goo blog サービス終了のお知らせ 

ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

FAIZ! GO! FAIZ!

2007-05-04 03:47:36 | イスラム世界


 ”L'AMOUR DE TOI ME FAIT DANSER”by FAIZ ALI FAIZ

 いつぞや、ブログで話題にした記憶があるんだけど、同じワールドミュージック・ファンと掲示板上などで知り合うと必ず、「どんな音楽が好きですか?ボクはセネガルとパキスタンしか聴きません」と話しかける御仁がいました。で、それから何か話題が進展するかと思いきや、それだけ言ってもう、その掲示板上には姿を現さなくなってしまったりする。

 要するにこの人物、自分を「セネガルとパキスタンの音楽しか聴かないヒト」と認識してもらえばそれで十分、後のことはどうでもいいって考えの持ち主なんですね。なんなんだろうなあ?最初に発する「どんな音楽が好きですか?」ってのも、特に相手の嗜好に興味があるんじゃなくて、自分の宣言(?)のイントロみたいなものなのでありましょう。相手がなんと答えようと、それに対するリアクションやら会話の拡大なんてあったためしがないものね。

 え~と、虚しい話題を何度も繰り返しても仕方ないですが、その人物が「ボクはセネガルとパキスタンしか聴きません」と宣言した際、そこが画像の貼れる掲示板だった時に、決まって貼っていったのが、巨大なヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのステージ姿だったのでありました。かのパキスタンの宗教音楽、カッワーリーの巨人でありますね。

 イスラム教はスーフィー派の宗教音楽、カッワーリーも濃厚な音楽で、ことにこのヌスラットの音楽はパワフルにして品格があり、作品としての出来上がりも精緻、ということで、ともかく聴き始めの頃は彼ばかり追いかけていたものでした、私も。

 タブラと手拍子で打ち込まれる地を揺るがすビートに身をゆだねるも良し、音名をサ~リ~ガ~マ~♪と歌い上げる形でボーカルによるインプロヴィゼーションを繰り広げる様をまるでよく出来たジャズを聴くように楽しむも良し。ずいぶんCDも集めたものだなあ。

 が、時は流れ、ヌスラットも故人となり、いつの間にか何とはなしにカッワーリーに耳を傾ける機会も、あまりなくなっていったのでした。たまに聞く気持ちを起こしても、プレイヤーに乗せるのはヌスラットの盤ではなく、かっては「なんか粗野だなあ」と、あまり評価していなかったワイルドなカッワーリー歌手、アジス・ミアンの盤だったりする。

 ここのところ、ちょっと面白いといえば面白いのであって。聴きなれたものとなって行くうちに、芸術的な豊饒を感じさせるヌスラットよりも、より荒削りで下世話な感じのあるミアンの音楽に魅力を感じてしまうようになった。これはなんだ?
 ・・・いや、これも以前、ブログに書いたかな。結論はいずれにせよ出なかったんだけど。まあとりあえず閑話休題。

 そんな次第で、やや疎遠になっていたカッワーリーを、再び情熱を持って聞く気にさせてくれた盤をご紹介。FAIZ ALI FAIZ なる中堅カッワーリー歌手が2004年に発表した”L'AMOUR DE TOI ME FAIT DANSER ”なる作品です。

 もうモロに”わが師、ヌスラットに捧ぐ”となっている位で、確かにヌスラット調のカッワーリーを聴かせるんだけれど、その若さ(とはいっても実年齢はすでにチューネンではあるが)ゆえもあってか、なかなかに生々しい息遣いを感じさせる出来上がりとなっており、そのメリスマのかかったシャウトには、大いに血の騒ぐ思いがする。

 なにやら、その汗臭い雰囲気からは、パキスタンの町の雑踏の人いきれなんかがリアルに伝わってくるのだ。芸術的完成度よりも、パキスタンの人々のラフな生活実感が、その音楽には脈打っているのである。こいつはたまらないね。

 FAIZのアルバムは、もう10年位前になるのか、一枚買って持っていたんだけど、どこか若さゆえの生硬さを感じてしまい、正直言ってあまり乗り切れなくて手放してしまったものです。まあそれが立派におなりになって・・・などと間の抜けたセリフなど言ってみるのだが。

