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せつない未来







 また荷物が増えている、と思った。夜遅く家に帰って見ると、見覚えのない寝巻きが寝室に放られている。

 高校を卒業して、実家を出てひとり暮らしを始めてから、はじめて美奈を呼んだ時、ここがふたりの愛の巣なのねなんて言われたのを忘れられない。一緒に住む気はないわと突っぱねても、知らない間に、じわじわと狭い部屋は彼女の荷物に浸食されていた。

 確実に彼女の痕跡は増えていくのに、会えない時間はもっと増えている。夜遅くに帰ってきて、美奈の私物が増えていたことを、最初は困惑していたのに、今はうちに来ていてくれていた現実にどこかほっとしている。くたくたの体をベッドに預け、テレビをつけた。

 暗くて静かな部屋で、突如沈黙を破る笑い声。もうほとんど終りに近いバラエティ番組で、彼女が笑顔で映っている。




 高校生のとき、進学先を自宅の最寄りの大学にする、と言ったときは学校の先生からも塾の先生からも反対された。もっと上の大学を狙えるという言葉はそれこそ耳に穴が開きそうなほど聞かされたけど、私は意思を曲げなかった。美奈も同じ学校を受けると言ったので、三年生になってからはお互いに必死だった。
 幸い大学には入学金も学費も免除の特待生として合格できたし、美奈も春からも同級生になることができた。そして、高校卒業と同時に、私は実家を出ることにした。

 家族やまこちゃんのアドバイスもあって、手ごろな部屋を借りることができた。母の生活費を援助すると言う言葉を断って、家庭教師や塾でアルバイトをし、その合間にインターネットを使った仕事をして生計を立てた。学費も不要で交通費もわずかで済んだので、なんとかやっていけた。忙しいけど、充実した時間だった。

 美奈とは同じ学校だったけど、学部が違えば学内で会う時間はほとんどない。だからなのか、彼女は私の部屋にやって来ては荷物を置いて行ったり、差し入れ(恐ろしいものも含む)をくれたり、鍵をあげた覚えもないのに帰ったら部屋で寝ていたり(これはいまだに納得がいかない)。思えば、その時が一番彼女に会えていたのかもしれない。彼女からこちらに来てくれたから。
 学校の勉強もあったし、アルバイトばかりに精を出す私を、よく笑顔で送り出してくれていたと思う。




 バラエティ番組で、画面がわっと沸く。疲れているせいか、番組の内容は頭に入ってこない。ただ、数ある出演者の中で彼女が映る瞬間だけ、意識して見つめた。花開くような笑顔、昔から一緒にいる人だなんて、どこか信じられない。
 それくらい、きれいになった。




 新生活が落ち着いて、レイちゃんから「それはもう同棲よ」と言われるようになるくらいの美奈の荷物が自室を埋められたころから、美奈は本格的に夢に向かって走り出した。戦いに明け暮れていた日々を取り戻すように、アイドルのオーディションを受け出した。そして、気がつけば、学生でありながらテレビや雑誌の世界に身を置くようになっていた。学生でアイドルなんて今では珍しくもないというけど、やはり彼女が心配だった。

 心配なだけで、なにもできなかった。私も忙殺されていたから。

 やがて会う時間が減りだした。家に帰ってもいなかったり、先に寝ていて、私が起きた時には既にいなかったり。見られるのも寝顔ばかりだったし、言葉を交わす余裕がなくなり始めたころ、少しずつ彼女をテレビや雑誌で見かけるようになった。
 彼女が載っているのならどんな小さい記事の雑誌も買ったし、どんな短い出演時間の番組でも見た。通行人レベルのドラマ出演作のDVDもすべて買った。追っかけをやっているとお金がかかるので、食費を減らして仕事を増やした。うさぎちゃんにものすごく心配されたけど、案外なんとかなってしまうものだ。まこちゃんは高校のときと変わらず、ときどき差し入れをしてくれた。




 バラエティの番組宣伝で、ドラマの主演が決まったと美奈が言うのをぼんやりと聞いた。初耳だった。前は、どんな小さな仕事でも、ちゃんと報告してくれたのにな、と思う。最近人気の俳優とのラブシーンが見どころらしい。
 もう、長く言葉を交わしていない。彼女は私のではないアイドルになった。




 血眼で探さなくてもテレビで見る機会が増え、購入する雑誌が追い付かなくなった頃、私の忙しさも本格的になった。学校の勉強も本格的になったし、学費を免除してもらっている以上生半可な態度で授業に出るわけにはいかない。本格的な医学の勉強や、ほかにもいろいろすることがありすぎた。違う学校で、違う場所に帰っていた中学生だったあの頃の方が、よっぽどまともに彼女と向き合う時間があった。

 それでも、テレビをつければ彼女が笑っている。雑誌を開けば彼女の記事がある。パソコンを開いても、ニュースで名前を見る機会が増えた。学内でも、この学校に彼女が在籍しているということで特によく噂を聞いた。
 美奈は、洗練されて、化粧を覚えて、大人の女性で、芸能界で生きていく人間の気配を纏っていた。アイロンも当てていない白衣と、肩にかかるくらい伸びた髪を放ってやつれた姿で学内を歩く私とは、雲泥の差だ。

 セーラー服を着て追試をもらってぐずぐずとしかめっ面でノートに向き合っていたあの頃の彼女は、もういない。敵が現れなくなってから、戦士のリーダーとして戦う、あの、身震いするほど美しい彼女も、もういない。

