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受難の夜



 夜のパレスの廊下をマーズは独り歩いていた。仕事を終え自室に向かうところだった。仕事と言うよりは修行、神経を研ぎ澄まし予見の力を高めるため祈祷場に篭っていたのだ。そのおかげと言うべきか、マーズは疲れた体に何かの『予感』を感じていた。
 気配ではない。
 そしてそれは然程大きいものではなく、マーズ本人を含む四守護神が守る月を脅かすようなものでもないのは分かる。一般人でも持つ第六感が人より遥か優れているマーズは、一般人が『滑って転ぶ』前に感じる程度の些細な心の揺れでさえ鋭敏に感じ取ってしまうため、足もとに気をつけて歩こう、くらいの意識くらいしか持たないようマーズは自制する。
 そして四守護神の私室が見える角を曲がったとき、ようやくマーズは取り越し苦労だと息をついた。感覚が鋭いというのも中々面倒ではある。
「・・・はぁ」
 珍しくため息をつき、安息の地である自室の前までの僅かな距離を歩く。響くのは自分の足音だけだった。その瞬間までは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ふとマーズは気配を感じた。
 しかしそれも警戒するものではない。他の部屋の扉が開いたと言うだけの話。誰の部屋かは興味が無いので追求しない。自分を抑える癖もつけておかなければいけないとマーズは誰も気づかないようなことにそ知らぬ顔をする。
 そして、そんな潔癖さが結果として彼女の夜を安息ではなくしてしまう。
「・・・っ!」
 気配に意識を張り巡らせていればかわせた、と言う負け惜しみすら出て来ない程のスピードでマーズは壁に叩きつけられた。そしてそのまま顔さえ見えない距離に詰め寄られる。瞬間的に相手をジュピターかと思ったが、ジュピターにしては小さい。次にこんな悪質なことをしてくるのはヴィーナスかとも思ったが、それにしては自慢のロングヘアの感触がない。
 そしてマーズはしっかりと気配を感じた。経験ではありえないと告げている相手が自分を壁に押し付け詰め寄っている―
「・・・マーキュリー?」
「・・・・・・・・・・・・・・ぅ」
 そこでマーズを壁に押し付けている相手―マーキュリーはマーズの正面を向いた。そこでようやくマーズは視覚でも相手を確認した。やはりマーキュリーに違いない。鼻がぶつかるほどの距離でマーキュリーはマーズを見つめる。
「・・・うぅ、はぁ・・・はぁ・・・」
 マーキュリーの呼吸は荒い。押さえつけてくる体は熱く湿っていた。酷く汗をかいているようで、玉のような水滴が額に浮き顎に滴っていた。眼球は煮え立つ直前のゼリーのようにふるふると揺れていて、獰猛な獣のようにマーズを見つめている。そしてこのときばかりはマーズは本気で自分の能力を恨んだ。
 自分の第六感が狂っていなければ、今だけは狂って欲しかったのだが―マーキュリーは、間違いなく自分に欲情している。それでもマーズにはマーキュリーがこんなことをしてくる現実が信じられなくて、思わず目を白黒させるのが精一杯だった。
 そうしている間に、マーキュリーは普段からは考えられないほど乱暴な仕草でマーズの顎を掴んで固定させた。顔に直接伝わるマーキュリーの手は、痙攣に近いほどに震えていた。
「・・・マーキュリー・・・」
「・・・ぅ、はぁ・・・」
 それでなくても近い距離が緩やかに詰められ、マーキュリーの息が唇にかかり、マーズは思わず目を閉じた。しかしそこでマーキュリーの手は顎から首、胸元に滑り落ちて行く。そしてマーキュリーはしゃがみこむように膝をついた。
「・・・っく、う」
「・・・は・・・っあ・・・」
 マーズは壁にもたれ肩で息をつきながらも目線はマーキュリーから反らせなかった。しかしマーキュリーに寄る勇気も無く、必死で酸素を吸いながら頭を働かせようとする。すると、顔を伏せてるマーキュリーからぽたぽたと水音が聞こえた。汗かと思ったが、それは黒々と床に染みを作る―血だ。そこでマーズは再び血の気が引くのを感じた。
