goo blog サービス終了のお知らせ 

ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ウクライナのデヴィッド・ボウイ?

2007-01-24 02:48:48 | ヨーロッパ
 ヴョールカ・セルデューチカ。今、現地では受けに入っているらしい、ウクライナのロック・ミュージシャンである。

 「ウクライナのデヴィット・ボウイ」なんて異名を取ってもいるようだ。これを言い出したのがミュージシャン・サイドなのか、音楽マスコミなのかは知らないが、その路線で売り出そうと思ったら、まず体重を10キロ、いやもしかしたら20キロくらいは落とさねばきつそうな気がするぞ。
 退廃を気取るミュージシャンが小太りってのはどうかと思うし、そもそもお前、女装を売りにしているようだが”美形”方向を期待されても困るだろうが。

 と、とりあえず言っておこう。この文章をヴョールカ・セルデューチカ本人が読むことがあるはずはないが。
 で、そんな彼の音楽なのだが、これが面白いのだ。べつにデビット・ボウイなんか持ち出さなくとも、そのユニークなサウンドで勝負すればよかろうものを、と言いたかったわけで。

 どうやら彼の音楽の基本コンセプトは、”ウクライナの民謡を今日化して、独自のポップ・サウンドを提示する”あたりにあるようだ。ロシア民謡と比べると、どことなく楽天的で明るい印象のあるウクライナの音楽。それはそのまま、セルデューチカの音楽の持ち味になっているようにも思える。

 エレクトリックなリズムがバシバシと打ち込まれ、それをはぐらかすようにのどかなアコーディオンが奏でられ、イスラムの香りがするバルカン半島風のブラスの響きが渦巻くように駆け抜ける。その、今日性と土の香りと東洋と西洋の文化のせめぎ合いがなかなかに楽しめる。

 セルデューチカのヴォーカルは常にクールに皮肉っぽい色彩を帯びており、中ジャケにある口をひん曲げた写真から受ける印象通り、パンクの洗礼を受けた世代なのかも知れない。

 ウクライナ語なんて一言も知らないし、ジャケに並ぶのはアルファベットではなく例のロシア語を表記するキリル文字という奴なので、アルバムタイトルも曲名も、意味はおろかどう発音するのかさえ見当もつかない。

 今回取り上げたアルバムも、タイトルの意味が「婚約者がそう望んだ」であることは教えられて知っているのだが、どのような事をテーマに取り上げているのかまったく分からず。だがセルデューチカというミュージシャンが日々感じているのであろう、周囲の世界への違和感と、それをポップに笑い飛ばしてしまおうとする反骨精神は、結構切実に感じ取れる。

 ウクライナのこと、何も知らないな。かって”旧ソ連”における穀倉地帯であったこと、あのチェルノブイリ原発があることくらい。あと、東欧ユダヤ人の音楽について調べていたら、頻繁にウクライナの地名が出てきたこととか。

 今聴いているこのアルバムは2004年の作品なのだが、実はさっき、彼が昨年出した最新作、”Trailli-Valli”が届いたばかりだ。まだ内容は聞いていないのだが、最近はロシアにも活動の場を広げていて、音の作りもグッと重層的になって来ているとのこと。こいつも楽しみだ。しかしセルデューチカ、ジャケ写真を見ると、また太ったように見えるぞ(笑)



ブラインド・レモンのいた頃は

2007-01-23 06:01:29 | 北アメリカ

 BLIND LEMON JEFFERSON ; KING OF THE COUNTRY BLUES

 19世紀の終わり頃、テキサスの田舎町で生まれたレモンは、生まれつき目が見えなかったから、街角に立ってギタ-を抱えて歌を歌い、小金を恵んで貰うしか生活の手段がなかった。幸運を求めてシカゴへ出たが、うまい話はない。プロレスのリングにまであがった。(にわか作りの、目の不自由な黒人レスラ-のために、リングの上に用意されている役回りって、想像がつくだろう?)

 古いSP盤の中からブラインド・レモンの歌が聞こえてくる。どうしても舞い戻ってしまう監獄の冷たい壁や、つまらない勝負に命をかける流れの博打打ちの物語。安いウィスキ-のもたらす、命を削り取るような酔いのために、なけなしの金を使い果たす悲しみについての歌。
 そしてある日、冷たい北風の吹く冬の朝、シカゴの公園でのたれ死んでいたブラインド・レモン。生きてるやり切れなさに心が凍りつきそうな冬の夜には、残された歌と、それから酒とともに、あいつの魂を飲み干してやっておくれ。

 なんて事をブツブツ呟きながらブルースの輸入盤を扱っている店を探して慣れない東京の街を歩き回っていた青春時代、なんてものが私にはあるのだなあ。吹きつける北風に、あの頃流行っていた長過ぎるコートと長髪をなびかせつつ。冬になるとたまに思い出すのよなあ、別にブルースを聴いていたのは冬だけのことじゃないのに。

 当時はまだ今みたいに個性的な輸入盤店もないころで。やっと見つけたヤズーとかバイオグラフとかの戦前ブルースのリイシュー・レーベルのアルバムの、昔の広告写真をそのまま使ったジャケが宝物に見えたものだった。
 SPから起こした雑音だらけの盤の向こうで歌っている、ずっと昔に生きたブルースマンの歌声は、子供の頃に深夜、一人で目覚めた時に見た夢の残滓の中で響いていた、遠い夜汽車の響きに通じるものがあった。と思えた。

