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伊勢すずめのすずろある記

伊勢雀の漫歩…。
 伊勢の山々から志摩の海までの、自然史スポット&とっておき情報など…。
  感性の趣くままに-。

4月に入って早や下旬、ひと雨ごとに春の温かさが加速し、花盛りが過ぎて葉桜の新緑となった !

2025年04月24日 | 随筆・雑感・回想など


伊勢市横輪町 「風輪」裏の新緑(葉桜)の遊歩道 ~ 2025年4月23日 撮影

 4月に入ってから、ひと雨ごとに春の温かさが加速して桜の開花が進み、中旬には満開の花盛りとなった。その桜も、今は葉桜の新緑となっている。 桜の名所は、週末はどこもかしこも「花見」の行楽者でにぎわっていたし、 伊勢市内の道路も県外ナンバーの自動車や観光バスが頻繁に行き来をしていた。
 このシーズンは、まだ山野にそれ程丈長の雑草も繁っていないので、好天の日は探石や鉱物採集には最適である。

 しかし、4月になって再度の物価高で、車を走らせるにもガソリン代がバカにならない。 しかたがなくまたもや閉じこもりの毎日で、連日のように処分品の水石や鉱物標本の吟味と、蔵書の整理に没頭している。 外出は食料の買い出しだけで、食品の中でも特に米価の跳ね上がりには閉口している。


自宅2階の書斎隣りの未整理の水石部屋(6畳一間)


「ヤフオク」を利用していろいろと出品をさせて頂いているが、他の出品者のように商品説明を簡素にして、殆ど掲載画像のみで出品をすればよいのだが、水石も鉱物標本も一つひとつに、又専門書をはじめとする数々の蔵書や資料物の印刷物にも、それぞれに愛着や見つけて手にした時の思い出もあり、出来るだけ解りやすく丁寧な「商品説明」を心がけて、出品をさせて頂いている次第だ。
 特に郷土誌などの稀覯本や、地元を中心に蒐集をし続けて来た資料物の鳥瞰図や古地図、戦前からの観光パンフレットなどは、二度と集められないものばかりなので、散逸をさせるにはかなりの決断を要する。 かと言って、地元の資料館や図書館などにも、多少はダブりがあると思うので寄贈する気にもなれない。


自宅2階の書斎 ~ 整理中の地学 ・ 鉱物学関係の専門古書等の本棚


 以上の他にかなりのレコード盤と、母親が生前に集めていた「猫の置物」などもたくさんあり、これらの物品をまとめて買い取って下さる古書店や資料物店、リサイクル・ショップ、専門業者さんなども、全国各地にはたくさんあって、年に何回かは書類や電話でアクセスをして来て下さっているが、良心的なお店でも、どれだけの値段になるかは判らないので、商取引きの対応をさせて頂いた事は一度もない。
 ヤフオクへ大量出品をするには、今後は古書や資料物等への「商品説明」は、他者のようにかなり簡素化しなければ、なかなか減ってかないと思う。


鉱山関係の稀覯本古書の一冊


明治26年10月20日 発行の「地質学雑誌」 第一巻 第1号 ~ 第12号 の古い合本


昭和年代に取り寄せた国内の 「主要鉱山パンフのファイル ・ ホルダー」 より


昭和年代に取り寄せた国内の 「主要鉱山パンフのファイル ・ ホルダー」 より


  そんな4月の日々も、桜花後の新緑の芽生えと共に過ぎゆこうとしているが、この23日には薄日の漏れる曇天の空模様の中、横輪町の「風輪」まで出かけ、石商品の入れ替えを行って来た。
 桜のシーズンに合わせて製作をした、幾つかの「桜マンガン石」の出荷商品の中で、完売をしていたのは「桜マンガン石」のザレ石をビニールの小袋に詰めた、格安のサービス商品だけであった。


伊勢市横輪町 「風輪」裏の横輪川の左岸上に泳ぐ鯉のぼり ~ 2025年4月23日 撮影
 


春の彼岸が過ぎて、伊勢の町にも春日和が到来 !