 それにしても「パキスタンとセネガルしか聴きません」の御仁、今でも同じ事を会う人ごとに言っているのかなあ。まあ、余計なお世話だが。

それはチクタクと近付き・・・

2007-05-03 03:53:27 | 音楽論など


 尾崎豊のパロディをやる芸人てのがいますね?破れたジーンズはいて出てきて、なにやら思い入れたっぷりの絶叫調のギャグをかます。「コンビニで温められてしまった、弁当の隅の漬物が叫んだ。”俺が欲しかったのはこんな生暖かさじゃねえ!”と」なんて調子の。
 たまに見ると結構笑わされるのだが、まあ、たまにしか見たことないな。

 その尾崎(本物の方)であるが、こちらはすでにオトナになってから彼の音楽に接したので、その思い入れたっぷりな音楽はむしろ滑稽に感じられて、「これはパロディにしたらおかしいだろうな」というのがまあ、最初の感想だったのだが、あれにリアルタイムの青少年当時に接していたらどうなんだろう?

 意外に夢中になっていたんだろうか?それともやっぱり、というか今に倍加して「ケッ!」だったんだろうか。
 なんとも分からないよな、ロックに夢中の高校生だった自分など思いだすに。どちらの反応だったとしても不思議はない。

 昨夜遅くにNHK総合で、チューリップってバンドのリーダーの特集番組みたいなものをやっていて、こちらはまるで彼のファンだったことなんかないのだが、チャンネルを変えるのも面倒なレイジーな性格ゆえ、ネットをやりながらつい横目で、最初から最後まで見てしまった。

 まあ特に感ずるところもなかったのだが、彼なんかを見るといつも思うことがある。
 当時。というのは彼のバンドなどが世に出た70年代初頭の話なのだが、彼らを含む”売れ線のフォークとロックの関係者”たちは”ヒット曲を出す”事に関して、決まってこんな”言い訳”をしていた。

 「ボクらには叶えたい夢がある。その夢の実現のために、今はこのような歌が必要なんです」と。

 まだ、”売れる音楽”をやってしまうことが”商業主義に身を売る”罪を意味する、なんて解釈がまかり通っていた時代ゆえ、そんな事を言ったりもしなければならなかったんだろうか。で、当時の私のその件に対する感想としては、「別にお前らがどんな音楽をやろうと俺は興味ないから、勝手にやれよ。つまんない言い訳はいいからさ」だったのだが。

 で、今にして思うのだが。彼らの”叶えたい夢”ってのは、どうなったのだろう?その夢なるものが叶ったのが、今のこの世の中なんだろうか。まあ、問うてみる事自体、「あんた、なに言ってんの?」と聞き返されるような形勢になってしまっているが、いや、教えて欲しいものだと思うよ、時々。

モルドバ河はどこを流れる?

2007-05-02 01:38:08 | ヨーロッパ


 ”Scrisoare mamei”by Daniela Mudreac

 初めて聞くモルドバ共和国の歌手のアルバムである。と言ってもたいていの人は「どこにあるんだ、その国は?」って反応だろうけど。

 昔々、まだニュースステーションをやっていた頃に久米宏がこの小国に関するニュースを読み上げるのを見ていたんで、私にはモルドバがウクライナとルーマニアの間に挟まれた細長い国で、国民はルーマニア・ルーツの人々である、なんて程度の知識は持っている。
 当時はまだソビエト連邦というものが存在していて、モルドバはそれを構成する共和国の一つだった。そして、例の”独裁者チャウシェスク”の倒れた後のルーマニアへ、モルドバの人々は国ごとの帰属を求めて運動を起こしている、なんてのが久米の読み上げたニュースの内容だった。

 その後、モルドバ共和国がどのような道を辿ったのか、詳しくは知らない。分離したかったソビエト連邦はもう存在しなくなって久しい。そこからとうに独立はしたものの、ルーマニアへの帰属は、いまだ行なわれていないようだ。

