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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

UK盤の”ハイタイド&グリーングラス”を返せ!

2006-10-18 01:26:03 | 60~70年代音楽


 ”High Tide and Green Grass ”

 だからストーンズの”ハイ・タイド&グリーングラス”のUKヴァージョンはどうなっちゃったんだよ?カタログから消えたままじゃないか、どうなっているのだ。
 私がローリングストーンズの”60年代もの”限定のファンであること、この場でも何度か述べてきたのだが、ストーンズが60年代のリリースした初期のベストアルバムが、このハイ・タイド・・・”である。

 当時、母国英国ではすでに大スター、そしてアメリカでもその位置に付けんとパワー全開となっていたストーンズは、マネージャーの戦略としてイギリス国内向けとアメリカ市場向け、2種の異なる内容のアルバム”ハイ・タイド&フリーングラス”をリリースしたのである。
 すでに彼らの曲のいくつかを知っている英国ファン向けと、このアルバムで彼らの音楽に初めて接するかも知れないアメリカのファン向け、それぞれの内容の。

 そして今日。ストーンズ位の”格”のバンドの歴史的盤となれば当然、アメリカ盤もイギリス盤も手に入るようになっているかと思いきや。現在、カタログに乗っている”ハイタイド・・・”のCDは、アメリカ盤仕様のものだけなのである。日本盤だけではない。各通販サイトを検索してみた結果、どうやら諸外国においても”ハイ・タイド・・・”の英国仕様の内容のものは商品としては流通していないようなのだ。どういうことだ、これは?

 ここで両者の収録曲と曲順を比べてみたい。

☆アメリカ盤

1. Satisfaction, (I Can't Get No)
2. Last Time, The
3. As Tears Go By
4. Time Is On My Side
5. It's All Over Now
6. Tell Me
7. 19th Nervous Breakdown
8. Heart Of Stone
9. Get Off My Cloud
10. Not Fade Away
11. Good Times, Bad Times
12. Play With Fire

☆イギリス盤

1. Have You Seen Your Mother, Baby, Standing in the Shadow?
2. Paint It Black
3. It's All Over Now
4. Last Time
5. Heart of Stone
6. Not Fade Away
7. Come On
8. (I Can't Get No) Satisfaction
9. Get off of My Cloud
10. As Tears Go By
11. 19th Nervous Breakdown
12. Lady Jane
13. Time Is on My Side
14. Little Red Rooster

 やはりなんというか本場英国版の方が気合の入り方が違うというか、秀逸な内容だ。
 ことに冒頭、”マザー・イン・ザ・シャドウ”から”黒く塗れ”へと、60年代”スゥィンギン・ロンドン”の息吹を生き生きと伝えるまがまがしきざわめきを秘めた2曲がたまらない。
 これだけでも完全にイギリス盤の勝ち!である。しかもクロージングはブライアン・ジョーンズのスライドギターがうなる名演、”リトル・レッド・ルースター”となれば、もう言うことはないではないか。

 ジャケット写真だって、現在流布しているアメリカ盤より、上に掲げたイギリス盤の方が圧倒的にカッコ良いのである。当時、最先端だった魚眼レンズを使ったシャープな手触りがたまらない。

 何だってこれが現在、入手不能なのかね?調べてみると、当時のストーンズのアルバムは”米国アブコ社”なるものが権利を持ち、そちらの意向によりアメリカ盤の内容に準じたCD再発がなされている、とのこと。なんじゃいそれは?何のために、そんな規制が敷かれているのだ。
 どうにもならないことなのか、それは?英国ヴァージョンのCDは、その”アブコ社”なるものに交渉しても発売不能なのか?ええい、これもアメリカ式の全世界愚民化計画の一環なのかと、ますます我がアメリカ嫌いに拍車がかかる秋なのであった。

 欲しいなあ、UKヴァージョンの”ハイ・タイド&グリーングラス”のCDが。




シチリア夜話

2006-10-16 01:47:42 | ヨーロッパ


 ”I Storie o Cafe di lu Furestiero Novo ”by Milagro Acustico

 地中海の只中に浮かぶ小島、シチリア島。これは、その島にあるという小さなカフェを舞台にした音楽絵巻。

 北にヨーロッパを、東にアジアを、南にアフリカを望む、その小島のカフェには、さまざまな事情を抱えた旅人やら移住者やらが訪れては、いろいろな世界の噂話をしては去って行くという。それら旅人たちの残していったいくつもの話にインスパイアされて編み出された歌を集めたのが、このアルバムということで。

