11/01/25 23:59
マーズはヴィーナスの部屋から出た後、微かに廊下で逡巡しジュピターの部屋に向かうことにした。ヴィーナスが囁いた『ジュピターが大切なら目を離さない方がいい』という警告が耳にこびり付いてはなれないのだ。
未だこの言葉の意味をつかめないでいるが、あながち的外れなことを言う女でもないのは知っている。ヴィーナスの言うことを真に受けるのは癪だったが、それでも本当に何かあるかもしれないのだろう。修行やら先ほどの騒動で疲れ果てた肉体と精神に鞭打ってジュピターの部屋の前に立った。そして大きく息を吸い眉を寄せ覚悟を決めドアをノックする。
すると、拳はノックでなく扉をそのまま押す形になった。鍵もかかっておらずきちんと閉まってすらない扉はマーズを受け入れるように開く。
「・・・・・・?」
マーズは不審に思いつつ、そのまま部屋に足を踏み入れる。いつ見ても緑の多いそこは、口には出さないもののマーズにとっては落ち着く場所のひとつなのだ。だが主はおらず、自分より一足先に、酷く不機嫌に帰ったはずだとマーズは訝り気配に意識をめぐらせる。すると気配を感じる前に奥から音がした。
そこは、入り口からは見えない、浴室や洗面台が設けられている場所。マーズがそれに気付き向かう前に、ジュピターは先に出てきた。先ほどと変わらない格好のまま、でも口の周りの血は落ちていたので、顔を洗っていただけのようだ。マーズは先ほどと別段様子の変わらないジュピターに微かに眉を潜めつつ、それでもヴィーナスの言ったようなことがやはり気になってジュピターに歩み寄る。
だがジュピターは表情を微かに煩わしそうにしただけだった。
「・・・何しに来た」
「・・・いいでしょう、別に」
「勝手に部屋に入ってくるな」
「じゃあドアを開け放しておくのはやめなさい」
「開いてりゃあんたはどこでも入ってくんのかよ」
先ほどの余韻で未だ機嫌が悪いのか、ジュピターの言葉は非常に棘がある。煩わしく思われているのは明白だったが、マーズとしてもここで引くわけにはいかなかった。
「さっきのマーキュリーの事でまだ怒ってるの」
「・・・違う」
「・・・じゃあ何でそんなにふくれてるのよ」
マーズは平静を保ちながら続けるが、ジュピターは更に煩わしそうに顔を顰めるとマーズに背を向けた。話もしたくないと言う彼女の意思表示には違いない。
「出て行け」
「・・・なっ・・・」
その言葉を聞いて、マーズは何かを考える間もなく反射的にジュピターの方に手を伸ばしていた。一瞬だけ触れた肩にジュピターは振り返ると乱暴な仕草でそれを払いのけた。
「触るな!出て行けって言ってんだろ!」
いよいよ琴線に触れたようにジュピターの怒号が飛ぶ。払われた手は痺れるように痛んだが、本当に一瞬だけ触れた肩、指先から感じたものは、マーズの足を止めるには十分だった。
「ジュピター!あなたまさか」
「来るな!」
それでもマーズは構わず、ジュピターの両肩を掴んで顔を真っ直ぐに見据える。今度は戦闘態勢を取っているので、いくら相手がジュピターでもそう簡単にやられはしない。
それに、指先から伝わって来る熱はいつものものとは違う。妙な熱が宿っているのだ。そしてこの感覚は覚えがある。
先ほどのマーキュリーが宿していたものと同じ。
覚えがあるからこそ気付けたとはいえ、こんな些細な熱の違いを感じ取れるのはマーズにのみできる芸当である。マーズの血の気が引いていく。
それと同時にヴィーナスの言葉の意味を理解した。マーキュリーの血に口を付けたジュピターが媚薬の影響に置かれるであろうことをヴィーナスは遠まわしに忠告していたのだ。
その時のヴィーナスの笑顔を思い出す。今更言ってもどうしようもないが、どこまでも腹立たしい女だ。
「・・・ジュピター」
マーズは肩に触れる指先に力を込める。風呂上がりのせいだからではなくじっとりと熱く濡れている体は、発熱時や体を動かした後とは質の違う熱さだった。