2025年03月23日 | 随筆・雑感・回想など

今月初試作のオリジナルの 「置物石」 ~ 左右の横幅約15cm

 3月20日の彼岸が過ぎたとたんに、伊勢の町も一気に春暖の好天となった。 桜が開花しはじめたものの満開ではないので、 春爛漫とまではいかないが、絶好の行楽日和が20日 ~ 23日と続いている。 彼岸からの飛び石連休でもあり、伊勢神宮の界隈は人波でごった返している。 この時期には、五十鈴川の川原も朝早くから散歩や散策をする地元民や、河川敷に市営の駐車場がある事もあって、川遊びをする親子連れの外来客などもかなりいる。
 その事も加わり、五十鈴川の川原での探石を兼ねた「歩行のリハビリ」は、この先々までとてもやれそうにない。


「広報 いせ」  ~ 3月15日号の表紙


 先月に川原の様子を見にに、五十鈴川の「御側橋」まで行ってみたが、河床や護岸の工事がまだ終わっていないので、この改修工事が終わるまでは、「神足石」も「三稜石類似の三角礫」も拾えそうになかった。
 近場での探石に出向けるような場所と言えば、二見浦(ふたみがうら)の立石崎の東海岸や横輪川、一之瀬川ぐらいであるが、3月の下旬から4月の初めにかけては、花見のシーズンの真っ盛りで、毎年のように「広報 いせ」の3月号の表紙には、市内の桜の名所のカラー写真が何枚か掲載されており、「桜まつり」などのイベントもたけなわを迎える。
 特に伊勢神宮の内宮前界隈の雑踏は、未だ終息をみないコロナ・ウイルスや感染性の病原菌の蔓延、スギ花粉の飛来など、お構いなしの混雑ぶりである。 春夏秋冬を通して、全国津々浦々からの伊勢神宮への参詣者や観光客の来訪は絶え間がなく、国内最大の「皇大神宮」様のご威光ははかり知れない。

今月製作のオリジナル 「置物石」 ~ 第5作目の商品。左右の横幅約9cm

 さて、例年製作をさせて頂いて来た「桜マンガン石」の商品化も、原石の鉱塊は幾つかあるものの、体調の影響もあって今春は最小限にし、そのザレ石と二見浦立石崎東海岸産の緑色片岩の偏平漂礫を組み合わせた、調度用の小型の「置物石」を幾つか試作してみた次第だ。 水石などの「石の商品」を出品している横輪町の交流施設「風輪」に出し置いてみて、売れ行きが良ければ、桜のシーズンに合わせて幾つか製作をする所存である。
 このような「ミニ水石」を組み合わせた「置物石」が、当地限定販売の「新商品」になれば、夏向きの「ミニ滝石」なども面白いのではないかと思っている。


二見浦・早朝の立石崎東海岸 ~ 2025年3月23日 撮影


新年を迎え、初詣にも出向かずに自宅に引き籠もりの内に、睦月も早や半ばとなった。

2025年01月15日 | 随筆・雑感・回想など

新年を迎え架け替えた、玄関の 「注連飾り」


 昨年の年末から新年の年始にかけては、普段と何ら変わらないままに松の内が過ぎて、巳年の睦月も早や半ばとなった。その間に成したことと言えば、年の瀬には恒例の事であるが、玄関の軒下の「注連飾り」の付け替えと、床の間に祀った神棚の簡単な清掃、そして供え物の入れ替えぐらいである。

小萩川産の石灰岩の 「蛇の姿石」( 2023年の春に採集 )~ 横幅約12cm


 31日の夜から新年の元旦にかけては、伊勢地方も寒波の到来で寒くなるとの予報であったので、明るい午後の内に、まだ「どんど焚き」の準備中であった「茜神社」に年越し詣りに行った。 参拝客など境内には全く人影が無く、焚き火用の薪が積まれているだけで、社務所も閉まっていたが、声をかけた処、神職の方が只一人出てみえたので、お供えを申し出て少し話をしてから、神殿にお詣りをした。 ここは、幼少の頃から勾玉池の「アコネさん」として馴染んできた、親の代から信仰を続けているお稲荷様である。

 元旦は、予報通り寒々とした一日であった。 10数枚ほど届いた年賀状を拝見し、返信の御挨拶を数枚書いて投函しに伊勢郵便局まで出向いた。 自宅からは僅か200m程の距離であるが、防寒には完全武装である。 郵便局内も今年はガラガラで、「年賀状仕舞い」が旧ピッチで進む昨今の世相を、今更のように目の当たりにした。

