”Blue”by Yvonne Lau (劉文娟)
以前にも書いたことがあったけれど、1990年代初め頃、中国本土へのいわゆる”返還”を目の前にした香港の街から発せられるポップスを憑かれたように聞きまくっていた時期があった。
香港が「借りてきた夢の時間」たる英国の租借期間を終え、あともう何年かで北京政府に回収され、中華人民共和国の一部となってしまう、そんな時期である。
まだあの”天安門広場”の記憶も生々しく、それでなくとも、あまりに違いすぎる政治形態にオノレの明日を託するのは、いくら北京政府が同じ中国人によって構成されていても、いやもしかしたらだからこそ、香港市民にとっては不安も大きいことだったろう。
そんな香港の人々の揺れ動く心情が作り出した、あるいは絶望、あるいは閉塞感、あるいは終末観、などなどが狂おしく脈打つ独特の陰影に彩られたポップスに、当時の私の心のある部分が妙に焼け付くような反応をしたのだった。その頃の私もまた、ある種の正体の知れない焦燥に駆られていたのかも知れない。
表面を見たところでは無事に、なんと言う事件もなく香港が北京政府に回収され、当たり前のように時が過ぎてしまった今、あの頃愛聴した香港ポップスのアルバムも、いつか聴くこともなくなってしまっている。香港からの新しい音楽情報にも、あまり接することもなく。
と言うより、香港回収直前に香港ポップス歌手たちの大物何人かが「我ら中国人!」みたいな、北京政府におもねるような新曲を連発した辺りで、彼らの逞し過ぎる世渡り根性に辟易してしまい、香港返還の儀式が始める以前に、香港の音楽界に私は興味を失ってしまっていたのだった。
たとえば今、取り出してみたのがイヴォンヌ・ラウという当時の香港の歌い手の、”Blue”なんてアルバム。1992年作。タイトル通りの憂いに満ちた、なかなかしっとりとした出来上がりで、当時愛聴した盤の一枚である。日本曲のカヴァーが含まれているのは珍しくも無い香港ポップスの世界だが、大貫妙子の曲なんか歌っているのは彼女くらいで、これはなかなかマニアックなスタッフに囲まれているのかな、などと想像していたのだが。
香港返還を前にしてNHKのBSが企画した香港の旧正月を生中継、なんて番組を見ていたら、その企画の香港側のレポーターとして彼女、イヴォンヌ・ラウが登場し、日本語ペラペラ状態でマイクを握って話し始めたのには驚いた。なんでも留学生として慶応大学に在籍していたことがあるとかで、なるほど、それじゃ日本に詳しくても不思議は無い。大貫妙子のカヴァーを考えたのも彼女自身なんだろうな。
その時の彼女の立場は、香港の放送局のアナウンサーであり、副業として歌手もやっている、との事だったのだが、さて、現在の彼女はどうしているんだろう?新譜がリリースされたとの噂も聞かないのだが。
さて、”Blue”である。中に”今夜無星”なる曲が収められている。なぜかフィーチュアされているバグパイプの響きが印象的なバラードである。聴いていると、霧に閉ざされた香港の港を、返還によってお役御免となった英国海軍の船舶が離岸して行く、そんな風景が目に浮かんでくる。締めくくられようとしている一幕の歴史に別れを惜しむかのように。
香港が北京政府に返還されなかった方が良かったとか何とか言うつもりもない。もとより他国の事情であり、日本人の私があれこれ言う立場ではない。が、この曲などを聴いていると、奇妙にウエットな思いに胸がふさがらるのを禁じ得ない。あれは、世界が一つの曲がり角を曲がった一瞬だったのではないか、などと。
その先に何が待っていたのか、具体的な話などできはしないのだが。また一つのパンドラの箱を我が人類は開けてしまったのだな、その曲がり角のむこうに待っていたのは、かってわれわれが知っていたのとは比べものにならない酷薄な時代の貌だったのだなあ、などと、”返還”が象徴していたものの事など、ふと思ってしまうのである。
”今夜無星”
峰煙 看天辺 世間紛争可得判断
今天 誰個的意願 散於砂礫中打転 共家郷分散多遠”( by Yvonne Lau )