無愛想に自分を拒絶していたジュピターは、そこでようやく今までと違う反応を見せる。体が微かに震えるのが伝わって来る。
「・・・っあ・・・は、離せっ!」
「・・・離さない」
「離してくれ!」
「・・・ジュピター!しっかりしなさい!」
「・・・や、だっ・・・」
マーズは目の前のジュピターを見、先ほどのマーキュリーの様子を思い出す。マーキュリーの方が遥かに濃度の高いものを摂取しているとはいえ、どんな薬であるかは分からない以上、ジュピターもいつ先ほどのマーキュリーのようになるかは分からないのだ。
単純な力ではマーキュリーよりジュピターの方が上。そんな彼女が夜更けに見境をなくし目に映るものを手当たり次第に襲う展開―考えるだけで恐ろしい。ヴィーナスがジュピターとマーキュリーを同室にさせなかったのもその危険性があったからだろう。
意識の無いマーキュリーに理性を無くしたジュピターが襲い掛かるヴィジョンがマーズの脳内にちらつく。浮気云々よりマーキュリーの命が心配ではある。ヴィーナスに薬を盛られた時点で色々彼女には思うところはあるのだが。
マーズは一通り哀れな同僚に思いを馳せ、そこで頭を働かすのをやめる。ジュピターにまた手を払われたからだ。
だが先ほどとは明らかにリアクションが違う。
ジュピターは自分の体を抱くようにマーズに背中を向けると、どこか独り言のように聞こえるような口調で呟いた。
「あたし・・・なんかさっきから変なんだよ・・・体熱いし・・・ヴィーナスにだって、いつもだったらあんな風に引き下がったりなんかしないのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・熱くて・・・何か頭がふわふわして・・・いつもと・・・違う」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お願いだから出て行ってくれ・・・今のあたし・・・おかしいんだ。あんたが・・・傍にいたら」
「ジュピター」
「・・・でも・・・あんたじゃなくて、あの時、マーキュリーを連れてたら、もしかしたら・・・って・・・」
「ジュピター!」
「あたしはっ・・・こういうのは・・・嫌なんだ・・・!」
涙声で体を押さえるジュピターの体は目で見て分かるほどに震え出していた。それは薬のせいか、薬による肉体の変化への戸惑いなのか。未だ理性は残っているようだが明らかに薬の影響は強まっているようだった。
そもそもジュピターはマーキュリーが媚薬を盛られたことすら知らないのだ。自分の体に起こっている変化の原因など知る由も無いだろう。むしろ理性が残っているだけに、原因も分からず熱に飲まれゆく体を持て余すのは、一体どれほど不安なものだろう。
マーズはその瞬間腹を括った。疲れてようが何だろうが、やらなければならないときと言うのはあるのだ。
「・・・だったら」
「・・・だから早く、あたしから離れて・・・」
「私があなたを抱く分には構わないでしょう」
「・・・っマー・・・」
マーズはジュピターが振り返ると同時にその体を柔術の要領で押し倒す。ベッドは目の前だったが、そんなことに拘ってられなかった。ジュピターは普段の戦士としての振る舞いからは意外なほどあっさりマーズに組み敷かれ、彼女が選んだ品のいい毛足の長いカーペットに体を沈められた。ようやく真正面から向き合った目は涙を溜めて今にも零れてしまいそうだったのだが。
「嫌だっ!嫌っ・・・」
「・・・おとなしくしなさい」
「離せっ・・・」
マーズはジュピターの両手首を掴んで押さえつける。言葉と裏腹にほとんど抵抗は返って来なかった。それが諦観なのか薬が効いてきているのかはマーズには判別しかねたが、まだ必死で顔を背ける辺りは彼女の優しさなのかも知れない。
それでも、これでジュピターを罪悪感から救い出すことは出来るとマーズは自分の中の罪悪感を心にしまい込み、そのまま強引にジュピターに口付けた。先ほどマーキュリーに触れたらしい、その部分。