二見浦 ・ 立石崎産の緑色岩の漂礫で、昨年に製作した「蛇石」 の提げ物


 午後になってからは、昨年末に行なった奥伊勢の小学校の児童たちの「授業の感想文」を拝読し、添え書きをして返送の仕事を済ませると、夕方まで寝転んだ。 寒さのせいもあり、仕事疲れから来る右脚腰のケアである。
 2日と3日は、ラジオで箱根駅伝を流しながら、昨秋に五十鈴川で拾って来た、片面が観音像にも見える流木を磨き、根枝状の流木で巳年にちなんで「蛇の飾り物」を作った次第だ。

新年早々に磨きあげた、片面が 「観音像」 類似の五十鈴川産の流木 ~ 高さ約15cm.
巳年にちなんで、五十鈴川産の根枝状の流木で作った 「蛇の飾り物品」~ 長さ約30cm

 8日は、伊勢地方も久しぶりに丸一日冷たい雨天であったが、その日以外は真冬の好天が続いている。 しかし、例年とは身体の具合が全く違うので、やはり寒風の冷たいフィールドへの見回りは、意識の中では気にはなるものの、ごく近距離の五十鈴川へすら身体の拒絶反応の方が勝っているゆえに、もっぱら身辺の収蔵品などの整理に終始している。 どうやらこのまま無為に新春が過ぎて行きそうで、外出と言えば食材の買い物と、連日歩行のリハビリを兼ねて、自宅裏の勢田川沿いの保安道路を散歩しているだけである。



自宅裏の勢田川沿いの桜の枯れ枝に群れる 「膨ら雀」 ~ 2025年1月15日 撮影


上載写真の 「膨ら雀」 のアップ


晩秋の11月23日 の土曜日に、秋らしさを求めて伊勢市内に外出 … 。

2024年11月24日 | 随筆・雑感・回想など

尾花のなびく晩秋の五十鈴川 ~ 2024年11月23日、御側橋右岸から川下方向を撮影

 晩秋となった11月23日(勤労感謝の日)は、3日続きの好天となった。 早朝のうちは快晴と思われたが、昼前になって少しちぎれ雲が断続的に流れ、日射しと陰りが繰り返される天気で、晴れていても真冬のように北風が冷たく、とても小春日和とは言えない一日であった。 伊勢市内の道路は、土曜日と休日が重なったせいかすいていたが、年末の間近な連休とあって、内宮前と外宮前だけは観光客や参詣者らの団体で混雑していた。 その他の行楽地といえば、二見浦の立石崎(夫婦岩のある興玉神社)と、伊勢志摩スカイラインで登る朝熊山の山上広苑ぐらいしかない。


晩秋の五十鈴川右岸の川原 ~ 2024年11月23日、御側橋の橋下から川下方向を撮影


 屋外に出ると、日射しはまぶしいものの、枯れ葉を舞い散らす程の季節風が肌寒くて、天空に流れ飛ぶ積雲も全く秋空とは思えないし、かと言って真冬のような寒空でもなく、今年は山野の色づいた秋らしい風景にまだ接していなかったので、買い物の帰りに五十鈴公園手前の「御側橋」まで、いつものように裏道を車で走ってみた。


晩秋の五十鈴川右岸の川原 ~ 2024年11月23日、御側橋の橋下から川上方向を撮影


 五十鈴公園の紅葉は、すでに葉の落ちた枯れ木となっていたし、五十鈴川の「御側橋」橋下の川原も、再工事でかなりえぐられ、転石礫の土砂がショベルカーによってかき集められ、以前のように積もられていた。 ショベルカーが動いていなく、この日は作業は休みのようであったので、降りてはみたものの川原は汚れがひどく、まだ普通に歩行が出来ない身体なので、以前のように効率よく場所を選びながら、意のままに動き回る事は無理であった。 とりあえず地均しの成された無難なキャタピラーの跡を辿る事にした。


上載写真遠方の掘削工事中の川原 ~ 2024年11月23日 撮影


 汚れたままの川原を、リハビリのつもりでゆっくりと少し歩いてみたものの、やはり足元の転石礫がつい気になってしまう。 ひと雨降れば形状の良い緑色岩の「神足石」やきれいな三角礫(三稜石)がまた拾えるだろうと思いつつ、堰堤下の流木の集積箇所に行ってみた。 ここも掘削がひどく流木も泥まみれで埋もれていた。 一つだけ手頃な根っ子木を掘り出して、五十鈴川の流水で洗ってみた処、まずまずの恰好なので持ち帰る事にした。