 しかし、地味だっつーのよ、我が青春時代。この歳になっても、ふと”ルーツのようなもの”に還るつもりで弾いてみたフレーズが、戦前ブルースからのいなたいフレーズのコピーだってのは、なんなのかね。いやまああの頃は、そんな地味な世界に浸りこむのがカッコよく思えたんだけどね・・・




楽器演奏者バトン

2007-01-22 01:06:06 | いわゆる日記

 ”楽器弾きのためのバトン”というのを見つけたので、ちょっとやってみます。これまでやったものの中で最長!

 ~~~~~

1.こんにちは。まずはあなたのHNを教えて下さい。

 マリーナ号。

2.居住地も教えていただいていいですか?

 海辺です。

3.では、ご出身はどこでしょう?

 海辺です。

4.生年月日、年齢なども教えて下さい。

 なんか犯罪に使われると嫌だから、回答を拒否します。

5.性別は?

 男です。

6.ご職業はなんですか?

 とりあえず今は”大家さん”と呼ばれてます。

7.あなたの性格を一言であらわすとどんな感じですか?

 自分ではごく普通の平々凡々たる性格と思っているが、周囲の者に言わせれば、いろいろ問題はあるようだ。

8.特技や資格などお持ちでしたらこちらで紹介して下さい。

 特技は、ない。
 資格は、防火管理士とか簿記資格とか酒類管理者とか普通免許とか(行き当たりばったりの人生が見えてきますな)

9.趣味はなんですか?

 アイドル写真集収集。とでも言うしかない、無為な毎日である。

10.好きな言葉も教えて下さい。

 おつかれさま。おやすみなさい。現地解散。自由行動。

11.あなたの担当楽器は何ですか?

 ここは、一番付き合いの長いギターにしておいた方が無難であろう。

12.あなたの演奏ジャンルは?

 ロック経由・世界各国の民俗音楽のデタラメ解釈。

13.自分の演奏ジャンルは好きですか?

 そりゃ、演奏しているくらいですから。

14.何故その楽器を選んだのですか?

 ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズが抱えている姿がかっこよかったから。

15.いつからその楽器を演奏していますか?

 中学3年生

16.MY楽器は持っていますか? 持っている方は詳しいデータを教えてください。

 たいした楽器でもないので詳しいデータも意味ないと思いますが、まあ、今メインで使ってるのは安物のF穴の生ギター。昔、ピックギターと呼ばれた奴ね。

17.持っていると答えた方、楽器に名前をつけていますか?

 つけていません。

18.街で楽器ケースを持っている人を見かけたらどうしますか?

 妙な奴だな、という視線でジロジロ見る。

19.ふらりと立ち寄った楽器店。そこの店員さんに楽器の事を尋ねているお客さんがいます。 そのお客さんはどうやらあなたと同じ楽器のようですが、店員さんが説明できずに困っています。あなたならどうしますか?

 店員の困りようを、見て見ぬ振りをしつつただ楽しむ。

20.自分の理想とする音を教えて下さい。

 分からない。それを探して弾いているのだ、とありがちな答えをしておく。

21.自分の音は好きですか?

 好きなときも嫌いなときも。

22.尊敬するプレイヤーを教えて下さい。

 楽器のプレイヤーなんて尊敬しない。

23.では好きなプレイヤーは?

 たくさんい過ぎるが、今ふと名を思い出したのがエイモス・ギャレット。

24.初見は得意ですか?

 得意なわけがない。

25.暗譜は得意ですか?

 得意なわけがない。しようとしても無理。何度も聴いたり演奏したりしているうち、自然に覚えてしまう、と言うのならありうるが。

26.じゃあ、初見と暗譜、どちらが得意ですか?

 だから、どちらも得意ではない。

27.あなたの恋人(または好きな人、および配偶者)は「楽器いじり」ですか?

 楽器をいじる異性と親しくなった事はない。

28.ではその事(Q27)についてどう思いますか?

 うっかり一緒に演奏して、それが原因で揉めてしまったりする可能性を考慮すれば、これで良かったと思うべきだろう。

29.最近買った楽器用品は何かありますか?

 何も買わない。

30.楽器用品って値段がピンキリですよね。上限いくらまでならOKですか?

 そもそも楽器用品って何だ?ギターケースとか?だったら千円単位までかな。

31.楽器を演奏する仕事ってどう思いますか?

 そりゃ、うらやましいよ、楽器弾いてりゃ金をもらえるなんて。

32.ところで、憧れている楽器って何かありますか?

 アパラチアン・ダルシマー。

33.使用しているMPやリード、その他楽器小物を教えて下さい。

 ???ピックとスライド・バーくらいか。

34.お気に入りの楽器小物ってありますか?

 いや、特に・・・

35.では、楽器小物で「これだけはなきゃ困る!!」ってものはありますか?

 ない。

36.行きつけの楽器店などありましたら紹介して下さい。