「・・・んっ・・・ふっ・・・」
ジュピターの口中は、微かに血の味が残っている。それがマーズの心に小波を立てて、逃げようとするジュピターの舌を強引に絡ませた。
これではどちらが熱くなっているのか分からない。そう思いつつ、他にどうしたらいいのかもマーズには分からない。ヴィーナスならもっとうまく立ち回るのだろう。マーキュリーならもっと冷静なのだろう。
でも、自分にはこんなことしか出来ない。
いつもするより遥かに長い口付けを終えようやく顔を離すころには、マーズの体にも熱が灯っていた。これは別に媚薬の影響ではなく、すぐ自分の体の下で荒く息をしながら涙を今にもこぼしてしまいそうな彼女に欲を覚えているだけで。どんなに疲れていても、今の彼女を前にして眠ることはとても無理だった。
普段の飄々とした態度とは違う、幼い少女のようなその表情。
「・・・マー・・・ズ・・・ごめ・・・」
ジュピターはぐすぐすと泣きながらマーズの肩に手を伸ばす。しっとりと湿った指には熱が篭っている。先ほどのマーキュリーの熱に、確かに似ているのだ。
ヴィーナスがマーキュリーに期待したのは、もしかしたらこんな姿だったのかもしれない。そのせいなのかおかげなのかは判別しづらいが、結果として自分たちがこんなことになっているのだが。
「・・・あなたが謝ることなんてないわ」
ジュピターは虫の羽ばたきのように小さい声で頷いて、ようやく覚悟を決めたように目を閉じた。その折再び流れた涙を舌で辿りながらマーズはもう一度口付けをする。どうしても、彼女の唇が気になった。
だから何度も何度もキスをした。ジュピターも普段よりずっと熱を持った唇で、合間に何度もくぐもった声を出した。
「・・・ぅ・・・ん・・・」
普段はいつもマーズより余裕のある顔をしているジュピターのその姿に胸が熱くなる。唇を離さないまま、手首を押さえていた手をジュピターの体に這わせる。バスタオル一枚しか纏っていないので最初から裸のようなものだが、それでも布越しに腹部や腰に手を回した。太腿を下から上になぞると、下のジュピターの体がびくりと跳ねた。
「・・・っ・・・」
「・・・じっとして」
これはこれで滅多に無い状況なだけにマーズには気の利いた言葉が言えない。それでもマーズは脳内で焼け付きそうな理性を何とか保ちながらタオルの裾を捲り上げていく。ジュピターはマーズの背中に手を回す。震える指先からは何とか爪を立てないようにこらえているのが伝わってきた。
マーズはこんなときまで気を遣われているのかと思うと、いっそ呆れてしまう。
もっと淫らに腰を振って素直に乱れてくれたら、こちらも躊躇いなく理性を飛ばすことが出来るのに。
「・・・爪、立てても・・・いいから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
バスタオルが捲くれる。胸の上辺りではだけたそれはジュピターの胸をこぼすように露出させた。仰向けでなおはっきり膨らみが分かるその大きさの中心のものが既に硬く屹立していた。キスしただけでこれなんて、とマーズは内心舌を巻き、恐る恐るその部分に指で触れる。その瞬間、背中に爪が強く食い込む感覚がした。
「っくっ・・・」
声を漏らしたのはマーズの方だったが、ジュピターも頬を染め眉根をぎゅっと寄せていた。その表情と背中に走る痛みは熱となり更にマーズの心を煽っていく。
マーズはそのままジュピターの胸に顔を埋め膨らんだ乳房に舌を這わせた。時折歯も立て、その肉体に痕を残す。ジュピターはただマーズの背中に爪を立てこらえているように歯を食いしばっていた。
「・・・我慢しないで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それでもただ首を横に振るジュピターに、もしかしたら彼女が一番意地っ張りなんじゃないかとマーズは思った。