 アルバムの主人公であるダニエラのルックスは、ディートリッヒ風というべきか、ヨーロッパの深い深い歴史の懐に煮詰められたみたいな、それだけでロマンを感じさせる雰囲気がある。CDの表ジャケに彼女の写真が使われていないのが、いかにも惜しいと思うんだが。

 音楽的には、ルーマニア・ルーツも何もあるものかというか、むしろ70年代のアメリカのシンガー・ソングライターなどの世界を思わせる部分もある。メロディの流れやアレンジの感触に、あの頃のアメリカの、都会派の女性フォークシンガーみたいな手触りが仄見えている。

 私が普段耳にしているルーマニアのポップスの、いかにもバルカンらしく、どこかに中東の匂いが漂う”ヨーロッパの第三世界”的な猥雑なパワーとは大分かけ離れた、まあ行ってみればインテリ臭い音楽で、そこだけで考えれば、どういう次第で引かれた国境線なのか知らないが、モルドバの人々とルーマニアの人々との感性は流れすぎた時間の間で、ずいぶんかけ離れてしまったといえるのかも知れない。などと、このCD一枚聞いただけで言う私も相当に乱暴だが。

 ただ、アメリカの歌手だったらきれいな高音で歌い上げてしまうところを、ややくすんだ色合いの声で内向きに歌いついで行くところに、いかにもヨーロッパの陰りを感じさせる。そいつが歌い手のルックスともあいまって、エキゾチックな”東欧の哀愁”をそこはかとなく醸し出しているのが、この歌い手の魅力といえようか。

 2曲だけ、”Folk”と銘打たれたトラッド調の曲が収められている。これは強力にバルカンの血が香り、むしろ私はこちらの方をメインに聴かせて欲しいくらいなのだが、これらの曲調などは、今度はルーマニアというよりはハンガリーあたりの伝承音楽をむしろ想起させるものがある。
 そのあたり、やはり同じルーツの民族とは言っても、すれ違う部分は結構あるんではないかなあなどと想像してしまうのだが。

 もともとは古く洗練された文化を持ちながら、激動する時代に押し流される小国の悲哀を味わい、今ではヨーロッパの最貧国の一つとなっているというモルドバ。検索して出て来たモルドバの街角の、明るい陽の差す表通りと人々の笑顔の写真を信じたい。

百万本のバラ、萎れて腐れば

2007-04-30 01:23:18 | その他の日本の音楽



 夕食を食べながらだったので油断をして、ついうっかりテレビで加藤登紀子の青春記というか、ダンナとの思い出物語などを見てしまう。まあ、昔からこのヒトは嫌いです。彼女をお好きな方はこの先を読まないでいただきたい。

 で、番組の冒頭、彼女が自分の店で”百万本のバラ”をボサノバのリズムで歌うのが映し出され、「ロシアのヒット曲をボサノバでって、どういう感性だ。たとえオリジナルがボサノバで歌われていたとしたってボサノバのアレンジでは歌うべきではないのに」と呆れたのだが、そう、ここでチャンエルを変えておけば良かったのだろう。

 まあ、内容は紹介するようなものではないです。歌手稼業をやっているさなかに、学生運動の委員長だかなんだかをやっている男と出会い、恋愛関係に。やがてダンナは首相官邸への突入を試みて逮捕され。

 (ここで首をかしげてしまったのだが、官邸に突入して、それで何をどうする気でいたのだろうか?結局、タイホされて終わりだろう。理由を問えばおそらくややこしい闘争論理が延々と返って来るんだろうけど、その内実は安いヒロイズムだけじゃないのかなあ)

 続きだが。そしてダンナは逮捕されムショ送りとなり、彼女は自分が妊娠しているのに気付く。

 もうさあ、絵に描いたような世界ですわね。私は若い頃、ワンランク社会意識の高い東大生歌手でございました。学生運動の闘士と恋愛関係でございました。しかもペーペーの活動家じゃないぞ、委員長だぞ。一般社会の因習に閉じ込められた考え方はしないので、好きな時に子供とかも生んでしまうぞ。
 昔、早川義夫氏が、加藤登紀子の臭い臭いステージに辟易して野次を飛ばした思い出など書いておられたけど、もう、その種の臭さが臆面もなく場面に充満する。