 文化果てる地在住ゆえ、”行きつけ”になるほどの近距離に楽器店がない。

37.楽譜に書きこみしてますか~?

 いや、書くこともないし。

38.小節番号は書いていますか?

 そもそも、何でそんな事をするのかが分からない。

39.楽譜入れ(クリアーファイルなど)使用していますか?色や形状など教えて下さい。

 教えるほどの特徴もない、普通の書類入れ。

40.使用している方、シールなどで飾ったりしていますか?

 貼らないよ、そんなもの。

41.アンサンブルやったことありますか?

 質問の意味が分からん。バンドだったらいくつも作っては壊しして来たけど。

42.ではマーチングは?

 おい、いい加減にしろ。

43.ひょっとして合宿とかもやった事ある?

 それは若い頃、何度もやった。

44.それらの思い出を教えて下さい。

 いずれ小説に書いて直木賞を取る予定なので、教えられない。

45.一般楽団に所属していますか?

 属していない。つーか、”一般楽団”って???

46.あなたの楽器はピッチはいい方ですか?

 ???たいした事はないんじゃないか?

47.メロディー、ハーモニー、オカズ、演奏するならどれ?

 ???どれか一つしかやってはいけないのであったら、オカズ。

48.1st、2nd、3rd…あなたはどれですか?

 なんだ、それは?

49.Soloは好きですか?

 まあ、好きと言えば好きだが・・・何だってそんな事を聞く?

50.好きな曲は何ですか?

 挙げればきりがないが、今思い出したのが、ホーギー・カーマイケルの”レイジーリバー”

51.ではその理由は?

 古いジャズ=ブルースの物悲しさや暖かさが好ましい。

52.じゃ、キライな曲は?

 三船敏郎の娘の旦那の、何たらいうヒット曲。

53.出来ればその理由も。

 臆面も無くベチャベチャネチャネチャグッチャグチャだから。

54.楽器を演奏する時の癖ってありますか?

 なんかあるのだろうが、気がついていない。

55.楽器を演奏する時、体が動きますか?

 「どこも動かしていないつもりでいても、楽器を弾いているときは、体のどこかが必ず動いているはずだ」と、大学時代の音楽サークルの先輩、ワシズカさんが言っていた。そんな気がする。

56.大キライなヤツがあなたのパートに入ってきたらどうしますか?

 入れない。

57.初心者が入ってきたら面倒を見てあげますか?

 見ない・・つもりでいたのだが、人に言わせると、結構面倒見はいいらしい。

58.楽器のポスターやカタログ等、部屋に飾っていますか?

 そんな貧乏臭いことはしない。

59.突然ですが、お酒は好きですか?

 好きに決まってる。

60.本番と打ち上げ、どっちが好きですか?

 打ち上げでやるような事を本番でもやりたく思う。

61.指揮、ちゃんと見てますか?

 指揮って何だ?

62.楽器を演奏する上で気をつけていることってありますか?

 弾き間違えないように。

63.演奏用の持ち物があるかと思いますが、それ専用の鞄とかありますか?

 持ち物?ギター・ケースに突っ込んでしまう。

64.その中身は?

 換えの弦とかピックとか。

65.歌うのと演奏、どっちが好きですか?

 同じくらい。と言うか、片方しか出来なかったらつまらないと思う。

66.あなたはズバリ、お調子ものだ?

 多分、お調子者だ。

67.「コイツだけは許せない!!」という演奏者のエピソードを教えて下さい。 訴追の恐れがない様にちゃんと伏字など使用して下さいね。

 思い出そうとしたのだが、特に腹が立った記憶がないので驚いた。忘れてしまったのか、そのような事がなかったのか・・・

68.歌謡曲のアレンジで演奏するのをどう思いますか?

 歌謡曲以外のものを、と言う意味なのだろうが、それはつまりギャグなのであろうと理解し、クレージーキャッツ風に大ノリでこなしてみせる。

69.コンサート等で演出などやりますが、それで「演奏側」ではなく「演出側」をやった事はありますか?

 ない。

70.その時、「演奏側」だった場合、どんな演出か気になって演奏できないことがある?

 いや。演出なんか無視するし。

71.ビデオ等で自分の演奏、マトモに見れますか?

 まったく平気だ。(演奏以外の、普通の日常生活をしている自分を見せられるほうが、むしろ耐えられない)

72.ではCDやテープなどで自分の音を聴くのは平気?

 完全に平気。「結構いい音出してるじゃん」とか本気で思ったりする。

73.あなたのやっている音楽ジャンルのCD、何枚くらい持ってますか?

 千の単位じゃないかと思うのだが、数えたことも無し。

74.個人練習(基礎練習など)、きちんとやってますか?

 やる気を起こせば何時間もやるし、やる気がなければ何ヶ月もやらない。

75.基礎練習は主に何を何分くらいやっていますか?
 
 先に答えたようにまちまちなので答えようも無し。

76.練習日等含めて週にどれくらい楽器を演奏していますか?

 先に答えたようにまちまちなので答えようも無し。

