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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

”Song for Megumi”に思う

2007-02-21 04:16:48 | その他の日本の音楽


 あの北朝鮮政府による拉致の被害者である横田めぐみさんに関する歌を、かっての人気フォークグループ、ピーター・ポール&マリーのメンバーだったポール・ストゥキーが作り、CDを出したとかで、めぐみさんの父母である横田夫妻や政府首脳の前でその歌を歌うポールの姿を、昨日から何度かテレビのニュースで見た。

 PPMといえば高校時代の友人たちには大人気だったグループで、高校の文化祭などはさながらPPMのコピー・バンド大会と化していたものだ。

 フォークソング好きばかりが集まった高校で孤独にロック少年をやっていた当方、うんざりして、「出てくる奴らが揃いも揃って”パフ”やら”500マイル”やら、おんなじ曲ばかりをやっている。お前ら、飽きるって事ないの?」などと悪たれをついてみたのだが、多勢に無勢、逆に「レベルの低いロックなんて音楽、いつまで聴いているつもりだよ」などとメチャクチャな論理で言い返されたりしたものだった。

 そんな思い出があるので、なかなかにむずがゆい思いでニュースを見ていたのだったが。

 しかし、考えてみれば日本のミュージシャンって、めぐみさんに関する歌とか作らないのかね?そんな話、まるで聞いた事がないが。それとも作ってはいるが話題にならないだけなんだろうか?”外人”にだけ作ってもらっている、という状況は情けなくもあるぞなどと、日本のフォーク関係者の顔数名分など思い浮かべたりする。

 連中、そのような発想もないのか、それとも何ごとかおいしい思いが出来そうな気配がなければ作っても仕方がないとの極めて芸能界的な都合により手を出さないのか。
 と、そこまで想像を進め、しかし、日本のミュージシャンの誰かがそのような歌を発表したとして、自分はそれを素直に受け取れるだろうか?なんて疑問も浮かぶ。

 それは売名ではないかとか、それは偽善ではないのかとか、そんな気持ちにしかならないような気がする。ポール・ストゥキーの歌に対してそのような反発を感じずに済んでいるのは、外国人であるがゆえに、その感触が生々しくないからだ。”お客さん”である外国人が演ずる”外国語の芸能”であり、ある意味、絵に描いた餅であるからだ。

 たとえば”さだまさし”あたりがもっともらしく、いつもの綿密な計算の元に作り上げた”めぐみさんの歌”とか歌い出したら、多分私はテレビの画面に唾を吐きかけたくなるだろう、確実に。

 そもそも”日本の歌の現状”を思うに、そのようなうさんくささを伴わずに、このような事態を歌う方法論といったものを持っていないのではないか。つまり、今、たまたまさだまさしを挙げたが、たとえ歌い手が誰であっても同じこと、うさんくさい結果にしかならないのではないかという気がしてならないのだ、私は。

 これは日本の歌文化が持っているべき何かを失っているのか、それとも歌というのはそのような事象を歌うためにあるのではなく、これはこれで当たり前の状態であるのか?いまだ、結論の出せない私であるのだが。
 

静岡空港建設に反対します

2007-02-19 04:03:15 | 時事
 よく利用させてもらっているレコード店の経営者、bbさんが、ご自身のお店の ホームページにある”店主のつぶやき”の2月18日分で、静岡空港の建設に異議を唱えられていたんで、私も同じ静岡県民として、あの、出来る前から無用の長物化が目に見えている、まったくの金の無駄使い物件に関して、一言言っておきたく思います。

 「羽田空港と中部セントレアという大空港が両隣にあるのに今から静岡に東京便もない半端な大空港を作ってどうやって黒字になるのか。恐らくは全国でもワーストの稼働率の空港になってしまうと思います」と、bbさんも書いておられますが、まったくその通り。
 そもそも、あんな中途半端な場所に大空港を作って、どこからどこへ行こうというのですかね。作ることだけに意義がある。建設によって甘い汁を吸える者たちだけにとって。見え見えでしょう。

 そもそも、国内の数港と繋ぐ、という構想の下に立ち上げられた計画なんだけど、「そうなったら良いな」というだけでどこかの航空会社と具体的に契約が結ばれているわけでもなんでもない。そこを追求されると知事は東京の第三空港の役割を、とかハワイやシンガポールと繋いで国際空港化、とかぶち上げるんだけど、これにも何の根拠もなし。ハワイから静岡にみかんでも買いに来るのかね、は静岡県民ジョークの定番。

