安岡章太郎は1951年に発表した短編『ガラスの靴』が芥川賞候補になって作家として認められた。その時は受賞しなかったが、続けて『宿題』(1952年上期)、『愛玩』(1952年下期)が芥川賞候補となり、『悪い仲間』『陰気な愉しみ』でついに第29回芥川賞(1953年上期)を受賞した。これらの初期作品は今も大きな活字で新潮文庫に生き残っている。安岡章太郎は短編の名手として名高く、村上春樹が高く評価したことでも知られる。すごく読みやすい達意の文章で、短編を読む楽しみを味わえる。

ただし、私小説だけに同じようなエピソードがあちこちに出て来る。それも戦前の落第生時代の風雲録、軍隊時代の落ちこぼれ体験、戦後の窮迫した一家の家庭不和などばかり。誰かの失敗談、ビンボー苦労などは、最初に読むと面白いんだけど、同じような話が出て来ると、何だろうという気にもなる。1959年に長編『海辺の光景』(野間文芸賞、芸術選奨)を発表するが、これが初期の大傑作。「うみべ」じゃなくて「かいへん」と読ませる。今までに書いてきた親の問題の集大成で、深い感動を呼ぶ。
『海辺の光景』は前に読んでいて傑作ということは覚えていたが、改めて読んでみて凄いなと感嘆した。まだ60歳ほどの母親が精神を病み、生まれ育った高知の病院に入る。危篤の連絡を受けて主人公は東京から高知へ向かい、高知に住む父と桂浜近くの病院に向かう。そこで過ごした数日間を濃密に描く作品である。匂いや虫、植物の描写、高温多湿の部屋など五感を刺激する文章で母の最期を見つめる。今までに何度も描かれてきた父母の問題がここで一端終わった。(もっとも「父だけ残った」というある種もっと大変な問題は続くけど。)それでも取りあえず「こころを病む母」という「重荷」は終わったわけである。

いろいろと初期短編を読んでみて、これは何だろうと考えて「親ガチャ」だなと気付いた。もっとも親に虐待されたり、早く亡くなったというわけではない。進学率がずっと低かった戦前において、旧制高校に3度落第しても丁稚奉公にも出されないんだから、経済的にはむしろ恵まれていた。だけど、それも含めて親のあり方が子どもの人生を左右したのである。
安岡章太郎の父親は帝国陸軍の軍人だった。そう言われると、戦前日本では子どもの憧れであり、皆に自慢できる職業だったように思ってしまう。しかし、父親は普通の軍人ではなく、軍の獣医だったのである。人間の医者だったら戦後も仕事があっただろうに、帝国陸軍崩壊、公職追放とともに父親は無職の役立たずになってしまった。軍医の最高位はそもそも中将で、父の最終的な位は少将だった。戦場で「活躍」する軍人じゃないことで、子どもなりに周囲の人間にはガッカリされたようである。
そして父は転勤が多かった。父の故郷の高知で生まれたが、2ヶ月で千葉県市川市に移り、続いて香川県善通寺、東京・小岩、また市川と引っ越し、5歳の時に朝鮮の京城(現ソウル)に移った。これでは「ふるさと」意識が生まれない。基本的に「標準語」で成長することになったが、次に小学校3年で青森県弘前に引っ越す。今度は津軽弁が理解出来なかったが、子どもだからいつの間にか慣れてしまった。母親はついに最後まで理解出来ずに、買い物の時は章太郎が「通訳」として付き添ったという。
小学校5年の時に東京に戻って、今度は青山や目黒の方に住んだようである。東京市立第一中学校(現・九段中等教育学校)に入学した。靖国神社の隣にあって、その体験から名作短編『サアカスの馬』が生まれた。ところで、今度は身についてしまった津軽なまりがどうしても抜けずに級友にうとまれる。いじめられる以前に、言葉が理解されない。また皆の意識も青森県とは違っていて、先生は毎日宿題を出す。それが重大だという意識がなく、いつの間にか宿題もやらず、不登校の生徒になってしまった。

まあ安岡章太郎の初期短編では、そんな感じに描かれているんだけど、どこまで本当かは疑問もある。それは別にして、親に付いてあっちこっちに行かされた子どもの「悲哀」は伝わってくる。多分誇張もあると思うし、自虐趣味というかことさらに自分を低く描いていると思う。安岡家はもともと高知県の「郷士」階級の出身で、いわば小地主である。長子相続の時代だから、次男の父親は都会の学校に行かされ仕事を探すしかなかった。そのため章太郎も何度失敗しても、親は高等教育を受けさせるのである。
安岡章太郎が若い頃に勉学に励まず、放浪を繰り返すのは、当時の文学青年に多いことだけど、恐らく自分の生まれた階級に対する「滅びゆく」感覚があると思う。こういう風に自己を否定するような作品をたくさん書いた太宰治も地主階級だった。ロシア文学に出て来る「余計者」みたいな意識があるんだと思う。その分、自虐的、破滅的な言動が多くなる。慶応予科に何とか潜り込んだのも、永井荷風に憧れていたからである。そんな安岡が戦争を何とか生き延びたが、結核で戻る。父は無職になり、母の様子がおかしくなる。いつ生活が破綻するか、自分は一体何者なのか、そういう疑問が「文学」に向かわせたんだと思う。
デビュー作『ガラスの靴』は清冽な抒情がみなぎる恋愛小説で、10年後に大江健三郎が、30年後に村上春樹が書いたとしてもおなしくない感じ。しかし、明らかに「占領下」でなければ成り立たない条件の恋愛なのである。その後の『悪い仲間』『質屋の女房』も戦前・戦中の青春を見事に定着させている。岩波文庫に『安岡章太郎短編集』(2023)が入り、その中には『走れトマホーク』など中期の作品もあって、全体像が見渡せる。ちょっとこれはという作品もあるが、すべて読みやすい。
親があって自分があるわけで、いかに両親に左右されたかが初期作品に多い。作家的地位を確立すると、両親の家系を調べることに熱中した。そして最後は友人の遠藤周作を代父としてカトリックに入信した。「親」を自分で選び直したわけである。