77.個人で練習する場所(自宅、貸しスタジオ)ってありますか?

 自宅の三階が我がスタジオだ。

78.お勧めの教則本とかあれば紹介して下さい。

 ない。こちらが教えてもらいたい。

79.自分の楽器以外で演奏できるものがあれば教えて下さい。
 
 サックス。マンドリン。ブズーキ。ウクレレ。ハーモニカ。

80.好きな作曲家は?

 ジミー・ロジャース(白人の方)

81.演奏中、眠くなったらどうしますか?

 眠くなったまま演奏を続ける。

82.演奏していてよかったな~、と思う事は何ですか?

 音楽が出来ること。なんだ、この質問は?

83.ではその逆は?

 よかったなあ、としか思わない。逆はない。

84.日常生活と楽器、どっちが大切ですか?

 分からない。まあ、ちょっと考えると楽器なんだが、生活が崩壊したら楽器も弾いていられないし。

85.楽器を持つと人格変わりますか?

 変わらないつもりでいたが、人に言わせると「楽器を持つと生気が蘇る」そうである(笑)

86.人の結婚式等で演奏した事はありますか?

 ないない。

87.練習中、携帯の置き場は?

 そもそも携帯を持っていない(携帯に限らず、電話は大嫌い)

88.合奏中に電話が掛かって来たり、メールが来たらどうしますか?

 無視。

89.寒い時と暑い時、楽器を演奏するのはどっちがイヤですか?

 寒かろうと暑かろうと、楽器を演奏するのを嫌と思ったことなど無い。

90.屋内と屋外の演奏、どっちが好きですか?

 どちらも。

91.突然ですが、セクハラ指揮者をどう思いますか?

 なんだそいつは?とりあえずどんなものか見てみたい。

92.究極の選択(?)ずっとやりたいと思っていたけど、難しくて大変な楽器と無茶苦茶簡単だけどキライな楽器。「移れ」と言われたらどっちに行きますか?

 嫌いな楽器をわざわざ奏でる理由は無いだろう。

93.楽器、移りたい?

 というか、いろいろな楽器を弾きたい気持ちは常にある。

94.楽器ケースにシールなどを貼って飾り物していますか?

 貼らないよ。

95.楽器を演奏している自分に酔った事はありますか?

 多分、酔ってるんだろうね~。

96.どれくらいの頻度で楽器の手入れをしていますか?

 よほどのことが無ければ、しない。

97.楽器を演奏する時、近くに飲み物はおいてますか?

 置いてある。痛風の気があるので、常に水分を取っていなければならないのだ。

98.羨ましいと思う楽器は?

 羨ましいと言えばすべての楽器が。

99.あなたにとって音楽とは?

 月並みだが、生きがいだろうね~。

100.お疲れ様でした。最後に一言感想と、バトンを回したい5人をどうぞ。

 長いっつーんだよ。



2006年間ベストアルバム10選

2007-01-20 04:37:30 | 年間ベストCD10選


1)La Nouvelle Generation Du Reggada / Various Artists(MOROCCO)
2) ”出家コンビ”/ Tossapon Himapan & Waipat Phetsupan (TAILAND)
3)Tangos De Siempre / Osvaldo Peredo (ARGENTINA)
4)Hiya Al Ayam / George Wassouf (LEBANON)
5)Diwan 2 / Rachid Taha (ALGERIA)
6)Studio Cameroon / Sally Nyolo and the Original Bands of Yaounde (CAMEROON)
7)Isla Del Encanto / Enrique Chia (PUERTO RICO)
8)New Faust / Little Tragedies (RUSSIA)
9)ジーネープエナネキンティヤー/ソーサーダトン(MYANMAR)
10)Love Always Finds a Reason / Noyuni (韓国)


1)まだまだ未知の面白い音楽はある。Reggadaとはモロッコ土着の祝祭音楽らしいのだが、ともかくかの地独特のトランス系のビートと、非常に泥臭い絡みようを見せる電子音楽の要素が、実に痛快な破壊力で迫る。ボコーダー処理によってボーカルにイスラミックなメリスマをかけるという奇矯なアイディアには、やられました。砂漠から掘り起こされた千年前のロボットがコーランを読み上げているみたいな。これは凄いや(写真)
2)タイトルをタイ語で書きたかったのだが。以前より惹かれていたタイの仏教系ポップスである”レー”の大物二人の共演盤。かの音楽の大衆娯楽の側面が浮き彫りになっているのが興味深い。
3)下町のタンゴ・バーで地味に歌い続けて来た老歌手の渋過ぎるデビュー盤。臆面もなく繰り出される懐メロタンゴの数々に、アルゼンチン庶民の喜怒哀楽が染み付いているかのようだ。
4)アラブ・ポップスの理想系。ドクドクと脈打つリズムに乗って炸裂するしわがれ声の迫力がたまりません。