どこか頑なな体をほぐすように撫でまわしながら再び口付けをする。舌で口をこじ開けかき回しながら、左の乳首を指先で強くつまんだ。
「・・・んっ・・・」
口付けの合間に声が漏れる。その声も飲み込むようにマーズは舌に吸い付き、両手で乳首を捏ね回した。爪を立て指先でこすりつけ、更に力を入れて挟み込む。どれだけ押さえつけるようにしても硬く浮き上がってくるその部分を弄るように刺激した。
しっとりと濡れている肌は指に吸い付いてくるようで、頬から耳に、首筋に滑らせる舌は汗の味を捉えた。荒い呼吸は胸を大きく上下させ、誘うような姿で揺れている。マーズはそこにその赤く色づく部分に歯を立てる。
「っあっ・・・」
ジュピターはそこで一瞬、弾けるように体を浮かす。それでもマーズはジュピターの体を押さえつけるようにのしかかると、更にその部分を痕が残ってもおかしくない強さで吸った。
しばらく舌先でその部分を弄った後、俄かに体を離して見れば、白い肌に赤い痕を浮かび上がらせた彼女はまるでそのものがマーズを誘う媚薬のようで。
くらくらするような媚態が疲れた心身に沁み込むようにマーズの理性を溶かす。しかし上気して耳まで赤くなったジュピターの顔は、未だにどうにかして理性にしがみつこうとしているように見えた。
ここは早く楽にしてあげるべきか、とマーズはとろけそうな頭で判断し体をジュピターの下半身に滑らせる。だが、その意図を悟ったジュピターに手首をしっかり捕まれた。
マーズの手首を締め付ける掌は、脈打つほどに熱い。
「・・・・・・ジュピター?」
マーズは顔を上げその意図を問うが、ジュピターは必死に首を横に振るだけだった。この期に及んで、とマーズが訝ったところでジュピターは再びマーズの肩に手を置いてきた。
その表情はどこまでもマーズを煽るだけなのに。
「・・・・・・・いや・・・・・だ・・・」
この期に及んでの拒絶にマーズの手が止まる。気配も、その姿も、どう見ても熱を溜め込んでいるのに。
それはジュピターがマーズを拒絶しているということ。
媚薬。自主的に摂取したわけでもマーズが無理矢理摂取させたわけでもないはずなのに、そんなものの効果に飲まれてすら、この先を拒絶しているジュピター。それが分かった瞬間、マーズの中で雷のように何かが爆ぜた。
「・・・どうして」
そこから更に拒絶の言葉が降りてくるのに生理的な恐怖を覚えたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「・・・あたし、は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こういうのは・・・いや・・・だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・ちゃんと」
更に握られる手首に熱が篭る。震える手は、静かにマーズを抱き寄せる。
「あたしのこと・・・」
細められる目は熱に浮かされながらも、何かを懇願するような目だった。マーズにはそれは、ジュピターの最後の理性に思えた。その目は欲情したものでなく、むしろこれから熱を覚える者のような幼さがある。
マーズはその意図を悟った。やはり、この期に及んで、と言う意識は抜け切らなかったが、それもまたジュピターらしいと言えばそうなのかもしれない。
マーズはもう羞恥心も捨てジュピターの耳元に囁く。普段の自分なら絶対に言わないその言葉を、顔を見られないように。どうせ他に誰もいない室内だが、それでも直接ジュピターの耳にしか響かないような囁きを。
「・・・私が・・・義理や同情でこんなこと出来るなんて思わないことね」
「・・・・・・っ・・・ぁ・・・」
「・・・何があっても・・・あなたじゃないと、こんなことしないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから・・・もう、観念しなさい」
「・・・・・・・・・・ぅ、ん・・・」
