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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

香港の去った夜

2006-12-13 03:17:19 | アジア


 ”Blue”by Yvonne Lau (劉文娟)

 以前にも書いたことがあったけれど、1990年代初め頃、中国本土へのいわゆる”返還”を目の前にした香港の街から発せられるポップスを憑かれたように聞きまくっていた時期があった。
 香港が「借りてきた夢の時間」たる英国の租借期間を終え、あともう何年かで北京政府に回収され、中華人民共和国の一部となってしまう、そんな時期である。

 まだあの”天安門広場”の記憶も生々しく、それでなくとも、あまりに違いすぎる政治形態にオノレの明日を託するのは、いくら北京政府が同じ中国人によって構成されていても、いやもしかしたらだからこそ、香港市民にとっては不安も大きいことだったろう。

 そんな香港の人々の揺れ動く心情が作り出した、あるいは絶望、あるいは閉塞感、あるいは終末観、などなどが狂おしく脈打つ独特の陰影に彩られたポップスに、当時の私の心のある部分が妙に焼け付くような反応をしたのだった。その頃の私もまた、ある種の正体の知れない焦燥に駆られていたのかも知れない。

 表面を見たところでは無事に、なんと言う事件もなく香港が北京政府に回収され、当たり前のように時が過ぎてしまった今、あの頃愛聴した香港ポップスのアルバムも、いつか聴くこともなくなってしまっている。香港からの新しい音楽情報にも、あまり接することもなく。

 と言うより、香港回収直前に香港ポップス歌手たちの大物何人かが「我ら中国人!」みたいな、北京政府におもねるような新曲を連発した辺りで、彼らの逞し過ぎる世渡り根性に辟易してしまい、香港返還の儀式が始める以前に、香港の音楽界に私は興味を失ってしまっていたのだった。

 たとえば今、取り出してみたのがイヴォンヌ・ラウという当時の香港の歌い手の、”Blue”なんてアルバム。1992年作。タイトル通りの憂いに満ちた、なかなかしっとりとした出来上がりで、当時愛聴した盤の一枚である。日本曲のカヴァーが含まれているのは珍しくも無い香港ポップスの世界だが、大貫妙子の曲なんか歌っているのは彼女くらいで、これはなかなかマニアックなスタッフに囲まれているのかな、などと想像していたのだが。

 香港返還を前にしてNHKのBSが企画した香港の旧正月を生中継、なんて番組を見ていたら、その企画の香港側のレポーターとして彼女、イヴォンヌ・ラウが登場し、日本語ペラペラ状態でマイクを握って話し始めたのには驚いた。なんでも留学生として慶応大学に在籍していたことがあるとかで、なるほど、それじゃ日本に詳しくても不思議は無い。大貫妙子のカヴァーを考えたのも彼女自身なんだろうな。

 その時の彼女の立場は、香港の放送局のアナウンサーであり、副業として歌手もやっている、との事だったのだが、さて、現在の彼女はどうしているんだろう?新譜がリリースされたとの噂も聞かないのだが。

 さて、”Blue”である。中に”今夜無星”なる曲が収められている。なぜかフィーチュアされているバグパイプの響きが印象的なバラードである。聴いていると、霧に閉ざされた香港の港を、返還によってお役御免となった英国海軍の船舶が離岸して行く、そんな風景が目に浮かんでくる。締めくくられようとしている一幕の歴史に別れを惜しむかのように。

 香港が北京政府に返還されなかった方が良かったとか何とか言うつもりもない。もとより他国の事情であり、日本人の私があれこれ言う立場ではない。が、この曲などを聴いていると、奇妙にウエットな思いに胸がふさがらるのを禁じ得ない。あれは、世界が一つの曲がり角を曲がった一瞬だったのではないか、などと。

 その先に何が待っていたのか、具体的な話などできはしないのだが。また一つのパンドラの箱を我が人類は開けてしまったのだな、その曲がり角のむこうに待っていたのは、かってわれわれが知っていたのとは比べものにならない酷薄な時代の貌だったのだなあ、などと、”返還”が象徴していたものの事など、ふと思ってしまうのである。