5)フランス在住のアラブ民衆の感情の代弁者として独自の音楽を展開して来たアラブ・ポップスの風雲児による、アラブ世界回帰盤。さまざまなものが見えてくる。
6)カメルーンの伝統音楽を思い切り遊んで見せた、楽しい一作だった。
7)この盤の国籍表示がこれで良いのか議論の分かれるところだろうが、カリブ海音楽の一方の雄プエルトリコの、美しいメロディー集。切ないです。
8)ロシアのハード・プログレバンドが思い切り叩きつける、暗くて深いヨーロッパの闇の世界。
9)ミャンマーの仏教音楽とか。不可思議な天然プログレとも言いたいかの地の大衆音楽が描く清浄なる祈りの世界が新鮮だった。
10)いかにも清楚なアイドル風に見えるジャケと、それを思い切り裏切る泥臭くえげつないディスコ仕立てのトロット演歌の世界。この身もふたもなさが逆に痛快!




仏教系ポップス・”出家コンビ”

2007-01-18 00:55:32 | アジア

 Tossapon Himapan & Waipat Phetsupan

 たびたび話題にしてきたタイの仏教系ポップス、”レー”の注目盤、”出家コンビ”をやっと聴き終えることが出来た。いや、別に聴き終えるのに困難が伴うような盤じゃないんだけど、なんかこの頃、音楽を聴くことに不真面目になってしまって、といって何をするでもない、ただ惰眠を貪るだけの毎日だったりするのでね。

 仏教系ポップスとか書いたけれど、まだまだレーのことは良く分からないままだ。タイの演歌とも言うべきルークトゥンの一種で、僧侶が読経をする際に付ける抑揚に影響を受けた奇妙に裏返る、ある種ヨーデルのごとき歌唱法を持つ歌謡曲、と言った辺りが一応の定義と考えていいようだ。

 読経からの影響を持つゆえであるからだろうか、葬送歌である、とかの解説(日本人の研究家による)も読んだことがあるが、それはどうだろうか?それにしては、私が若干持っている”レー”のCDの歌唱も演奏も明る過ぎポップ過ぎるし、なによりジャケのデザインがあっけらかんとしてい過ぎるように思える。

 で、今回の”出家コンビ”は、その”レー”の現時点での第一人者と想像される(CDのりリース量の多さから)トッサポン・ヒンマポーンと、ルークトゥン界の大ベテランであり、こちらも最近、レーにご執心であるらしい、ワイポット・ペットスパンの大物二人の共演盤なのである。

 いきなり、実に鄙びたルークトゥンの響きが流れてきて、トッサポン、ワイポット両者の、いつもよりは数段泥臭い感じの歌唱が飛び出してくる。これはディープだ。タイの僧侶の読経の、とか言っている場合ではない、聴き進むと日本の僧侶のするような、聴きなれた調子の念仏調のコブシまで聞こえてきて、ギョっとさせられたりする。

 そして歌の合間に、かなりの長さの二人の会話が差し挟まれる。お互いの語りの中に相手の名前が頻繁に差し挟まれ、どうやらこれは両者の突っ込み合い、ある種の漫才のような事をやっているように思える。なにやら楽しそうで、これはタイ語が分かったら、そうとう笑えるのではないか。

 このアルバムの映像版を見た人のコメントでは、彼らの歌声にいい年のオッサン、オバハンたちが浮かれ踊っている様が見られるとかで、なんだか韓国のポンチャク・ミュージックのありようを連想してしまったのだが、二人の”漫才”とも考え合わせると、そんな大衆に密着した娯楽を提供する音楽なんではないかなあ、レーというのは。

 やはりこれは”死者を送る歌”とかじゃないでしょう。むしろ仏教説話を音楽に乗せて説く内、盆踊りの中心に位置してしまった河内音頭に近い存在なのではないかと想像されて来た。その種の、縁日の華やぎみたいな市井の至福感が、音の向こうからジワジワと伝わってくるのだ。う~ん、ますます興味深々だぞ、仏教系コブシポップス、”レー”。
 



門口の芸、街頭の芸の面影

2007-01-16 02:46:05 | いわゆる日記

 月曜日の”徹子の部屋”に俳優の小沢昭一が「漫才」ではなくもっと古い門付け芸である「万歳」の衣装を身にまとって出演していた。かっては正月ごとに家々の戸口に現われては新年の寿ぎなど行なって”ご祝儀”を持っていった、万歳や獅子舞などの思い出を語っていた。

 そういえば、私にも幼い頃の記憶に、そんな門付け芸人たちのかすかな面影が残っている。ほんの幼い頃の記憶なので、定かなものはあまりないのだが。
 万歳がやって来た記憶はないのだが、獅子舞は、毎年やって来ていたように記憶している。二人組でやって来て、我が家の玄関で派手に舞い踊ったはずだ。そんな芸人連中の発するエネルギッシュな、というより荒々しいと言ってよいような雰囲気に飲まれ、芸の物珍しさに気が惹かれはするものの、ちょっと引いて見ていた覚えがある。

 後で街に出ると、表通りで二組の獅子舞が見物人の輪の中で”ショー”と言いたいような規模の芸を披露していた。街の人々も、物珍しさに惹かれはするが、なんとなくいけないものを見るような、微妙な間合いで見つめていた。