上載の掘削工事中の川原から眺めた川下の 「御側橋」 ~ 2024年11月23日 撮影


 車を止めた右岸の土手道路に戻るにつき、川原の転石礫に目をこらしたが、体の不具合をかかえながらでは集中力も散漫となり、根気もなえがちで以前のようには見回れなかった。 それでも石への執着が勝ったのか、それらしい形状のひと握りの緑色岩の「神足石」礫を見つけた。

11月23日に拾ってきた 「流木」(右)と 「神足石」(左)


 車にたどり着いた時には、身体のケアを考えずに歩き回った足腰の運動が、リハビリの程度を超えた全身への負担となって、かいだるさが心身に及び、思った以上に疲れていた。
 対岸にいた工事関係の人に尋ねた処、今回の工事は撤去した「旧御側橋」跡の川床に埋まっている、橋杭の残骸の撤去作業との事であった。


立石崎東方の二見浦海岸 ~ 12024年11月23日、江の突堤の降り口から撮影


 昼前になって、二見町の立石崎東方の江の「突堤」まで行ってみた。 良く晴れていて伊勢湾の眺望は実に良好であったが、風浪が轟音を立てて突堤に押し寄せ、北からの潮風が強くて肌寒いせいか、釣り人は一人もいず、海浜を歩く散策者も皆無であった。
 今のシーズンだと、普段なら回遊して来るカイズ(チヌ)ねらいの磯釣りや、カレイやシロギスなどをターゲットにした投げ釣りの釣り人が何人かはいるはずなのだが、強風と激しく打ち寄せる磯波のしぶきで、海辺で遊ぶには全く不向きな昼下がりであった。 江海岸では、海浜の風景写真を1枚撮影しただけで、秋らしい風景を目にする事なく帰宅の途についた。




「神無月」の最後になって、少しだけ横輪川の川原にて歩行のリハビリを試みた。

2024年10月28日 | 随筆・雑感・回想など


右岸の土手道から眺めた、支流の雨淵川(左側)との合流地点の横輪川


横輪川に注ぐ、上載写真左側支流の 「雨淵川」


 7月の初旬に腰痛と右脚のシビレ痛により、歩行に支障をきたして4ヶ月が過ぎようとしている。 この間の通院による週2回の点滴と、自宅での痛み止めの投薬が功を奏したのか腰痛が治まり、杖無しでも少し歩けるようになった。 とは言っても、若い時からの腰椎間板ヘルニアによる腰痛の再発に加え、3年程前に打ったコロナ・ワクチンの6回目の注射後に生じた右足指のシビレ麻痺は、発生当初のままであり、歩行には細心の注意を払わなければ躓いてしまう。
 長距離を歩くと、腰の筋肉痛と共に右脚が重たくなり、せいぜい200m~300m 程の歩行で座って休まないと、続いての動作に支障をきたし、軽いストレッチや歩行の為のリハビリを余儀なくされる。 やはり高齢のせいもあって、元通りには回復していないのは確かで、このままの生活が先々ずっと続きそうである。

 病院の整形外科で、多くの高齢患者の痛々しい姿を見て来ているので、手術を出来ないままに済み、この程度で動けるようになったのは、軽度の疾患の部類と言わざるをえない。 適切な処方と共に、軽い運動をした方が良いとの主治医アドバイスには、感謝以外に言葉はない。


横輪川右岸の土手道下の川原 ~ 雨淵川との落合から川下方向を撮影


横輪川右岸の土手道下の川原 ~ 川原の末端から川上方向を撮影


 今年の10月は、例年の神無月のように秋らしい日々の訪れがみられず、夏と秋が同居したような天候に加え、曇天や雨天も断続的に繰り返し、伊勢市では夕方の西空は連日ぶ厚い雲に覆われていて、楽しみにしていた「紫金山アトラス彗星」が全く見られずに、暮れなずむ日々ばかりであった。