 新宿ゴールデン街(だよね。出ると思った、この場所)に昔馴染みの飲み屋をたずねると、かっての名物女主人はもう亡くなっていたけれど、彼女とダンナの昔の馴染みと言う客が”偶然”居合わせる。しかも彼は”在日”のヒトである。もう、どこまでもどこまでも絵に描いたような”定番”の連発。

 昔のサヨクのヒトの格好の酒の肴、みたいな話ですな。「俺も若い頃は、権力と戦ったもんだ」なんて言ってねえ。彼女はその夢の具現化のごとき一幕芝居を演じて見せる。そんな彼女を「オトキさん」とか呼んで(ゾワ^_^;)良い調子に酔っ払える種族の愛玩物として。
 私はもちろん、そんな人種ではないんで、その一幕芝居に「臭い」と顔をしかめる権利がある。

 そして彼女はダンナとの思い出の場所である京都なども訪ね、かっての学生運動の”闘志”連中とエリート臭フンプンたる”思い出話”に興ずるのである。いいけどさあ、”同窓会”なんか勝手にやってれば。ただ、テレビなんかで臆面もなく全国中継するなっていうんだよなあ。

 それにしても、そこで語られる亡きダンナの肖像ってのが、昔のサヨクの典型なんだけど、それはつまり、ゴリゴリの”昔の日本の男”なんだよねえ。「お前らは余計な事を考えず、俺の言う事を聞いていればいいんだ」言いたいことは要するにこれだけね。
 私としては、自分がウヨクもサヨクもまったく信じる気になれない理由を再確認させていただきました。同じ人種じゃねえか、あいつら。右も左も。

 というわけで。まあ、今回の文章の音楽的な結論としては、「”百万本のバラ”をボサノバにアレンジして歌うな」これです。

フラミンゴ・セレナーデ

2007-04-29 02:39:18 | 北アメリカ


 ”Best of Flamingos”

 もはや過去の栄光という話もないではないが、とりあえず夜景が売りの一つとなっている観光地に住んでいる。が、その夜景の根幹を成すネオンの海の真ん中に住んでいては、逆にその光景を楽しむことは日常ではなかったりする。たまに、よその街に仕事やら遊びやらで出かけた帰り、車のハンドルを握りながら窓の向こうに展開する光の海を見ては「ははあ、なるほどこれが夜景か」などと、いまさらながらの事を思ったりする。

 でも、観光客たちはおそらく気がついていない。その光の海のあちこちに、深々と横たわる暗闇がある事を。昼間、そのあたりを通りかかれば、そこにはあたりを埃だらけにして老舗のホテルの解体工事が行なわれているのを見るだろう。
 経営の立ち行かなくなったそれらホテルがよその土地の資本に次々に買い取られ、リゾート・マンションに立て替えられるために続々と打ち壊されているのだ。

 健康のため、というかあまりみっともなく中年体型になりたくないので、日課としてウォーキングをしているのだが、時間の使い方がうまく行かず、歩く時間が取れないままに夜になってしまうことがある。夜になってからの観光地の繁華街、などというものはかなりウォーキングには向かない雰囲気なのだが、まあ、仕方がないので周囲の光景は無視していつものコースを歩く。

 暗くなり建物の輪郭の失われた夜の街は、ホテルやらマンションやらの窓から漏れる明かりの連鎖で描かれた抽象画みたいなものに姿を変えている。
 その光の連鎖は時に錯誤を生む。見慣れたホテルの最上階のバーで展開されている風景などを、はじめて見たもののように思い込ませたりする。

 あの豪華なシャンデリアは何だ?いやに高級そうなバーが出来ているじゃないか。・・・なに、昼間にそこを訪れてみれば見慣れた古ぼけたバーの風景があるだけで、すべては夜の明かりが生み出した錯覚と知るのだが。