 一体彼らはどこからやってきていたのか。私は、木枯らしの吹き抜ける街の周囲に広がる山々のそのまた向こう、なんて漠然としたイメージを抱いてはいたが。もう少し年端が行くようになると、「あれはヤクザの人がやっているんだ」などと予想したが、それも当たっているのかどうか。

 同じように街の通りで”蝦蟇の油売り”の芸も見た記憶があるが、あれは特に正月ではなかったかも知れない。例の、「一枚が二枚、二枚が四枚」と切れ味を試した日本刀で自分の腕を切りつけ、「ほーら、こんな傷もこの蝦蟇の油軟膏を塗れば、ピタリと治る」とか言って怪しげな薬を売りつける。これは正月の獅子舞や万歳とは別系統の芸であるのか。

 私が特に気に入っていた街角の芸は、龍の絵描きだった。書道に使う筆で紙の上にスラスラと達者に龍の絵を描いて、その場で売っていた。いや。とは言ってもあのようなものが、どれほど売れたものか?龍の絵は出世を象徴する縁起物としての価値はあったろうが、商売として成立するほどの売れ行きはあったのだろうか?
 ともあれ私はその芸人がやって来ると、その見事な筆使いに見入って飽きる事がなかった。特に、筆をグイグイと紙に押し付けて龍の鱗に覆われた皮膚を表現して行く辺りが素晴らしく、何とか真似して同じ絵を描けないかと思ったのだが、もちろん、そうは行かなかった。

 沖浦 和光氏の「日本民衆文化の原郷―被差別の民俗と芸能」という本に、被差別の人々が困窮する暮らしのせめてもの足しとするために、そのような芸を行なう次第など記述されているのだが、そうなると私の”門付け芸人=ヤクザ視”は、とんだ言いがかりとなってしまうが。とはいえ、私の育った地方は近隣にそのような被差別の集落などがあったとは聞いていないし、どのような人々であったのかは、やはり曖昧なままだ。

 その後。私が小学校の高学年に至る頃だったろうか、ある年、やはり獅子舞がやってきたのだが、例年と違ってそれは獅子の被り物を手に持った一人だけの舞い手だった。その態度もいつもの「お祝いさせていただきます」みたいな、一応は謙虚な姿勢ではなく、どことなく「一人だが、文句あるか?」みたいな険悪なものがあった。
 そして彼は、祝儀を受け取ると獅子の頭を被る事もせずに、それをただ二度ほど手先で振り回しただけで、「はい、おめでとうございました」とだけ言って玄関を出て行った。

 あれ、ずいぶん手抜きだな、と私は子供心に呆れつつ、ふと「もうこれで正月に獅子舞が来たりはしなくなるんだろうなあ」などと思ったものだった。
 特に根拠もなくそう考えただけだったのだが、実際、その年を最後に正月を祝う獅子舞が街にやって来ることもなくなり、街頭の芸人たちを見ることもなくなっていった。あの頃、とうに日本は、高度経済成長に向けて走り出していた。



魅惑の島によせて

2007-01-15 04:26:19 | 南アメリカ
 ”Isla Del Encanto”by Enrique Chia

 毎度同じボヤキで恐縮だが、私はワールドミュージック・ファンながら、もっとも興味をそそられるジャンルがタンゴだったり、最愛のミュージシャンがハワイのウクレレ名人のオータサンだったりする。かっこ悪いなあ。

 逆に、サリフ・ケイタとかに興味なかったりする。そもそもセネガル・マリ方面の音に、あんまり惹かれないほうだ。こんなんじゃ、もともと数の少ないワールド物のファンの中でもさらに少数派、ほんとにゲットー内ゲットーの住民てとこだよ。

 イージー・リスニング、いわゆるムードミュージック好きってのも、決定的孤立要因(?)だろうなあ。いやもう本気でマントバーニとかが好きなの。
 そんな私であって、だからこのアルバムが日本盤で出たのは「快挙!」とは思いつつも、誰が買うんだろうなあ?と首をかしげてしまうのである。みんな、買ったらいいんだけどねえ、素晴らしいアルバムなんだから。

 ラテンの世界のイージーリスニング・ピアノの巨匠だそうである、エンリケ・チアが、プエルト・リコの音楽を取り上げたアルバム。サルサのファンには、かの音楽の故郷の島として馴染みはあるだろうけど、これはダンス・アルバムではない。

 かの音楽の島が産んだ美しいバラードばかりを集めて、あくまでもロマンティックに情感豊かに演奏したものである。というか、「我が懐かしのサン・ファン」「クチナシの香り」なんて曲名を見ているだけで嬉しくなってしまうなあ。ラファエル・エルナンデス、ペドロ・フローレスといった、19世紀末生まれのプエルトリコを代表する作曲家たちの作品群。

 まだまだ世の動きがのどかだった時代。カリブの陽を一杯に浴びて滋味豊かに育った果実みたいにふくよかな味わいを持つメロディが愛情込めて奏でられる。なんという美しい時代錯誤だろうか!
 断固支持します。ジャケに付されたプエルトリコのコロニアル風味満点の古跡の風景写真も、懐旧の情をそそる。

 この美しき恵みの島、プエルトリコのビスケス島にアメリカ海兵隊の射爆場がある。どうやらそこで劣化ウラン弾の実弾射撃訓練が行なわれている。

 その結果として、ビスケス島の住民における癌の発生率がプエルトリコ本島より異常に高いことが調査で判明し、アメリカ合衆国の”保護領”であるプエルトリコで、大きな反米運動が持ち上がった。