 ”今夜無星”
 峰煙 看天辺 世間紛争可得判断
 今天 誰個的意願 散於砂礫中打転 共家郷分散多遠”( by Yvonne Lau )
 


ロシア・ロマンス歌謡

2006-12-12 03:12:24 | ヨーロッパ


 ”「失われた愛の歌」ロシア・ロマンス歌謡の花束”
  カイヤ・ウルブ(ソプラノ)
  メイキ・マトリク(六弦ギター)

 ロシア音楽のカタログなどで見かけて、なんとなく気になっていた音楽ジャンル、”ロシアン・ロマンス”をはじめて聴いてみた。

 要するに当地において”芸術歌曲”を意味する言葉のようだが、かって、19世紀頃まではフランス辺りで芸術歌曲をロマンスと呼んでいた、その習慣が今、ロシアのみに生き残っている次第のようだ。とはいえ、ロシアでも”19世紀に咲き誇った芸術の花々”といった扱いのようだが。

 ロマンスに関わる作曲家はクラシック畑の大先生たち、その歌詞もプーシキンなど高名な詩人の手になるものも多く、ロシアの音楽芸術のある一方の到達点と受け取っても良さそうである。この盤を聴いていても、非常に芸術的な完成度の高い音楽であると感ぜられる。

 このアルバムの主人公たる歌い手も、”エストニア楽友協会室内合唱団主席ソプラノ”なる地位の人で、まあ、歌唱は完全にクラシック畑のそれ。そうなってくると、大衆音楽好きの当方としてはなかなか苦しいものもあるのではあるが。

 とは言え、凍てついた広大なロシアの大地に咲いた一輪の芸術の花、という感触は悪くない。冒頭の曲の、壮大に広がる天地の只中で愁いに沈む、みたいないかにもロシアらしいメロディに陶然とさせられ、これで一気にもって行かれてしまった当方なのであった、実は。

 歌唱に付き合うのは達者なクラシック・ギター一本である。何曲かのソロもある。それらの曲の作者もまた、ロシアの伝説的ギター奏者であるとのこと。
 ピアノ伴奏で歌われるケースの多いロシア・ロマンスだが、この形、ギターのみの伴奏が本来であるようだ。私のような音楽趣向を持つ者が馴染みやすいのは、このギター伴奏のおかげでもあろう。

 孤高という表現がふさわしい、歌手の歌声である。ギターの音だけをお供に、いつまでも明けない暗い夜、灯火を燈して歌いついで行く・・・透徹した叙情が、移ろい行く人の世の無常を夜の闇に鮮やかに描き出す。

 はるか彼方のモスクワの街の灯火を想う。あるいは、遠い昔のロシア貴族たちのつかの間の栄華を想う。


最悪なり、猫好きの自己満足

2006-12-11 04:36:44 | いわゆる日記


 どこだかのサイトの自己紹介を覗いたら、「私はノラ猫にエサをやります」なんて誇らしげに書いてあって、呆れました。

 そんな事をすれば”栄養が足りる→繁殖に励む”という形でさらに不幸な猫を増やしてしまうから、ノラ猫への無条件のエサやりは猫好きな人たち(良心的な)の間でも不評の行為なんであって。その場の自己満足にはなっても、何の問題解決にもなっていないっての、分かっていないのかなあ?

