ジーンズの文化的意味合いとその喪失について


1.ジーンズの歴史的ニュアンス

ちょっと感慨深いエントリを見かけました。

この前運転中に突然お客さんから
「あの……どうしてジーンズ履いてるんですか?」
不愉快そうに尋ねられてマジでビックリしてしまった。

はてな匿名ダイアリー

もちろんタクシー運転手が何を履こうとも自由ですが、運転手氏の反応もはてなブックマークの反応も「ただただビックリ」、つまり何を問題にされてるのかすらわかっていないのが感慨深かったです。
くっきりとした文化の断絶です。

どういうことかというと、
ジーンズというのは毛唐の作業着であり、
「卑しい労働者階級」のだらしない服なんですよね。元々は。 

それがやがて逆張りの「反抗」「ロックンロール」の象徴として履かれて大流行を見て、さらにそのニュアンスも落ち着いてファッションの1オプションとなったのが現代なのです。

だから令和5年にジーンズを見て「卑しい階級!」とか「反抗的!」とか「どうしてジーンズ履いてるんですか」とか言ったらそれらは全て時代錯誤ですし階級差別でもありますが、しかしそのような歴史というかニュアンスが知識としてすら受け継がれなくなっているのは少し衝撃的です。

80歳90歳という世代の高齢者にはジーンズをゾッとするほどおぞましいものとして見る人がいます(だから介護職はジーンズ履きにくい)し、運転手氏が遭遇したのはその文化の稀有な生き残りや継承者だったかもしれません。

比較的年齢の高いはてなブックマークですらこの反応ということは、ジーンズの歴史的ニュアンスはほぼ死に絶えたと見てよいのでしょう。


2.孫に伝わらなかった武勇伝の話

それで今日の本題ですが、ジーンズの話で思い出したエントリがあります。
半年前にTwitterでバズっているのを見かけたtweetで、ツイート主のお爺さん(高齢者世代)のスカッとエピソードを披露しています。

このツイート主氏はお爺さんの武勇伝についてもプリティウーマンのストーリーについてもちょっとずつ誤解をしていると思うので以下に解説したいと思います。

上で見たジーンズの文化的意味合いの断絶が誤解に深く関わっています。


3.お爺さんと孫世代の断絶

お爺さんはジーンズ姿でA信用金庫に出向いて場違いとして追い返され、次のB信用金庫では身なりで見くびらず対応した職員に持参していた大金を預けました。身なりで見くびったA信用金庫の職員は吠え面を掻きざまあみろ、チャンチャン。と言う話ですね。

話のポイントは、このお爺さんは全てわかっていてわざとやっているということです。

ジーンズで銀行というのはお爺さんの現役時代ならば「履いてくるものがこれしかない人」「貧しく卑しい労働者階級」というシグナルになるわけで、法人向口座開設窓口にはいかにも場違いです。窓口間違いだと思われる。

つまりお爺さんにとってジーンズは「卑しい階級に扮した」知略なのですが、孫やそのtweetを読む現代人達は「カジュアルな格好で行った」ぐらいの意味しか読みこめない。そういう断絶です。

お爺さんのこの行動って中国のおとぎ話によく出てくる試し行動仙人のムーブに近いですよね。初手で無作法をかまし、それでも怒ったり見下したりせず辛抱して対応する人には「見どころがあるじゃないか」と神宝をくれるタイプのアレ。蔵一杯の金銀とか太公望の兵書とかくれるやつ。

4.お爺さんの本当の遺恨

お爺さんがなんでそんな行動をしたのかと言うところにたぶん孫に伝わり損ねているディテールがあって、おそらくですがお爺さんは起業から軌道に乗るまでの間、金融機関に融資を頼みに行っては横柄な感じに断られたりして苦労されたんじゃないでしょうか。

その苦衷時代の「偉ぶりやがって」「見下しやがって」という金融機関への反感が、成功したのちの仙人ムーブになったのだと思います。成功して資本家階級の仲間入りを果たしてからもそのことが引っ掛かっていた。
 
つまりお爺さんの遺恨は「見た目で判断しやがって」ではなく
「”卑しい階層”の人間を見下しやがって」なのです。

既に立派な経営者層になってしまったお爺さんを見下してくる信用金庫職員はいないのですが、お爺さんとしてはあの日の卑しい自分を見下す信用金庫職員への復讐を果たさなければならない。