 工事費用は1900億円と予定されていたが、まだ10数パーセントしか工事は進んでいないのに、もう半分の予算は使ってしまった。で、トータル5000億円以上かかるんじゃないかとか言われているんだけど、不足分はもちろん、借金を持って当てるわけですよね。

 知事閣下。ご自分が知事になってからだけでも1兆円を超える赤字を出し、その上、無用な空港建設でさらに5000億の赤字を積み上げてどうするおつもりですか。どうするもなにも、巨額の退職金を懐にニコニコと退職して行かれるのでしょう。

 あとに残されるのは、税金でその赤字(そして、空港開港後に生じ続ける巨額な維持費を)を返して行かねばならない県民の苦悩が残るだけです。維持費は、年間178万人の利用者が見込めるから大丈夫、というのが言い訳なのだけれど、その人数にも確たる根拠は無し。一事が万事、この通りで。

 県は、県民の要求した空港建設の是非を問う住民投票の実施を拒否して、空港建設に突き進みました。この事実も確認しておきます。
 私は、静岡県民を苦しめるだけの無用の長物、ゼネコンのゼネコンによるゼネコンのための静岡空港建設に反対します。
 

黄金の残響の中で

2007-02-18 03:35:35 | ヨーロッパ

 ”Vita ”by Unni Løvlid

 あれれ、こんな音楽のやり方もあったのかと意表を衝かれる思いなのだけれど、音楽そのものはきわめて誠実なものなので、キワモノと取る訳にも行かない。
 ノルウエイの中堅トラッド・バンド、”Rusk”のヴォーカリストである、Unni Løvlidのソロ・アルバムであります。まさにソロ、まったくの無伴奏で歌われる13曲。

 録音の場所は1920年代に美術館として建てられた建物。そこのホールで、彼女は何の伴奏も無しに歌を歌うのだけれど、そのホール、独特の残響があるんですね。淡々と歌い継ぐ彼女の歌声の周りにモクモクと雲のようなエコーが湧き出して取り巻く。それが非常に神秘的な効果を生んでいる。このエコーでは、普通は音楽なんて出来ない筈なんだけど、あえてその凄い残響を音楽に取り入れてしまうって発想に一本とられたというべきか。

 Unniの凛とした歌声で歌われているのは、ノルウエイの古い民謡や、音楽家だった祖父が古い詩に曲を付けたものなど。どれも非常に地味なものです。いかにも北欧らしい、ちょっと暗くて澄んだメロディが印象的な曲ばかり。

 知人は、使われている筈のないバイオリンの響きが聞こえてくるような気がした、と感想を洩らしていました。聴く人によって、あるいはオルガンの音、あるいはずっと遠くで奏でられるひそやかなオーケストラの音。

 そんな具合に、彼女の歌に一息遅れて湧き出し、ついてくる残響の雲はさまざまな幻想を巻き起こします。山間の教会の鐘の音が野山に反響して幾重にも聞こえる、そんな効果の内に。
 あるいは、歌の周囲に天使の羽のようなものが生まれ出て、黄金の輝きを放ちながら羽ばたいているような。
 
 録音の舞台となった美術館のホールは、ジャケの写真を見ると、キリスト教の宗教画らしきものが壁面から天井へとびっしり描きこまれて、それが柔らかな間接照明に浮かび上がる様は、まるで教会の中のような印象を与えます。そのせいで、ノルウエイ語を解しないこちらには歌われる歌ことごとくが賛美歌のように聴こえてしまうのだけれど、Unni自身が書いた解説を読むと、子供の遊び歌からベートーベンへの捧げ歌(?)まで、もう少し幅広いもののようだ。
 
 内ジャケの写真、宗教画の前で短いコートのようなものを羽織った短髪のUnniのシルエットが間接照明を背に浮かび上がった様などはなかなか神秘的で、この美術館におけるライブなど立ち会うことが出来たなら、それは素晴らしい体験だろうなあ、などと空想せずにはいられないのでありました。


小笠原古謡集

2007-02-16 03:34:25 | 太平洋地域

 ”小笠原古謡集”by Ring Links

 ”南の空のはて 波のはなさく島に 
  浮世を遠く見て 恋を語る二人よ
  こころは丸木舟に”