 角度によっては、その最上階のバーが、夜の真ん中でポツンと明かりを燈しながら宙に浮かんでいるような幻想を生むこともある。
 どこか知らぬ宇宙の果てから飛来してきて、観光地の夜景の中に紛れ込んでプカリと浮かんでいる、空飛ぶ酒場。その中でカクテルのグラスを傾ける異星人たちは、弱肉強食の煉獄にいる我ら地球人の生き様を半ば同情、半ば軽蔑しつつ、静かに見下ろしている。

 50年代、人気黒人コーラスグループとして鳴らしたフラミンゴスのサウンドは、ずっと好きだった。代表作、”アイル・ビー・ホーム”が我が国ではポール・アンカのヴァージョンでしか知られていないのが、なんとも口惜しく思える。

 その、ボーカルだけでなくピアノやギターやドラムスや、ともかく収められている音のすべてに深いエコーのかかったような独特のサウンドは、”フラミンゴ・セレナーデ”とあだ名された。深々とした甘みを湛えた音の響きの幻想性は、黒人の魂が奥底に持っているトロリとした甘美さの具現化かと感じられる。

 青少年の頃のオノレの頭の固さと言うか教条主義振りというのか、を披露するようでかっこ悪いが、私は彼らフラミンゴスが、あのシカゴの町の出身で、しかもコアなアメリカ黒人大衆音楽の殿堂ともいうべきチェス・レーベルの所属と知った時、意外に感じたものだった。チェスって、ハードなシカゴ・ブルースで売っているレーベルじゃなかったっけ?フラミンゴスみたいな甘々なコーラス・グループなんて、なぜいるの?

 まあ、閑話休題。大衆音楽における甘ったるいラブ・バラードの重さ深さというもの、当時の私には、よく分かっていなかったのだ。

 そいつはまるで夜のシカゴの上空に浮かぶ幻想、湖からの強い風が四季を通じて吹き抜ける、ハードな街の見た夢だ。
 詩人、カール・サンドバーグが、”ガミガミ怒鳴る、でっかい肩幅の街”と歌った、大衆のエネルギーの躍動する街の上空にポッカリ浮かんだ、ピンクのカクテルの色をした幻想から降ってくる、フラミンゴのバラード・・・

カフェ・ナポレターナ

2007-04-28 02:14:48 | ヨーロッパ


 ”Cafe Napoletana”by Napoli Mandolin Orchestra

 あるバラエティ番組の人生相談のコーナーで美輪明宏先生が、あまりにもいじましく未練がましい視聴者からの恋の悩み相談に苛立ち、「そんなに恋しけりゃ、その女の窓辺に毎晩通ってマンドリン弾きながら恋の歌でも歌ってりゃいいのよっ!」と言い放ち、司会の明石家さんまが「マンドリン弾きながらて」と腹を抱えて笑っていたのを覚えているのだが。

 マンドリンの故郷であるイタリアには、そのようなマンドリン片手の恋の歌、”セレナータ”を想う女の窓辺でご本人の代わりに歌う恋歌代行業が、かってあったのだそうだ。

 で、そんなイタリアの人々の心とも言えるマンドリンの響きを今に蘇らせようとナポリ・マンドリン・アカデミーなる音楽院で1992年に結成されたのが、この”Napoli Mandolin Orchestra”であり、これは彼らが2003年に発表した初めてのアルバムである。

 マンドリンが5人、低音部マンドリンであるマンドラやマンドチェロが各2人、計9人のマンドリン弾きをメインとした18人編成のマンドリン・オーケストラ。豪華なものである。というか、そのようなものはイタリアに行けばゴロゴロあるのかと思っていたが、現状ではこれが精一杯のマンドリン復興事業であるらしいと聞き、意外に思っている次第である。

 収められているのは”オ・ソレミオ”のようなナポリ民謡からオペラの歌曲で名を売った作曲家の手になる作品までバラエティに富んでいるが、どれもナポリの土壌に根ざすものばかり。ナポリの田園生活から生まれたという独特の早い八分の六拍子のリズムである”タランテッラ”も頻繁に登場する。イタリア人の耳にも、これはかなり渋い選曲となるのではないか。

