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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

遠雷、アトラスの山より

2007-10-24 04:37:34 | イスラム世界

 ”REGGDIATES VOL.4”by JALAL EL HAMDAOUI

 昨年の我が年間ベストCD10選で、初対面の音楽にもかかわらずその概要紹介的コンピレーション盤が、なんとベスト1に輝いてしまったモロッコのレッガーダ・ミュージック。
 ともかくその際は、こいつは凄まじい音楽に出会ってしまったと、とりあえず驚愕した次第です。

 で、この盤は、まだまだ生まれたばかりと思われるこの音楽の、自分はクリエイターであると名乗る人物、Jalal の新作だそうで。こいつは期待せずにはおれません。(ジャケの写真はなにやら薄化粧して気色悪いですが、これは我が国の大衆演劇とかの世界に通ずるものがある大衆文化のむしろ国際的本道、とでも取っておきましょうや)

 で、さっそく聴いてみれば、その生命力溢れるワイルドなノリにすっかり持って行かれて、唖然とするうちアルバムを聞き終えていた、と言うのが掛け値なしの感想。

 ともかく変則リズムを狂騒的勢いで打ち鳴らす民俗打楽器群と、休みなく吹き鳴らされる民俗管楽器群、そしてそれらが一体となってともかく前のめりで突っ込む狂騒的祝祭世界、という具合で、”PA”とか何とか言うより、そこらのメガホンでも掴んで、イスラミックなコブシをコロコロ廻しつつ怒鳴り倒している、そんなイメージのボーカルの勢いも相まって、ともかく我々スキモノの血を熱くせずにはおきません。

 この音楽の魅力の由来を簡単に言えば、かの国のアトラス山系に由来するベルベル民族のトランス系祝祭音楽が急速に今日化する過程で、外界の音楽からもある種歪んだ形で影響を受けつつ強力にファンキーな方向に捻じ曲がっていってしまった、そのワイルドなありようがともかく魅力的なのだ、とでもなるんだろうか。

 いや、実のある紹介文なんて書けるわけないよ、その音楽の背景も何も、推測の域を出ない状態であるわけだし。この音楽、我が国の活字メディアでも未紹介なんでしょ?
 そんな訳で、まだまだ分からない部分が多い音楽なんだけど、それはともかく、嬉しくなってしまいますな。地球の音楽地図には、いまだにこんな音楽が飛び出してくる余地がある、という事実が。


トロット娘の血は騒ぐ

2007-10-23 01:09:24 | アジア


 ”1st Album”by On Hee Jung

 韓流ブームとか言ってるけど、かのハングル帝国がド演歌の天国である事実などはやっぱり「ないことにしておこう」って扱いで進行してるんでしょうな、ブーム仕掛けサイドとしては。うん、だったらわざとでもかの国の演歌の話を書いておかねばならん。

 以前、ここに紹介したこともあるLPG(ロング・プリティ・ガールズ)の人気爆発なども要因となっているのだろうか、ここのところ、なかなか生きの良いトロット演歌の新人女性歌手のデビュー盤に出会うことも多い韓国の音楽シーンである。あちらでは、本当にトロット演歌のブームが来ているのかな?それも、若い女性歌手主導で。

 そのジャケなどみるとどれも、今回のものもその好例なのだけれど、まるでアイドル歌手のそれかと見まごう可愛さである。まあ、本人のルックスのクオリティもそれなりに高いんだろうけど、カメラマンも相当に入れ込んで撮っている感じだ。
 その辺、スタッフ連中が若い男たちの需要を標的に仕掛けてきているなと思わざるを得ない。これはやっぱり本気でブームに持ち込んでゼニ儲けする目論見なんだろう。

 で、ジャケの意匠は可憐なアイドル歌手なのに、収められた音は堂々のド演歌である。その辺の落差が妙に楽しく、見かけるとつい購入してしまうのですな。

 昨年の我が年間ベスト10に入れた”Noyuni ”のアルバムもそうだった。あれもアイドル顔の女の子がキリッとこちらを見つめ、タイトルなんか英語で”Love Always Finds a Reason ”と銘打たれ、でも内容を聞いてみれば打ち込みリズムに乗ったど根性娘のパワフルなコブシがこだまする大演歌大会なのだから、これは痛快だ。

 今回の On Hee Jung 嬢も、なんだかグラビアアイドルみたいなルックスに、Noyuniよりもさらに実力アップした歌唱力で本格演歌を熱唱していて、これは迫力。ドスンと腹に響くコブシ・ボーカルで、しかもアレンジこそディスコ調なれども、楽曲自体は相当にディープに韓国演歌の根幹に根ざすもので、聴き応え十分。

