さて、私のエヴァンゲリオンの考察シリーズの最終回です(・・・のつもりだったんだけれど、このあと更に2回書いてますw)。
実は、シン・エヴァンゲリオン劇場版の予想を書いた『その12』は前編で、今回は後編となっているので、未読の方はまずそちらをお願いします~♪
・・・んで、皆さん、いきなりで申し訳ないのですが、『その12』のこの部分↓に気付いてくれたでしょうか???

・・・そう、『その12』で私が書いたのって、『碇ゲンドウが計画した人類保管計画』が成功した場合の予想なんです。
具体的に書くと、この予想って、以下の①②③の全ての条件が満たされた場合のみに成立するんじゃないかと私は考えているんですよ。
①時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる
②シンジがトリガーとなりファイナルインパクトが発動
③シンジの心からの願いとして時間が巻き戻される
まぁ、②のトリガーについては、他の候補として『初号機』 『第13号機』 『特報で一瞬だけ登場した4人目のカヲル君』等が選ばれる可能性も0ではありませんが、曲がりなりにも碇シンジが主人公であることと、シン・エヴァンゲリオン劇場版がシリーズの最後を飾る作品であるということを考慮すると、シンジ一択じゃないかなぁ、と私は考えています。
つーか、『シンジ以外がトリガーになる』とか、『ファイナルインパクト自体が発生しない』とかいう展開は、今まで積み重ねられてきたストーリーや明かされていない謎の数々から考えるとある意味ちゃぶ台返しのようなものなので、そんな展開になった場合は考察する側としては完全にお手上げでっせ、旦那(誰?)
そうそう、4人目のカヲル君↓は、シン・エヴァンゲリオン劇場版 特報2 の0:29に登場していますが、彼がどこから来たかについては、『その2』に一応追記しておきましたです。

・・・んで、話を戻しますが、普通に考えると、この①②③の条件の中で一番大変なのは、『①時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる』の部分なんです。
だって、『破』のラストのこのシーン↓を見れば判るように・・・

・・・新劇場版のシンジの心理は、レイの奪還を成就したことにより、全てを受け入れて肯定できるような状態まで一度昇華している訳ですよ。
(※最初の考察に追記しておきましたが、このシーンは旧劇場版のシンジの願いが叶った瞬間だったのではないかなと私は考えています。)
この状態から、『全て無かったことにしたい、やり直したい』とシンジに云わしめることがどれだけ大変か・・・


・・・そうなんです、『Q』におけるネルフ(ゲンドウ・冬月)は、『時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる』ために、シンジを言葉で説得するのではなく、絶望するまでシンジに負荷を加えて追い詰めるという手段を選択したんだと私は考えています。
・・・つまり、こういうこと↓じゃないかと思うんですよ。
㋑疎外する
『Q』を見た人の多くが、『シンジに対する説明が足りないんじゃね?』という共通見解に辿り着くとは思うのですが、私の考えでは、ゲンドウはシンジを追い詰めるために、必要以上の情報を与えず、フォローもせず、疎外した上で、不安を助長させるような負荷は与え続ける↓という手段を選択したんだと考えています。




ただ、冬月は、その手段に納得がいっていない↓ようですけれどね。

つまり、冬月は、ゲンドウの生き様(今までしてきたこと、これからしようとしていること)をシンジに見せて(説明して)協力してもらうことでも、ゲンドウの目的は達成できるのではと考えているんじゃないでしょうか・・・
といっても、冬月はゲンドウの計画に着いて行くと決めているらしい↓ので・・・

納得がいかなくても結局はゲンドウに従うしか無いんだと私は考えています。
㋺情報を正す機会を与えない。
『その11』で述べましたが、Qのシンジは、旧劇場版のシンジの魂と新劇場版のシンジの魂が合体した存在であり、その上で、旧劇場版のシンジの記憶が消去されている状態だと私は考えています。