 それでも、さみしくなんかなかった。これは喜ばしいことだ。直接会うことはできなくとも、夢に向かう彼女の姿を見て、私は私で夢を追わなければ、と思うだけで。








「・・・あみちゃん」

 頭上から降りてくる言葉にはっとする。目が覚めた途端、睡眠不足特有の重い頭痛がそのま背骨を下って行く。灯りをつける気力もなかった部屋は相変わらず真っ暗で、時間はまだ夜のようだ。記憶がどろりと混濁する。

「・・・み、な」
「・・・ひさしぶり、あみちゃん」
「さっき、テレビに出てたんじゃ」
「今日は生の仕事なかったから、見たとしたら録画よ・・・亜美ちゃん寝ぼけてるでしょ。テレビつけっぱなしで寝てたわよ」

 泥みたいにベッドに転がる私に覆いかぶさるようにして、まっすぐ向き合う美奈はもう大人の顔だ。それでもアイドルのあなたのファンが見たら泣くわよというくらいふやけた顔で懐かしくなる。そのあと降ってくる有無を言わせぬキスは海外の化粧品のにおいがして、そのギャップにどこか悲しくなる。
 それでも、頭はうまく働かないまま、そのキスに更に思考回路が溶かされる感覚がする。その体の形と体温があまりにも懐かしくて、そのまま抱きしめて眠ってしまいたくなった。

 それでも、キスが終わったら、美奈はこれまでのことを取り返すように話し始めた。今ちょっとだけ時間が空いたから。亜美ちゃんは見ないうちに痩せたわね。髪もずいぶん伸びたし。ドラマの主演が決まって、忙しくてなかなか戻ってこれなくて。私は黙って聞いていたけど、さみしかったでしょうという言葉にだけは首を横に振った。

 さみしくなんかない。あなたが夢に向かっているのに、さみしいはずがない。

 もうしばらく忙しいけど、来月になったら少し休みがもらえるから。そのときはどこかに行きましょうか。それとも家でゆっくりしましょうか。とにかくふたりで過ごしたいの、話したいこともたくさんあるの。抱きしめたいしキスしたいの。

 その言葉にも、すべて首を横に振って返した。美奈の顔が、悲しそうに歪む。

「・・・あみちゃん、もう、あたしのこと、嫌いになった?」

 首を横に振る。それだけは、絶対に、ないって、あなたがわかっているくせに。
 歌っているときでも話しているときも笑顔であるアイドルが、悲しそうな顔をする。ひさしぶりに会ったのに、テレビでは決してしない表情を向けてくれているのに、それでも私はやはり笑顔が見たいと思ってしまう。

「来月は、私がだめなの」
「・・・大学、忙しいの?でも半日だけでも」
「学校は、やめたわ」
「えっ」

 言葉を失う、という表現がぴったりなように固まった彼女に、今度は私がこれまでのことを取り返すように話した。

 今の大学を辞めドイツの大学に行くこと。留学ではなく編入学で、最低でも卒業まで日本に戻るつもりはなく、その後も自分を必要としてくれる場所があれば、海外にい続ける意思もあることを告げた。

 高校卒業後、いきなりドイツに行かなかったのは、ひとりの生活に慣れるためにひとり暮らしをしておきたかったことと、また新しい敵の襲来がないか警戒してしばらくみんなのそばにいたかったから。それでも向こうでの生活に困らないよう寝る間も惜しんで仕事をしていて、向こうでの勉強に困らないようこちらの学校で必死に勉強した。

 敵の襲来はなさそうだった。ブラックムーン襲撃の時に見た未来とは違う未来が来ると確信した。仲間の絆はなにがあっても失うことはないともう知っていた。彼女は夢を追っていて、掴もうとした。

 だから私も夢を追うと決めた。この人が好きだからこそ、置いて行かれるわけにはいかないから。

「来週、出発決まったの」

 それまでの手続きに奔走して、今日。残る一週間はお世話になった人に挨拶をして、準備をして、ここを引き払わなければいけない。そのことも話さなければいけないのに、言えなかったのは、あくまで同棲ではないから、遊びに来てくれているだけだからと頑なに思うことにしていたからだ。この部屋には、こんなに彼女の痕跡があるのに、自分で認めたくなかった。決意が揺らいでしまいそうだったから。

 帰ってきてうれしかったのは本当だけど、ここはあなたの帰るところではない。私の帰るところでもなくなる。きちんと自分で手放せる強さが欲しかった。

「来週、地方ロケがあるの」
「そうなの」
「見送り、行けそうにない」
「ひとりで大丈夫よ」

 ドイツに行くといったって、飛行機で一日もかからない距離だ。今は日本の雑誌やDVDだって簡単に買える。手紙も送れるし電話もあるしメールもできる。機械越しに顔を見て会話もできるだろう。
 ただ触れ合うことができないだけで、会いたいときに会えないだけで。たったそれだけのことだ。

 だから、さみしくなんか、ない。

「おめでとう、亜美ちゃん」

 ずっと夢だったもんね、そう言って彼女は笑った。ずっと近くで見たかったはずの笑顔なのに、その顔はあまりにもさみしそうで私は泣いた。







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 ナチュラル?に同棲しちゃうふたりが書きたくて。
 王国再建の未来にもちょっと切ないものがありますが、こういう未来もちょっと切ないものがあるといいと思います。
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