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緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

癒しの音 528Hz

2019-07-06 12:15:02 | 心理
長いこと睡眠時間が4時間台と短い。
通勤のバスや電車の中、仕事中も睡魔に襲われる。
大変なのは仕事の打ち合わせの時。
もう半分眠りながら話をしているような状況だ。
はっきりいって健康にも良くない。
今日、明日とあいにく天気が良くないので家でゆっくり休むことにする。

先日のマンドリンクラブの演奏会本番で初めて電子チューナーを使った。
はっきり言って電子チューナーは使いたくないでのあるが、音叉だと周りの音にかき消されて聴こえないのだ。
やくなく5弦の基音だけ電子チューナーを目で見て合わせることにした。
5弦以外の弦は今までどおりの調弦方法だ。

因みに学生時代のマンドリンクラブでは、ギタートップがアナログ式(針が振れる)のチューナー(その前は音叉だった)で開放5弦をAに合わせ、次にパート員がトップが鳴らす5弦の開放弦を聴きながら、自分の楽器の5弦開放を鳴らし、耳を澄まして、両者の音の「うねり」がなくなるまで合わせていく、という方法だった。
5弦がトップと完全に合えば、あとは各自5弦以外の弦の調弦をするやり方だった。

やっぱり調弦は音叉に限る。
音叉の音が好きだ。
電子チューナーなんて使うもんじゃない。

下の音叉は440Hz。
ちょっと大きめのサイズだ。



マンドリン合奏を再開するまで、独奏で長く使ってきた音叉だ。
金色のメッキがしてあったが、持つ所が剥げてきている。



素材はなんだろう。
真鍮か?
メッキは何メッキか。

下の写真の音叉は442Hzでマンドリン合奏を再開してから買ったもの。



まだ新しい。
大きいサイズの音叉の方が若干大きな音がする。
この音叉は品質が良い。
材質は何だろう?
真鍮にニッケルメッキをしたものではないかと思う。

この音叉を収納するのみぴったりのケースを去年、実家に帰省した折、実家の最寄の駅構内でたまたま売っていたのを見つけた。



受刑者が刑務所で製作したものだという。
ペンケースとして売られていた。
色はココア色だ。
本革製だが値段は安かった。
このケースがあると、音叉を探すためにかばんをひっかきまわさなくても済む。

最近、アマゾンで音叉を見ていたら、楽器の調律には使わない音叉を見つけた。
何のための音叉かと思ったら、心や体を癒すものだという。
寝不足で疲れている自分に効果があるかもしれないと思って買ってみた。



材質はアルミ合金製で大きさのわりには軽い。
写真のバチで音叉を叩いて音を出す。
440Hzより高い音だ。
余韻も長い。

説明書には、ソルフェジオ周波数の音階の1つで、「幸せの周波数」、「奇蹟の音」と言われていると書かれていた。
本当かな?、という気がするが、さらに説明書を読んでみると、ソルフェジオ周波数528Hzは、グレゴリオ聖歌などで使われた奇蹟を起こすと信じられた古代の音階で、その周波数ごとに肉体や精神に様々な作用を及ぼすことが分かってきた、とのこと。
グレゴリオ聖歌は以前、催眠作用があると聞いたことがある。
(CD、持ってます)
528Hzの音叉は人間の体細胞と遺伝を司る[DNA]を正常化するといわれることから、ヒーリングやリラクゼーションなどの癒しのツールとして、医療、整体など様々な分野で使われているとのことだ。
買った音叉には「DNA」と刻印されていた。



最近、Youtubeでこの528Hzの音叉を連続して鳴らしている録画を見つけた。

深い眠りへと誘う


私はこの録音を聴いて、だいたいは眠くなる。
いい音だ。
人によって感じ方はさまざまであろうが、試してみてはいかがでしょうか。

コメント

音楽が心に与えるものを考える

2015-09-20 00:58:28 | 心理
1か月前の新聞記事であろうか。
日付をメモしておかなかったが、その頃に読んだ新聞記事のスクラップを目にした。



音楽療法士として米国で活動し、現在は青森で音楽療法の仕事を続ける佐藤由美子さんを紹介した記事であった。
佐藤さんは6年前の夏、うつ病の日本人女性と出会った。その女性は15歳の時、本土空襲と沖縄戦で両親と姉弟を失い、「何で私だけ生き残ったのか」と自分を責め続けて生きてきたという。
ギターを伴奏に日本の唱歌を歌うことを重ねていくうちに、封印していた戦争のことを思い出し、最後は「生き抜きたい」と思うようになる。
佐藤さんはその時、「言葉の届かない心の深いところに、音楽は響くと感じた」という。

佐藤さんが音楽療法の道に進んだきっかけは、幼いころからいじめを受けて、うつ病で引きこもってきた兄の存在がある。日本は弱い立場の人が生きづらいと思ったという。
その兄は30代の若さで亡くなった。