 当然ながら馥郁たるマンドリンの重奏の響きがメインとなるのだが、その音の録り方がなかなか独特なもので、これが本場の感覚なのか、それともちょっと変わった効果を狙ったのか、知りたい気がする。

 というのも、いかにもマンドリンらしいきらびやかな弦の響きを強調するというよりは、低音マンドリンの重々しい弦の鳴りが強調されてとらえられていたり、奏者が手に持ったピックを弦に押し当てはじく、その感触がリアルに拾われていたりする、そんな”弦楽器の生々しさ”を強調するミキシングとなっているのである。

 響き合い交錯する弦のざわめき。そんな音の波の間から浮かび上がってくるのは、古くから地中海に咲き乱れた、東西の歴史と文化の面影である。このようなマンドリンの音のとらえ方は、さすがマンドリンの故郷の人々の感覚なんだなあと感心してみるのだが、いやまあ、そんなもの、違法の音楽ファンのただの勘違いに過ぎないのかも知れない。

 陽光吹き零れる地中海を巡る潮のように、満ちては引く音の輝きこそすべて。さあ、マンドリンの輝きを楽しみたまへ。

ロック検定落第記

2007-04-25 06:13:36 | 音楽論など

 mixiの”ロック検定”にトライしてみる。が、最後まで行かないうちになにがなにやらさっぱり分からずで挫折する。10問も正解できなかったのではないか。

 ビートルズやストーンズのメンバーに関する話や、「ほう、”ロコモーションを歌ったのは誰か?”なんてのは渋い話題だなあ」とか感心しているうちは良かったのだが、「この”ニルヴァーナ”ってのは、複数の設問に顔を出すけど、大物なのか?」とか首をかしげている有様は、青少年諸君にはまさに過去の遺物ではあるまいか。

 いいんだけどね、それで。この歳で最新のロックに詳しかったりするのも、むしろおかしいんじゃないか。
 そりゃあそうだよなあ、最近のロックなんて、まるで聞いていないもの。

 いや、良く考えてみれば最近の、どころではなくて、私がロックに夢中になっていたのは60年代末期から70年代の中頃までの、ほんの数年だったのである。
 こんな風になってみるとロックなる音楽、わが生涯のほんの一時期に偏愛していた事もある音楽、なんて定義になってしまいかねない。ロックとは、遠きにありて思うもの、だなあ。

 とか何とか言いつつ音楽ファンだけはやめる気は無くて、というよりますます加熱し、今は世界のあちこちの”港々の歌謡曲”を漁りまわるワールドミュージック・ファン(この言い方もいかがなものかと思うんだが)をやっている。

 やっているのだが、これってロックを出発点にして、本来たどり着くべき”世界音楽愛好”に至ったのか、それとも、ロックにかってのように楽しみを見出せなくなってしまったから、その代りにそれ以外の地域の音楽の中に、かってロックがもたらしてくれたような熱狂を探しているのか。

 この辺が自分でも分からない。どちらも正解のような、どちらも見当外れのような気がしている。

 冒頭に掲げたのは、アメリカのルーツ・ロックのある方面での最高峰を極めたザ・バンドのアルバム、”カフーツ”のジャケット。

 このアルバムのあちこちに溢れるアメリカ南部はニューオリンズ音楽の香気に魅せられ、ニューオリンズか面するカリブ海の向こうに広がる世界には、そしてそのまたむこうには何があるのか、たまらない興味をかき立てられた。私の趣向がワールドミュージック方向に展開して行く、一つのきっかけを作ったアルバムだった。

仏教フォークは雲の上

2007-04-24 02:44:45 | アジア


 ”因此更美麗”by 齊豫

 その全体像を概要だけでも知りたいと思いつつも、相変らず茫洋たる謎の空間として存在し続ける、”東アジアの仏教系ポップス”シーン。
 いや、”シーン”と名付けるのが可能なほどの明確な形があるのやら、それ自体も分かりませんが。ともかく、仏教の影の差す大衆音楽が東アジアのあちこちに存在しているのだけは事実。
 とりあえず、その方面の一方の宝庫と言えそうな台湾からの一作を。2004年盤。