 もう迷わずにマーキュリーの傍に寄ると、マーキュリーは両手で顔を押さえていたが、指の隙間から絶え間なくぼたぼたと血が滴っていた。
「マーキュリー!?」
「う゛・・・ごふっ・・・」
 マーキュリーはマーズの言葉が聞こえていないように顔を顰めると、そのまま床に倒れこんでしまった。マーズは即座に肩を揺らすも反応無く、意識を失ってしまったようだ。床は血まみれ顔は血みどろのまるで殺人現場のような光景にマーズは唖然としたが、すぐにマーキュリーの肩を担ぎ上げると一番近い部屋のドアをハイヒールで蹴飛ばした。 


「えっ・・・ってええ!?」
「ヴィーナス!ベッド貸しなさい!」
 マーズが蹴破ったのはヴィーナスの部屋だった。たまたまなのかドアの前に立っていたヴィーナスを素通りしマーズはマーキュリーをベッドに担ぎ込んだ。マーズが通った後は点々と血痕が続き、ヴィーナスのベッドのシーツや枕に血だまりを作る。
「ヴィーナス、ティッシュ!」
「いきなりなんなのよぉ!?」
「黙って持ってきなさい!」
「・・・は、はい」
 いきなりの訪問者に面食らったヴィーナスも、自分の部屋に残る血痕を見、ティッシュ箱を引っかけマーズに従う。そして顔面血まみれでベッドに伏せるマーキュリーを見た瞬間、ティッシュ箱を床に落として両手で顔を挟み叫んだ。
「えええええホラー映画の世界!!?」
「夜なんだから静かにしなさい!」
「マーズもじゅーぶんうるさいです!」
「いいから水と氷持って来なさい!早く!」
「いっぺんに言いなさいよぉ!もう!」
 本来なら水と氷、そして治療が専売特許である彼女が介抱には適しているのだが、当の彼女がこんなことになっているのでは仕方ない。現状を把握したヴィーナスは意外と冷静に冷凍庫に走る。マーズはマーズでマーキュリーの顔を拭いながら出血の元を探す。酷く乱暴な手つきは、彼女がいかに治療慣れしていないかを物語っていた。
 マーズは気絶しているマーキュリーの顔を何とか上に向かせると、ようやくどこから出血しているかが判明した。
「・・・鼻血?」
 先に顔を見たときそれらしい傷のようなものはなかったので、最初は吐血ではないかと疑っていた。しかし吐血にしてもあんまりな量、鼻血にしたって相当な量だが、まだ鼻血なら頷ける。そこでようやく冷静さを取り戻したマーズは、じわじわと自分が置かれていた境遇を思い出した。
 仕事から帰ってきて、自分の部屋に帰る直前にマーキュリーにとっ捕まって犯されそうになって挙句マーキュリーはいきなり鼻血を出しながら倒れて―
「・・・・・・・・・え?」
 顔面血まみれの人がベッドに寝ている事実より、マーズにとっては先ほどの事態の方が十分、それこそホラー映画の世界より恐怖だと思った。冷静に考えなくともとんでもないことである。王国一の頭脳を誇る、冷静沈着なブレーンが、まさか―しかしあの時のマーキュリーは間違いなく自分に欲情していた。
 しかもよりによってヴィーナスの部屋に飛び込んでしまった。
「マーキュリー!生きてる!?」
 マーズが思わず頭を抱えそうになったところで、ヴィーナスが氷嚢と水を張った洗面器、タオルに救急箱を引っ提げて現れた。珍しく、かつ意外と気が利いている。明らかに何事か聞きたそうなヴィーナスの目線を感じつつ、どう答えればいいものかとマーズは悩みながら濡れタオルでマーキュリーの顔を拭いた。未だ鼻血が止まっていなさそうなのでとりあえずティッシュを丸めると、そこでヴィーナスに手を捕まれた。
「ちょっと・・・まさか鼻に突っ込む気?」
「耳に突っ込んでも意味無いでしょうが」
「・・・ビジュアル的に問題ない?しかも両方の穴でしょ」
「ビジュアルの問題じゃないわよ!」
 全く何の心配をしているんだこいつは、と思いつつマーズはマーキュリーの鼻をティッシュで押さえた。詰めるまでも無く真っ赤に染まるティッシュを見、鼻をつまみながら取りあえず氷嚢を当てた。マーキュリーは微動だにしない。
