「お待たせ!」

 レジは空いていたし、お待たせと言われても時間にして一分も待たされていない。でもまこちゃんは律儀に私に謝って、促すように店を出た。
 袋をもらわずに直接商品を手に持っている。色とりどりの飴の、大袋だった。

「まこちゃん、飴が欲しかったの?」
「うん。あ、亜美ちゃん、手を出してよ」

 歩きながら豪快に袋を破ると、まこちゃんはにこにこしながら私の手のひらに飴を落としていく。最初は片手を差し出していたけど、それでは追いつかなくなって両手で受け止めた。それでも、こんもりと私の手にはカラフルな飴が降り積もった。

「こんなにたくさん・・・まこちゃん、悪いわ」
「いいんだよ。寒い中寄り道させちゃったんだし、これでよければ食べて、亜美ちゃん」

 先ほどの会話などなかったかのように、まこちゃんは私に笑顔を向けた。ほんとうに飴が欲しくて、コンビニの前に来て不意に思い出したのかもしれない。
 私はいっぱいになった両手を一度ポケットにつっこんでから、どれを食べるべきかと目を凝らす。ひとつひとつが大粒で、赤や黄色や紫、オレンジに茶色、緑にピンクもあって、私のポケットはとてもにぎやかになった。
 その中のひとつを手に取って、包み紙を破って口の中に放り込む。ごろごろした塊が味覚を刺激しながら転がる。

「亜美ちゃん、やっぱり水色を選んだね」
「えっ」
「なに色を選ぶかなって見てたんだけど、やっぱり水色の飴なんだね」

 私のほうを見て、ふふ、とまこちゃんは笑う。大したことをしたわけでもないのに一連の動作をじっと見られていたことと、なにを選ぶか言い当てられたことが少しだけ恥ずかしくて、やはりどきりとしてしまった。
 なんとなく落ち着かなくて、こんな状態で歩きながら飴を舐めるのは少し危ない気がして、つい奥歯で噛み砕いた。そうして横目でまこちゃんを見ると、ちょうどピンクの飴を口に放り込んでいるところだった。

「・・・まこちゃんも、やっぱりピンクなのね」
「ああ、うん。好きな色だし」

 私が言い返すと、まるでなんでもないようなことのように言われて、そのまこちゃんの態度がやっぱり落ち着かなくて私は飴の欠片をさらに砕いた。そうすることで、すぐに返事ができない自分をごまかしたかった。
 まこちゃんは見る目がないとしか言いようがない。さっき私のことを冷静で落ち着いていると言ってくれたけど、私はまこちゃんとふたりでいるだけでこんなにどきどきしてそわそわして、落ち着いてなんかいられない。

「亜美ちゃんは、飴、噛んじゃうタイプ?」
「えっ?」
「いや、今、すぐ噛んでたからさ。飴って、最後まで舐める人もいれば、口に入れたらすぐに噛んじゃう人もいるじゃないか」
「あ、いえ、毎回噛むわけではないけど、今歩きながらでは危ない気がして・・・」
「え、あ、ごめん!無理に渡しちゃって・・・」
「あ、いえ、まこちゃんが悪いわけじゃないの!単に、今の私はちょっと・・・」

 今の私は、まこちゃんと歩いているだけでどきどきする。話しているだけで舌が絡まないか心配になる。飴は決して嫌いじゃないけど、くだらない意地と羞恥心が邪魔をして、口の中にものを留めておける状態ではなかっただけなのに。
 それをどう伝えよう、と思わずもごもごしてしまった。本当のことは恥ずかしくて言えないけど、まこちゃんを悲しませてしまっては元も子もないから。

 それでもおろおろするばかりでとっさに言葉が出ない私に、まこちゃんはふっと息を吐いて目を細めてこちらを見た。微笑みかけてくれている。満面笑顔というわけではなく、どこか懐かしむような顔つきで。

「でも、亜美ちゃん、やっぱり大人だね」
「え・・・?」
「あたしは飴を噛む人を大人だと思ってるから、さ」
「えっ・・・」

 そこで、繋がるような繋がらないような。切れたコードを無理やりつないだみたいに私の頭の中で火花が散る。その話はさっきで終わっていたと思っていたけど、まこちゃんが急に飴を買いに行ったのは。

「どうして・・・」
「んー、あたしが子どもなだけなんだけどさ」
「まこちゃん、きちんと説明してもらえないかしら」

 どこかなにを考えているのかわからない様子のまま、まこちゃんはもうひとつ飴の包み紙を破った。今度は緑色だ。口に含む。きれいな仕草だ。まだ口にはさっき食べたピンクの飴が残っているのに。

「小さいころさ、あたしは飴の袋って宝石箱みたいだって思ってたんだ。こんな風にいろんな色のが入ってるやつ・・・すごくきれいで、輝いて・・・食べたいって思うんだけど、なんだかもったいなくって・・・自分じゃ買えなくて買ってもらわないといけないものだったから、一度買ってもらったものがすごく大切で・・・口に入れても噛まずにずっと、ほんとに惜しむみたいにね」

 口の中にふたつの飴が入っているとは思えないくらいの明瞭さで、まこちゃんは遠くを見るような目で語る。

「だから、飴をすぐ噛んじゃう人って、こういうのすぐ買えて、惜しまなくて、すごい大人だなーって。せっかちな人もいるし、最初から噛む方が好きって言う人がいるのもわかってるはずなんだけどね」