であるから見下しを誘うためにジーンズを履いていったのです。お爺さんは「信用金庫職員からもう一度見下されること」が目的だった。穿ちすぎでしょうか?少なくとも祖父世代のその時代には何らかの意図が無ければジーンズをチョイスしません。

「お前が見下した俺は大金を稼いだぞ、ざまあみろ」がおそらくお爺さんのやりたかったことで、これを説話とするなら「弱い立場の人に横柄にするな」でしょう。「人を外見で判断してはならない」と受け取ってしまうとちょっとメッセージが違います。

いずれにせよお爺さんの意趣返しは大成功、A信用金庫の傲慢な職員を大いに後悔させました。

5.ヴィヴィアンの話

一方、プリティウーマンのヴィヴィアンの話はまた別で、あれは「金なら持ってると再三言ったのに追い返された」なのです。

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ザ・アバズレ

ヴィヴィアンはこういう格好で高級ブティックに行き、金を持っているのに相手にしてもらえません。高級ブティックに肩腹腿剥き出しで来店する人間だから。「金なら持ってるのになんで売ってくれないの?」なんて質問をしてしまうほどの下層民だから。山出しのアバズレ娼婦だから。

酸いも甘いも噛み分けた成功者お爺さんと違い、ヴィヴィアンは目の前で起きていることが理解できていません。ちゃんと高級服を買えるだけのお金を持って行ったのに拒絶され恥を掻かされて傷付き、何がなんだかわからない。お金以外の価値観があるということもわからないぐらいに賤しい生まれ育ちなのです。

仕方ないのでよそで高級服を調達して上流階級マダムに化けたのですが、やはり意趣返しがしたくなって翌日沢山の買い物袋を手にもう一度押し掛けます。

そこで言う台詞がまた悲しいことに、「あなたの給料は歩合制でしょ」「あなたはすっごく稼ぎ損ねたわよ!」です。


6.ヴィヴィアンの復讐戦の成否

ヴィヴィアンは意趣返しに成功したのでしょうか?
残念ながらそうでもありません。

ブティック店員のミッションは「ブランドのクラスを保つこと」だからです。”金だけは持ってる場違いなアバズレ”を追い返すのは彼女達の正当な業務です。既に歩合を諦めてでも追い返すことを選んでいるのです。

信用金庫職員は「お金持ちを追い返しました、ジーンズで来店したから」では上に説明出来ませんが、ブティック店員は「お金持ちを追い返しました、ホットパンツで来店したから」で堂々と上に説明できます。
 
ヴィヴィアンが引き揚げたあとにヴィヴィアンが着ていた服の素性を調べあげて「あの店はうちが追い返したような女に服売ったのねw」なんて優越感やマウントを楽しんだかもしれません。 

ヴィヴィアンの復讐はむしろ、再来店時にブティック店員がヴィヴィアンと気付かず「店にふさわしいマダム」への応対をした時に達成されていて、「あんた達が気にしてる”クラス”なんて金掛けて着飾りゃわかんなくなる程度のことでしょ!」という反撃には成功したと言えます。(わかんないのは口を開くまでですが)
 

7.1990年アメリカで成立した悲哀

もちろんヴィヴィアンのブティック顛末も観客が喝采するスカッとシーンではありますが、お爺さんの復讐のような十全の大勝利ではなく結構悲哀がにじんでいます。

成功者お爺さんは仕立てのいいスーツなど幾らでも持っていたし社会的コードも理解していたにもかかわらず知略としてジーンズを選んだわけですが、ヴィヴィアンは「高級服を買いに行く服がねえ」状態だったので太腿剥き出し娼婦丸出しの恰好でブティックに入っていくしかなかったのです。それが場違いだとすらわからなかったから。

コメディですけど結構悲しいシーンです。

信用金庫職員の対応は職員個人の傲慢とチョンボですが、ブティック店員の対応はブランド価値の根源です。
賤しい人間を排除することによって金銭以上の価値を作り出して維持する。金持ってても成り上がりものには売ってやらん。

