とーとつですが、このところワタクシ密かに思っていることがあります。それは、「ガサラキが来る!」ということです。
98年10月から2クール25回放映されたテレビアニメ「ガサラキ」。「ボトムズ」の高橋良輔監督作品ということで、それなりに話題にはなっていましたが、内容がアレすぎて
到底大人気作とはなれず、スポンサーが目論んでいたおもちゃ販売もパッとせず。
サンライズ作品といえば、相変わらず「ガンダム」がバシバシ稼ぎまくり、「ボトムズ」は根強いファンがいる─という中で、この「ガサラキ」は、はっきり言って「忘れられた作品」となりつつあるのか?という感じでした。
とはいえ、私なんぞがいまだに「大好き!」ってくらいですから、そこはかとなく人気はあるだろうと思います。しかし、あくまで「カルト人気」でしょう。
う~む、相変わらず前フリが長いですのう
ようするに、一般的な人気作品ではない「ガサラキ」、それがなにゆえ今「来る!」と私は思うのか?
それは、このところ日本国中をにぎわせている前防衛省幹部による、「あの出来事」です。
日曜日午前のニュース解説番組はこぞってこの問題を取り上げ、「かつての2・26事件前夜のような空気が醸成されている」などと問題視する声が多数。特に、ネット上では更迭された人物に対する賛同の声が圧倒的である、と。
─ならば、「ガサラキ」じゃないですか。
約10年も前に、「自衛隊がクーデターを起こす」という衝撃のストーリーを展開した「ガサラキ」に、今こそ注目が集まるはずだ!10年たってやっと再評価されるぞ!
今ならまだ、中古DVD市場におきまして安価で手に入るはずです。なんたって人気のない作品ですから(失礼)。
今のうち、ですぞ。
・・・と、ワタクシの野性のカンが告げているわけです。
(もちろん、あてにならないカンです
)
さあ、ゆるゆると、しかし熱く「ガサラキ」について語ります。
主題歌
殺伐とした風の音。木枯らしのようだ。それを切り裂いて、横笛が一声鳴り響く。それが合図であるかのように、シンセサイザーの重厚な音が流れ出し、まもなく苦しげな(誰かの)呼吸音と心臓の鼓動がかぶさっていく。
「ガサラキ」のオープニング曲は、こんなふうに始まる。
すぐに重低音がリズムを刻み出し、少し舌足らずな女性のボーカルが、英語の歌詞を歌い始める。
dust to dust 、 ashes to ashes ・・・
塵は塵に、灰は灰に─これは聖書の言葉じゃないか!しかも、歌っているのは「種ともこ」。あまりにマニアックすぎる。
このオープニングだけで、私はあっという間にこの作品に夢中になってしまった。
主題歌は、やがて間奏部分にさしかかる。そこで、またいきなり和楽器の演奏が乱入してくる。さらに今度は能楽の「謡」まで加わる。
サンプリング音源の電子楽器と、和楽器が見事なコラボレーションを見せて、主題歌「message #9」は完結する。アンビエント・ミュージックっぽいつくりの楽曲である。
アニメソングの好き嫌いはいろいろあるだろう。この曲が「アニソンの名曲」かと問われれば、「違うでしょうなあ」としか言いようがないけれども、それでも私はこれが至高の曲である、と思っている。
この「message #9」が単独の存在ならば、極上の曲とまでは思わない。しかし、これが「ガサラキ」という作品の主題歌であること。それによって、名曲であると断言できる。
間違いない。この主題歌は、「ガサラキ」の作品世界を完全に補完している。
ところで、歌詞が「聖書の言葉」であるとは言ったけれども、実際はちょっと違う。実際は、ashes to ashes、 dust to dustなので、順番が逆である。たぶん、メロディにのせる語呂を重視したからだろう。
これは、旧約聖書の創世記にある言葉で、キリスト教式の葬儀における祈祷文として使われている(アメリカ映画のお葬式シーンで出てきたりする)。
わざわざ英語の歌詞にしているところがミソだが、内容はこんな感じである。
塵は、塵へ。灰は、灰へ。そして、魂は魂に還る。
2度は言わないから。さあ今、心に刻んで。
あの叫びが聞こえる?そこまで心を飛ばせて。
あなたの心を飛ばせて。行き着くところまで。
「ガサラキ」のオープニングは、実は本編映像を適当に(?)つなぎ合わせただけのよくあるヤツで、特別に作ったものではない。2、3話おきに内容が変わる。
しかし、逆にそれが功を奏しているように思う。適当につなぎ合わせただけ、とはいうものの、きちんと音楽のリズムや演奏を考慮した映像になっているし、まだ本編に登場しないカットが予告編のように流れる部分もあって、いろいろと想像がかきたてられる。
この「想像をかきたてる」というのが重要で、「ガサラキ」においては想像力を目いっぱいに動員して、脳内補完をしつつ鑑賞しなければ、あっという間に置いてきぼりを食らってしまう。
見る者にそんなことを強要する作品など、すぐれた作品などとは到底言えまいが、この「未完成さ」がどうしようもない魅力だと、私などは感じてしまう。「だからやめられない」ってやつなんである。
オープニングは、そんなことまで雄弁に語っているのである。
ちなみに、オープニングとは違って、エンディングはきちんと作ってある。これもなかなかいい映像である。
エンディングでは、主役の二人─ユウシロウとミハル─が、昔風の和服で登場し、意味深な場面を繰り広げる。
いい。実にいいなあ、これ。
で、次回へ続きます。
98年10月から2クール25回放映されたテレビアニメ「ガサラキ」。「ボトムズ」の高橋良輔監督作品ということで、それなりに話題にはなっていましたが、内容がアレすぎて
サンライズ作品といえば、相変わらず「ガンダム」がバシバシ稼ぎまくり、「ボトムズ」は根強いファンがいる─という中で、この「ガサラキ」は、はっきり言って「忘れられた作品」となりつつあるのか?という感じでした。
とはいえ、私なんぞがいまだに「大好き!」ってくらいですから、そこはかとなく人気はあるだろうと思います。しかし、あくまで「カルト人気」でしょう。
う~む、相変わらず前フリが長いですのう
ようするに、一般的な人気作品ではない「ガサラキ」、それがなにゆえ今「来る!」と私は思うのか?