そのため、もし仮に旧劇場版のシンジの記憶が残っているのであれば、ヴィレの構成員達(ミサトやリツコ達)との間で情報の共有化・すり合わせ等が可能なはずなので、現実的な落としどころをシンジが選択できる可能性も考えられたかもしれませんが、記憶消去によりその可能性はもみ消され、記憶が無いシンジと記憶消去の事実を知らないミサトやリツコ達との間で埋めようもない程の認識のズレが生じることになったのではないでしょうか。
その結果、ミサトやリツコ達はシンジを突き放し、シンジは強烈な疎外感と孤独を味わうという、ゲンドウの計画通りに話が展開していったという寸法です。
㋩シンジの心に揺さぶりをかける。
シンジが順調にダークサイドに堕ちていくタイミングで決定的な情報をシンジに伝えることにより、シンジの心理状態に揺さぶりをかけます↓

この役割を演じるのはゲンドウではなく冬月なのですが、㋑で上述したように、冬月はシンジを追い詰めるという手段に納得がいっていないはずなんですよ。
だから、そりゃ不満も言いたくなるってもんですよ↓

でも、私の考えが正しければ、この役割はゲンドウが担う訳にはいかないはずなので、消去法的に冬月がやるっきゃナイトなんです。
(この点については後述します。)
㊁アヤナミレイ(仮称)という存在。
『序』『破』で登場した綾波レイと『Q』で登場するアヤナミレイ(仮称)とは、外見こそそっくりですが全くの別人です↓

でもシンジは、アヤナミレイ(仮称)のことを『序』『破』の綾波レイだと勘違いしている↓んですよ。

そしてそれが、『Q』におけるシンジの最後の心の支えだった訳です↓

しかし、上述の㋩において、冬月に真実を告げられた結果↓

たった一つ残っていたシンジの心の支えが打ち砕かれたって寸法↓です。




・
・
・

㋭カヲル君を放置する。
カヲル君は、作中でシンジを救おうと画策してはいますが、何故か、肝心な部分をシンジに教えようとはしないんです↓


おそらくゲンドウは、カヲル君のそんな立ち位置を考慮(利用)した上で彼をシンジにあてがい↓・・・

シンジに対する真実(肝心な部分は含まれない)の開示↓を黙認し・・・




一度完全に心を閉ざしたはずのシンジがカヲル君の言葉を信じてやっと心を開いた段階↓で・・・



カヲル君の目論見を潰すことでシンジを救う手段を失わせ↓・・・





最期は、シンジの心にトドメを刺すための生贄となってもらった↓のだと私は考えています。


・・・そう、これら㋑㋺㋩㊁㋭によりシンジの希望は完全に打ち砕かれ、その心は堕ちるところまで堕ちた状態↓になったのではないかと私は考えているんです。

そして、シン・エヴァンゲリオン劇場版において、満を持して父子の対決の場が設けられ、最後の希望として、時間を巻き戻すことができるという提案がゲンドウからシンジに伝えられ、他にすがるものが無いシンジがそれに飛びつく・・・というのがゲンドウの計画なのでは、と私は考えているんです。
だって、ゲンドウにとってシンジは道具の一つに過ぎない↓のだから・・・

そう、シン・エヴァンゲリオン劇場版でおそらく描かれるであろう、この父子の対決の場面において、ゲンドウはシンジに対して救いの手を差し伸べる存在にならなければならないので、上述の㋩の場面でシンジの心に揺さぶりをかける役割を担う訳にいかず、消去法的に冬月が不本意ながらも引き受ける形になったんだと私は考えています。
尚、個人的には、緒方恵美さんの2019/10/21のtwitterのつぶやき↓が、父子の対決のシーンのことを指しているのではないかなと考えています。

※Twitterで探したら無いんだけれど、ひょっとしてこのつぶやきって削除済み???
また、『心理コントロールしてたってこと? いくら何でも考え過ぎじゃね?』という人も多いかと思いますが、実際、『序』にこんなシーン↓があったことを考慮すると、シンジの心理への干渉は、むしろかなり早い段階から行われていたんじゃないかと私は考えています
。