横輪川対岸(左岸)の蛇紋岩の巨礫の散乱する川原


 その「神無月」も過ぎようとしている月末の27日になって、やっと薄日の射す秋らしい小寒い日となった。 気晴らしと歩行のリハビリを兼ねて、伊勢市南方郊外の上野町まで車を走らせ、一番降りやすい横輪川の川原に出向いてみた。 ここは、かなり角ばったゴロタ石が集積しており、100m程真っすぐに続く土手道下の小狭い川原なので、リハビリには好都合であるし、堆積している転石礫は緑色岩( 角閃岩 ~ 緑色片岩 )が多いものの、その中に現地性の朝熊石( 風化蛇紋岩 )や紫雲石、赤石、赤玉石、鎧石などいろんな種類の転石も入り混じっていて、探石の楽しみもひとしおである。


横輪川川原の白脈入りの転石礫 ~ 横幅約10cm


 横輪川川原の 「神足石」 類似の転石礫 ~ 縦幅約11cm


 希に、五十鈴川に多産する「神足石」類似の緑色岩の角礫も見られるし、曹長石や方解石のきれいな白脈の貫入した「滝石」さながらの転石礫や、花柄模様など残存曹長石脈の浮出た様々な「紋様石」も数多く転がっている。
 この日は揚石はせずに、ウォッチと写真撮影だけで、手にした転石礫は全て川原に置いて来た。



右岸の土手道より眺めた 「横輪川」川上方向の風景


9月もラスト、真夏日のような残暑の続いていた日々も、彼岸を過ぎてから少しずつ秋らしくなった。今月も資料物の整理に終始 …。

2024年09月29日 | 随筆・雑感・回想など

筆者の自宅2階の 「書斎兼標本室」 の一角

 9月もラストとなった。彼岸を過ぎてから朝夕はほんのりと涼風らしき気流を感じながらも、日中は猛暑がいっこうに衰えずに、真夏日のような残暑の続いていた日々も、少しずつ秋らしくなった。
 通院とリハビリをしながら、体調を考えて外出はなるべく控え、先月に続き室内の標本と資料物の整理に終始した。


整理中の 「鉱物標本のケース棚」


鳥羽市白木町産の 「霰石」 の標本 ~ 最長結晶は約5cm
伊勢市朝熊山産の球顆状の 「水苦土石」 の標本 ~ 最長約6cm


志摩市阿児町鵜方( 裏城 )産の様々な形状の 「高師小僧」


 今回も先月に続き、長年仕舞い込んでいた資料物や、現職の頃に撮影をした鉱物の標本などの古い写真を引っ張り出し、再吟味をしながら、廃棄前にそれらの幾つかを選定し、掲載をさせて頂く事にした。


伊勢志摩地方の巡検用に作成した手書きの 「鉱産地地図」


鳥羽 ・ 志摩地方の採集会に配った 「手書きプリント」

理科( 地学 )の自由研究用に作製をした 「レジメ冊子」


 特に退職後の数年は、度会郡内の小学校や中学校等からの要請で、理科の総合学習の講師として野外学習の実践を体験させて頂いたり、伊勢市内外の活性化団体や、夏休みに民間グループなどの要請で、何度か現地での理科( 地学 )の「自由研究」の指導をさせて頂いた記憶は、今も鮮明であり、その時に作製をしたレジメ冊子が残っていたので、併せて掲載をさせて頂いた次第だ。


整理中の 「水石専用棚」


8月もあと数日となったものの、秋らしさが見えずに、先月に続き腰痛と右脚のシビレ痛の治療に専念しつつ、資料物の整理。

2024年08月26日 | 随筆・雑感・回想など

鈴鹿山脈の 「入道ヶ岳」 ( 中央左 )~ 2003年11月14日 撮影

 「処暑」が過ぎ、8月もあと数日となったものの、今夏は猛暑がいっこうに衰えず、家の中にいても少し動くと汗ばんでくる程で、全く異常な暑さだ。 先月に比べやや腰痛が収まってはきたものの、右脚のシビレ痛は以前のままで、少し歩くと右膝に傷みが走り、杖の携行を欠かせない。
 痛み止めの点滴を受けに週2回通院しながら、自宅では投薬とリハビリにて療養をしつつ、先月に続きずっと資料物等の整理に専念している次第だ。 健康診断を受けた結果、腰痛の他は全く異常が無く、杖をつきながらでも、海岸や川原に行きたいと思いつつも、この暑さでは外出する気にはなれない。 それにこの処、大型の台風の接近が連日報じられることもあり、フィールドへ出向くのは、まだまだ先である。

 今回も先月同様に、長年仕舞い込んでいた地学の資料物や写真等の整理をしながら、1枚もののプリントと共に、現職の頃に撮影をした鉱産地などの古い写真の中から幾つかを選び、以下に掲載をさせて頂く事にした。

 1.鉱産地の巡検テキストに挿入の手書き地図( 四日市市の「水晶山の鉱山跡」~ 1枚物のプリント )

四日市市宮妻町 「水晶山の鉱山跡 巡検テキスト」 の挿入地図.