 このアイドル演歌ムーブメント、このままドンドコ白熱していってくれること、大いに期待するものであります。ジャケを見ているだけでも十分楽しめるってのも嬉しいよねえ。

夕ご飯に間に合うように

2007-10-20 23:58:56 | いわゆる日記


 昨日に続いて音楽に関係ないCM話で恐縮ですが。

 あれは電気かガス関係の会社のCMだったと思うんだけど。若い夫婦が主役でね。

 ダンナの方が会社から家に電話をかけている。で、最後に奥さんが「晩御飯はどうする?」とか尋ねます。するとダンナは、仕事上の付き合いもあるんでしょう、そんな感じで、「いいよ、外で食べて行くから」なんて答える。で、奥さんは、「そう・・・ううん、いいの。まだ作っていなかったから」とか答えるんだけど、電話を切る寸前、炊飯器の音声通知機能が「ご飯が炊き上がりました」なんて”喋って”しまう。

 晩御飯の用意はしてたんですな、この奥さん。でも、ダンナに気を遣わせまいと、「まだ作っていなかった」とか嘘を言った。ところが炊飯器の音声が電話の向こうのダンナの耳にも聴こえてしまい・・・

 ここで暮れ行く町並みを走り抜ける電車が画面に映りまして、次のシーンでは、「ただいま」とか言って我が家の扉を開けるダンナの姿が。仕事をやりくりして、あるいは断って、家に帰ってきたんでしょう、奥さんの作ってくれた晩御飯を食べるために。
 と、心温まっているのは勝手なんだけどさあ。

 炊飯器が「炊き上がりました」と言ってから、ダンナが家に帰り着くまで、どのくらいの時間がかかってるんだ?映像を見る限りでは、かなり大きな都会暮らしのようだし、ちょっと隣の町内の会社に出勤、てなものではないでしょう。部屋を借りたにしても家を立てたにしても、自宅は結構遠いぞ。通勤に1時間や2時間はかかるのが普通だ。

 ダンナも何も伝えず、”意外にも予定通り帰宅して奥さんを驚かす”というコンセプトで動いていたようだしね。帰ってきたはいいけれど、奥さんはすでに諦めて料理は中断、下ごしらえしかけの材料なんかはラップに包んで冷蔵庫へなんて具合で、”いまさら帰って来ても困る。外で食べてくるって言ったじゃない!”とか、そういう状況になってしまったりするんじゃないのか、ほんとだったら。

 このパターン、CM屋さんて結構好きですね。
 昔、これはなぜかはっきり覚えているけどオージービーフのCMで、同じ発想のものがあった。

 やはり電話の向こうで「今日はこれから付き合いがあるんだよ」とかいうダンナに、奥さんがフライパンの上で焼きあがろうとしているステーキのジュージュー言う音を受話器越しに聞かせ、そのうまそうな音を聞いたダンナは舌なめずりしつつ家に飛んで帰り、ビーフのおかげで今日も一家は明るい食卓を囲むことが出来ました、なんて話。

 これも相当なものだぞ。たった今、フライパンの上で焼かれている牛肉を、大急ぎで会社から家に帰って食べごろのうちに食べるなんて芸当は、会社の隣に家でも建てなきゃ無理だろう。

 もっとも事実はCMよりも過酷で、あの故・寺山修司が若く、まだ実母と暮らしていた頃の話が凄い。

 その日は家で食事をすることになっていたので、母は寺山が好きなハンバーグを夕食に用意していた。が、出先で寺山は急な用事が出来てしまい、結局、家に帰り着いたのは夕食の時間を何時間も過ぎた頃だった。
 帰宅した寺山が家のドアを開けると、母親は憤怒の表情で、「お前がいくら待っても来ないから!」と言い、テーブルの上の皿に焦げ臭い煙を上げる小さな黒い塊を乗せ、「食え!」と言った。

 なんと寺山の母は、寺山が帰って来るまでの数時間、ずっとフライパンでハンバーグを焼き続けていたのだった。おそらくは心尽くしの料理を軽視され、夕食を放置されたことに立腹したゆえの嫌がらせとして。

 どうだ、CM屋諸君。このエピソードを何かの宣伝に使う気はないかね。
 

不可解なるCMソング

2007-10-19 16:10:41 | いわゆる日記


 小田急ロマンスカーの、”あなたは今 どの空を見ているの♪”とかいう、長年あそこのCMに使われている歌の歌詞が不可解だ。

 ”水平線がゆっくりと 一つに重なれば♪”

 とかいうんだけど、”水平線が一つに重なる”ってのは、どういう意味だろう?
 CMで描かれているあの瞬間まで、水平線は複数、存在していたのか?