・・・話を戻します。
んで、『その12』で私が書いたのは、要は、この父子の対決の場面でシンジがゲンドウに屈服して提案を受け入れたんじゃね?・・・そうすると漫画版に話が繋がるんじゃね?・・・という考えだったんです。
しかし、仮にこの展開が成立してしまった場合、シンジはゲンドウの掌の上でいいように踊らされた道化に成り下がってしまうことになるのですが・・・
・・・これが、『その12』を公開した段階での私の正直な考えでした。
というか、これだとどう考えても碇ゲンドウが主人公ってことになっちゃうし(苦笑)
・・・そんな中、2019年7月6日に0706作戦が公開されました。
そして、それに先立つトークショーの中で、緒方恵美さんからこんなコメント↓が出てきました。
シンジとしてこんな質問されたらどう考えたってポジティブな結末を選ぶに決まっているじゃん。
てことは、シンジがゲンドウに屈服するようなネガティブなストーリーは選ばれる訳が無いということを意味しています。
よくよく考えてみれば、シンジは絶望したままではなく、何らかの希望を抱いた状態に復活することがシン・エヴァンゲリオンの予告で示唆されていたはずです↓(しかも、私自らが『その9』で色々と主張してたじゃんw)
そして、シンジが復活する展開が本当にあるとすると、上述した㋺の状況が改善されるような展開・・・つまりはシンジが世界の真実を知り、同時にミサト・リツコ・アスカ(惣流)といったヴィレの構成員が『シンジにはTV版や旧劇場版時代の記憶が無い』という事実を知り、閉塞した状況に光が射すような展開っていうのがひょっとしたら見られるのかもしれません。
何か、オラちょっとワクワクしてきたぞ!
・・・とまぁ、取り留めの無いことを色々と書き連ねてしまいましたが、要は、シン・エヴァンゲリオン劇場版の結末がどんな内容になるかは判りませんが、少なくとも・・・
・・・ってことです。
これだけは、結構な自信を持って主張できるんじゃないかと思っています。
まぁ、絶望から逃げるためではなく、シンジが自分の意志で時間を巻き戻すことを選択するストーリーが展開される可能性だってゼロでは無いかもしれませんし(その場合は、『その12』の予想も無駄じゃなかったかも?)。
ということで、長らく続けてきたエヴァの考察シリーズですが、何かうまいこと言った感をかもし出したところで終わりにしたいと思います。
すんげー長い文章なのにここまで付き合って読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!
ではっ!!
<今日の一言>

いや~、新劇場版におけるマリの位置付けって、情報があまりにも少な過ぎて大したこと言えないってのが正直なところなんですよ。
そんな状況で、マリについて辛うじて私が言えるのは・・・
じゃないかなってことくらいです。
つーか、マジでこれくらいしか言えることない。
・・・今のところは。
ただね、何故そう考えたのかについてだけは、ちょっとだけ説明したいと思います。
・・・皆さん、エヴァンゲリオンANIMAという小説を知っていますか?

これ、『もしもTV版のストーリーで人類補完計画が起こらなかったとしたら……。』という公式のifストーリーで、TVアニメ新世紀エヴァンゲリオンの24話の3年後を描いた内容となっています。
重要なことなので二度言いますが・・・
なんですよ。
その内容については読んで貰えばわかると思うので割愛しますが、ぶっちゃけ旧劇場版、新劇場版、漫画版とはかなり違うストーリーが展開されます。
んで、このANIMAには・・・

※クリックで拡大↑
その特徴はこんな感じ↓
①栗毛(3巻P128)
②「にゃあ」と鳴く(3巻P128)
③動物を引き連れて行動(5巻P148)
④4足歩行タイプのUSエヴァビーストに搭乗する(3巻P198)
⑤レイNo.6(肉体年齢8歳:4巻P202)と同じくらいに見える外見(3巻P128)
一方、新劇場版のマリはどうかというと・・・

・・・という感じで、不思議と①②③④については妙な共通点があるんです。
・・・ここまでくれば、もう皆さんはお気づきかと思いますが、私は『新劇場版のマリ』と『ANIMAのマリ』が同一人物だと考えているんです。

