”Vasmalom”
1980年代の終わりから90年代のはじめにかけては、東欧の一党独裁政権の将棋倒し的崩壊やソビエト連邦の分裂などなど、東ヨーロッパの共産圏諸国が激動した時期といえるだろう。
そして能天気なワールドミュージック・ファンたるこちらとしても、歴史の大きな変換点に立ち会うことの興奮などもそれなりに感じ、なにより、「このような社会の急変に巻き込まれることにより、東欧各国では、相当に面白い音楽的動きが生ずるのではないか、そして改革が進み、風通しの良くなったそれらの地域からは、新しい音楽の情報も続々と入ってくるのではないか」などと大いに期待をさせられたものだった。
それ以前に、細々とそれなりに、とでもいう形ではあったが聴いていた東欧やロシアの音楽には、なかなかに期待をそそられるものも多かった。なにより、アジアとヨーロッパ、イスラム教文化とキリスト教文化の激突地帯である。民俗音楽のレコードなどを通して、独特のスリリングな響きを持つ東欧音楽の存在は確認済みだった。
さらに70年代、すでにフランスのレーベルからその片鱗が紹介されていたハンガリーのトラッド会の動きや、当時の政権に弾圧されつつもその監視の間隙を縫うように活動を続ける東欧各国のロックバンドの動きなど、非常に魅惑的に感じられたものだった。
これが社会の改革開放によって、より自由に活動を行なうようになれば、激変する社会に生きる刺激なども当然加味もされ、凄いことになるんじゃないか、などなど。
が・・・現実に90年代の新しい時代の扉が開いてみれば・・・実情は期待したほどでもなく、むしろ、これはまあ私の場合は、なのかも知れないが、それ以前より情報も音楽そのものも入って来なくなったのが実情だった。
「まあ、社会がそれなりに落ち着くまで、しばらくは音楽どころじゃないのかも知れないなあ」などと、これも新政権樹立のなったアルバニアの地で、なんともレベルの低いネズミ講もどきの騒ぎが起こった事を伝えるニュースなどをテレビで見ながら、呟いたりすることと相成った次第だが。
そんな拍子抜けの私の元に90年代初めに届けられたのが、”東欧圏初のインディーズのアルバム”なる触れ込み付きの”Vasmalom”のデビュー・アルバムだった。ハンガリーの新進トラッド・バンドとのこと。ハンガリーのトラッド・シーンが相当に意欲的な動きをしているのは先に書いたとおり、フランスのあるレーベル提供の何枚かのアルバムで知っていたので、これは期待できた。
まだ”アナログ盤新譜”も健在だった時代の話である。やや粗雑な紙質のジャケに収められたアナログ盤の重み。モノクロームで印刷された、男女5人のメンバーが風に吹かれ、ハンガリーの荒野に立つジャケ写真の”ヨーロッパの奥地”イメージが印象的だった。
そして。盤に針を落として飛び出してきた音は、まさに期待通りに刺激的だった!
ハンガリーのトラッドをベースとし、バルカン半島各地の独特の音素のさまざまなブレンドを行なったそれは、暗く重い激情に満たされ、歴史に揺籃される東欧の地の奥深くから響いてくる地鳴りのようにも聞こえた。
電気楽器等を使わず、あくまでも東欧の伝統楽器のみによる音作りであるのも、彼らの音楽的冒険を地に足の着いた仕上がりにし、その凄みを増すことに成功していた。
独特のイスラミックな旋律を吹き鳴らす木管楽器群と、強烈に小アジア風味を掻き立てるパーカッション群は、音の迷宮としてのバルカン半島を強力に描き出して見せた。
「こいつは・・・凄いよ」このアルバム、私はその年の年間ベストアルバムに選出した覚えがある。確かに、新しい東欧の歴史の扉を開くにふさわしい作品と確信できた。
その後、Vasmalomというバンドはいまだ存在し、意欲的な音楽活動を続け、アルバムも私が確認しただけで3枚を数えているのだが、あの時の1stアルバムほどの衝撃はない。センスの良いトラッドバンドによる優れたトラッドアルバムではあるのだが、時代のしかるべきポイントでしか出せない奇跡の音というのは、やはりあるようである。