 水平線とは海と空とを分かつ境界線なのであって、そんなものが何本もあるはずは無い。それが”重なる”ってのはそりゃ、どこの天体の話だ?

 分からんわ、いくら想像力を逞しくしても。

馬来之伊達男

2007-10-18 03:11:44 | アジア


 ”Semalam”by Sean Ghazi

 上着を脱いだネクタイ姿で長椅子にポーズをとる伊達男ぶり、いやいや最近はちょい悪オヤジと言うのか、ともかくアルバムの主人公、”Sean Ghazi”は、本職はマレーシアの大物俳優なんだそうだ。確かにそんな感じだなあ。
 で、歌自慢でもあるのでしょう、こうしてちょっとお洒落で切ないノスタルジックな”ジャズ”ボーカルもののアルバムを出した。

 ”マレーシアのナット・キング・コール”というレコード店の惹句があったので、なにしろこちらは思い切りキング・コールのファン、否応も無く購入したのだった。
 針を下ろすと(CDだけど、音が音だけに、この表現を用いたい)聴こえてくるのは、確かに懐かしい”ジャズソング”の数々。あくまでもソフトな、しかしゆるぎない歌唱力でSean Ghaziは楽しげに歌いまくっております。

 その他、ラテン音楽を取り入れたダンスナンバーも含まれているあたり、まさに”大衆歌手としてのナット・キング・コール”に通ずるものがあって、ちょっぴり嬉しくなる。
 その一方、マレーシアのフランク永井ってな気もしてきますが。つまりそれだけ、お洒落なばかりではなく、ドメスティックな庶民音楽の親しみもまた、どこかに流れている。
 欧米風アイスクリームの味の奥底に、なんかドリアンの芳香が気配として残っている。そんなニュアンスで、マレー音楽の魂が音楽のボトムに息付いている。

 収められている各曲の出自はしらねど、昭和30年代には我が国の”洋楽ファン”にも愛好されていたような、古いタイプのジャズ調、というかどちらかと言えばミュージカル映画の挿入歌みたいな感触もあるものがほとんど。”純ジャズ”と言うよりは、60年代はじめのアメリカのポピュラー音楽フォロワー、と受け取るべきでしょうな、この歌手は。

 編曲のセンスなどにうかがえる健全な夢の時間の表現志向は、ときにディズニー映画のサントラなども思い起こさせる。
 かってマレーシアの地に、このような音楽が(おそらくは一部の階層で)愛好されていた事実があるのだろうか。愛好され、この地で新しい曲が書き上げられ、人々に好んで歌われ・・・そのうちその内幕を調べてみたいが、収穫があるやら心もとない。

 以前、映画”ブエナ・ヴィスタ・ソシアルクラブ”を見ていたら、ライ・クーダーがキューバの老バラード歌手を指し、「キューバのナット・キング・コールだ」と畏敬をこめて呼んでいたのが、わが意を得たり!で嬉しかったものだ。
 青少年の頃は、激しいリズムの尖った音楽、芸術性高い表現、などなどを偉大な音楽と思い込んでいたものだが。なに、甘美なメロディを音楽の専門的知識など持ち合わせない大衆の懐にトロッと流し込みその心を奪ってしまう優男のバラード歌い、なんてのが一番ヤバいんだよ、実は。
 

喪われた第2国道

2007-10-17 00:19:33 | その他の日本の音楽


 この間、夜の国道を車で走っていて思いついたんだけど。いや。本当はずっとそんな風な事を思っていたような気もするんだけれど。トム・ウェイツの初期の曲、”Ol'55”と、フランク永井の”夜霧の第2国道”って、ほとんど同じ曲じゃないか。いや、もちろんメロディも歌詞も違いますよ、でもなんか存在が似てないか。

 なんて言ってももはや、どちらの曲も若い人は知らん、てなものかも知れないですが。

 トム・ウェイツは時代遅れの50’ビートニク風酔いどれ詩人を気取った70年代デビューのアメリカのシンガー・ソングライターで、”Ol'55”とは彼のデビュー・アルバムの冒頭に収められていた歌。

 なさぬ仲の恋人の家からの朝帰り、みたいなシュチュエーションを歌った歌だった。闇に紛れていられた夜が終わり、酷薄に現実を突きつけてくる朝が始まる、その白々とした風景を”Freeway cars and trucks,”なる言葉の繰り返しで描いたエンディングが印象的だった。