 で、もちろん、その人はエサをやった後の結果、つまりその猫たちの糞尿の始末なんかしてはいないんですよね。それはノラ猫が居ついている場所に住んでいる人たちがやっているわけだ。

 で、ノラ猫にエサをやるお優しいお方は、周囲の人たちがどれほど迷惑しているかなんて、気にもかけない。ただ、”エサをやる”という快楽のみを受け取り、後のことは知ったことではない、と。で、ご本人は御清潔なヒューマニスト気取りである。ひどい話ですねえ。

 先日の日記に書いたタバコの話と言い、おい、あんたがたの自分勝手な正義ってなんとかならないの?と呆れるネタに事欠かない毎日でありました。


受動喫煙と小児ガンに関する呆れた書き込み

2006-12-09 02:45:17 | いわゆる日記


 呆れた話というのがありまして。知り合いの掲示板に下のような文言を書き込んだ人がいます。

>タバコをすっている人の子供は小児ガンになる確率が低いんですって。
>喘息とか気管支炎には最悪ですが、小児がん予防にはなるようです。

 ほんとに、心の底から呆れ果てました。
 これはおそらく、先日”週刊ポスト”に掲載され、”週刊現代”に反論が載った「受動喫煙は子供の発がん率下げる」なんて記事が出所なんでしょうけど。
 ↓
 受動喫煙「悪くない」記事で 週刊現代がポストに噛み付く

 上の記事を読んでいただければお分かりのように、「タバコの受動喫煙が子供のがん予防に役立つ」なんてのは、きわめて雑な”調査”に元ずくでっち上げと言いたい説としか言いようの無いものです。

 こちらの記事も参考になるでしょう。
 ↓
 受動喫煙にさらされる乳幼児に肺癌(がん)のリスク

 まあ、ちょっと考えても当たり前ですね。
 タバコが子供の体をガンから守るなんて、あるはずが無い。あると言うのなら科学的根拠を示して見せろってんだ。

 それにしても、何も確定的な情報ではないのに、「タバコは小児ガンを防ぐ」みたいな噂話を平気でしてしまえる人の精神構造って、どうなんでしょうか?
 そのうち、子供を見るたびにタバコの煙を吹きつけ、「さあ、小児ガンから守ってやった」なんてグロテスクな自己満足にふける人が出てきたら、どう責任を取るおつもりですかね?

 この暴論の流布、まさかと思いますが、人々の禁煙傾向に苦しむタバコ産業界が裏から手を回した小細工って事はないでしょうね?だとすれば、そんな奴、まさに万死に値するでしょう。

 この書き込みへの反論を書き込んでいるうち、なんだかやりきれなくなって来ましたねえ。常識で考えて、ガンを防ぐも何も、タバコが体に良いわけが無いじゃないか。なんであんな書き込みをする前に、自分でもう一調べするくらいの心遣いが出来ないのか。人の命に関わる事だっていうのに。

 あんまりやりきれなくて、ふと下の歌を思い出してしまった次第。ベテラン・フォーク歌手の笠木透氏の一曲です。この人の作品群、たとえば高石友也とかがよく取り上げています。地味だけれどいつまでも忘れたくない歌たちであると思っています。

<私の子供達へ> 

作詞
作曲 笠木 透


生きている鳥たちが 生きて飛び回る空を
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてご覧なさい 山が見えるでしょう
近づいてご覧なさい 辛夷(こぶし)の花があるでしょう


2 生きている魚たちが 生きて泳ぎ回る川を
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてご覧なさい 野原が見えるでしょう
近づいてご覧なさい 竜胆(りんどう)の花があるでしょう


3 生きている君たちが 生きて走り回る土を
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてご覧なさい 山が見えるでしょう
近づいてご覧なさい 辛夷の花があるでしょう


GSとコークハイとキャバレーの椅子

2006-12-06 01:49:57 | 60~70年代音楽


 ”カルトGSコレクション 日活編・麻生レミ&フラワーズ ”

 うん、これはなかなかいいんじゃないかと思ったのだった。各社横断の形で以前よりリリースの続いている、この”カルトGS”のシリーズが現在のところ全部で何枚に及ぶのか知らないが、”あの時代”の雑然とした熱気をかなりリアルに伝える一枚になっていると信ずる。あの時代、つまりグループサウンズ全盛の60年代をリアルタイムで知っている者として。