 というんですが、まあ、どこまで本当の話かはわかりません。実はそんなカフェなど存在はせず、収録曲のほとんどを作詞作曲している、Bob Salmieri なる人物のまったくの虚構が並べられているだけなのかも知れないし、いやもしかしたら本当にそのようなカフェがシチリアにはあって、今でも夜毎、世界のあちこちから持ち寄られた不思議な夜話が開陳されているのかも。

 いずれにせよ、こちらには一言も分からないシチリア語で歌われるそれら物語、”地中海カフェ”の神話にでも酔いつつ楽しむことにします。

 さすがは”文明の十字路”に位置する島、シチリアにおける音楽幻想。使われている楽器の出自を紹介するだけでも大変な手間で、フルートやベース、ピアノといった馴染み深いものもあれば、インドの打楽器タブラ、西アフリカのハープであるコラ、汎アフリカ系打楽器のジュンベ、ギリシャの弦楽器バグラマ、アラブのカーヌーン、トルコのネイなどなど、いやもう、いちいち上げていったらきりがない。

 音楽の形はといえば、表に出ているのはアラブ系の響きです。官能的なアラブ音階が響き渡り、エキゾチックなアナトリアの気配を漂わせたハスキーな女性ボーカルがコブシたっぷりに歌い上げられる。ふと、マウロ・パガーニの1stなどを想起してしまう時を太古にまで遡る地中海幻想が繰り広げられる。
 でも、しばらく聞いて行くうち、それらの調べがヨーロッパ的感性で注意深く構成されていることに気がつきます。アラブの、東方の響きを題材に、ヨーロッパの人の描いた設計図できれいに整理された幻想。

 これは良し悪しでありまして、すべてをアラブ色で染め上げてしまったら、その分、底の深い音楽世界を楽しめたかも知れないのですが、その一方、多分、我々”異邦人”は、その音楽を楽しむための相当な修行が必要となってくる。異郷の音楽を楽しむ際には、いつも出てくる問題ですね。まあ、作品として楽しめればいいじゃないかととりあえずは流しておきますが。

 曲のうちのいくつかでは、冒頭に、その曲の元ネタであろう物語らしきものが読み上げられます。読み上げられると言っても朗読調ではなく、まるで演劇のセリフを語るような芝居がかった雰囲気があり、この音楽、元は舞台で演劇として演じられたものではあるまいか?なんて憶測も出てきました。ただ、なにしろシチリア語の解説しかないので、これも当てにならない話ですが。

 でも、舞台の上で音楽劇として演じられたのだったら、きっと良い感じのものだったろうなあ。古き歴史を孕んだ地中海を舞台に、さまざま文化と歴史が交錯する、小さなカフェにおける夜話集。何度も言いますが、シチリア語が分からないんで、どんな話やら分からず。でも、音楽の感触のエキゾチックな快さは、言葉が分からなくとも十分に感じ取れる。

 ここで音楽を演じている、Milagro Acusticoというのは初めて出会ったのだが、おそらくはイタリアで活躍する多国籍音楽ユニットのようなものなのだろうか?他の作品も発表しているのなら聴いてみたい気がします。



浜村美智子

2006-10-14 03:52:01 | その他の日本の音楽


 デ-オッ!デ-デ-デ-オ-オ-オ-オ--。デライカムアンド・ワナゴウホムッ!デッ!ミデデミデデミデデオウオウオウオ-。

 ・・・と書いても何の事やらお分かりにならないと思いますが。
 1950年代、ハリ-・ベラフォンテの「バナナボ-ト」の日本語カバ-盤でデビュ-、「カリプソ娘」の呼び名で当時、一斉を風靡したエッチなオネ-サン歌手、浜村美智子のお話であります。

 あの時代、まだ「戦後」の面影濃かった日本のあちこちに彼女がまき散らした、独特の野性味あふれるフェロモン声は、当時まだ幼かったワタクシの心にも、その、当時としては彼女の専売特許とも言えたエッチなステ-ジ衣装とセットとなって、強烈な印象を刻んだのであります。