 2.四日市市宮妻町山之坊「水晶山の鉱山跡」の写真( 2枚 )


四日市市宮妻町 「水晶山の鉱山跡 」( 坑口 )

四日市市宮妻町 「水晶山の鉱山跡 」( 坑内 )



 3.名賀郡青山町奥鹿野「奥山谷の含サファイア紅柱石ペグマタイト」の産地の写真( 1枚 )


名賀郡青山町奥鹿野 「奥山谷」 の含サファイア紅柱石の産地



 4.南牟婁郡紀和町板屋「稼行中の紀州鉱山」構内各地の写真( 5枚 )


稼行当時の紀州鉱山の大通洞坑前の 「トッコ」 ( 人車 )の風景

稼行当時の紀州鉱山の 「選鉱場」 の風景

稼行当時の紀州鉱山の 「大通洞坑を出た停留所」 の風景

稼行当時の紀州鉱山の「鉱石を満載した操車場の鉱車」 の風景

稼行当時の紀州鉱山の連結長列を成す 「廃石中の鉱車」 の風景( 小川口のズリ )



 5.鈴鹿損脈の「入道ヶ岳」の遠望写真( 冒頭と末尾の2枚 )


冠雪の見られる初冬の 「入道ヶ岳」 ( 中央左 )~ 2002年12月28日 撮影


梅雨明けの7月も下旬となったものの、体調不良で現職の頃に作成の資料や写真などを整理。

2024年07月24日 | 随筆・雑感・回想など


北志摩の最北端、志摩市阿児町 「安乗岬の海景」( 海岸地形 )

 東海地方も、7月中旬の後半になって、どうやら梅雨が明けた。 伊勢地方も、この処ずっと夏日の好天が続いている。 例年なら、志摩の海岸や奥伊勢地方の河川に出向くのだが、先月の下旬より持病の「腰椎間板ヘルニア」が悪化したのか、3年前の「コロナ・ワクチン」の接種後に生じた右足指のシビレ麻痺に加え、腰痛と右脚の痛みが突発し、今月の初めに通院をし、「MRI」にて診断をしてもらった。 その結果、既に2箇所飛び出していた腰の椎間板以外にも、さらにその下に1箇所新たに突出していた。 背骨の変形や損傷は皆無であったのに、そのせいか右脚痛がひどくなり、処方をして頂いた2種類の痛み止め薬の投薬でも止まらずに、歩行には杖が欠かせなくなり、連日かなり難儀をしている。

 幸い正座も含め座り仕事は、痛みを伴わずに極く普通に出来るので、この際に収蔵コレクションの鉱物標本と水石の整理に加え、かつて現職の頃に教材として数多く作成をした、地学関係の資料プリント類や撮影写真、蔵書等を引っ張り出し、再見しながら処分ものの仕分けに取りかかった次第である。
 例年なら、夏場に頻発していた腰痛も、1~2週間程度の傷み止め薬の投薬で治まっていたのだか、今夏はなかなか痛みが引かずに、自宅でのリハビリ( 左右にそれぞれ3㎏ずつの「鉄アレイ」を紐で吊るし、ベルトに繋いで午前と午後に1時間ずつ腰を引っ張っている )と共に、歩行には必然的にかなりの痛みが伴うので、コルセットを腰に巻き、杖の携行を余儀なくされている。

 そんな訳で、近距離の五十鈴川ですら見回れずに、やきもきしながらも食料の買い出し以外には外出を避け、もっぱら室内での生活に終始している。 痛みやストレスの解消には、一番楽な姿勢で寝転びながら、読書とパソコンでニュースなどの動画を見ているより仕方がない。