 ”齊豫”と書いて”チー・ユィー”と発音するようですが。台湾の美声歌手として、もう長いキャリアを重ねている女性であります。でも、見かけも声も凄く若々しくて、長いキャリアって実感が湧かない。このアルバムでも、御仏の前で歌を奏上するにふさわしい清浄な乙女の歌声を聞かせてくれます。

 収められているのは”懺悔文””大吉祥天女””般若波羅密多心経”の3曲のみ。とは言え、全体の収録時間は普通のCDと変わらないのであって、一曲一曲がいかに長いか。音盤一枚の中に、まことに悠揚たる時間が収められているわけですねえ。

 音楽的には、台湾独特のフォーク歌謡が基本となっているんですが、ほのかに読経っぽいニュアンスのメロディと感じられないこともない。ピアノ、生ギター、シンセなどが穏やかな起伏を織り成しながら静かに奏でられるうちに、そんなメロディがゆったりと歌い上げられて行く。一言一言をじっくり時間と想いを込めて。

 ラストの”般若心経”は、例のあのお経に曲を付け、全編歌ってしまうんですが、なにしろ「ギャーティギャーティハラギャーティ」なんてインパクト強い発音のお経なんで、どんな具合かと心配(?)したのですがね、聞いてみると実に愛らしいフォーク調のメロディが付けられている。このあたり、日本人との感覚の違いですかねえ。

 ともかく悠然たる時間の流れるこのCDのペースに気持ちを合わせて聴いていると、せわしない現世から離れて、水墨画なんかであるでしょう、山紫水明なる深山幽谷に庵を結んで瞑想にふける高僧にでもなった気分で、心洗われるんですなあ。

レバノンの一夜

2007-04-23 03:44:23 | イスラム世界


 ”2006”by Jacqueline

 ええい、もうしょうがないから、さっき偶然見つけたレバノンのカジノの映像でも貼っておくか。ともかく、こんな感じの音楽なんですよ。なんて言ってもますます分からんか。

 ワールドミュージック・ファンのこれがなかなか苦しいところで、手に入れた音源について何か知りたいとかアーティストの映像が欲しいとか思っても、とにかく検索の方法が分からない。ロシア文字やらハングルやらミャンマー文字やらタイ文字しかジャケに書かれていないCDについて調べようったって、どうすりゃいいのさ?

 というわけで、中東はレバノンの”Jacqueline”なる女性歌手のアルバムです。ともかくこれでもか!ってくらいな厚化粧をした歌手本人のジャケ写真の上には、ただひたすらアラビア文字が踊っておりまして、”2006”とあるから昨年出たアルバムなんだろうなあと想像されるけど、それ以外の何も分かりません。
 検索かけてみても、あのジョン・F・ケネディ大統領の妻だったジャクリーン夫人の情報とかが出てくるのみで、なにも分からず。といって、歌手名のスペルくらいしか検索のネタも無し。

 CDを廻して、まず出てくるのはシタールみたいな民俗楽器が意味ありげにクネクネと官能的なメロディを奏でるさま。ついで、バシバシと民俗打楽器と手拍子によるパワフルなアラビックなリズムが響きますが、どうもこれは打ち込み臭い。

 ブカブカと安易な作りのキーボードがかぶせられまして、どうにも下町の音楽の、独特なチープな匂いが横溢、といったところで、アルバムの主人公”Jacqueline”の、妖しげながらもパワフルな歌声が響きます。

 アラブ・ポップスというとやはり、豪快に打ち鳴らされるパーカッションと、ユニゾンで官能的な調べを奏でる大編成ストリングスの響きなどゴージャスな世界を考えてしまいますが、こいつはそれらとは別の世界に生きる音楽なのでありましょう。聴き進むと、アコーデイオンやらクラリネットがなかなか良い味を出して絡んで来ますが、いずれにせよ、下町キャバレー風味は一貫して流れ続ける。

 まあ、お酒ご法度のイスラム世界における場末のキャバレーって、どんな具合のものなのかよく分かりませんが、とりあえずはこの”Jacqueline”みたいなケバいおねーさんの濃厚サービスなんかもあるんでしょうなあ。