 思えば彼女とその歌声は、戦後の荒廃からやっと立ち直らんとしていた当時の日本人の、蘇らんとする旺盛な生命力の象徴とでも申すべきものであったかと存じます。

 今、改めて、彼女の当時のヒット曲を聞きなおすと、そのこだわりのない広い音楽性に感心させられてしまう。お得意のカリビアンものに始まり、ロックン・ロ-ル、シャンソン、サンバ、演歌からドイツ映画の主題歌カヴァ-、「アフリカの星のボレロ」なんて涙ものの1発まであり、スキモノにはたまらないものがあります。

 さながら、ワ-ルドミュ-ジック見本市。戦後の混乱期ゆえの、まぐれ当たりのホ-ムランとも言えましょうが。
 私にとってのベスト・トラックは、まるで浅川マキが美空ひばりの物真似をしながら歌っているように聞こえる「東京の隅っこ」です。

 なにしろ、曲は演歌なのに、バックのギタ-はメンフィス・ブル-ス調だ。そして、ジャズィーなヴァイブは転げまわり、クールな口笛が当時の街角の夜の深さを伝える。
 何を考えているのか全く分からず。そのバッド・チュ-ニングなカッコ良さ!もう一度言っておきますが1950年代の日本の歌謡曲の話ですぜ!!おお、いかすぜ、浜村美智子。

 ちなみに、ジャケ写真は今見ても十分エッチだ。




JASRACが音楽を殺す

2006-10-12 02:41:09 | 音楽論など


 ジャスラックがまたやったか!と、最後に挙げておきますニュース記事を読み、呆れ果てた私なのであります。まったく、手当たり次第に恐喝して回るチンピラヤクザみたいな連中ですねえ、彼ら!音の流れる現場すべてに現れ、著作権料なるテラ銭を脅し取るヤクザ。

 ジャスラック(JASRAC)とはつまり”日本音楽著作権協会”のことであります。日本の音楽の著作権を扱う組織。基本的には、作詞家や作曲家の作品に対する権利を守る活動をする組織・・・のはずなんですがね、その一方、彼らは、日本中のライブハウスやジャズ喫茶にとてつもない額の著作権料の支払いを命じ、結果、次々と店を潰してしまっている、狂気の組織なのです。

 以下は、”ニュース漂流”という投稿ニュース・サイト(http://www.local.co.jp/news-drift/index.html)に2004年11月3日、松原さんという方が投稿されたジャスラックに関する記事から引用させていただきます資料なのですが、ジャスラックの著作権料の請求金額と徴収方法の問題点が実例を挙げてうまく説明されているので、ご覧ください。

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 例えば、某ピアノバーの3年前からのJASRACからの著作権料の請求です。請求金額は、過去約10年間のピアノ演奏料810万円也です。算出方法は以下の通り(お客がいなくても関係なし)となります。

 生演奏25曲での日額       90円×25曲=    2,250円
 生演奏25曲での月額    2,250円×30日=   67,500円
 年間合計      月額 67,500円×12月=  810,000円
 10年間の請求金額 年額810,000円×10年=8,100,000円

 このピアノバーでは実際には週に4回しか演奏しておりません、また著作権料のかからないクラシックも演奏している為、上記の料金にはなりえません。
 しかし、JASRAC側の調査によると上記演奏曲数から、この請求金額になってしまいます。
 過去10年の間、まったく請求を行わなかったにも関わらず、数年前から全国規模で著作権料の徴収を行いはじめ、上記金額のように実際の演奏とはかけ離れた金額を請求するJASRACという組織をみなさんはどう思われますか? これが著作権を守っているという事なのでしょうか?

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 引用を終わります。文章をコピペしているだけでも怒りがこみ上げてきます。こんな金額を払って経営の成り立つ店なんてあるんだろうか?いや、払えなければ法に触れてしまうという次第で。請求が過去に遡っている以上、払えないからといって店をたたんで済むわけでさえありません。倒産した後も請求額を払い続けねばならない仕組みです。

 そして、この支払った金額の行方は? 過去10年間の演奏曲などわかるわけもなく、支払った著作権料は作曲者(あるいは作詞者)に支払われる事はないでしょう。全てJASRACの収入になります。

 このジャスラックの行為の不当性を突く報道機関はありません。また、その請求に対して裁判を起こすなどしても絶対に勝利などすることは出来ません。その理由?日本音楽著作権協会は文化庁の役人の天下り組織である、この事実を提示するだけで十分かと思います。