 妖魔などに取り付かれている様子は無い。ただ妙に体が熱いので、のぼせでもして鼻血が出たんだろうとマーズは簡単に判断した。
 まさか興奮でと言うこともあるまい。むしろそれだけはあって欲しくない。ただ、ヴィーナスにとにかく説明しなければと眉根を寄せる。
「・・・さっき仕事帰って、ちょうど部屋戻ろうとしたところにマーキュリーが出てきて」
「ふんふん」
「・・・・・・・・・息荒いし何か様子が変だったから大丈夫かな、って思ったら、いきなり鼻血出して廊下倒れたの」
「ええええええ」
「で、あなたの部屋のドアが一番近かったから。私一人じゃ不安だったし」
 取って食われそうになったことを要領よく省きながらマーズは簡単に説明をした。マーズが責められるべきことは何も無いはずだが、それでも言わない方がいいこともあるだろう。ヴィーナスはそんなマーズの胸中も知らず、ふむふむと腕を組んで首をかしげる。
 そこでマーズははた、と気付いた。ヴィーナスが冷静なのはありがたいことだが、仮にもマーキュリーが原因不明の意識不明しかも大量出血という現状に、あまりに緊張感がなさ過ぎではなかろうか。ホラー映画などと言う突っ込みも随分ふざけたものだ。
 またしても眉根が寄るマーズに、ヴィーナスはこれまた顔を顰めながら、マーズの予測の付かない言葉を吐いた。
「・・・・・・・・・・・濃すぎたかしら?」
「・・・・・・・・・・・はぁ?」
 指をにじにじと動かしながら苦笑いを浮かべるヴィーナスの言葉が信じられなくて、マーズは思わず聞き返した。廊下を歩いているとき以上に嫌な『予感』を感じつつ、ヴィーナスの言葉を促す。するとヴィーナスはため息を大きくつくと困ったように笑いながら掌を折った。
「いやーね、実はこないだ地球に出たときにね、ちょっといや~んな薬を手に入れてぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「地球の植物を合成した怪しいやつなんだけどさ、まあその・・・・・・・・精が付くって言うか、むらむらしちゃうっていうか、理性溶かしちゃうってゆーか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「要は媚薬ね。ほらマーキュリーって恥ずかしがり屋な上に頑固じゃない?だからちょっとだけこっちから細工をすれば、素直にあたしの胸に飛び込んで頬染めて目ぇ潤ませて擦り寄ってくると思ったのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、マーキュリーだったらいっつも薬の匂い染み付いてるところにいるし、堅物だし、規定量じゃ弱いと思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「五倍の量をさっきこっそり盛って・・・はぅっ!!」
 五倍、と言う言葉を聞いた辺りでマーズは自慢のヒールをヴィーナスの足の甲に槌のように振り下ろした。
「○△□×@%♯♭*・・・・・・!!!」
 流石に痛かったらしくヴィーナスは言語処理不可能な悲鳴をあげる。マーズはと言えば、頭の血管が数本切れてマーキュリーのように鼻血を出してしまいそうだった。色々ありえなさ過ぎる。
 だが、確かにそれならばマーキュリーの行動も鼻血も頷けると言うものだ。マーキュリーはマーズに欲情していたのでなく薬で頭がおかしくなっていただけだった。マーズにとってはありがたい事実だが感謝の気持ちは勿論湧かない。
「ああっ・・・マーキュリーブーツより強烈・・・っ」
「もう一発行きましょうか?」
「マーズは・・・されるほうが好きなんじゃ・・・げはっ!」
 足を押さえうずくまりつつも減らず口が本当に減らないヴィーナスの足にもう一撃を食らわすと、マーズは救急箱をひったくり再びマーキュリーに向き合う。原因が分かったら後は目に見えてるものを対処するだけだ。もう隠し事をする必要も無い。