 それに今ならもう、こうやって自分で飴くらい簡単に買えるはずなんだけど、そう言ったまこちゃんは笑っていたけど、少しだけさみしそうな陰りも見えた気がした。
 幻想が現実に変わったとき、人は幼さを捨てる。それを繰り返して、人は大人になる。色とりどりの飴を宝石を見るみたいに見る幼いまこちゃんを想像して、胸がちくりと痛んだ。

 私を大人だと言うまこちゃんは、いつ、飴を、あんな風に買えるようになったのだろう。

「それにねっ」
「えっ」

 不意に、まこちゃんの明るい声で現実に戻される。それと同時に、目の前にいるまこちゃんがいつものまこちゃんであることに安心した。歩いているうちに、まこちゃんの家が見えてくる。そんな当たり前のことが、どこかせつない。 

「・・・ごめんなさい。なにかしら」
「亜美ちゃん、飴って、違う味いっしょに食べたらどんな味するかなって・・・思ったことない?」
「・・・ない、わね。したこともないし、考えたことも」
「亜美ちゃん、やっぱり大人だね。あたし小さいころ、違う味をいっしょに食べたらどんな味がするんだろうって、よく考えたんだよ。でも、そのころは一粒一粒がすごく貴重でもったいないって思ってたから、一気に食べるなんてできなかったんだけどね」
「・・・じゃあ、今は」
「だから、実は、今が初体験。亜美ちゃんが証人だね」
「・・・今、どんな味がする?」
「んー、よくわからないな。ただ甘いってだけで、なんの味かは」

 へへ、と照れくさそうに笑って、頭の後ろをかくまこちゃんに私はついていく。アパートの階段を上る。まこちゃんは慣れた仕草で鍵を捻りながら、私に向き合いふわりと笑った。

「でも、きっとこれが大人の味だね。階段ひとつのぼっちゃった」

 飴は、決して高くない。中学生のまこちゃんにだって、それこそ簡単にコンビニで買えてしまうくらいに。それでも、今のまこちゃんの様子を見て、私は、今自分のポケットに宝石が詰め込まれているように思えた。

 きっと、小さいころのまこちゃんのように、眩しくて、きらきらしてて、一粒一粒がとても貴重に見える。大人になったまこちゃんにもらった大人の味は、私を小さな子どものようにわくわくさせた。
 飴の味も、それほど値段の張るものでないのも、もう経験で知っている。私だって、買おうと思えば今すぐ手に入るものなのに。

 それでも現実が幻想に変わることを今はじめて知った。幼さとともに失ったものが、大人になって違う幻想になることを、まこちゃんの手から、私は。

 ドアが開く。まこちゃんが中に入るように促す。寒風吹きすさぶ外と違って、風がなく灯りもないただ冷気がたまった部屋は、まるで冷蔵庫みたいで、外とは違う寒さを感じる。寒いね、と言ってまこちゃんが後ろ手にドアを閉める。

 そこで、反転する、世界。

「ふっ」

 唇に押し付けられる熱。無防備な口に押し付けられる飴。ごろごろとふたつ転がってくるはじめての感覚と、風味がまじりあってなんの味か捉えられない味覚。足腰が這い上がる寒気に似た感覚でしびれる。柔らかく絡まれる舌は、私にふたつ飴を押し付けていた。

 ほんとうに、それだけ。余韻もなにもなく離れていく。まこちゃんが私の足腰をしっかり支えてくれていると、そんなことも気づかないままにまこちゃんの顔を見る。目を細めて、見たこともない、飴をわしづかみにするようにさりげない、大人のぞくぞくするような表情。

「初体験、どう?」

 鼻先が当たりそうな距離で尋ねられる。濃厚な甘みに喉も脳も焼けそうになる。こうしている間にもじわじわと私の中に溶けていく飴の存在は、まるで宝石のように貴重なものにも、子どもが口にしてはいけない恐ろしい毒のようにも思えた。

 飴を口の中にふたつ入れる。初めての体験で間違いない。大人の階段で、幼さと幻想を脱ぎ捨てて、現実は、毒々しく私の中に溶けていく。

「・・・あ」

 甘かった。とても甘かった。なんの味か形容することはできないけど、はじめての味。ピンクと緑、まこちゃんの色が私の中にとろけていく。大人の階段を、まこちゃんに引っ張られる形で駆けのぼってしまった。

 それでも、やっとのことで出た私の声は、とても色気のないものだった。

「あぶないわ、まこちゃん」

 口の中を無遠慮に転がる塊の存在に、さっきまで、飴を口の中にふたつも入れて普通にしゃべっていたまこちゃんの器用さに感心する。さっきまでは、ひとつでも私は口の中に入れ続けることができなかったのに、いきなりふたつなんて。

「亜美ちゃん、やっぱり、あたしよりずっと大人だね」

 遅れて、鼓動がずきずきと激しく脈打っている音を耳の奥でようやく聞く。ぼやける視界の中、まこちゃんは、いたずらが成功した子どものような顔で笑った。






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 ほのぼので終わってもいい題材でしたが、最後のシーンが書きたいがための話なのでつけました。まこ亜美はなかなか書けないのですが、大好きです。
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