 音楽を聴き、楽しむための店が続々と潰されていっているのです。ライブハウスで、ジャズ喫茶で、音楽を楽しんだ経験は、多くの音楽ファンを育んだはずです。それらの場を法外な著作権料の請求により圧殺してしまっている、それがジャスラックの行為なのです。

 彼らジャスラックのご乱行の結果、起こるのは結局、根のところでの文化破壊でしかないのは明白です。人々の文化を享受する心を圧殺してしまったら、著作権料どころではない。
 音楽を聴く楽しみをあちこちで刈り取っていったら、残るのは音楽なんか誰も聞かない世界だけ。そこからどうやって著作権を召し上げるつもりなんでしょうね、このヒトビトは?

 ジャズ喫茶 SWANの裁判の結果
 http://www4.ocn.ne.jp/~swan/jasracpage.htm

 障害者達がスタッフとなって行っている非営利目的のチャリティーコンサートが著作権料支払いの対象となってしまった経緯。
 http://www.rakutai.jp/doc/2004/06/23/003.html

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 ◎9200曲の使用差し止め確定=CS放送の同時再送信-最高裁
 (時事通信社 - 10月10日 21:01)
 CS(通信衛星)放送の配信で楽曲を無断使用されたとして、日本音楽著作権協会(JASRAC)が成田ケーブルテレビ(千葉県成田市)など3社に使用差し止めなどを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(上田豊三裁判長)は10日、ケーブルテレビ会社側の上告を受理しない決定をした。同社など2社に約9200曲の使用差し止めと計約830万円の支払い、残る1社に約290万円の支払いを命じた2審知財高裁判決が確定した。
 2審判決によると、問題となったのは、ケーブルテレビ会社がCS放送の番組を受信し、契約者に同時再送信する放送。 

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草の根は枯れることなく

2006-10-11 02:30:06 | 北アメリカ


 前回に続いて、ピート・シーガーについて触れてみたくなった。

 アメリカ・フォーク会の長老、というか1919年生まれというから、いまだ現役の歌手ってだけで恐れ入るよりない。最近ではブルース・スプリングスティーンが、シーガーへのトリビュート・アルバムを出している。

 若い頃からひたすら、アメリカの根の音楽にこだわるフォーク歌手として、また常に権力と戦う発言者として生きて来た。公民権運動やら労働組合の組織普及、反戦運動などなどに力を尽くし、有名なマッカーシー議員の”赤狩り”の嵐が吹き荒れた際にも当然の事、標的となった。

 でも彼の”社会派”にはあまり思想的な傾きはなく、アメリカの草の根民主主義とか、あの辺りに根がありそうだ。”右”と”左”のイメージこそ逆だが、SF作家、ハインラインなど引き合いに出したい”アメリカ主義者”である。これに”良い意味での”とつくか”悪い意味での”でつくかでいろいろ別れるのであるが。

 民謡歌手として貫き通した、などというとド田舎の貧しい家庭の生まれと言うのが通り相場だが、シーガーの場合は都会の結構裕福な家で生まれ、良い学校も出ているはずだ。あくまでも自らが「これが歩むべき正しい道」として選び取った”社会派の民謡歌手”の人生だった。

 彼のトレードマークである五弦バンジョーに関しては名手の名を得ているし、その数多いアルバムはアメリカの伝統音楽の勘所はちっちり網羅し、さらに世界各地の民謡や労働歌、反戦歌と、レパートリーは非常に広い。オノレを例に挙げるが、私は”原爆許すまじ”やらプエルトリコの郷土歌、スペイン戦争の歌などなどをシーガーのレコードで覚えた。

 というか、そもそも彼のもっとも有名なナンバー、「花はどこへ行った」は、確かウクライナの民謡に反戦の意を込めた詩をつけたものだった。

 が、彼にパフォーマーとしての魅力があるかといえば、そうでもない。と感ずる。
 その歌声は力強いがそれだけであり、1足す1が5や6になる”芸術としての妖気”とは縁遠い感じだ。もっともシーガーは「自分のレコードは、民衆のための歌を広める道具である。歌を覚えたら捨ててしまってかまわない」と簡単に言い放つ人であり、こんな事を書かれても気にもしないと思うが。