 7月になって、オンボロになった自家用車( マニュアル・シフトの日産ラシーン )の車検が何とかクリアし、買い物など短距離の車の運転は、シートベルトの着用には何ら問題は無く、さしたる腰痛等も感じずに、ほぼ普通に走行が出来るので助かっている。

 さて、今月のブログは、整理中の資料プリントや消滅をした地形・露頭等の写真の中から、注視したものを数点選んで掲載を致しました。


 1.三重県下の主な金属鉱山( 鉱山跡を含む )の分布図( 教材用の1枚物のプリント )

教材用プリント 「三重県の主な金属鉱山の分布図」


 2.松阪市伊勢寺町、堀坂山雲母谷と珪・長石鉱山跡へのルート地図( 採集会用の1枚物のプリント )


巡検用のプリント地図 「堀坂山の雲母谷と珪・長石鉱山跡へのルート」


 3.新聞記事「松阪市周辺の活断層の検証」( 1995年6月5日の「夕刊三重」より )

現職の頃に、取材を受けた 「松阪市内の活断層検証についての新聞記事」


 4.かつて志摩市大王町、米子の浜にあった「巨大な海食洞門」の写真( 現在は、平成初期の台風で
   崩落して消失 )
かつて志摩市大王町の米子浜にあった 「巨大な海食洞門」


 5.鳥羽市「神島の小規模なカルスト地形」( 石灰岩のカレンフェルドで、神島の名所の「不動岩」 )


鳥羽市 神島の小規模なカルスト地形 「カレンフェルド」( 不動岩 )


 6.かつて名張市滝之原にあった「名張鉱山」( 上:潅水法による採掘風景・下:含チタン鉱砂の貯鉱場 )

稼行当時の 「名張鉱山」 の潅水法による 「含チタン鉱砂」 の採掘風景


稼行当時の名張鉱山の 「含チタン鉱砂の貯鉱場」


 7.伊勢市宇治館町、掘削工事中の「五十鈴トンネルの入口」の風景( 蛇紋岩に伴う方解石の美晶洞や、霰石
   の巨大脈が廃石中に多産 )

掘削工事中の 「五十鈴トンネル」 の入口 ~ 昭和40年頃に撮影


 8.丹生鉱山・日ノ谷坑の「坑内の水銀鉱脈を含む岩盤の写真」( 昭和63年11月8日、学生時代に入坑して撮影 )


丹生鉱山・日ノ谷坑の坑内の 「水銀鉱脈」 を含む岩盤



 以下は、英虞湾の朝・夕の風景写真です。

志摩市浜島町より眺めた 「英虞湾のサンライズ」 の海景


志摩市大王町、登茂山より眺めた 「英虞湾のサンセット」 の海景


赤福餅添付の「伊勢だより」の版画栞に見る「伊勢志摩のレアな風景・風物 など」

2024年06月19日 | 随筆・雑感・回想など

赤福添付の版画 「志摩ノ海女 貝の口あけ」 の絵柄 ( 伊勢だより )
赤福添付の版画 「志摩ノ海女 貝の口あけ」 <br>
 裏面の解説 ( 伊勢だより )

 伊勢名物の赤福餅( 箱入り )に添付されている「伊勢だより」の版画栞( しおり )は、サイズは概ね縦幅 8.2cm、 横幅
約 15.2cm( 全て同寸同大 )で、和紙風の中厚紙に印刷されています。これまでに、数百種類の版画が製作されているそうです。


赤福添付の版画 「伊勢志摩 波切 大念佛踊」 の絵柄 ( 伊勢だより )



 内容は、「伊勢神宮」の年中行事( 催事 )などの他、伊勢志摩や近隣地域の「伊勢神宮関係」のもの以外にも、三重県下の風景や風物、名物 ( 物品や地物 )、催事、伝統工芸品などが幅広く取り上げられ、地方色豊かな資料物の印刷物となっています。


赤福添付の版画 「伊勢名物 くり物店」 の絵柄 ( 伊勢だより )



 やや大きめの短冊サイズながら、多くは地方色豊かな飾り絵にもなる、きれいな色刷りの風景や風物などの絵柄であり、裏面には「伊勢だより」として、版画の解説( 簡単な説明文 )が記され、資料価値を高めています。


赤福添付の版画 「神宮御浅沓司 西澤利一師」 の絵柄 ( 伊勢だより )