マーズはようやく抵抗するのをやめたジュピターに、染まった頬を隠すことなくもう一度顔を覗いた。これまでジュピターの大きな瞳に溜まっていた涙が双方からこぼれた。
マーズはそのままジュピターの額に額をつけ、その涙を肯定と受け取り啄ばむようなキスを降らせる。そしてその体勢のまま指を捻じ込んだ。ジュピターからは息を飲む音が聞こえたが、マーズもまた温かく濡れた臓腑の感触に恍惚を覚える。
喉の奥から声を漏らすジュピターの白い首筋に歯を立てるようにしながら、文字通りマーズはジュピターを食べるように指を内側にくねらせた。
ふたりの体に熱い痺れが纏わりつくのには、そう時間はかからなかった。
マーズは疲れていた。
心身とも疲れ果て、目の前にベッドがあるにも拘らず、やはり毛足の長いカーペットにうつ伏せに沈むように倒れこんでいた。隣ではジュピターが余韻もそこそこにゆったりと息をついているのが聞こえたが、もう動くのも億劫だった。それくらい激動の一日であった。主に終盤が、なのだが。
だが決して不快な疲れではない。むしろ妙な達成感というか、何か一仕事終えたかのような感覚がマーズを包んでいた。体内に未だ残る熱と皮膚をなぞるカーペットの心地よさに顔を埋めながら、ひとりなら間違いなくその体勢のまま意識を手放すであろう心地よさを感じながら、それでも隣でジュピターは裸で寝ているのだ。放って置いたら体調を崩しかねないし、やはり今晩は傍についていたほうがいい、と虚ろな頭の中で思う。
「・・・ジュピター」
マーズは自分に覚醒を促す意味も込め隣のジュピターに声をかける。起きているのならそのまま自分でベッドまで行ってもらったほうがありがたかった。そしてそのまま眠ってしまえば媚薬の影響もさほど心配ないだろう。ヴィーナスとてマーキュリーの体に直接害を与えるようなものを用いるとは流石に思えないので、ジュピターも心配はないだろう、と簡単に判断する。
マーズは鉛のように重い体を寝返らせジュピターのほうを向く。ジュピターもまた、放りだした裸体を隠すような仕草でゆっくり起き上がり、しばらく呆然と自分とマーズの体を見つめた。そして黙ったまま乱れた髪を払うと、マーズの手を引っ張りそのまま体を持ち上げ、抱きしめたまま背中からベッドに倒れこんだ。
ジュピターに抱きしめられながら、マーズはもう逆らいがたいまどろみを感じていた。あとはこのまま意識が落ちていくのを待つだけで、緩やかに目を閉じる。
だからジュピターが言った言葉を、俄かに飲み込めなかった。
「・・・・・・・・・責任、取ってくれよ?」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
マーズがジュピターに言われた言葉を脳内で反芻している間、体がほとんど無抵抗なままジュピターに組み敷かれた。心地よいシーツの感覚を背中に受けながらも衝撃で再び目を開けたマーズの視界に飛び込んで来たのは、先ほどまで自分の下でべそべそ泣いていたのは別人だったのかと思うほど、魔性に微笑むジュピターの姿だった。
マーズは嫌な『予感』すら感じなかった。自分の命運はここで決まったと言うある種の絶望的な諦観が全身を負いつくしていた。
もしかしたらヴィーナスがマーキュリーに求めていたのはこういうことだったのかもしれない。だがそんな思考はマーズにとっては何の救いにもならなかった。
「寝れると思うなよ?」
抵抗する体力も気力も持たない体は、簡単に熱に引きずり回された。
マーズは疲れ果てていた。
実際搾り取られたように体がぼろぼろだった。あのあと媚薬の効果なのか、やたら精がついたジュピターに一晩中、抵抗することも出来ず文字通り滅茶苦茶にされていた。夜が明け朝が来て就業の時間が来て、せめてシャワーだけでも浴びさせてくれと懇願したらバスルームでそのままもみくちゃにされた。シャワーから出て着替えを済ませ部屋を出た今は、行為を終えて五分と過ぎていないのである。