実際、見た目もそこそこ似ている↑でしょ?
ただ、私もこの同一性を積極的に主張したい訳ではなかったのですが、今まで書いてきた考察をバックボーンとすると、この2人は同一人物と考えざるを得ないな・・・ってことになっちゃったんです。
何でそうなるかというと、そもそも、このANIMAという作品は、TV版の24話まではTV版と同じ過去を共有していることが公式設定になっているんです。
つまり、⑤で上述したように、ANIMAに8歳くらいのマリが登場しているということは、ANIMAの3年前のTV版24話の時点において5歳くらいのマリが既に存在していたことになります。
だって、公式設定を信じると計算上そうなっちゃうんだから仕方が無いじゃん。
一方、私が今まで書いてきた考察は、時系列上、旧劇場版の後に新劇場版がそのまま繋がるストーリーになっています。
てことは、TV版24話の時点で5歳くらいのマリが存在したのであれば、『破』の時点では14年分を加算して19歳くらいになっていることになります。
だって、自分の考察に当てはめると計算上そうなっちゃうんだから仕方が無いじゃん(二度目)
となると、①②③④について妙に共通点がある2人が別人だと考えるのも不自然なので、新劇場版のマリはANIMAのマリと同一人物で『破』の時点で19歳になっているはずだって考えざるを得ないんです。
だって計(略)
といっても、マリのバックボーンや、その目的とかについては全くわからんので、私がマリについて言えるのはとりあえずはここまで。
考えていることはあるんだけれど、
点と点がうまく線で繋がってくれないんですよね・・・
※2020/10/29追記
結局、『その16』でマリについて一通り説明しました。
全部繋がったかも。
・・・さて、こんな形で紹介することになったエヴァンゲリオンANIMAの小説ですが、『時間を巻き戻すような考えが今後出てくるのでは?』という私の大局的な考察がある程度正しかったと仮定した上で、『その12』で示したエヴァの世界観の楽譜表示に組み込むとこんな感じ↓になります。
要は判り易く表現すると、『TV版と旧劇場版から新劇場版に繋がるメインストーリー』を基本の軸とした上で、『漫画版への分岐ストーリー①』と『小説版(ANIMA)への分岐ストーリー②』の二つを、一つの楽譜(世界観)にまとめられるんじゃないか↓ってことです。
ただ何度も言いますが、『時間を巻き戻すような考えが今後出てくるのでは?』という私の大局的な考察が当たっていた場合のみ成立する話ですけれどね(苦笑)
でも、この考えが仮に正しかったとすると、こんな感じ↓に公式のイメージボードと不思議と一致するんですよね。
よく判らない人は、こんな風に↓楽譜を90°回転させて並べてみると・・・
判ってもらえるんじゃないかな?
・・・更には、これによって『TV版』『旧劇場版』『新劇場版』『漫画版』『小説版』の全てのエヴァが一つの世界観で繋がるってことで、今回のイメージボードのキャッチコピー↓にも不思議と合っているような気も・・・(笑)