 一方のフランク永井は昭和30年代に、そもそもがジャズ歌手であるという出自を生かした、当時としてはメチャクチャお洒落な”都会派歌謡曲”で人気を博した”低音の魅力”が売りの歌手だった。

 夜霧の第2国道の歌詞はうろ覚えだなあ。”辛い恋ならネオンの海に 置いて来たのに忘れて来たに~♪”なんて歌い出しだった。フランク永井にしてはストレートな演歌の曲調と言えようが、フランクの歌唱スタイルや編曲などで、都会派歌謡の面目は保っていた。

 第2国道とは、東京から横浜方面に下るあたりと記憶しているが、この歌の流行った昭和30年代は、もはや”戦後”も終わろうとし、高度成長経済が走り出して豊かになる日本社会、それを一方で牽引する自動車社会の到来、なんてあたりを象徴した歌とも言え、やはり時代の最前線を描いていたのだろう。

 一番の歌詞からしてうろ覚えなんだから歌の分析どうこうもないが、失った恋を忘れようとして忘れられない歌の主人公は、東京=横浜間で車のハンドルを握りながら、夜霧を貫いて走る車のヘッドライトの光芒の向こうに、かっての恋人の面影を幻視したりするのだった。

 どちらも、歌われているのは車のハンドルを握った流民の姿だ。現実が、産業が、巨大な音を立てて容赦なく歩を進めて行く。そのありようを横目で眺めながら、女への未練などという”些事”に心奪われ、鋼鉄の行進からずっこけて行く。すなわち心情的流民と化す。

 片々たる庶民のそんな日々の哀感表現が、基本は大いに時代遅れの裏町詩人である当方には、心奪われてならない。そんな”誤差の範囲内”みたいな感傷を軽く飲み込んで、時代は次の扉を開けて行くのだが。Freeway cars and trucks・・・と。

ケルトの垂れ流しを怪しむ

2007-10-14 03:08:27 | ヨーロッパ


 あれは東海林さだおだったかなあ、とにかく、いろいろ面白いもの食べ歩きエッセイの一節だったんだけど、サンショウウオ、というのがいるでしょう、あれを食べに行くという企画の際の話だった。

 あれは天然記念物ですからね、勝手に食うわけには行かない。養殖かなんかで自分のうちで育てたものを合法的に食わせている店に出かけて、「ほほう、これは・・・」などと顔を見合わせつつ食べるわけですが。

 そうこうするうち、その店に地元のお坊さんが入って来た。その人は当たり前の顔をして席に座り、「サンショウウオとゴハン」とか注文して、涼しい顔をしてその「サンショウウオ定食」を平らげて行ったそうな。
 取材スタッフは顔を見合わせ、「あれは違うんじゃないかなあ」と話し合ったとか。
 つまり、そんな非日常的な食べ物を普通の食事として摂ってしまうって、なんか変じゃないかと。

 なんて話をふと思い出してしまう今日この頃。いやあ、先日も書いたばかりの話の繰り返しになってしまうんだけど、まあ一口に言ってしまえば”ケルトを安易にCMとかに使って、日常的に垂れ流すのはやめてくれないか、関係者諸君”ということです。

 先日も書いたとおり、たとえばテレビのCMなんかでも、頻繁に、いわゆる”ケルトっぽい”メロディが使われるようになってきた今日この頃です。

 例の”リバーダンス”のヒットなんかが契機となっているのかなあ。テレビをつけっぱなしにしておけば、もう5分おき、10分おきくらいにケルトなメロディが耳に付く次第となっています。
 それにねえ、私は違和感を感じて仕方ないんですが、ケルト系の音楽愛好家の皆さん、そんな風にお感じではないですか?

 今一番、頻繁に聞くのは、パナソニックのプラズマテレビのCMで流されているケルティック・ウーマンなる、これはコーラスグループなんですかね、彼女らの歌う「ユー・レイズ・ミー・アップ」って歌です。この歌なんか、もう聞こえてくるだけで反射的にテレビのチャンネル変えたくなるくらい、私は反発を感じてしまっている。
 なんだか”違うんじゃないか”って気がしてならないんですよ、私は。

 ケルト系のあの種のメロディというのは、オーバーに言えばある種の”秘儀”として、日常生活とは別の区切りの中で聞いてこそ楽しめるものであって、家族で晩御飯の食卓を囲み、横丁の何とかさんがどうしたとか学校で何があったとか芸能人の誰それが離婚しそうだとか、そんな話題のBGMに流れるのに適当とはどうしても思えないんですがね。