マーズは最早ハイヒールで真っ直ぐ歩くことも叶わず、とても戦士とは思えない、まるで生まれたての小鹿のようなへっぴり腰でジュピターにしがみつきながらなんとか廊下を歩いていた。
「もう、まだ足りないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今から仕事だから、いい子だから夜まで我慢・・・な?」
当のジュピターと言えばやたらと機嫌がよく、また一睡もしていないにも拘らず異様に元気だった。普段のジュピターはこんな冗談を廊下で言うことはないことも考えると、媚薬の効果はてきめんだったようだ。
「(ヴィーナス・・・殺す・・・)」
マーズは全ての元凶であるヴィーナスへの恨みを胸に秘めながら体を引きずるように歩く。この際ジュピターもどうにかしてやりたいくらいだったが、最早そんな体力はない。今のマーズを立たせているのは、仕事への義務感でなくヴィーナスへの恨みつらみのみだった。
すると唐突に目の前のヴィーナスの部屋の扉が開く。マーズは一瞬ヴィーナスが出てくるかと身構えるが、出てきたのはマーキュリーだった。血の気の引いた顔で、酷く疲れた顔をしていた。
昨夜あれだけ鼻血を出せば当然の結果ではあるが、マーズとは違う意味で疲れ果てているマーキュリーにジュピターは陽気に声をかける。
「おはよう!マーキュリーさん。鼻血止まったみたいだね」
「・・・・・・ジュピター・・・元気ね」
「そう?あたし今日すごい調子いいんだよ!肌とかもうカカトまでぷるんぷるんでさ!触ってみる?」
「・・・後でね」
今日のジュピターはよく喋る。だが行為の最中も本気とも冗談ともつかない睦言を囁かれ続けたマーズは今更驚くことでもない。そしてジュピターとマーキュリーの一連の会話に眉を潜めることもない。ただヴィーナスが出てくる一瞬だけを狙ってマーズはマーキュリーの背後の扉を見つめていた。
そんなマーズの獰猛な気配にも気付かず、ジュピターは変わらず陽気に声を出す。
「そういえばヴィーナスは?」
「え?」
「まだ寝てるのか?」
「・・・ヴィーナス?」
マーキュリーの頭の回転速度も上がらないらしく、普段の知性の戦士ぶりはどこへやら、酷く緩慢な動作で口元に手をやる。そして無感動な声でぽつり言った。
「彼女は・・・まだ寝てるわ」
「もう、リーダーなのにしょうがないな」
「もしかしたら」
ジュピターは昨夜のことは忘れているのか単に薬の影響でハイになっているのか、特にヴィーナスを咎めるような口調ではなかった。だがマーキュリーは無表情無感動のまま、どこまでも無慈悲な声で呟いた。
「もう二度と起きてこないかもしれないわ」
「!」
「あはは、マーキュリーさんてば、もう」
マーキュリーの言葉にマーズは驚愕するが、ジュピターはどこまで本気なのかへらへら笑うだけだった。だが、ヴィーナスの部屋の扉の向こうは見えないが、触れてはならないもののようなオーラが確かに漂っていた。
だがそれに恐怖は湧かない。マーズの脳裏には『先を越された』くらいにしか浮かばず、そしてこの時点でマーズが意識を保っている理由が失われてしまった。マーズの中で何かが切れ、自分の意思とは関係なく体が後ろ向きに倒れていく。
「ありゃ、マーズ?」
ジュピターの暢気な声はもうマーズには届かなかった。
ぐったりと倒れこむマーズを抱えながら、ジュピターはマーキュリーと目を合わせ、同時に肩をすくめた。
その光景はどこまでもシュールで。
「・・・とりあえず、朝ごはんにする?」
「・・・そうね」
それでも今日もまた、いつもと何も変わらない風に静かに朝は始まった。
***************
脱・辛気臭いエロを目指して撃沈した話。エロシーン別に特に凝ってるわけでもないのに難産でした・・・攻め寄りで書くと難しいな。
ヴィーが起きて来ない理由はまさかマーズ同様マキュに一晩中性的に滅茶苦茶にされて(ないない)
カテゴリー:SS