まぁ、ここまで来たら、シン・エヴァンゲリオン劇場版を見れば判ることですから、公開を座して待つしかないですね~♪
ということで、一度「完」と言ってからがえらい長くなってしまいましたが、今度こそ本当に終わりたいと思います。
(※追記ぐらいはするかもしれませんが・・・)
ではっ!!
実は、シン・エヴァンゲリオン劇場版の予想を書いた『その12』は前編で、今回は後編となっているので、未読の方はまずそちらをお願いします~♪
・・・んで、皆さん、いきなりで申し訳ないのですが、『その12』のこの部分↓に気付いてくれたでしょうか???
・・・そう、『その12』で私が書いたのって、『碇ゲンドウが計画した人類保管計画』が成功した場合の予想なんです。
具体的に書くと、この予想って、以下の①②③の全ての条件が満たされた場合のみに成立するんじゃないかと私は考えているんですよ。
①時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる
②シンジがトリガーとなりファイナルインパクトが発動
③シンジの心からの願いとして時間が巻き戻される
まぁ、②のトリガーについては、他の候補として『初号機』 『第13号機』 『特報で一瞬だけ登場した4人目のカヲル君』等が選ばれる可能性も0ではありませんが、曲がりなりにも碇シンジが主人公であることと、シン・エヴァンゲリオン劇場版がシリーズの最後を飾る作品であるということを考慮すると、シンジ一択じゃないかなぁ、と私は考えています。
つーか、『シンジ以外がトリガーになる』とか、『ファイナルインパクト自体が発生しない』とかいう展開は、今まで積み重ねられてきたストーリーや明かされていない謎の数々から考えるとある意味ちゃぶ台返しのようなものなので、そんな展開になった場合は考察する側としては完全にお手上げでっせ、旦那(誰?)
そうそう、4人目のカヲル君↓は、シン・エヴァンゲリオン劇場版 特報2 の0:29に登場していますが、彼がどこから来たかについては、『その2』に一応追記しておきましたです。
・・・んで、話を戻しますが、普通に考えると、この①②③の条件の中で一番大変なのは、『①時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる』の部分なんです。
だって、『破』のラストのこのシーン↓を見れば判るように・・・
・・・新劇場版のシンジの心理は、レイの奪還を成就したことにより、全てを受け入れて肯定できるような状態まで一度昇華している訳ですよ。
(※最初の考察に追記しておきましたが、このシーンは旧劇場版のシンジの願いが叶った瞬間だったのではないかなと私は考えています。)
この状態から、『全て無かったことにしたい、やり直したい』とシンジに云わしめることがどれだけ大変か・・・
・・・うん?
言ってるじゃん!
・・・そうなんです、『Q』におけるネルフ(ゲンドウ・冬月)は、『時間を巻き戻す以外に世界を救う方法は無いとシンジに思い込ませる』ために、シンジを言葉で説得するのではなく、絶望するまでシンジに負荷を加えて追い詰めるという手段を選択したんだと私は考えています。
・・・つまり、こういうこと↓じゃないかと思うんですよ。
㋑疎外する
『Q』を見た人の多くが、『シンジに対する説明が足りないんじゃね?』という共通見解に辿り着くとは思うのですが、私の考えでは、ゲンドウはシンジを追い詰めるために、必要以上の情報を与えず、フォローもせず、疎外した上で、不安を助長させるような負荷は与え続ける↓という手段を選択したんだと考えています。
ただ、冬月は、その手段に納得がいっていない↓ようですけれどね。
つまり、冬月は、ゲンドウの生き様(今までしてきたこと、これからしようとしていること)をシンジに見せて(説明して)協力してもらうことでも、ゲンドウの目的は達成できるのではと考えているんじゃないでしょうか・・・
といっても、冬月はゲンドウの計画に着いて行くと決めているらしい↓ので・・・
納得がいかなくても結局はゲンドウに従うしか無いんだと私は考えています。
㋺情報を正す機会を与えない。
『その11』で述べましたが、Qのシンジは、旧劇場版のシンジの魂と新劇場版のシンジの魂が合体した存在であり、その上で、旧劇場版のシンジの記憶が消去されている状態だと私は考えています。
そのため、もし仮に旧劇場版のシンジの記憶が残っているのであれば、ヴィレの構成員達(ミサトやリツコ達)との間で情報の共有化・すり合わせ等が可能なはずなので、現実的な落としどころをシンジが選択できる可能性も考えられたかもしれませんが、記憶消去によりその可能性はもみ消され、記憶が無いシンジと記憶消去の事実を知らないミサトやリツコ達との間で埋めようもない程の認識のズレが生じることになったのではないでしょうか。