 ともかく”強気をくじき弱きを助ける正義の味方”、そのようなノリで90歳近くになる今日まで歌い続けて来た。イラク戦争が地上戦に突入した日には自宅近くのハイウェイの傍で、「平和を」と書いたプラカードを持って終日、立ち続けたそうな。

 アメリカフォーク界の長老であり、それなりに名のある彼が老いの身でそのような事をせずとも、と思うのであるが、その辺がピート・シーガーの真骨頂、まあ、ある種の変人であるのも確かであろう。 

 彼が60年代に来日を果たした際、ちょうど”新人フォーク歌手”としてヒット曲「バラが咲いた」を出したばかりのマイク真木と話し合う機会があったそうだ。

 そこで真木が「フォークシンガーはどのようなファッションで歌ったら良いのですか」と質問したら「何を軟弱な事を言っておる!」と思いっきり叱られた、なんて逸話があるのだが、これはまあ、間抜けな質問をするマイク真木のほうがまずいね。よりによってピート・シーガー相手に。一番、したらいかんような質問ではないか。

 ともあれ、これからもどうか元気で100歳までも現役歌手でいて、正義のために戦い続けて欲しい。



陽よ、輝き続けろ

2006-10-10 04:30:27 | 北アメリカ


 ふと思い出した歌があってその詳細を知りたくなったのだけれど、うまい検索のかけ方が分からず、何の情報も得られずにいる。

 昔、アメリカのフォークシンガーのピート・シーガーが歌っていた、邦題、”陽よ輝き続けろ”という歌。曲の原題と思える英語歌詞の部分など打ち込んでみたのだが、なにも引っかかってこない。この歌が収められたアルバムも売られていない。もう、忘れ去られてしまった歌ということか。
 
 あれはもう20年以上前に出たアルバムだったか、その時点ですでに60歳を超えていたピート・シーガーは、かっての僚友ウディ・ガスリーの息子であるアーロを従えたライブ盤で、この歌を歌っていたのだ。

 歌としてはきわめてシンプル。ほんの16小節のメロディで、歌詞もワン・コーラスしかない。

 ”いつもお日様がありますように いつも青空がありますように
  いつもママがいますように いつまでもボクと一緒に”

 60年代、当時のソ連はモスクワに住む小さな男の子が、クレヨンで描いた自宅の絵の隅に書き記した文章だという。シーガーはこの”詩”を、アメリカとソ連が核戦争寸前まで行っていた60年代に見つけてきて、メロディをつけ、歌った。当時のアメリカの空気は、そのような事をしただけでも”共産主義者”の烙印を押され、社会的に葬り去られる危険があったそうな。

 そういえば、ピート・シーガーの音楽もずいぶん聴いていない。盤の埃を払って聴いてみる価値はあるかもしれない、今。

 ★北朝鮮、連続核実験の可能性も…韓国情報機関筋
 (読売新聞 - 10月09日 20:21)
 【ソウル=中村勇一郎】聯合ニュースによると、韓国の情報機関・国家情報院の金昇圭(キム・スンギュ)院長は9日午後の国会情報委員会で、「咸鏡北道吉州(キルジュ)郡豊渓里でも9日午後3時から、30―40人程度の人員と車両の動きが確認された」と明らかにし、「北朝鮮が連続で核実験を行う可能性があり、詳しい内容の把握を進めている」と述べた。
 金院長は同委員会で、「北朝鮮が追加の核実験をする可能性は十分だ」との見方を示したという。



反核団体の反応は?

2006-10-09 20:34:47 | 時事

今回の北朝鮮核実験に関する各平和団体の反応をご覧ください。そのやる気のなさに呆れてください。
平和団体なるものの正体が知れてしまいますね。ひどい話です。

反核団体などは敏感な反応を示すはずと期待したんだけど、「一応、反対声明は出しました」レベルの反応ばかりで、首を傾げます。原水禁なんかはいまだコメントさえ出さず、それどころか数日前の記事を読むと、北朝鮮を実験に向かわせるのは日本とアメリカが悪いとか書いてある。呆れました。

原水禁ーhttp://www.gensuikin.org/
原水協ーhttp://www10.plala.or.jp/antiatom/
グリンピースーhttp://www.greenpeace.or.jp/
非核市民宣言ヨコスカーhttp://homepage3.nifty.com/hikakusimin/
その他関係団体リンク集ーhttp://www.gensuikin.org/link.html