 が、その運動は、突然に起こったあの”9・11”の騒ぎに巻き込まれ、うやむやにされてしまった。現実は何も変わらぬままだ。

 プエルトリコの岸辺に寄せては返す波のように、懐かしい、美しいメロディは奏でられる。魅惑の島が、永遠に夢の拠り所でありますように。祈りの声を空しくさせるのは、我々の罪だろう。
 
 


マグレブ無宿

2007-01-13 04:04:44 | イスラム世界
 ”Diwan 2”by Rachid Taha

 ラシッド・タハ。フランス在住のアルジェリア人であり、80年代中盤に北アフリカの伝統音楽とパンクを融合したアラブロックバンド「カルト・ド・セジュール」のリーダーとしてフランス在住の移民たちの代弁者的存在となった。
 そんな経歴の持ち主なのだが、私はこの「カルト・ド・セジュール」のアルバムに関しては、どのような音だったのかまるで覚えていない。購入した記憶はあるのだから家のどこかにあるはずなのだが。

 いつの頃からか、いわゆるワールドミュージックの文脈で語られる音楽のうち、”どこそこの伝統音楽”とパンクの、あるいはヒップホップの、あるいは云々かんぬんの、といった異種混合の素晴らしさを売り物とした作品にまるで心が動かなくなっていた私なのだった。

 そのような”無理やり作り上げた歴史的大傑作”よりも、現地の人々が日常生活の中で空気を呼吸するようになにげなく愛しているような普通の音楽に惹かれるようになっていた私なのであって。そんな私はおそらく、カルト・ド・セジュールの”北アフリカの伝統音楽とパンクの融合”具合にもあまり馴染めず、聴くのを途中で放り出した、そんなところだったのではないか。

 で、そんな彼の新譜を聴いてみる気紛れを起こしたのは、今回のこの作品は彼がルーツの地である北アフリカの音楽にストレートに挑んだものと聞いたから。それなら”普通の音楽派”の私にも馴染めるのではないかと考えたのである。

 流れ出てきた音を、なぜかあのエンリコ・マシアスの”アラブ回帰作”と比べてしまっていた私だった。

 あのマシアスのアラブ人なりきりぶりに比べると、タハのそれは、それほどストレートな”帰郷”とはいえないようだ。その独特のだみ声も”ロックのヒーロー”のそれであって北アフリカの体温は伝わらず、むしろ移民としての彼の故郷喪失者ぶりがクローズアップされている感がある。

 彼なりの”北アフリカ風の音”を創造してみた音作りからも、ゆったりとくつろげるはずの故郷の土の上で、だが心からは馴染めずに、ここでも移民先のフランスにおける彼の立場と同じような”異邦人”であり続けるしかないタハ自身のとまどいを、どこかに感じられてならないのだ、私は。

 余計な事をやって、不用意な姿を晒してしまったのではないかな、とか嫌味なコメントを書きかけたのだが、しかし、そうしてあらわになった彼の、”見せる予定はなかったナイーブな青年ぶり”の不思議な生々しさに、妙な親近感もまた、感じ取ってしまった私なのだった。

 


夜半の一点鐘

2007-01-11 02:47:47 | ものがたり


 我が青春時代からチューネンにかけての時期といったら、ひたすら酒の海に溺れつつ、これではいかん、これではまったく無駄に限られた生の時間を浪費しているだけではないか、そもそも体が持たない、などと焦燥にかられつつも抗うすべなくまた飲んでしまうといった立派なアルコール依存症の日々を送っていたものだ。まあ、今だって我慢するすべを覚えただけで飲みたい内実はまったく変っていないのだが。

 そんな日々でも、時に休肝日とかいうものを設けなければいかんのではないかと、酒のない夜を過ごすことがあった。そもそもが生来の不眠傾向を脱したいがために夜毎の飲酒が始まったといえなくもない私なのであって、当然、そんな夜に眠りは訪れず、思い切り覚醒したまま虚しく朝を迎えてしまうこととなる。
 ベッドからカーテンの隙間越しに見えるそんな日の朝の空は、どんよりと曇った灰色の上に中途半端な朝焼けのオレンジ色が混じった、実に嫌な色をして明けていった。
 
 無為にそんな空を眺めている冬の朝など、時に遠くあるいは近く、カーンと鐘の音が響くのを聞く事が何度かあった。何かの映画の1シーンで聞いた教会の鐘の音に似ていたが、私の家の近くにそのようなものはない。鐘は常に一つ打ち鳴らされるのみで、連打される事はない。凍りつく朝の空気を震わせて一音だけ響き、消えて行く。かなりの時間を置いて最初に聞いた時とは微妙に方向違いとも思える辺りから、二つ目の鐘が鳴るのを聞く時も稀にあった。

 初めは気にもとめなかった私だが、幾度か眠れぬ休肝日の夜を過ごすうち、鐘の音の正体がだんだん気になって来た。あの鐘はなんなのだ。どこで、どのような者が、何のために鳴らしているのだ。酒なしの冬の夜の、孤独に過ぎて行く時間の手触りに、その鐘の音は妙に似つかわしくも思えて、べッドに横になり眠れぬまま、今聞えた鐘の音の正体についてあれこれ想像をめぐらすのは、ある種、マゾヒスティックな快感もあった。