その結果、ミサトやリツコ達はシンジを突き放し、シンジは強烈な疎外感と孤独を味わうという、ゲンドウの計画通りに話が展開していったという寸法です。
㋩シンジの心に揺さぶりをかける。
シンジが順調にダークサイドに堕ちていくタイミングで決定的な情報をシンジに伝えることにより、シンジの心理状態に揺さぶりをかけます↓
この役割を演じるのはゲンドウではなく冬月なのですが、㋑で上述したように、冬月はシンジを追い詰めるという手段に納得がいっていないはずなんですよ。
だから、そりゃ不満も言いたくなるってもんですよ↓
でも、私の考えが正しければ、この役割はゲンドウが担う訳にはいかないはずなので、消去法的に冬月がやるっきゃナイトなんです。
(この点については後述します。)
㊁アヤナミレイ(仮称)という存在。
『序』『破』で登場した綾波レイと『Q』で登場するアヤナミレイ(仮称)とは、外見こそそっくりですが全くの別人です↓
でもシンジは、アヤナミレイ(仮称)のことを『序』『破』の綾波レイだと勘違いしている↓んですよ。
そしてそれが、『Q』におけるシンジの最後の心の支えだった訳です↓
しかし、上述の㋩において、冬月に真実を告げられた結果↓
たった一つ残っていたシンジの心の支えが打ち砕かれたって寸法↓です。
・
・
・
㋭カヲル君を放置する。
カヲル君は、作中でシンジを救おうと画策してはいますが、何故か、肝心な部分をシンジに教えようとはしないんです↓
おそらくゲンドウは、カヲル君のそんな立ち位置を考慮(利用)した上で彼をシンジにあてがい↓・・・
シンジに対する真実(肝心な部分は含まれない)の開示↓を黙認し・・・
一度完全に心を閉ざしたはずのシンジがカヲル君の言葉を信じてやっと心を開いた段階↓で・・・
カヲル君の目論見を潰すことでシンジを救う手段を失わせ↓・・・
最期は、シンジの心にトドメを刺すための生贄となってもらった↓のだと私は考えています。
・・・そう、これら㋑㋺㋩㊁㋭によりシンジの希望は完全に打ち砕かれ、その心は堕ちるところまで堕ちた状態↓になったのではないかと私は考えているんです。
そして、シン・エヴァンゲリオン劇場版において、満を持して父子の対決の場が設けられ、最後の希望として、時間を巻き戻すことができるという提案がゲンドウからシンジに伝えられ、他にすがるものが無いシンジがそれに飛びつく・・・というのがゲンドウの計画なのでは、と私は考えているんです。
だって、ゲンドウにとってシンジは道具の一つに過ぎない↓のだから・・・
そう、シン・エヴァンゲリオン劇場版でおそらく描かれるであろう、この父子の対決の場面において、ゲンドウはシンジに対して救いの手を差し伸べる存在にならなければならないので、上述の㋩の場面でシンジの心に揺さぶりをかける役割を担う訳にいかず、消去法的に冬月が不本意ながらも引き受ける形になったんだと私は考えています。
尚、個人的には、緒方恵美さんの2019/10/21のtwitterのつぶやき↓が、父子の対決のシーンのことを指しているのではないかなと考えています。
※Twitterで探したら無いんだけれど、ひょっとしてこのつぶやきって削除済み???
また、『心理コントロールしてたってこと? いくら何でも考え過ぎじゃね?』という人も多いかと思いますが、実際、『序』にこんなシーン↓があったことを考慮すると、シンジの心理への干渉は、むしろかなり早い段階から行われていたんじゃないかと私は考えています
。
・・・話を戻します。
んで、『その12』で私が書いたのは、要は、この父子の対決の場面でシンジがゲンドウに屈服して提案を受け入れたんじゃね?・・・そうすると漫画版に話が繋がるんじゃね?・・・という考えだったんです。
しかし、仮にこの展開が成立してしまった場合、シンジはゲンドウの掌の上でいいように踊らされた道化に成り下がってしまうことになるのですが・・・
エヴァの主人公として
それはアリなんだろうか?
それはアリなんだろうか?
・・・これが、『その12』を公開した段階での私の正直な考えでした。
というか、これだとどう考えても碇ゲンドウが主人公ってことになっちゃうし(苦笑)
・・・そんな中、2019年7月6日に0706作戦が公開されました。
そして、それに先立つトークショーの中で、緒方恵美さんからこんなコメント↓が出てきました。
シンジとしてこんな質問されたらどう考えたってポジティブな結末を選ぶに決まっているじゃん。
てことは、シンジがゲンドウに屈服するようなネガティブなストーリーは選ばれる訳が無いということを意味しています。
うん、そうだよ!
よくよく考えてみれば、シンジは絶望したままではなく、何らかの希望を抱いた状態に復活することがシン・エヴァンゲリオンの予告で示唆されていたはずです↓(しかも、私自らが『その9』で色々と主張してたじゃんw)
クリックで拡大↓