 どうもこれ、リズム打ち込み担当をかねたキーボード弾きと、曲ごとに入れ替わるシタールやらアコーディオンやらの”臭い楽器”担当者、この二人だけでバック・トラックを作ってはいないか?と、何曲か聴くうちに気がつきます。裏町風情、安易に一丁上がりの音楽性と来て、私はここで韓国のポンチャク・ミュージックなどを思い出してしまったのですが。

 実際、あのレベルのいわゆる一般大衆の生きる現場の本音を伝える音楽が、これなんでしょうねえ。アラブの体温みたいなものがネットリと伝わってくる一作なのでありました。

ナポリ、ナポリ、今度は勝つだろう

2007-04-21 00:54:06 | ヨーロッパ


 ”Le Favole Del Giardino”by Giardino Dei Semplici

 懐メロ頼りに生きるB級バンドとか、イタリアを代表するラヴ・ロックグループ、イ・プーのバッタもん、なんて悪口も言われるナポリっ子のロックバンド、”Giardino Dei Semplici”が、な~んか私は好きであります。

 何しろファンがこのバンドをほめる際にも「もっさりした田舎臭いところが良い」なんて表現なんだから、ほとんど救いというものがないが(笑)その、いかにもナポリ・ローカルな、のどかな良さというんですかね、そこが好きなんですねえ。

 この文章を書くためにネットを検索していたら、70年代、おりからイタリア・ロック界を覆ったプログレッシヴ・ロックのブームに乗る形でレコード会社にプッシュされデビューしたものの、もともと持っているドン臭さゆえ波に乗り切れなかったとも、もともとナポリターナ(ナポリ民謡というか、昔ながらのナポリ歌謡と解釈しておきましょうか)を歌うために結成されたバンドだったのだ、とも言われている。

 どちらがほんとやら分かりませんが、いずれにしてもカッコ良くはないエピソードだね。

 実際、1975年にこのバンドが歌い、テレビ番組のテーマ曲として使われたナポレターナの有名曲、「Tu ca nun chiagne(泣かないお前)」がヒットして、どうやらそれが”Giardino Dei Semplici”のバンドとしてのイメージ形成に大きな役割を担ってしまったらしい。

 なにしろ原曲は、あのカルーソーの1915年のヒット曲。そんな古臭い曲をリバイバル・ヒットさせたおかげで、バンドのいなたいイメージが決定的になってしまったと。

 いやでも、アルバムを聞いてみると、甘いメロディを美しいハーモニーで聴かす、なかなか素敵なグループと思うんだけど、もう、そういうイメージが出来てしまうとどうしようもないものなのかも知れない。しかもその後、特にヒット曲にも恵まれず、結局、「泣かないお前」のヒット頼りの懐メロバンドとしてナポリ・ローカルでシコシコ活動を続けている、となると。

 ”Giardino Dei Semplici”の持ち歌の中で私がことのほかお気に入りの曲があって、それが2ndアルバム、”Le Favole Del Giardino”に収められている”ナポリ、ナポリ”である。

 路地に下げられた洗濯物や日曜の朝の光景など、ナポリの生活の情景が歌いこまれたナポリ賛歌であり、いや、もしかしたら現地ではサッカーの応援歌として使われているのかもしれない、そんな気配もある、なかなか切ないメロディの歌である。”ナポリ、ナポリ、今度こそ勝つだろう”というリフレインが泣かせる。

 サッカーの応援歌であったとしたら、負け試合のあとで地元サポーターが肩を組み、次回の必勝を祈願して歌われるのだろうか。なにしろ「今度こそ勝つだろう」というのだから、今日の試合は負け試合だったのである。イタリア・サッカー界においてナポリというチームが占める位置など思えば、ますます泣ける。

 こんな歌によって地元のナポリ市民に愛されているのなら、たとえ田舎のマイナー・バンドと、あるいはダサい懐メロバンドと嘲笑されようと別にかまわないじゃないかと、大いに思えるのである、私は。いいよなあ、”Giardino Dei Semplici”は。