「あなたの薬は効いてたわよ」
「・・・う、うー?」
「私そこでマーキュリーに襲われかけたから」
「・・・な、なんですって!?」
「『素直にあたしの胸に飛び込んで頬染めて目ぇ潤ませて擦り寄って』そこで鼻血出して倒れたから。ちなみに、見境なんて無かったからうっかり女官とかが捕まってたら最後までいってたかもしれないわね」
「ええええええええ」
「薬は使用量を守るのね」
「はわわわわわわわ」
 マーズは色々な意味でがくがくと震えるヴィーナスを無視し、再びマーキュリーに向き合った。するとそこでふとマーキュリーの眉間に皺が寄る。意識が戻るかとマーズは身構えた。今度は気配を張りめぐらせている分不覚を取ることも間違いが起こることもなかろう。
「・・・・・・・・・・・ぅ」
 マーキュリーは微かに呻きながら目を開けた。その目付きは疲弊はしていても先ほどの理性を失っていたようなものではなく、鼻血も治まり始めマーズはようやく安堵をする。
 彼女とて被害者。そう思いながら額に手を当てたところで、背後から大声がした。
「どーした!?何があった!?」
 再び扉を蹴破る音がして、飛び込んできたのは最後の守護神。
「・・・ジュピター?」
「ああマーズ、今変な悲鳴がっ・・・しかも何か血が点々と落ちてるしっ・・・」
「あなたこそその格好はなんなのよ!」
 部屋に飛び込んできたジュピターは、濡れた体にバスタオルを巻いただけと言う格好であったが。下ろした髪には少しだけ泡が残っており、恐らく入浴中に先ほどのヴィーナスの悲鳴を聞いて飛び出してきたのだろう。彼女らしいと言えばらしい。
「って、マーキュリー!!?」
 マーズの声に反応したジュピターはベッドに伏せるマーキュリーを見つけ、そこで慌てたようにベッドに駆け寄る。ヴィーナスの声を聞いて飛び込んできた割にヴィーナスが眼中に無い辺りは彼女の四守護神の扱い慣れを示している。
「・・・マーキュリーは問題ないから、とにかく、服を着なさい」
「・・・え、でも、何が・・・」
 見た目だけは確かに緊急事態だが、事実を全て把握しているマーズはもう説明するのも面倒くさいとため息をつく。マーズからの説明を望めないと知ったジュピターはマーキュリーの枕元で一通りおろおろしながらもその顔を覗きこむ。すると、虚ろだったマーキュリーの目が急に見開かれた。
 マーキュリーはそのまま光のような速さで両手で顔を覆う。そのあまりに突然の動作にマーズもジュピターも目を丸くした。
「ぐ・・・ごぼっ」
 そしてマーキュリーは一体何に反応したのか、指の隙間から血を噴き出して再びぐったりとしてしまった。一瞬だが真上に血が散るその光景は心底ホラー映画のようであり、マーズとジュピターの血の気が引く。
「ま、マーキュリー!?何!?吐血!?」
「・・・鼻血・・・じゃ、ないかしら?」
「落ち着いてる場合かっ!!」
 ジュピターは瞬間的にマーキュリーを抱き起こすとそのままぐったりしたままのマーキュリーを抱え洗面所まで駆けて行く。また床には点々と血の跡が続き、マーキュリーがどう移動したかの軌跡が明白であった。
 追いかける気にはならずため息をつくマーズに、しゃがみ込んでいたヴィーナスがぽつりと告げた。
「・・・マーキュリー・・・ジュピターのハダカ見て鼻血出したんじゃ・・・」
 マーズはそこで、優雅な回し蹴りをヴィーナスに極めた。戦士の名に恥じない、見事な一撃だった。
 また部屋に血の雨が降った。


 しばらくしてマーキュリーを抱えながら出てきて、ベッドに寝かせて無言でてきぱきと然るべき処置をし、大きく息をついてベッドに腰かけたジュピターは、大変扇情的だった。濡れて微かに透けているバスタオルを纏っただけの姿にすらりと長い足を組んで、意図があるのか無いのか無意味に際どいポーズをマーズに見せ付けていた。
 しかし何故か口の周りが血まみれであり、マーキュリーよりもあからさまにホラー映画の世界ではあったが。