そして、シンジが復活する展開が本当にあるとすると、上述した㋺の状況が改善されるような展開・・・つまりはシンジが世界の真実を知り、同時にミサト・リツコ・アスカ(惣流)といったヴィレの構成員が『シンジにはTV版や旧劇場版時代の記憶が無い』という事実を知り、閉塞した状況に光が射すような展開っていうのがひょっとしたら見られるのかもしれません。
何か、オラちょっとワクワクしてきたぞ!
・・・とまぁ、取り留めの無いことを色々と書き連ねてしまいましたが、要は、シン・エヴァンゲリオン劇場版の結末がどんな内容になるかは判りませんが、少なくとも・・・
シンジが主人公として作品をちゃんと終わらせてくれるストーリーが展開されるにちげぇねぇ!
・・・ってことです。
これだけは、結構な自信を持って主張できるんじゃないかと思っています。
まぁ、絶望から逃げるためではなく、シンジが自分の意志で時間を巻き戻すことを選択するストーリーが展開される可能性だってゼロでは無いかもしれませんし(その場合は、『その12』の予想も無駄じゃなかったかも?)。
ということで、長らく続けてきたエヴァの考察シリーズですが、何かうまいこと言った感をかもし出したところで終わりにしたいと思います。
すんげー長い文章なのにここまで付き合って読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!
ではっ!!
- 完-
<今日の一言>
・・・うん?
『マリについては触れないの?』
という皆の心の声が聞こえてきたような気がする(苦笑)
いや~、新劇場版におけるマリの位置付けって、情報があまりにも少な過ぎて大したこと言えないってのが正直なところなんですよ。
そんな状況で、マリについて辛うじて私が言えるのは・・・
『破』で登場したときののマリの年齢は14歳ではなく
たぶん19歳くらい
たぶん19歳くらい
じゃないかなってことくらいです。
つーか、マジでこれくらいしか言えることない。
・・・今のところは。
ただね、何故そう考えたのかについてだけは、ちょっとだけ説明したいと思います。
・・・皆さん、エヴァンゲリオンANIMAという小説を知っていますか?
これ、『もしもTV版のストーリーで人類補完計画が起こらなかったとしたら……。』という公式のifストーリーで、TVアニメ新世紀エヴァンゲリオンの24話の3年後を描いた内容となっています。
重要なことなので二度言いますが・・・
公式のifストーリー
なんですよ。
その内容については読んで貰えばわかると思うので割愛しますが、ぶっちゃけ旧劇場版、新劇場版、漫画版とはかなり違うストーリーが展開されます。
んで、このANIMAには・・・
マリという少女↓が登場するんです。
※クリックで拡大↑
その特徴はこんな感じ↓
①栗毛(3巻P128)
②「にゃあ」と鳴く(3巻P128)
③動物を引き連れて行動(5巻P148)
④4足歩行タイプのUSエヴァビーストに搭乗する(3巻P198)
⑤レイNo.6(肉体年齢8歳:4巻P202)と同じくらいに見える外見(3巻P128)
一方、新劇場版のマリはどうかというと・・・
①髪は栗毛