 2~3日前からクシャミと鼻水攻撃に悩まされていて、これが今年はひかずにすみそうだと思っていた風邪の先駆症状なのか、それとも早くもやってきた花粉症の症状なのかと。まあ、どちらにしても迷惑な話であります。

 こんな風に季節の変わり目の天候などに翻弄される日を送っていると、ただこの場所にとどまっているだけでも、一年、また一年と旅を続けているのだなあ、なんて妙な実感が生まれてくる。空を行く雲も季節ごとにさまざまに様相を変えて。我々は太陽の周りを一年かけて公転する、そんな地球の搭乗客である。そんな実感。

 まあ、いくら暖冬のなんのと言っても冬には違いないのであって、鼻水クシュクシュやりながら夢想するのは陽光溢れる南の島だったりするのでありました。

 ここに取り出しましたるは、”小笠原古謡集”といいまして、日本のはるか南、ミクロネシアの辺り、かって戦前の日本が”信託統治領”として”統治”していた南の島に生まれた不思議な歌たちの、日本のバンド、リングリンクスによる再演が収められています。

 歌の佇まいを簡単に表現すれば、ちょっと妙な、でも愛らしい響きの日本語の歌詞を持つ、素朴なハワイアンというか、ポリネシア歌謡とでも言いましょうか。

 かっての”統治者”であった日本人たちが残していった日本語で、日々の喜怒哀楽を歌った南太平洋の人々がいる、いや、今でもそれらの歌は南の島の日々の中で歌い継がれている、そのような現実を思うと、なんだかむずがゆい、申し訳ないみたいな気持ちになってきますな。(だって私ら日本人、そんなポリネシアの人々の”想い”に応えるなにかを心の中に持っているだろうか?)

 もともとは無人島であった小笠原の島々に最初に移り住んできたのはハワイ経由のハワイアンや白人系の人々。その後、明治の代になってから日本人も移り住み、とくに人種的、政治的な衝突もなく、島の人々はボヨヨ~ンとのどかに文化的混交を行ないつつ、日々の暮らしを送っているというのですが。

 そんな暮らしの中から生み出され歌い継がれてきた、実に愛らしい歌たちにも、”平和になったら二人はカボボして 新婚旅行は父島に行きましょう”なんて、厳しい歴史の影が差す瞬間があり、襟を正す気分になったりしてしまうのですが、南の島の歌は我々を指差して糾弾したりせずに、ただ心優しい微笑を浮かべながら南国の花の香の間を流れて行くばかり。

 人種や文化を超えて人々が交わりつつ生きて行く、そんな夢が可能となったひとときの存在証明としてのこれらの歌が、こうしてCDの上に残されたこと、なんだか嬉しくなります。そしてこの歌の魂がこの地球のどこまでも広がって行きますように。

 アルバムを製作した”リングリンクス”も、もう存在しないバンドとなってしまっているのが残念なのだけれど、リーダーの駒沢さんには「このような音楽を世に出しただけでも素晴らしいと思いますよ。良い仕事をしましたね」と、影ながらお祝いを申し上げたい。

 この、かってははちみつぱい~ムーンライダースでペダルスティール奏者として名をはせた人物、実は学生時代に私が所属していた音楽サークルの1年先輩でしてね。まあ、私はそのサークルを途中でやめてしまったし、駒沢さんがプロのミュージシャンになってからは付き合いも途切れ、さすがに駒沢さんも私のことなどおぼえてはいないだろうけど、それはともかく(笑)

 駒沢さん、まだまだこれからも素敵な音楽を作って行ってください。と、もう一言付け加えて終わりましょう。


MERRY WIDOW WALTZ

2007-02-14 02:03:36 | いわゆる日記

 私の町の桜が咲いてるよ、気の早い話だなあ。まあ、街の真ん中を流れる川のほとりには早咲きの特殊な種が植えられていて、そいつらはこの季節、とっくに満開状態になるんだけど、今年は普通種までがっ。

 連休も終わりで、我が斜陽の観光地もやっと道路がすいたので、気分転換に山間部の別荘地帯を軽く流してみたのだけれど、その辺りではあちこちで桜がもう咲き誇っていやがんの。いくら暖冬だからってなあ。