 そこでジュピターは、エロいのかグロいのかよく分からない顔を歪ませ、大きく息を吸うとマーズにカミナリを落とした。
「アホか、お前っ!!」
「ちょ・・・なんで私を怒るのよ!」
「鼻血出した人の顔上に向けちゃ駄目だろうが!意識ないから喉と鼻に血が詰まってたんだよ死ぬとこだったぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
「あ、じゃねえよ!あそこでマーキュリーが血ぃ吐いてなかったらあたしも見落とすとこだったんだから!お前はあたしらのブレーンを殺す気かっ!」
「・・・原因はヴィーナスじゃない」
「黙れ。お前も同罪だ」
「なっ・・・」
 マーズは納得出来なかった。しかし言い返せなかった。確かに冷静になってみればどうしてそれぐらいのことが分からなかったのだろうと思う。ただの鼻血と侮っていたのと、マーキュリーの奇行の原因が分かって気が抜けた部分はあった。
 だからって、と思ってしまう自分がいかに傲慢かは分かっていたが、それでも心は言うことを聞かない。
「マーキュリーはあたしの部屋に連れて行く」
 ジュピターはふん、と鼻を鳴らすとやはり意識の無いマーキュリーを再び抱える。肩を担いだマーズとは違い軽々と抱くその姿は頼もしく、しかしぐったりした女性を口の周りが血まみれの女性が抱いている、と言う構図はやはりホラーであった。
 ジュピターはマーズに冷たい一瞥をくれると、さっさと踵を返した。マーズはジュピターの背中を睨むしかできない。引き止めてどうしたいと言うことが具体的に浮かばないが、それでも引き止めたかった。
 そう思っていたらジュピターはふと足を止める。しかしそれはマーズの思いが通じたわけではなく、転がっていたはずのヴィーナスがいつの間にやらジュピターとドアの間に立ちふさがっていただけだった。
「どけ」
 ジュピターの言葉はぶっきらぼうと言うよりは冷酷だった。その響きは直接向けられているわけではないマーズですら寒気を覚えるほど。しかしマーズからジュピターの肩越しに見えるヴィーナスの表情は不敵ですらあった。
「ここはあたしの部屋よ。勝手なことをされちゃ困るのよね」
「お前らにマーキュリーは任せられない」
「それはお互い様じゃない?」
「・・・どういう意味だ?」
「そのうち分かるわよ。ところで、口の周り拭いた方がいいんじゃない?それ、マーキュリーの鼻とか喉の血吸い出したんでしょ?口付けて」
「・・・そうしないと死ぬと思ったからだ」
「あーあー、マーズが泣くわよ」
「知るか」
「まあ、確かにそれはあなたたちの問題ね。でもマーキュリーは置いていってもらうわよ」
「・・・その気が、無いって言ったら」
「奪うしかないわねー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あなただってマーキュリーを抱えたままあたしと戦いたくないでしょ。そんな格好だし、ましてや後ろにマーズがいるもんね?」
 ヴィーナスの挑発は続く。
 確かに今ヴィーナスと戦っても勝ち目はない上に、攻撃をかわせばマーズに当たる可能性もある。そしてマーキュリーを動かすのも好ましいとは思えない。ジュピターは形勢の不利を感じ、舌打ちをしてマーキュリーをベッドに戻した。
 殺気立った気配と裏腹にその手つきは酷く繊細で、それはジュピター特有の仕草だった。
「・・・廊下まで血落ちてるぞ。掃除しろよ」
「は~い。あ、ジュピター?」
「・・・・・・・・・・?」
「いい夜をね~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ヴィーナスの軽口に振り返ることも無くジュピターは去っていく。ドアを乱暴に閉める音でマーズも不意に我に返った。しかしその時点で既にヴィーナスに背後を取られていた。
 そして耳元で囁かれた。先ほどまでふざけていたとは思えない口調で。