 フィーチュアされているのが麻生レミとフラワーズであるのが良い。グループサウンズ時代の末期に内田裕也によって結成された、サイケデリックを標榜するバンドである。GS時代以前からのロックの歌い手だった麻生レミをフロントに置き、腕達者なプレイヤーを揃え、当時としてはなかなかに刺激的なイマジネーションに溢れる音を聞かせるバンドだった。

 彼らはその後、ジョー山中をボーカルに迎え、フラワー・トラベリンバンドなる”ロックバンド”に生まれ変わり、彼らなりにきちんと割り切れた”ハードロック”を聞かせるようになるのだが、そうなってしまうとそれはまた別の時代、70年代の話となってしまう。新しい時代を模索し、手探りでもがいていたフラワーズの織り成す不器用な狂気と妖気こそ、60年代末期の熱さの味わいどころなのだ。

 これは当時の映画の、たとえばディスコのシーンなどに登場していたグループサウンズの音を集めたアルバムである。映画用に録られた音源であるゆえに、より自由度の高いラフな世界が展開されていて、聞く者の血を騒がせるものがある。フラワーズの”ラストチャンス”なども、正規のレコーディングのものより間奏の長いサイケ度の高い仕上がりとなっていて、興味深い。

 その他、ファズ・ギター爆発のモップスあり、そうかと思えばワイルドワンズやブルーコメッツらの健全路線のバンドが入り乱れ、さらにジュディ・オングの”チビのロビー”などという珍品もありの混乱状態は、これもまた映画用の音源、という囲いで編まれた盤ゆえであり、いや、だからこの状態がそのまま、あの混迷の時代の現実を正直に映している訳なのさ。

 妙な話をするが。私の記憶する当時の青少年の”不良の現場”には、キャバレーの椅子やテーブルの手触りや匂いがあった。その後の時代のように若者文化がでかい顔をして横行していた時代ではないのだ。”大人の社交場”のハコの中に、ついでのようにドサクサではめ込まれていたのが当時の、たとえばディスコであり、そこに置かれていた調度は、会社の金で酒を野飲むオトナたちがホステスを口説く現場に置かれていたそれの流用だった。

 だからそこの椅子やテーブルからは、若者のではなく、オヤジの体臭やホステスの脂粉の染み込んだ匂いと手触りがあった。そんな現場で若き不良諸君はコークハイなどという妙なアルコール飲料を飲み、それらを包む空気の中で”サイケなGSの熱い音”は流れていったのだった。

 このアルバムにはそんな、本来場違いのはずのキャバレーの椅子の匂いや感触が確かに生で伝わってくる瞬間がある。これもまた、”映画用の音源”という特殊要件ゆえにこそ捉え得た空気の感触と思われるのだが。
 それをこそ時代解明のキイとして味わっていただきたい。などと言っても、あの時代を体験していない者には、ほとんどインネンでしかない困難事ではあるのだが。いや、でも、ともかくそういうことなんでよろしく。シェケナ・ベイベ。
 


猫を飼う奴のバカさ加減に関して

2006-12-05 03:42:45 | いわゆる日記


 4日のフジテレビの夕方のニュースを見ましたか?特集で”コインロッカー業の裏側”なんてのをやってたんだけど、猫をコインロッカーに預けて旅行に行ったバカ女なんてのが出て来ました。呆れたなあ。

 「友達が預けてしまって」とか言って若い女が引き取りに来てたけど、それがどう見ても預けた本人。それが証拠に、「週末には本人が謝りに来ます」とか言い残していったけど、結局、そんな奴、現れなかったそうで。

 ここで一つ想像させていただくと、おそらくあの女、「ペット禁止」のアパートで隠れて猫を飼ってますな。で、旅行中に鳴き声を聞かれて猫飼いがバレるとヤバイってんで事もあろうにコインロッカーに放り込んで行ってしまった。ペットホテルを利用するのは金がもったいないってんでしょうね。