 ”春爛漫”という状態になってから別荘地帯の桜のトンネルを走り、その狭間から相模湾の波が陽光を反射して輝いているのを見たりしながら、その季節の銘柄指定盤、マントバーニの”イタリア・ミーア”を聴くのが春の日の楽しみだったんだけど、この分で行くと本物の春が来る頃には桜は皆、とうに盛りを過ぎて花も何もないって事になるんじゃないか。

 と、唖然としつつ早春の山を行く。

 あれはどこの会社だったかな、保険のコマーシャルで、中年からでも入れる保険、なんてのをやってるでしょう。いや、そんなの、あちこちの会社ではじめてますが、昨今。
 で、その一つでCMのBGMに”メリー・ウイドー・ワルツ”を使ってるところがありますな、私の聴き違いでなければ。

 「俺って糖尿病だからなかなか入れる保険がないんだよなあ」なんてCMのバックに”陽気な未亡人のワルツ”はないだろう、そりゃ悪趣味な冗談ってものだろう。と思うんだがね、どうなんだろうね。「どうせあなたもいずれコロっと行っちゃうんだから、奥さんのためにも入っておきましょうよ」かい?

 いや、いまどき”メリー・ウイドウ・ワルツ”なんて曲、誰も知らないからどうでもいい?いや、それにしても使った奴の真意って何なんだろうなあ。
 この文章を読んでいるあなたも、”メリー・ウイドー・ワルツ”なんて知らないでしょう?いや、クラシック好きの人は普通に知ってるのか。

 エレガントなワルツでねえ、旦那に先立たれた上品な中年のご婦人が、日傘をさしながらお散歩している様子が見えてくるような粋な曲で。昔は、こんな曲が昼下がりの雑貨屋の店先に置かれたラジオから、ひょっこり流れて来たりしたものだったけど。

 それにしても無茶だわ、この世の中。いや、私の聴き間違いだったら全面的に無意味なんだけどね、この文章。

 というわけで、当地では桜は部分的に満開であります。

ザ・バンドとしての李香蘭

2007-02-13 02:09:55 | アジア

 一昨日、昨日と上戸彩の主演で李香蘭の一代記をテレビドラマとして放映しておりましたが、まあ予期していたこととは言え、あんまり感心しない出来上がりとなっておりましたな。

 そもそもあの配役は何だ?上戸彩が李香蘭ってのは、誰が思いついたのか知らないけど、いくらなんでも無理があるでしょう。どちらかといえば”そこら辺にいるような子”であるがゆえに人気を博している感のある上戸彩と、ある種この世のものとは思えない桃里境を現出していた李香蘭なる”歌う銀幕スタア”では、その芸能人としてのベクトルがまるで逆であって、前者が後者を、どう演ずることが可能と考えたんですかね、関係者は。
 上戸彩の歌う李香蘭ソングをあーだこーだ言いません、いまさら。それはもう、何ごとか期待すること自体、無茶というものでしょう。

 川島芳子を演ずるのが菊川怜ってのもいかがなものか。私は川島のある種ファンだからますますしらけてしまった。菊川が妙に”女”を感じさせる演技を行なった辺りも納得できず。清朝皇室の血を引く皇女であり、日本の謀略に利用されつつ利用しての清朝再興を思い、自らの女の血を嫌悪して”男装の麗人”を演じていた川島の屈折は、もっともっと深くて入り組んだものでしょう。

 なにより、ドラマの底部から、日中戦争から第2次世界大戦の地獄へと運命に引きずりまわされて落ち込んでいった民衆の恐怖と恍惚がまるで響いてこなかったのが、あのドラマのつまらないところでした。恐怖と恍惚、です。足元に大きく口を開けた時代の深淵に飲み込まれて行く事への恐れと、それともにあった屈折した恍惚感と、その深淵の底から響いていた李香蘭の歌声。

 そのような要素を描けなかったのか、描く気も無かったのか知りませんが。
 あのドラマは、日本と中国、戦争と平和のハザマで幻の如くに揺らめいた共同幻想としての李香蘭の物語が、まるでスポ根ドラマの一種のように出来上がっていた。
 大体、時代の潮が流れ過ぎた史跡において、年老いた歴史の当事者とのんきな観光客の群れがすれ違うってエンディング、まんま”ラストエンペラー”のパクリではないか、恥ずかしくないのか。