「あなたも、出て行くのね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「マーキュリーは心配ないわ。ジュピターが・・・そう、キスしてくれたものね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、く」
「でもそれによってちょっと面白いことになりそうなのよ。ジュピターが大切なら、今夜ジュピターから目を離さないほうがいいわよ?」
「・・・どういうこと?」
「自分で確認したら?」
 にこにことヴィーナスは笑うだけだ。どうせ問い詰めたところでまともな答えが返って来ることはあるまい。マーズは奥歯を鳴らすと、ヴィーナスを振り払うように部屋から出て行った。


 未だ点々と血痕の残る室内でヴィーナスは大きく息をつくと、ベッドサイドまで足を引きずるように歩み寄り腰を下ろした。ベッドではマーキュリーが死んだように眠っている。
 予想外だが、自分以外はわりと幸せになれるんじゃないかと口をむにゃむにゃと動かし、マーキュリーの髪を撫でた。
「ジュピターとマーズは熱い夜を過ごすのかしらねぇ」
 ジュピターがマーズに妙に攻撃的だったり、そのくせ自分との戦闘はあっさり引き下がったりなどと言ったことは、恐らく自分が盛った媚薬の影響だろう。数倍の濃さを摂取してるマーキュリーに、ましてや血まみれの個所に直に口を付けたとあっては、マーキュリーから出汁が良く出ていたことだろう。
 元々自分がマーキュリーに期待した結果をジュピターにもたらすのではないだろうか。そして、そうなった場合間違いが万一でも起こらないよう先にパートナーをあてがっておくのは、愛の女神としてかなり配慮したつもりである。マーキュリーとジュピターを同室にするのも避けたかった。
「・・・それにしても」
 マーズはマーキュリーの処置があまりにも不適切であった。現にマーキュリーは本当にマーズのミスで死にかけたのである。遠まわしに鼻栓を止めても聞かないし、あそこでジュピターが飛び込んでこなければ自分が血を吐かせなければならなかった。
 そしてジュピター。何が起こってるかも分からない現場にあのような格好で飛び込んできたこと、そして血を吐いていると言うことは未知のウイルスに侵されている可能性もあると言うのに、直にマーキュリーに口を付け血を吸いだしたり。
 二人とも戦士としてあまりにも未熟さが目立った。
 まだ幼い。まだまだ幼い。
「あなたもよぅ。マーキュリー」
 薬を盛られてしまうブレーンはどうかと正直思う、とヴィーナスは自分が元凶ながら不遜にもそんなことを思う。気づいたのなら彼女の戦士としての成長を素直に喜ぶし、気づかなければそれは彼女が未熟と言うことで、それはそれで罰として夜を楽しませてもらう気ではいたのに。
 ある程度薬に耐性はありそうだし、まさか堅物の彼女が見境がなくなるとは思わなかったのだが。マーズに襲い掛かってジュピターにキスされて、それでも自分には指一本も触れてくれないこの現状。ある意味ガードの固さは相変わらず。
「もう、ならこっちから襲っちゃうわよ」
 ヴィーナスは口ではそう言うものの、リアクションは期待できないしこちらも媚薬の出汁の影響を受けかねないし行為の最中にまた鼻血でも出されたらマーキュリーの命に関わることだろう。今日は未熟な二人に夜の楽しみを譲って大人しくしてるのが得策というもの。
「・・・・・・・・・・・はぁ」
 ヴィーナスはため息をつき、それでも今夜はマーキュリーの傍に控えていることに決める。埋め合わせはいつかしてもらう、と、マーキュリーにとっては全く押し付けがましいことを思いながら水を汲み直しに行った。


 パレスの夜は、いつもと何も変わりないよう静かに静かに更けて行く。



          ***************

 続きます。お待ちかね?の18禁で。
 もう見て分かると思いますが、ヴィーナスは美奈子と違ってそんなに紳士的ではありません(笑)
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