 そんな事をされてはロッカー業者もロッカー利用者も、そしてネコ自身も大迷惑。それが分からない猫飼いは死ぬほどバカでありますな。
 これで明らかになりましたね。猫を飼う人間などがこの世から一刻も早くいなくなるのが、人間にも猫にも結局、幸福であると。




草原のタンゴ

2006-12-04 02:53:42 | 南アメリカ


 ”Tangos Camperos”by Beatriz Suares Paz

 タンゴの歌いあげる世界と言えば裏町のうらぶれロマンと相場が決まっていて、大都会の悪場所を舞台に、くすんだモノクロームで描かれる後ろ向きの人生観であったりするのだが、今回のこれは、都会を離れた大草原に焦点を当てたタンゴ・アルバムである。歌の主人公は、裏町に跳梁するヤクザのかわりに、広大なパンパスで牛を追う牧童であったりする。

 歌い手の歌唱も、だからタンゴの世界には珍しい素朴な明るさがうかがえるものであって、草原を吹き抜ける風の匂いが感ぜられたりする瞬間がある。タンゴには珍しい、涼やかな清冽さの感ぜられる歌世界が提示されている。
 とはいえ、そこはあくまでタンゴである。描かれるのは、大草原に降り注ぐ明るい日差しの下に生きる者の内に潜む、根源的な孤独の感情だったりするのだが。

 伴奏はタンゴ名物のバンドネオンを排し、ギター4本をメインにしたコンフントによるものである。その荒削りに奏でられるリズムが、果てしない草原の暮らしに寄せる都会人の憧れを掻き立てる構造になっているのかと思われる。

 アルバムの中央辺りに”アウセンシア(不在)”という曲が配されている。戦前の歌謡タンゴの巨人、ガルデルが創唱したいくつもの名曲のうちの一つである。いつの間にかこんな風に”不在”と書いて”アウセンシア”とカナを振るのがこの曲の正式な表記法みたいになっているようだ。美しい旋律の奥にシンとした静けさを含んだこの曲のイメージと、この表記法が不思議に合っていて面白いものだなと感ずる。

 いなくなってしまった恋人に語りかける歌。恋人が去った後の孤独に関する歌である。目の前にある、かって恋人がいた証である人型の空虚に向かって、その人がいない孤独を語りかけるような、蛇が自分の尻尾を飲んだような構造がうかがえる、ある種シュールなイメージを、私などは感じて仕方ないのだが。

 風の吹きぬける部屋で、他の誰にも見えない人型の空虚、”不在”に向かって孤独を歌い続ける。

 時は流れ、風に吹かれていつしかその空虚さえ形を失い消え去ってしまい、そして歌い手もまた、吹き抜ける風にさらわれるように姿を消す。やがて部屋も、それがあった家も消滅してしまい、後に残るのは広大な草原だけ。時の果てで、広大な草原に吹き抜ける風の中、ただ主のいない孤独の面影だけが揺れている。

 そんな風の匂いに関するアルバムと思う。
 



ウクレレと鰯雲

2006-12-02 03:29:19 | 太平洋地域


 ”Hawaiian Time -Ukulele Solo-”by ohta-san

 2年前の春、母が心臓を病んで緊急入院をした。一時はどうなるかと思ったが、幸い、なんとか病癒えて家に帰ってきてくれた。その後、軽いドライブに出ると不整脈が治まると分かったので、機会あるごとに連れ出すことにしている。昼寝から覚めると車を出し、母を乗せてスーパーにその日の買い物に行き、帰りに一時間ほどの小ドライブに行くのは、もう日々の日課として定着してしまった。

 ハワイアン音楽の好きな母なので、ドライブのBGMにもよくそれをかけてきた。その結果として、もう何度も語ってきたがハワイの日系2世のウクレレ名人、オータサンことハーブ太田の再々評価があったりする。ただシンプルに美しく優しいメロディを奏でる事の素晴らしさへの再評価が。