 というわけで李香蘭の歌声ですが、私がまともにそれに対峙したのは、もう十数年前となります。中国百代から「時代曲名典」として、戦前戦後を飾った中国の大歌手たちの歌声がシリーズ復刻され始め、こいつは面白いとそれらを買い集めて行くと当然、李香蘭のレコーディングにも出会うわけで。

 濃厚な中国大衆歌謡の世界。李香蘭の歌声はその一方の完成形と感じました。この、CD復刻されたたくさんのアルバムの中で、もっとも美学としての中国歌謡を実現させていたのが実は日本人であった李香蘭であったとは皮肉なものだなあ、などと感じ、アメリカのルーツロックの一つの完成形を作り上げたのがメンバー5人のうち4人までがカナダ人である”ザ・バンド”であった件など、ふと想起したものでした。

 実際の”普通の中国人のメンタリティ”とは、同じく百代唱片に”葛蘭”なんて歌手がいますが、彼女あたりのラテンのリズムに乗り素っ頓狂な高音で歌いまくり跳ねまくる、あのあたりにあったのでしょう。
 そして李香蘭の”完全なる中国”ってのはすなわち、例は悪いがプロのオカマが本物の女より女らしい、あの法則(?)と近いものがあるんではないかと私は思っております。客観的なポジションから”理想の中国”をトレースする作業を行なった・・・
 それを中国の人々はほんとに無条件で受け入れたのか?違和感を表明した人などはいなかったのか?というのが、長年の私の疑問なんですが。

 それにしてもなんなんでしょうね、この”日本人の中国人なり切り願望”ってのは?昔タモリが好んでやっていた中国人ターザンをはじめとしてのなんちゃって中国人シリーズとか、いやもっと遡れば、故・藤村有弘が日活アクション映画の中で演じていた怪中国人などなど。あるいはまた、”蘇州夜曲”を頂点として、主に戦前、数え切れないほど作られた”中国ネタ歌謡曲”等の存在なども合わせ考えると、興味を惹かれてならないのですが。



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”新日本紀行ふたたび”のテーマ曲って

2007-02-12 04:05:56 | その他の日本の音楽


 かってNHKで、日本各地の風土と歴史を訪ね歩く「新日本紀行」なる番組が放映されていた・・・そうですね、私はあんまり見た記憶がないんで、よく知らないんだが。
 一昨年からそれは、「新日本紀行ふたたび~NHKアーカイブス~」として再開されているのであります。”「新日本紀行」で訪れた日本各地をもう一度訪れて、当時との歴史比較を展開していく”との企画だそうで。

 土曜日の午前中に放映されているこの番組、その日の深夜、というかもう翌日の早朝ですね、午前4時過ぎから5時にかけて再放送が行なわれていて、こちらを私はほぼ毎週見ている。というか、テレビをつけっ放しにしてネットをやっていると、この番組が勝手に始まってしまうのだ。

 深夜もそのくらいになると、もう”朝”の侵略に敗色濃厚といったところで、外では早起きな鳥たちの鳴き声などもしはじめ、こちらもそろそろ覚悟を決めて就寝にかからねばならなくなってくる。そんな時間に流れ出すこの番組のテーマがなかなかに不思議な効果を及ぼすのであります。

 音楽を担当しているのは、シンセ音楽でもその名をはせた富田勲氏であり、例の郷愁に満ちたサウンドを現出させているんだけれど、この”ふたたび”では薩摩琵琶奏者坂田美子のボーカル入りとなっている。

 この歌声を最初に聞いたとき、何なのかなあ?と思いましてね。民謡調と言えば民謡調のメロディなんだけど、歌っているのが民謡歌手のようでそうでなし、演歌歌手でもなしと。どういう歌い手なんだろう?ちょっと気になった。
 世俗を離れたというか、現実とは一枚、皮を隔てた響きがある声であります。なんだか今とは時代を隔てた場所から響いてくる感じ。中世の日本から聞こえてくるみたいに聞こえるのですな。

 その歌声の余韻を心に残したまま番組を見ていると、遠くの町の商店街の人々や夜の都会で働く人々などの生活が、歌声が幻として垣間見せた中世の日本と確かに血においてつながっていると、この列島に生きてきた人々の暮らしが、延々たる見えない連鎖のうちにあると妙に生々しく実感させられるんですな。
 むしろ、歌声のうちに幻想として浮かんだ中世が現実のもので、今日に生きる我々の日々が中世の日本人が見た奇妙なつかの間の夢の中の出来事ではないか、なんて気さえしてくる。