 この「赤福」限定品のオリジナル版画「伊勢だより」は、大変好評で観光客のみならず、地元内外の庶民にとってもかなりの人気があり、これを目当てに赤福の本店を訪れる方々や、全国各地には蒐集家が多数みえるようです。
 特に印刷枚数の限られた数少ないバックナンバーは、かなりレアな資料物の印刷物として、ヤフオクなどにも出品されています。

赤福添付の版画 「五十鈴川 神足石」 の絵柄 ( 伊勢だより )

赤福添付の版画 「神足石」 裏面の解説 ( 伊勢だより )


 今回は、投稿者所蔵の数多くの「伊勢だより」の版画の中から、伊勢志摩のレアな風景・風物・伝統工芸品など数枚をピックアップし、ブログに掲載をさせて頂きました。

  追記 上載の赤福添付栞の絵柄の内、「神宮御浅沓司 西澤利一師」は、投稿者の小学生時代からの親友であり、伊勢市の「伝統工芸士」の第一人者でしたが、10年程前に60歳台の半ばで急逝をされました。 お弟子さんもみえたのですが、その後は「後継者」が無く、江戸時代より伊勢の地に継承され、平成年代まで続いておりました伝統工芸の「御浅沓」の製作は、完全に途絶えてしまいました。




緊急のご連絡「 i.epman の名称で発信の【偽メール】のばらまき 」に、充分にご注意をして下さい。

2024年06月10日 | 随筆・雑感・回想など

 

 最近、発信者名が「 i.epman 」の名前で、不特定多数様宛に「電子メール」や、ヤフー株式会社様の「ヤフーメール」で、不審な内容の【メール】がばらまかれておりますが、全て投稿者本人とは無関係の【偽メール】( 迷惑メール )ですので、内容いかんに拘わらず充分にご注意をして下さい。 決してメッセージ等を開かずに、即「削除」をお願い致します。


【 迷惑メール 】 に振り分けられた中の 「疑メール」 の一部です


 小生の電子メールは「 i.epman@chic …… 」ですが、パソコンを買い換えました1昨年末より、個人様宛にも複数の方々へも、「電子メール」での文章等の発信は、全く致しておりません。 従いまして、どなた様にも当方から「電子メール」を発信して差し上げる事は一切御座いませんし、「電子メール」でのメッセージ等の受信を致しましても、「返信メール」の発信は控えさせて頂いております。

 大変失礼ではありますが、電子メールの発信者様から戴きました当方への「受信メール」に、パソコンから電子メールでの「御返事」や「御返答」等を、「返信メール」として発信をさせて頂きます事は、全く致しておりません。
 今後につきましても、通信手段に当方から「電子メール」を使用をする事は、一切御座いませんので、どうぞ御諒承の程、よろしくお願い致します。

 当方への文書での通信手段は、携帯電話の「SMS」( ショートメール )だけで御座います。 なお、「電子メール」をパソコンに受信させて頂きましても、ご返信が出来ないようにセッティングをさせて頂いております。

 本件につきましては、目下対策を検討中で御座いますが、今回はとりあえず「ブログ」にて【緊急のご連絡】をさせて頂きます。
 以上の件につきまして、お心当たりの御座います方は、どうぞご理解と御容赦の程、よろしくお願い致します。

 以下に、【偽メール】 「迷惑メール」( 不特定多数の方々へのばらまきメール )の一例を記させて頂きます。

   迷惑メールの一例

  i.epman 【AEON】カード利用確認手続きのお知らせ 【i.epman】(発信者 i.epman <kqk@christophemaLi.com>)
  Amazon.co.jp 【重要なお知らせ】お客様のお支払い方法が承認されません  Amazon お客様!
  三井住友カード 【重要】三井住友カードの緊急連絡、情報を確認してください
  東京電力エナジーパートナー 【重要なお知らせ】未払いの電気料金について連絡させていただくものです
  イオン銀行 6月ご請求額のお知らせ イオンフィナンシャルサービスからのお知らせ

 以上の「メール」は、このブログの投稿者( 本人 )には全く身に覚えのない、無関係の【迷惑メール】です。


 さて、季節は初夏へと移行し、急に蒸し暑くなって参りました。 このブログにアクセスをして下さいました方々には、時節柄、心より御清祥を祈念申し上げます。