ヴィヴィアンは貧しく賤しい生まれ育ち・職をしていたというだけで、持ち前の魅力や機知によってエドワードと結ばれようと金を掴もうとなお社会のこういう面とは戦っていかなければならないのです。

頭がよく繊細なヴィヴィアンはこの先も何度も傷つけられるでしょうが、頑張って生きていくんだというそういう話です。これが1990年のアメリカです。

8.令和5年の日本へ

であるから、ヴィヴィアンの話はお爺さんの武勇伝以上に「人を外見で判断してはならない」…と言う話ではありません。ヴィヴィアンはそもそも美人だし、それはそれとして身なり通りのアバズレではあるのだし。

お爺さんの話もヴィヴィアンの話も「外見で判断して大金を掴み損ねる」とかいう話ではないのです。

以上のようなことが現代に伝わりにくくなっているとすれば、クラスや貴賤といった金以外の価値(必ずしも立派なもの尊いものではなく、単に誰かを排除して成立するような鼻持ちならない意地悪だったりもするもの)の概念が令和の日本で相当に遠ざかっているからではないでしょうか。

令和の現役世代には「信用金庫職員とブティック職員は判断ミスで金を掴み損ねました、チャンチャン。」という解釈でも話が成立してしまう。それぐらいに単調な話とされて怪しまれもしない。お爺さんの意地もヴィヴィアンの涙ももはや汲み取る人もいない。

令和の日本では食い詰めなくとも娼婦をやるし、娼婦が高級ブランド買い求めるし、ブランド側も喜んで売るし、場違いものを嘲笑する意地悪上流階級なんてのもどっかへいって見えなくなりました。

金至上主義ではいけないのか、前世紀のように金以外の価値を作って誰かを排除して行く方が正しいのか、と言われればそういうわけでもなし、どっちの社会がよいとかはないんですけども。

とにかく世の中が変わり続けるのは確かです。


9.俺達のヴィヴィアンについて

はてな匿名ダイアリーやTweetについて解説したいことは述べ終えたので以下余談ですが、このヴィヴィアンを100万倍パワフルにしたのが俺達のデヴィ・スカルノ夫人なんですよね。

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東洋の真珠やぞ

娼婦ではなく赤坂のホステスがスタートですが、エドワードどころじゃない王様をつかまえて成り上がり、夫の失脚に接してもしおらしく一緒に没落なんかせず独り華麗に欧州へ高飛び。「『パリは世界一美しい亡命者を迎えた』と報じられましたの」などと自分でいけしゃあしゃあと言ってのける。

上流階級としての自意識を強く持ち、人生の大半を既にそういう階級で過ごしているにもかかわらず、やはり生まれつきのそういう階級の人とは立ち居振るまいも喋り方も発する言葉も何かが違う。お里は丸出し。

夫人の上流階級仕草は親やばあやに躾けられ仕込まれたものではなく、全て自分で努力して身に着けたものだから当然です。夫人の何かがおかしい山の手言葉、超かっこいいでしょう。
 
そして上流階級自意識を押し出してるのにイカレたTV番組やCMに平気で出るところもマジで痺れます。

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ジーンズの百倍はロックだぜ

剽軽なおばさんみたいな扱いになっていますが、人並外れたスケールの人生の荒波を一切怯まず泳ぎ切ったスーパーヒーローであることをもっともっと評価されていい筈です。悲哀なんて甘っちょろいものは滲ませてる暇などない人生だったでしょう。

家族のルーツ探り番組への出演時、夫人提供と思われる過去の写真の夫人の顔が全て不自然なバキバキ二重美人に修正されていて最高でした。
 
生まれ育ちがどうであろうが人生は自分の意志で決めるのだし、未来どころか過去すら幾らでも変えてやるわいという信念。

過去に怯えバラバラに撒いて消し去ったつもりでも結局追い付かれるのがディアボロならば、過去も未来も自分の意志のままバキバキ創造して自分で提供してくるのが夫人です。

存在自体が人間賛歌でありスタンド使いなんかよりよっぽど強いですよね。


まとめ

何の話だから分からなくなった人向けにまとめると、
みんなが貴賤と戦った時代があったという話と、
そういう時代をぶち抜いたすげえヒーローが日本にいたという話でした。
おわり


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ジーンズの文化的意味合いとその喪失について|さいたま
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