 そのうち私のうちに妙な幻想が沸いた。すべてのものが寝静まった夜の街を、鐘打ち台を乗せた古びた木製の荷車を曳きながら、辻を曲がるごとにそれを一つ打ち鳴らしつつ、ゆっくりと巡って行く、奇妙な者たちの姿が。

 彼等はことごとく、頭を覆う深々とした頭巾付きの漆黒の長衣を身に纏っているので、その正体を知ることは出来ない。十人ほどのその集団を統べるのは、ただ一人鐘と共に荷車に乗った老人だけである。彼だけが長衣の頭巾を撥ね上げているので顔立ちを窺うのが可能なのだが、乱れた銀色の長髪の下のその顔は、あの懐かしい死神博士、俳優の故・天本英世氏そっくりである。かれは町の辻の決められた場所に荷車が差し掛かると、しわがれた声で「時を知れ!」「見つめよ!」などと、意味の取れない警句のようなものを叫びつつ、一つだけ鐘を打ち鳴らす。他の者たちはただ黙々と頭を垂れたまま荷車を曳いて行く。

 もし夜の街を歩いていてそのような荷車の一行を見てしまったら、彼等に悟られぬうちに逃げ出すべきである。その、荷車の男たちにとっての、おそらくは聖なる行為を目撃した者に慈悲は用意されていない。黒衣の者たちはあなたの姿を認めるが早いか、腰に挿した山刀を躊躇なく抜き放ち、あなたを捕らえ、その首を撥ねるであろう。

 酒びたりのいくつもの夜が、時たま、本当に時たまの眠れぬ休肝日を挟みながら過ぎていった。鐘の正体は分からぬままである。そのうち鐘のことも気にならなくなり、というよりまともに休肝日を設ける事もいつしか諦めてしまい、休みなきアルコールの海遊泳によって夜を浪費するようになった私は、例の鐘を聞く機会もなく、その存在も忘れてしまったのだった。

 そんなある日。深夜、良い具合に酔っ払った私は、吹き付ける木枯らしにコートの襟を合わせつつ家路をたどっていた。あと1ブロックで我が家にたどり着く、といったあたりで私は、あの鐘の音を聞いたのである。それはほんの一つ辻向こうでいつものようにカーンと一つだけ響いた。そして鐘の音の余韻が、私の歩いている道のほうにグイと方向を変える気配、そんなものを感知可能であるかどうか知らぬが、ともかく私はその時、それを感じた。

 あの荷車が辻の向こうから、今、そこの曲がり角を曲がってやって来る。道の片側で行われていた道路工事の現場を示すほの紅い警告灯の灯りが立ち並ぶその通りで、私は立ちすくんでいた。と、巨大な赤色に塗られた物体が、ゆっくりと曲がり角の向こうから姿を現した。それはどうやら消防自動車に見えた。

 私はすべてを悟った。あの鐘の音は、この消防自動車の後尾に下げられた鐘が鳴っていたのだと。おそらく、”火の用心”などを冬の夜の眠りをむさぼる市民たちに呼びかけるためにそれは、遠慮がちに鳴らされていたのだろう。私は道の隅に身を寄せ、消防車を見送った。道端の紅い警告灯の灯りに下から照らされ、消防車の運転席の乗員の顔が、まるでフェリーニの映画の登場人物のように幻想味を伴って暗闇に浮かび上がった。


ロシアのファウスト博士

2007-01-10 02:45:23 | ヨーロッパ

 ”New Faust”by Little Tragedies

 最近、一部プログレ・ファンの間で噂になっている、ロシアのプログレ=ハードのバンドの、4thアルバムだそうだ。
 古書店の奥で埃をかぶっていた”秘儀の書”みたいな装丁の本の表紙画がジャケに使われている。

 タイトルのファウストとは、あのゲーテの著した戯曲、学問への情熱のあまり魂を悪魔に売り渡したファウスト博士の物語をテーマにしたものなのだろうか。音の方はいかにもそんな感じ、暗くて重い塊が2枚組CDにぎっしり詰まって押し寄せてくる。眼前に迫るのは、ドイツの”黒い森”経由、霧のむこうのロシアの大地。陰鬱な作りの音の向こうに、さまざまな想念が浮かんでは消えて行く。

 ハードなギターがソロを取る部分もかなり多いのに、聴き終えた印象として、クラシックのオーケストラを聴き終えたような後味が残る。つまりはハードなロックながら演奏の根にはクラシカルな要素の多く占めるバンドなのだろう。
 元々はエマーソン・レイク&パーマーをアイドルとするキーボード中心のトリオとして出発したバンドだそうである。ちなみにこの作品は、トリオにギターとサックスが加わり、オーケストラが共演している。

 鬱然たるヨーロッパの歴史の闇から文豪ゲーテが紡ぎ出した、ファウスト博士の悪夢の遍歴と救済の物語にインスパイアされた作品は多い。人々が古きヨーロッパを思うときの想いの拠り代としてのフォークロアのごとき存在なのだろう。

 昔々の話になってしまうが、ソビエト連邦が崩壊した80年代末、「これからは社会の激変を体験したソ連や東欧方面から、面白い音が続々と飛び出してくるんじゃないか」などと期待したものだった。が、その時点では期待は空振りに終わった。

 それが、今ごろになって当時の期待を満たしてくれるような動きがロシア~東欧圏で出始めているような感触を得ているのだが、これは私のアンテナの張り具合がマヌケであるがゆえの勘違いだろうか?まあ、マヌケでもいいや、こんな具合に聴き応えのある作品に出会えるのをこれからも待ち続けたい。