 私がハワイアン音楽に興味を持ったのはご多分にもれず、というべきかライ・クーダーのチキン・スキン・ミュージックあたりの影響である。ギャピー・パヒヌイらのプレイするハワイ固有のギター奏法、”スラック・キー”に惹かれ、その辺りの聴けるレコードを漁りまわった。その時、よく見かけたのがオータサンのアルバムだった。
 たんなる南国風観光音楽に過ぎない、としか当時は感じられなかった。過激な音楽的冒険が繰り広げられるでもなし、ただハワイの古いメロディを淡々と奏でているだけの。だから私は、彼のアルバムを目にしても外角低めに見送る感じで手に触れもせずに来たのだが。

 その後、バブルの時代にオータサンは来日を果たし、夏のイベントのゲストとして私の町にやって来てナマのウクレレ・ソロを披露した。そして、その高度なテクニックと遊び心に溢れた演奏に生で接し、私と仲間たちは舌を巻くこととなった。へえ、ウクレレであんなことが出来るんだね、面白いもんだなあ、などと言い交わしてその夜、ひとしきり彼のウクレレとその音楽が話題となったものだった。

 その後、改めてレコードを手に入れて聴いてみると、スゥィンギーな演奏の渋い良さ、ジャズィーなアドリブ感覚のお洒落さなどなど、聞き逃してきたオータサンの音楽のさりげない良さに大いに気がつくこととなった。それ以来ずっと、オータサンのファンである私なのだ。

 ”ハワイアン・タイム”は、そのオータサンのウクレレ・ソロ作品である。若干のオーバー・ダビングはあるものの、ほぼ全編、彼はウクレレ一本で、古いハワイ民謡から”ホノルル・シティライツ”のような近年作のハワイのローカルヒット曲、あるいは昔ながらのハリウッド製観光映画で使われた擬似南国風楽園音楽などなどを気ままに弾きまくる。地味ではあるがオータサンらしい歌心に溢れた名盤だ。

 とは言え、これは家で心静かに耳を傾けるための音楽であり、ドライブで聴くための作品とは言えないだろうなあと信じてきた。実際、夏のドライブの折りにかけてみても、外界の強い陽の輝きや、国道を埋める海水浴客の車の列の発する目に見えないパワーに圧倒される感じで、どうも物足りない感が否めないのだった。

 が、季節の移り代わりと人の心とは確かに連動しているんだなあ、空気が年の瀬へと確実に移り変わって行く、その静けさの中では、夏の間には地味過ぎるように感じられた”ハワイアン・タイム”が、ちょうど良い感触で響くのだった。ウクレレの弦をまさぐるオータサンの心のときめきが、隙間の多いその音象の向こうに浮かんで見えるようで、寒気の中で内向きになった人の心にはこのくらいの刺激でちょうど良いんだよなあ、などと納得できるのだった。

 車窓の向こうで空の雲は、秋の装いから冬のそれへといつの間にか姿を変えている。そう、頻繁に母とのドライブに出かけるようになってから、雲の姿の微妙な変化にも気がつくようになっていたのだった。さて、明日はどの辺りを走ろうか。



大英帝国酒神歌

2006-12-01 02:22:47 | ヨーロッパ


 ”A Taste of Ale ” by Magpie Lane

 英国トラッド界を代表するメロディオン奏者、ジョン・カ-クパトリックの息子、ベンジ-(ブズ-キ奏者)を含む、イングランドの6人組トラッド・バンドのデビュ-作(2001年度作品)であります。

 コンサ-ティ-ナやバイオリンを主体にしたアコ-スティックな音作りで、いかにもブリティッシュ・トラッドな、地味で重厚な出来上がりが嬉しい。

 アルバム・タイトルからモロにそうであるんだけど、とにかく収められている曲は、すべて酒絡み。酒を讃える歌、酒の神を讃える歌、酔っぱらいを讃える歌、酒場のネ-チャンを讃える歌。

 そんな酒だらけのラインナップを締めるのが、ブリティッシュ・トラッド界の誇るウィスキ-蒸留歌にして、キリスト教伝来以前のヨ-ロッパにおける原始宗教の残滓を伝えると言われる、「ジョン・バレイコ-ン」、という懲りよう。

 晩秋、静かな夜に、喉を焼いて胃壁に至る火の酒を奥歯で噛みしめながら、神のもたらした、移り行く時と季節の豊穣への誉め歌を歌う。

 しみじみして良い盤だな。

 というか、あ-酒が飲みたいっ!