②随所で「にゃ」と鳴いている

③新劇版のマリは、実は動物との関係性を示唆する設定がある↓

※クリックで拡大↑
※クリックで拡大↑
④マリ搭乗のエヴァ2号機がビーストモードにより4足歩行タイプに変形↓
・・・という感じで、不思議と①②③④については妙な共通点があるんです。
・・・ここまでくれば、もう皆さんはお気づきかと思いますが、私は『新劇場版のマリ』と『ANIMAのマリ』が同一人物だと考えているんです。
実際、見た目もそこそこ似ている↑でしょ?
ただ、私もこの同一性を積極的に主張したい訳ではなかったのですが、今まで書いてきた考察をバックボーンとすると、この2人は同一人物と考えざるを得ないな・・・ってことになっちゃったんです。
何でそうなるかというと、そもそも、このANIMAという作品は、TV版の24話まではTV版と同じ過去を共有していることが公式設定になっているんです。
つまり、⑤で上述したように、ANIMAに8歳くらいのマリが登場しているということは、ANIMAの3年前のTV版24話の時点において5歳くらいのマリが既に存在していたことになります。
だって、公式設定を信じると計算上そうなっちゃうんだから仕方が無いじゃん。
一方、私が今まで書いてきた考察は、時系列上、旧劇場版の後に新劇場版がそのまま繋がるストーリーになっています。
てことは、TV版24話の時点で5歳くらいのマリが存在したのであれば、『破』の時点では14年分を加算して19歳くらいになっていることになります。
だって、自分の考察に当てはめると計算上そうなっちゃうんだから仕方が無いじゃん(二度目)
となると、①②③④について妙に共通点がある2人が別人だと考えるのも不自然なので、新劇場版のマリはANIMAのマリと同一人物で『破』の時点で19歳になっているはずだって考えざるを得ないんです。
だって計(略)
といっても、マリのバックボーンや、その目的とかについては全くわからんので、私がマリについて言えるのはとりあえずはここまで。
考えていることはあるんだけれど、
点と点がうまく線で繋がってくれないんですよね・・・
※2020/10/29追記
結局、『その16』でマリについて一通り説明しました。
全部繋がったかも。
・・・さて、こんな形で紹介することになったエヴァンゲリオンANIMAの小説ですが、『時間を巻き戻すような考えが今後出てくるのでは?』という私の大局的な考察がある程度正しかったと仮定した上で、『その12』で示したエヴァの世界観の楽譜表示に組み込むとこんな感じ↓になります。
※クリックで拡大↓

要は判り易く表現すると、『TV版と旧劇場版から新劇場版に繋がるメインストーリー』を基本の軸とした上で、『漫画版への分岐ストーリー①』と『小説版(ANIMA)への分岐ストーリー②』の二つを、一つの楽譜(世界観)にまとめられるんじゃないか↓ってことです。
※クリックで拡大↓

ただ何度も言いますが、『時間を巻き戻すような考えが今後出てくるのでは?』という私の大局的な考察が当たっていた場合のみ成立する話ですけれどね(苦笑)
でも、この考えが仮に正しかったとすると、こんな感じ↓に公式のイメージボードと不思議と一致するんですよね。
※クリックで拡大↓

よく判らない人は、こんな風に↓楽譜を90°回転させて並べてみると・・・
※クリックで拡大↓

判ってもらえるんじゃないかな?
・・・更には、これによって『TV版』『旧劇場版』『新劇場版』『漫画版』『小説版』の全てのエヴァが一つの世界観で繋がるってことで、今回のイメージボードのキャッチコピー↓にも不思議と合っているような気も・・・(笑)
まぁ、ここまで来たら、シン・エヴァンゲリオン劇場版を見れば判ることですから、公開を座して待つしかないですね~♪
ということで、一度「完」と言ってからがえらい長くなってしまいましたが、今度こそ本当に終わりたいと思います。
(※追記ぐらいはするかもしれませんが・・・)
ではっ!!
thrice upon a time
もよくわからないですけど「むかしむかし」、という意味と、3回目という意味が合わさっているようなのでそこも納得がいきますね。
ありがとうございますうううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!
Qの黒い月とそっくりな星がanimaでも登場してるし、やっぱりanimaとちょっと繋がりがあるのかなぁと個人的に思いました。
本当に楽しく読ませてもらいました!!
Qの内容がわからな過ぎてこのブログにたどり着いたのが数年前。
それ以来、更新が楽しみで見続けていました。
ちなみに、マリは漫画版最終巻で1998年時に16歳とされてますがこれは別人と考えるべきですかね。
これが現実となったらとても燃える展開です!
エヴァに繋がるようになるのかな?