日曜の朝、日曜の夜

2006-10-09 00:25:25 | 北アメリカ


 もう日付けは替わって月曜日になってしまったが、実感としては、今は日曜日の深夜だ。

 2年前に、これまでやって来た商売を閉じてしまい、毎日が定休日といえば定休日、年間通じて休み無しと言えば休みなし、の日々を過ごすようになっても、まだ日曜日の終わり、夜が明ければ月曜日の朝がやって来るという時間を過ごす感触は憂鬱のままである。

 日曜日の憂鬱を歌った歌といえば、アメリカのシンガーソングライター、クリス・クリストファーソンのデビューアルバムに入っていた”サンディモーニング・カミング・ダウン”だろう。美しいメロディのフォーク調のバラードである。

 日曜日の朝遅くに目覚めた主人公は、どうやら同居の者もいず、孤独な暮らしをしているようだ。

 無為に起き上がり、教会から漏れ聞こえてくる子供らのコーラスを聞き流しながら、人気のない休日の通りを無為に歩き回る。話し相手もなく、彼を待つものもいない。ただ彼は嘆く。「日曜の朝の歩道で、そこらの石ころにでもなってしまいたくなる気分だ」と。

 そして彼は「だって日曜の朝は人を孤独にさせる何かを持っているから」と続ける。

 おそらく、彼の孤独は日曜の朝に限ったものではないだろう。ただそれは、日頃、目をそらしている自らのありようが、日曜日の、いつもとは違った空気の流れの中であからさまになる、それが苦痛なのだ。

 1970年にこの歌を含む1stアルバムを発表後、クリス・クリストファーソンは大物シンガー・ソングライターとしての立場を確立して行くのであるが。そんな彼は今も、あの歌を作った無名の頃と同じような日曜の手触りを忘れずにいるだろうか。

 日曜の朝が苦痛なら、私が今感じている日曜の夜の苦痛は、それよりずっと即物的で分かりやすいといえようか。週末の華やぎは遥か彼方、殺伐たる一週間がまた始まるのを、静まり返った街の中で眠りに入る気にもなれずに過ごしている、この気分は。



秋はスコットランド

2006-10-08 04:53:00 | ヨーロッパ


 私にとって「秋の本場」は、やっぱりスコットランドだなあ。

 聞く者誰しも、たとえスコットランドに行った事のない者さえ、スコットランドへ帰りたくなってしまうと、トラッド・ファンには定評のある、Andy Stewrt の By The Hushなんて、いいなあ。

 Andyの柔らかな歌声がおだやかに歌いあげるスコットランドの民謡は、どこか子供の頃に習った小学唱歌にも似たメロディラインをしていて、確かに、ここに満ちている郷愁に自分がずぶ濡れになる権利がある、なんて思えてくるのだ。

 窓の外の秋空を見上げながら聞いていると、しみじみと郷愁が胸を打つ。ほんとにねえ、帰りたいよ、スコットランドへ。行ったことないけどさ。

 メロディメ-カ-誌83年の「ベスト・フォ-ク・アルバム」に選ばれています。文句なしの名盤。




恨み歌・ワイキキ

2006-10-06 04:07:39 | いわゆる日記


 フラダンスを習っている知り合いの女性が「竹の歌」なる新曲を踊ることになり、どんな曲か詳細を知りたくて検索をかけたら、なぜか中島みゆきがヒットするんだそうです。

 ”中島みゆきとフラダンス”ってのは凄いミスマッチだなあ、中島みゆきが作ったハワイアンってどんなのかなあ。やっぱりドロドロなのかなあ、とか考えていたら面白くなってきて、ちょっと自分で作ってみました。こんなのです。

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椰子の木陰で泣いている 私にあなたは気付かずに 
あの娘と楽しく踊るでしょう
波打ち際にただ一つ 恨み色したパイナップル

ワイキキの浜を真っ赤に染めて花占いするんです 
ブーゲンビリヤ ちぎってちぎって 
愛してない 愛してない 愛してない 愛してない

想いを込めて流す椰子の実が
百年経ったら 
あなたの浜辺に届きます

 ~~~~~

 なんてのはどうでしょうね!お粗末さま~(^_^;v