自分は小さい頃、子どもとして漫画映画を楽しんでいたものですから、その延長上でアニメーションの世界に入り込んできたようなところがあります。
子どもに向けたアニメーションとは、「君たちには豊かな未来が待ってるんだよ」と語ってあげることだと思うのです。
ですが、どうでしょう。テレビをつければ、親がパチンコ中に車の中で蒸し死にしてしまった子ども、ひどい虐待を受けて死んでしまった子ども、そんな非業のニュースが続けざまに目に飛び込んできてしまいます。こうした子どもたちを前にして、「自己実現を約束されたキミたちの未来」を語る元気は消え失せてしまいます。
そうした気持ちの中で傾向の違う仕事をしていたある時期、家に帰ってから見るテレビドラマの中で、とある子どもが大人をにらみつけていました。子役時代の福田麻由子でした。
大人が以下に理不尽を述べようとも、子どもには子どもの世界がある。『女王の教室』で、『救命病棟24時』で、『白夜行』で、その少女は、子どもの世界の中からの視線で、理不尽な大人どもをねめ上げていました。
子どもの側に舞い戻れ、と、彼女が演じてきたいくつもの「役」に教えられたような気がしました。
その福田麻由子は、インタビュー記事の中で「ほんとうのわたしは笑います」と話していました。
相手の笑顔を勝ち取ることが登場人物たちの至上命題である『マイマイ新子と千年の魔法』の中で、福田麻由子に新子を演じてもらい、大声で笑わせたい。そう思うようになりました。
会議上、そう公言してみたところ、
「それはちょっと前のドラマの話でしょ。福田くんは、でも子役の時期はもう終わりで、大人っぽくなってきてるらしいよ」
などという情報を入れられてしまいます。
かと思えば、
「いや、いまだに少女少女してる感じもあるらしい」
などという人もいます。
「福田麻由子は今までの役柄からすると、貴伊子のほうじゃないかな?」
いや、それは違います。
知人であるマイケル・アリエス監督の『ヘブンズ・ドア』の試写会にも松尾プロデューサーと二人で潜り込み、ここ数ヶ月前の福田麻由子の姿をスクリーンに確かめては、なるほど、と思ったりしたものでした。
「新子役=福田麻由子」を決定事項とするべく押し通し、2008年9月上旬、とうとうスタジオに呼んでのテスト録音にまで至りました。今年に入って大人っぽさを増した彼女ですが、これはあくまで去年の出来事です。着飾らないジーパンとパーカーで来た彼女は、物静かで細いっこい中学生の少女でした。
「台本読んで、方言指導の音声も頭に入れてきました」
「予習バッチリです」と、傍らからマネージャーの方も。
はい、じゃあ、やってみましょうか。
台詞はシチュエーションの違う場面から数種類。
映写すべき画面は未完成、何もありません。マイクの前に立った彼女は、脳裏にあるイメージだけで新子の台詞を放ちます。アフレコではなく、フリーの演技。
「予想通り」
と、思ったのは、陽気で張りのある太い声が出てきたからです。子どもらしいバイタリティ、それが自然な感じに出て来るのが良い。大人の理不尽なんかはね返せ。今度は目線ではなく、その声で。そして、どこまでもはしゃいでごらん。いけるいける。ほら、やっぱりこの人の中にはこういうものも詰まってたんだ。
「はい、オッケーです」
「このあと、どうしていけばいいでしょうか」と、福田麻由子。
このまま無理に作り過ぎなくていいから。多少振れ幅があっても自然な感じが残ってる方がいい。むしろ今のをキープするような感じでやってもらえればいいから。・・・・・・というような内容を、ひとりのプロの俳優に向けた言葉として。
「わかりました」
「じゃあ、来月、本番で会いましょう」
「だけど監督、あの相手になる貴伊子役、たいへんになりましたね」
「うん・・・・・・」
かもね。
でも、それを探すのもまた楽しからずや。
子どもに向けたアニメーションとは、「君たちには豊かな未来が待ってるんだよ」と語ってあげることだと思うのです。
ですが、どうでしょう。テレビをつければ、親がパチンコ中に車の中で蒸し死にしてしまった子ども、ひどい虐待を受けて死んでしまった子ども、そんな非業のニュースが続けざまに目に飛び込んできてしまいます。こうした子どもたちを前にして、「自己実現を約束されたキミたちの未来」を語る元気は消え失せてしまいます。
そうした気持ちの中で傾向の違う仕事をしていたある時期、家に帰ってから見るテレビドラマの中で、とある子どもが大人をにらみつけていました。子役時代の福田麻由子でした。
大人が以下に理不尽を述べようとも、子どもには子どもの世界がある。『女王の教室』で、『救命病棟24時』で、『白夜行』で、その少女は、子どもの世界の中からの視線で、理不尽な大人どもをねめ上げていました。
子どもの側に舞い戻れ、と、彼女が演じてきたいくつもの「役」に教えられたような気がしました。
その福田麻由子は、インタビュー記事の中で「ほんとうのわたしは笑います」と話していました。
相手の笑顔を勝ち取ることが登場人物たちの至上命題である『マイマイ新子と千年の魔法』の中で、福田麻由子に新子を演じてもらい、大声で笑わせたい。そう思うようになりました。
会議上、そう公言してみたところ、
「それはちょっと前のドラマの話でしょ。福田くんは、でも子役の時期はもう終わりで、大人っぽくなってきてるらしいよ」
などという情報を入れられてしまいます。
かと思えば、
「いや、いまだに少女少女してる感じもあるらしい」
などという人もいます。
「福田麻由子は今までの役柄からすると、貴伊子のほうじゃないかな?」
いや、それは違います。
知人であるマイケル・アリエス監督の『ヘブンズ・ドア』の試写会にも松尾プロデューサーと二人で潜り込み、ここ数ヶ月前の福田麻由子の姿をスクリーンに確かめては、なるほど、と思ったりしたものでした。
「新子役=福田麻由子」を決定事項とするべく押し通し、2008年9月上旬、とうとうスタジオに呼んでのテスト録音にまで至りました。今年に入って大人っぽさを増した彼女ですが、これはあくまで去年の出来事です。着飾らないジーパンとパーカーで来た彼女は、物静かで細いっこい中学生の少女でした。
「台本読んで、方言指導の音声も頭に入れてきました」
「予習バッチリです」と、傍らからマネージャーの方も。
はい、じゃあ、やってみましょうか。
台詞はシチュエーションの違う場面から数種類。
映写すべき画面は未完成、何もありません。マイクの前に立った彼女は、脳裏にあるイメージだけで新子の台詞を放ちます。アフレコではなく、フリーの演技。
「予想通り」
と、思ったのは、陽気で張りのある太い声が出てきたからです。子どもらしいバイタリティ、それが自然な感じに出て来るのが良い。大人の理不尽なんかはね返せ。今度は目線ではなく、その声で。そして、どこまでもはしゃいでごらん。いけるいける。ほら、やっぱりこの人の中にはこういうものも詰まってたんだ。
「はい、オッケーです」
「このあと、どうしていけばいいでしょうか」と、福田麻由子。
このまま無理に作り過ぎなくていいから。多少振れ幅があっても自然な感じが残ってる方がいい。むしろ今のをキープするような感じでやってもらえればいいから。・・・・・・というような内容を、ひとりのプロの俳優に向けた言葉として。
「わかりました」
「じゃあ、来月、本番で会いましょう」
「だけど監督、あの相手になる貴伊子役、たいへんになりましたね」
「うん・・・・・・」
かもね。
でも、それを探すのもまた楽しからずや。