 もう一回断っておくけど、深夜のやや異常な精神状態で番組を見ておりますからね、覚醒しているべき感覚が麻痺し、眠っているべき感覚が冴え渡っている部分はあるかもしれません。

 で、調べてみたら、先に述べましたように薩摩琵琶奏者の歌声であった、と。かってこの国に大衆芸能として普遍的に存在した芸能であった、琵琶を伴奏の語り物芸。確か仏教説話などを持ち芸とした、中世日本における吟遊詩人とも言いうる存在だったのでしょう、琵琶法師というのは。
 そして、坂田美子氏は芸大などでも琵琶を教えておられる、そんな立場である。なるほどなあ、あの”時代を超えた感じ”は、その辺りからやって来ていたのかと頷いた次第であります。

 それは良いんだけど、この「新日本紀行ふたたび」のテーマって、CDとして発売されていないんですね。ちょっとネットを探って知ったんだけど。マイナーなレーベルから、坂田氏の琵琶弾き語りヴァージョンが出てはいるものの、富田勲氏のオーケストラ入りのものは製品化されていない。これはもどかしいものがあるではないか。

 どこに責任があるのか知らないけど、とりあえず何とかしろ、と言っておくものであります。うん、私もCDできちんと聴いてみたいんだよ、この番組のテーマを。

モスクワの灯火遠く

2007-02-11 03:17:04 | いわゆる日記

 「ロシア民謡的なもの」に惹かれてしまう感性、と言うものが私にはある。それこそ「モスクワ郊外の夜はふけて」とか「灯」とか、もうベタなロシアの歌と言うことになっているもの。「バイカル湖のほとり」なんてのは良いねえ。
 昔々の”歌声喫茶”の面影など、ほのかに漂います。いや、時代さえ合えば通っていたんじゃないかね、私は。あ、ロシアの国歌なんてのもたまりませんね。あの重々しい哀感。

 「ロシア民謡的なもの」という表現は、それらの曲が実は高名な作曲家の手になるメロディだったりして、「民謡」という呼び方はふさわしくないようなので。まあ、「ロシアの国民歌謡」とか、そんな呼び方が適当なのだろう。
 で、そんなものに妙に惹かれてしまうのだ、と。ああ、面倒くさい。

 ロシアのメロディは良いよなあ。壮大な空間の広がりを想起させつつ、深い感傷を秘めて。

 映画の”007シリーズ”でおなじみのジョン・バリーの音楽なんてのも、ロシアもの好きの血を騒がせる独特の哀愁が、いたるところで脈打っていた。

 映画音楽作家ジョン・バリーは東欧方面の血を引く者とかで、そういえば”007シリーズ”の主題歌には、どれも”漠然たる東欧っぽさ”が漂う。”ダイアモンドは永遠に”とか”ゴールドフィンガー”とか。そのものずばりの”ロシアより愛を込めて”の深さ、重さといったらない。いいよなあ。

 なにしろ冷戦下に作られたスパイ映画なのだから、ロシアっぽさはいくら漂おうとかまわない、むしろうってつけなのであって、うまい話もあったものだ。ムード音楽のマントバーニが自らのルーツを壮大に歌い上げた”イタリア・ミーア”なんてアルバムがあって愛聴盤なのだが、あんなものを全盛期に作っていてくれたらと思うんだが。

 今年は暖冬とかであまり雰囲気が出ないが、いつも寒い盛りになると、ジャズのサックス吹きスタン・ゲッツが、これは北欧ツアーにでも出かけた際のご祝儀なんだろうか、作曲した”懐かしのストックホルム”なんて曲を、楽器を手にするとふと爪弾いていたりする。

 この曲はスエーデンの首都の名を冠しているけれど、私などには濃厚なロシアっぽさを感じさせるメロディラインとなっていて、なかなかよろしいのだ。果てしもないシベリアの大地の向こう、夜の果てに、ほんのりとロシア正教の尖塔がそびえ立つ。そんなロシアの古都を遠く望むイメージが喚起させられる。

 木枯らしの吹き抜ける深夜に一人、ストーブに向かい、凍えた指で”懐かしのストックホルム”のメロディを探り弾きしつつ、薄明の中、自分とモスクワの街路の間に横たわる凍りついた広大な大地を思う。やあ、良い気分だ。