それは、このところ日本国中をにぎわせている前防衛省幹部による、「あの出来事」です。
日曜日午前のニュース解説番組はこぞってこの問題を取り上げ、「かつての2・26事件前夜のような空気が醸成されている」などと問題視する声が多数。特に、ネット上では更迭された人物に対する賛同の声が圧倒的である、と。
─ならば、「ガサラキ」じゃないですか。
約10年も前に、「自衛隊がクーデターを起こす」という衝撃のストーリーを展開した「ガサラキ」に、今こそ注目が集まるはずだ!10年たってやっと再評価されるぞ!
今ならまだ、中古DVD市場におきまして安価で手に入るはずです。なんたって人気のない作品ですから(失礼)。
今のうち、ですぞ。
・・・と、ワタクシの野性のカンが告げているわけです。
(もちろん、あてにならないカンです
さあ、ゆるゆると、しかし熱く「ガサラキ」について語ります。
主題歌
殺伐とした風の音。木枯らしのようだ。それを切り裂いて、横笛が一声鳴り響く。それが合図であるかのように、シンセサイザーの重厚な音が流れ出し、まもなく苦しげな(誰かの)呼吸音と心臓の鼓動がかぶさっていく。
「ガサラキ」のオープニング曲は、こんなふうに始まる。
すぐに重低音がリズムを刻み出し、少し舌足らずな女性のボーカルが、英語の歌詞を歌い始める。
dust to dust 、 ashes to ashes ・・・
塵は塵に、灰は灰に─これは聖書の言葉じゃないか!しかも、歌っているのは「種ともこ」。あまりにマニアックすぎる。
このオープニングだけで、私はあっという間にこの作品に夢中になってしまった。
主題歌は、やがて間奏部分にさしかかる。そこで、またいきなり和楽器の演奏が乱入してくる。さらに今度は能楽の「謡」まで加わる。
サンプリング音源の電子楽器と、和楽器が見事なコラボレーションを見せて、主題歌「message #9」は完結する。アンビエント・ミュージックっぽいつくりの楽曲である。
アニメソングの好き嫌いはいろいろあるだろう。この曲が「アニソンの名曲」かと問われれば、「違うでしょうなあ」としか言いようがないけれども、それでも私はこれが至高の曲である、と思っている。
この「message #9」が単独の存在ならば、極上の曲とまでは思わない。しかし、これが「ガサラキ」という作品の主題歌であること。それによって、名曲であると断言できる。
間違いない。この主題歌は、「ガサラキ」の作品世界を完全に補完している。
ところで、歌詞が「聖書の言葉」であるとは言ったけれども、実際はちょっと違う。実際は、ashes to ashes、 dust to dustなので、順番が逆である。たぶん、メロディにのせる語呂を重視したからだろう。
これは、旧約聖書の創世記にある言葉で、キリスト教式の葬儀における祈祷文として使われている(アメリカ映画のお葬式シーンで出てきたりする)。
わざわざ英語の歌詞にしているところがミソだが、内容はこんな感じである。
塵は、塵へ。灰は、灰へ。そして、魂は魂に還る。
2度は言わないから。さあ今、心に刻んで。
あの叫びが聞こえる?そこまで心を飛ばせて。
あなたの心を飛ばせて。行き着くところまで。
「ガサラキ」のオープニングは、実は本編映像を適当に(?)つなぎ合わせただけのよくあるヤツで、特別に作ったものではない。2、3話おきに内容が変わる。
しかし、逆にそれが功を奏しているように思う。適当につなぎ合わせただけ、とはいうものの、きちんと音楽のリズムや演奏を考慮した映像になっているし、まだ本編に登場しないカットが予告編のように流れる部分もあって、いろいろと想像がかきたてられる。
この「想像をかきたてる」というのが重要で、「ガサラキ」においては想像力を目いっぱいに動員して、脳内補完をしつつ鑑賞しなければ、あっという間に置いてきぼりを食らってしまう。
見る者にそんなことを強要する作品など、すぐれた作品などとは到底言えまいが、この「未完成さ」がどうしようもない魅力だと、私などは感じてしまう。「だからやめられない」ってやつなんである。
オープニングは、そんなことまで雄弁に語っているのである。
ちなみに、オープニングとは違って、エンディングはきちんと作ってある。これもなかなかいい映像である。
エンディングでは、主役の二人─ユウシロウとミハル─が、昔風の和服で登場し、意味深な場面を繰り広げる。
いい。実にいいなあ、これ。
で、次回へ続きます。