カウボーイ、中華街で暴れる

2006-11-30 04:48:37 | ヨーロッパ


 フランク・チャックスフィールド楽団と言えば、1940~50年代を風靡したイギリスのムード・ミュージックの大御所ですが。と書いて自ら笑っちゃうんだけど。そんなものに興味を持つワールドミュージック・ファンなんかいるもんかってば。

 でもまあ、話をはじめてしまったものは仕方が無いんで続けるのですが。この楽団の1952年の録音に「ハイ・ヌーン」ってのがある。ウエスタン映画の名作、”ハイ・ヌーン”のテーマ曲ですな。カントリーっぽいメロディの、のどかにしてなかなか切ない曲で、私も子供の頃、好きでしたねえ。
 で、今回問題にするのは、それをチャックスフィールド楽団が、彼らのレパートリーとして吹き込み直したものなんですが。そのアレンジがなんとも奇怪なものでありまして。

 まずボンゴが、”ぽっぽこすぽぽぽ♪”と間抜けた、と言ってよいリズムを奏でます。開拓時代のアメリカ中西部、というよりは、ハリウッド映画に出てくる”南海の原住民の村”を想起させる、場違いな雰囲気。
 それに乗って、これはオーボエでしょうか木管楽器の音が、これもマヌケと紙一重ののんびりとしたタッチで曲の冒頭部分を吹き鳴らします。妙にコブシの回った、なんだかチャルメラの音一歩手前、みたいな印象を与えつつ、メロディは渡って行きます。
 と、そこに”ボワ~~~ン!”と鳴り渡りますドラの音。

 ここで他の管楽器も合流、合奏となるのですが、ここでアレンジの基本となっているのが6thの和音、中国の音楽を表す際に用いられる、”チャカチャカチャッチャッチャチャチャ~~~ン”なんてフレーズがありますね、あんな音の組み合わせが使われているんですよ。まあ要するに、どのようなメロディを奏でようと中国民謡に聞こえてしまう仕掛けになっている。
 
 そして曲が佳境に入ると、さらに連打されるドラの音。おいおい。どう考えても楽団の主催者、チャックスフィールド氏は聞き手を完全にどこやら南の島に作られた中国街の一隅か何かへ連れて行くつもりのようだ。

 いや実際、ちょうどこの頃、ムードミュージックの世界で人気を博していた、マーティン・デニー楽団の”エキゾティック・サウンド”ってのがあるんです。欧米人の異国幻想、南国幻想を音にして好評を博していたんですが。どうもチャックスフィールド氏も、そのサウンドをちょっと真似してみたくなったってのが本音じゃないですかねえ?

 それにしても。私が面白いなあと思うのは、高度な教養を身に付けた英国紳士たる音楽家、フランク・チャックスフィールド氏にしてみれば、アメリカのカントリー音楽なんてものも、マーティン・デニーが採り上げた”南洋の土人の音楽”(当時の白人の人種意識を表現するため、あえて使ってますよ、この言葉)と同レベルの”低俗で無教養な大衆音楽”としか認識出来ていなかったんだろうなあ、ってことです。

 この”ハイヌーン”の演奏に対するアメリカ市民の感想って、どこかに記録が残っていないかなあ?ぜひ、彼らの耳にどんな風に聞こえたか教えて欲しいものであります。南洋中華街風にアレンジされちゃった、彼らにしてみれば非常にドメスティックな流行り歌であるカントリー・ミュージックが。