 うん、いや、それだけの冬の楽しみ話、何の展開もなくて恐縮であります。


すずらん

2007-02-09 03:37:29 | ヨーロッパ

 ”あなたがくれたのは、豪華なバラやチューリップや百合の花束ではなく、つつましく愛らしいすずらんの一束。さわやかな5月の白い約束”

 1959年度、ソ連において大ヒットした「すずらん」という曲がある。当時、モスクワを訪れて公演を行なったダークダックスの人々が「現地でやたら流行っていた歌」として持ち帰り、我が国でもそれなりのヒットをしたと、私も子供の頃の記憶にぼんやりとある。サビの部分のメロディは、普通に脳裏に”昔よくテレビやラジオの歌番組で聴いた歌”として残っていた。「ランディシー、ランディシー、君こそ♪」と。

 もっとも当時のこの曲の邦題が何であったのか、などという資料面で意味のある記憶ではない。やっぱり「すずらん」だったのだろうか?まあ、こちらも音楽ファンになる以前の話ではあるし、特に夢中になって聴いていた訳でもなし、思い出と言ってもこのような頼りないものなのだが。

 そして、今ごろになって知った、この歌の消息なのだが。「すずらん」がそのように日本でも普通に街角に流れていた頃、逆に本家ソ連ではこの曲は一切聴くことの出来ない歌になっていたというのだ。

 当時といえば、東西冷戦の”雪解け”を演出したソ連の書記長、フルシチョフが亡くなり、保守的な書記長、ブレジネフの時代となっていた。
 時代はまたも”反目しあうソ連とアメリカ”の軍事競争へ逆戻り。そんな暗い時代の変わり目だったのだが、そのようにして思想統制強まるソ連社会において「すずらん」は、「あまりに流行ったがゆえに”ブルジョワ的・反革命的”との烙印を押される」という、なんとも不条理としか言いようのない扱いを受けていた。

 公の場でその曲を流すのは禁止され、「すずらん」のオリジナルを歌った歌手、ゲリーナ・ヴェリカーノワは事実上、歌手としての仕事を追われた。
 ひどい話だなあと思う。権力にとって民衆ってのはなんなんだ?などと考えずにはいられない。国民の連中に”自由”なんて勝手な事は思い浮かべるのさえ許したくないから、適時、こずき倒しておいて奴隷根性を叩き込んでおかなければ。そんな支配者側の思惑が見事にあからさまになった挿話といえよう。

 これに国の違いや思想上の差異なんか関係はない。支配する者とされる者とがいるならばところ嫌わずに存在する悪夢である。

 その後。ソビエト連邦は崩壊し、新しくロシア共和国となった1990年代の後半、モスクワの街を歩いていたある人が驚いたところには、あの「すずらん」が、街中から流れていたというのだ。それも、その曲自体とともに”ブルジョワ的”の烙印を押されて姿を消したヴェリカーノワのレコードに残されていた歌声が。

 どうやら連邦崩壊後、ソビエト時代に禁止されていた事物の復活を喜ぶ気風が人々を覆い、そんな”開放”の一つの象徴が「すずらん」の時代を超えた「再びの大ヒット」だったようだ。新しい時代の到来を、かって人々にあまりに愛されたがゆえに禁忌とされた流行り歌の復活によって祝う、そのような”イベント”をモスクワの人々は行なっていたのだ。

 そこでちょっと気になったのが歌手ヴェリカーノワの”享年”である。彼女は1998年に73歳で亡くなっているのだが、この”復活”の様子を、どのように見ていたのだろう?彼女自身はその際、どのような処遇を受けたのだろう?
 かって、”「すずらん」という大ヒット曲を出した”咎で追放処分を受けた際、「党が正しいか私が正しいかは、後世の人々が審判を下してくれるでしょう」とだけ言い残して表舞台を去っていった彼女は?