現在の日本はうつ病などで年間3万人もの人が自殺しているという。
うつ病を体験した人ならわかるだろうが、薬で治るのは生物学的な原因による発病によるものであり、複雑な精神的要因により引き起こされたものは薬を飲んでも治らない。
薬は苦しい症状を麻痺させることだけしか効力を持たない。
今はうつ病になっても堂々と仕事や学校をリタイアできるが、昔はそうはいかなかった。だからうつ病であることを隠したり、あるいはうつ病であることに自分自身も気が付かずに仕事を続けて、とうとう力尽き自殺してしまうこともあった。私の身近にもこのような運命を辿った方がいる。

うつ病などの心の苦しみの殆どの原因は、恒常的に自分を責め、否定する心の姿勢が、自分の意思ではどうすることもできないくらい強固に形成されていることにある。
うつ病などの心の苦しみからどうしたら解放できるかを述べるには、本1冊分の分量にもなってしまうであろうが、一言で言うならば、上記のような心の姿勢が無意識の領域に根雪のように形成されていることに対する気付きを得ることと、その姿勢を少しづつ打ちこわして(矯正して)いくことである。
このプロセスを経ていくうちに、自然と心の深いところから自己を受け入れる気持ちが芽生えてくる。
自己肯定とは手段ではなく、結果なのである。まずは自分を苦しめるものに対する気づき(直視)であり、それができると良くも悪くも自己を受け入れられるようになる。

音楽が人の心の苦しみを和らげたり、苦しみを共有してくれたり、あるいは前向きなエネルギーを与えてくれたり、心の奥底に堆積していた感情を開放してくれたり、という効能があるのは間違いない。
ただ音楽にも人の心の状態により適否や聴くタイミングというものがある。
私は20代の苦しかった頃、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を何度も聴き続けていたことがあった。
同じ演奏者だけでなく、もっと自分の苦しみに共感する演奏を求め続け、当時売られていたこの曲のCDの殆ど全てを買って聴きまくった。それはまさに本能が求めているようなものであった。
この曲が自分の苦しみにどのように作用したかははっきりとは説明できない。しかしこの曲を聴き続けることで、私はある何か一種のカタルシスを得たような気がした。

数年前にある曲がきっかけで合唱曲にのめりこんだ。
その曲は「木琴」という曲であった。
この曲は私が今までの人生で最も楽しかった中学校3年生の時に、地区の合唱大会で歌った思い出の曲である。
その後私はこの曲の題名は忘れてしまったが、歌の旋律はどうしても忘れることが出来なかった。
社会人になってからも、この曲がふと頭に流れてくることが何度かあった。そしてこの曲を「もう一度聴きたい」と思うようになったが、私はこの曲の曲名を「妹よ」ではないかと思いこんでいたので、いくら探しても録音等を探し出すことが出来なかったのである。
数年前にこの「木琴」をYoutubeで偶然見つけて数十年ぶりに聴いたのであるが、その時に、心に堆積していた感情がとめどもなくあふれ出てきたのが思い出される。
そしてこの曲をその後2か月くらい毎日むさぼるように聴き続けたのであるが、この過程で心に長年堆積していたものが少しずつ流され浄化されていくのを感じた。

この体験をきっかけに、高校生の合唱曲を聴くようになり、NHKなどのコンクールの演奏をたくさん聴くようになったが、その中で、「心の深いところに響く」、「聴いていて眠っている感情が掘り起こされる」ような演奏に出会った。この演奏との出会いは衝撃的であったので紹介しておきたい。


①石田衣良作曲、大島ミチル作詞 あの空へ~青のジャンプ~
 演奏:愛媛県立西条高等学校 (平成21年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部 全国大会)

②千原英喜作曲 近松門左衛門作詞 混声合唱のための「ラプソディ・イン・チカマツ」から壱の段
 演奏:愛媛県立西条高等学校 (平成21年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部 全国大会)



③三善晃作曲、谷川俊太郎作詞、混声合唱のための「地球へのバラード」より、沈黙の名
 演奏:北海道立札幌北高等学校 (平成12年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部 全国大会)

この演奏は以前の記事でも取り上げたので重複するが、改めて掲載しておきたい。
①と②はCDを持っているので家で聴けるが、③は廃盤となっており、また中古でも出ることはないから、東京上野の音楽資料室まで行って聴かせてもらうのである。今日も聴いてきたところだ。

また合唱曲以外でも、私のメンタル面で非常に大きな影響を与えた演奏として次のものがある。

④ルードヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン作曲、ピアノソナタ第32番 Op.111
 演奏:マリヤ・グリンベルク(1961年録音、トリトン盤)



⑤ルードヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン作曲、ピアノソナタ第31番 Op.110
演奏:マリヤ・グリンベルク(1966年録音、メロディア盤)



他にもあるのだが、取り合えずこのくらいにとどめておきたい。

これらの演奏に共通しているのは、聴く者の心の深いところまで届くほどの強い感情エネルギーを演奏に秘めていることである。
「強い」というのは音の大きさのことではない。耳で感じられない、感情の強さというものである。
そしてこれらの演奏は信じられないほどの高い集中力に満ちている。
この次元の高い集中力と演奏者の無心とも言える感情エネルギーの強さが聴き手の心の奥の核となるものに触れ、それまで眠っていた感情が引き出されるのである。
この「感情エネルギー」の元になっているものは何であろうか。演奏者の心から出ていることは間違いないが、そのことについてここで述べることは控えたい。
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