 毎度申し訳ないが、ここはいつもと同じ「資料がないので分からない」で締めるしかないのだが。
 
 (冒頭に掲げたのは、オリガ・ファジェーエワによる「すずらん」の原歌詞。訳・山之内重美)


計量カップの中の”健全”

2007-02-07 04:20:31 | 時事
 以前にも書いたかもしれないけど、糸井重里が「今、これに興味がある」と発言すると、それがどんなものであれ、うさんくさいものに感じられてしまう、という感覚が私にはある。
 それが幕府の埋蔵金であれ、バス・フィッシングであれ、新人のミュージシャンであれ、ともかく彼が興味を示し何ごとかコメントなどしようものなら、すべて基本が広告関係者である彼が仕掛けようとする”次のブーム”の撒き餌のように思えて油断ならない、信用すべからざるものに思えて来てしまうのだ。

 今、売れているらしい”千の風になって”と言うんだっけ、「私のお墓の前で泣かないでください♪」とかいう歌にも、似たようなうさんくささが息ついている。
 あの歌の仕掛け人というか、詩を見つけてきて曲をつけたのは新井満とかいう、これも広告会社の社員にしてシンガー・ソングライター、と言う立場の人物だそうで。言われてみればこちらも同様な怪しげな”匂い”がある。

 それは、きれいな住宅を見せられ、「へえ、これは立派な家だな」とドアを開けて中に入ってみると、そのむこうには空白しかなく、建物は実は一枚の看板に過ぎなかった、というような、”でっち上げ”の空虚さである。

 彼らには、心の底で大衆と言うものを、彼らが望む方向の消費活動に向けて誘導可能な”数量”としか捉えていない、そんな世界観がうかがえる。
 そのような観念に立脚しての創造物であるからこそ、彼らの”作品”には、無理やり作り上げられた賑やかしの花火のうさんくささが終始、ついて回るのだろう。

 先日来、マスコミをにぎわしている柳沢伯夫厚生労働相の一連の発言なども、大衆を”計量可能な数値”としか認識していない、そんな発想が根にあるからこそ、反発を生んだのではないか。(いまや、事が政争の場と化し、訳が分からなくなっているが)
 私など、この大臣のコメント中で「健全」なる語が発せられたのを聞き、「お前にそんな事を決められるゆかりはない。何を偉そうに」と非常にムカついたものだ。と、書いているそばから、また腹が立ってきたのだが。

 最近流行の、”権力の座にいる者にはとりあえずすり寄って、自分が勝ち組のメンバーと信じ込む”、そんな発想をする人々は、私が感じたような反発は感じなかったのだろうか。
 それともやっぱり、「ああ、ウチの旦那様はやっぱり良い事を言う」などと陶然となっていたのだろうか。そうなのかも知れないなあ。ご主人様の御都合がまず大事。うまく仕込んだものだと思う。薄ら寒い話である。


 ○<柳沢厚労相>子ども2人以上「健全」発言、波紋に拍車
 (毎日新聞 - 02月06日 21:20)
 「女性は産む機械」と発言し釈明に追われている柳沢伯夫厚生労働相が、6日の記者会見で結婚したい、「2人以上子どもを持ちたい若者」を「健全」と表現したことが波紋を広げている。首相官邸は問題視しない構えだが、野党側は「子どもが2人以上いなければ不健全なのか」と一斉に反発。柳沢厚労相の辞任を求める動きがさらに勢いづいており、国会審議の正常化を前に新たな火種となる可能性もある。
 厚労相は「若い人たちは結婚したい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と指摘。国立社会保障・人口問題研究所の05年の調査で「いずれ結婚する」と回答した未婚男女の希望する子どもの数が平均値で2人を超えたことを踏まえた発言だった。
 これに対し、野党側は「女性蔑視(べっし)が頭の中に染み付いているようだ。看過できない」(民主党の鳩山由紀夫幹事長)▽「かつての『産めよ増やせよ』とお国のために子どもを産んだ考えと同じようだ」(国民新党の亀井久興幹事長)--などと反発、厚労相の辞任を求め安倍晋三首相の任命責任を追及していく考えだ。
 一方、「産む機械」発言では厳しい声が上がった政府・与党だが、今回は静観している。自民党の片山虎之助参院幹事長は記者会見で「少子化阻止は大きな国政上の課題。2人以上が望ましいとなるんじゃないか」と理解を示し、同席した矢野哲朗国対委員長が「(発言は)ごく自然ですよね」と差し向けると「自然だと思う」と同調した。
 首相は同日夕、首相官邸で厚労相と協議後、記者団に「わが家も残念ながら子どもがいないが、いちいち言葉尻をとらえるより政策の中身をお互いに議論していくのが大切だ」と問題視しない考え。厚労相も記者団に「発言は不適切とかではなく、素直に聞いてもらえば分かる」と理解を求めた。【古本陽荘】