 このような”流行”以前にケルト的な音楽なんてものに出会っていた人は当然、ヨーロッパのトラディショナル音楽のファンだったはずで。そして、太古に失われた民族たるヨーロッパ先住民としてのケルト民族が残していった神秘のメロディに心奪われた・・・当然、それなりの思いいれもあるかと思いますが。

 あっと、私は別に「神聖なるケルトをCMが如きに流用して侮辱するとは、許せん!」とか、そういう方向にいきり立っているわけじゃないです。ただひたすら気色悪い。何とかして欲しいと要望している次第で。

 ケルト的メロディって、そんな風に日常的に聞き流すようなタイプの音楽じゃないでしょう。むしろ、日常とは位相の異なる別の意識の扉を開けてみたくなった時に叩くべきドアじゃないのか。

 珍しい酒は、しかるべき席を設けた上で賞味されるべきで。それが普通に水道の蛇口から流れ出てきたら。それは場違い、トゥー・マッチというものでしょう。珍味なんてものは、たまに食うから旨いんで、毎日、丼にてんこ盛りで出されたら。辟易でしょう?

 闇の中で響くべき旋律を”欧米ではブームらしいから”なんて理由で日常の中に引っ張り出して平然としているCM製作者たちの鈍い感性が許せない、という話です。
 なんて話をしている間にも、また聞こえてくる、”ユー・レイズ・ミー・アップ~♪”の、あの歌声・・・なんとかせーよ、しかし。あれが今ウケ、ということになっているのかも知れないが。

 (写真・ケルト民族に特徴的な十字の墓所)”

カナダ、セピア色の大地に

2007-10-12 02:13:56 | 北アメリカ


 ”Emile Campagne.”

 秋らしい音楽と言えば、そうだ、Emile Campagne がいたなあと思い出し、さっそく検索をかけたんだけど引っかかってきた情報は皆無に近かったんで、唖然としてしまったのであります。
 そんなに無名の人だったのかぁ・・・一つだけ彼を扱ったサイトが見つかったのだけれど、フランス語だったんで残念ながら読めず。

 それにしても写真の一枚さえ見つからないとは。仕方がない、Yahoo!オークションに”the_fifth_heaven ”という人が Emile のCDを出品しておられたので、そこにアップされていたジャケ写真を上に無断流用させていただきました、すみません、the_fifth_heaven さん。

 と言うわけで。
 Emile Campagneは、フランス系カナダ人のトラッド・シンガーです。遠い昔にカナダの地に移民してきたフランス系の人々が新大陸に持ち込んだ民謡の数々を歌い継ぐ道を歌手として選んだ人。

 2000年に発表されたこのアルバムが彼にとってのデビュ-盤にあたるらしいのだけれど、ジャケ写真を見ると、もうこの時点で相当のおじいさんであります。新人歌手、なんて歳ではない。これは長い不遇の時期を過ごしたと言うより、レコードを出すなんてはじめから考えもしなかった田舎の民謡歌手だったのでしょう。

 とにかくまるで歌手の年齢に合わせたかのように、いや実際そうなのでしょう、音の作りもジャケの装丁も、すべてがセピア色に、追憶の色に染め上げられたアルバムです。
 Emile の歌手以外の、つまり本業は農民だったのでしょう。内ジャケには広大なカナダの草原を行く農耕作業車が居並び、積み上げられた牧草の具合を見る、いかにも年老いた農園主然としたEmile の姿があります。

 収められた歌は非常にシンプルな伴奏に乗って歌われる、どれも非常にゆったりとしたリズムの、美しいメロディのものばかり。

 そうです、時は過ぎ行き、すべてのドラマはおおかた終幕を迎えてしまった。もう何も急ぐ必要なんかない。
 年老いたEmile は、地平線に沈み行く夕陽を眺めながら、この大地の上でともに人生を送り、そして今はもうこの世にはいない友人たちや、あるいは遠い昔にこの土地に生きた先祖たちの代わりに、彼の記憶の中に生きる彼の血族の歌を静かに、噛み締めるようにただ歌うだけで良いのです。

 晩秋。一年の農作業の終わりとしての、そして人生そのものの”収穫の時”を二重写しで感じさせるアルバムです。取り入れられた作物の豊饒の喜びと、”終わりの時”がやって来た寂しさと。
 これはもう、出来が言いの悪いのと言う余地も無いような、こちらもただ静かな気持ちで受け入れたい、そんなアルバムであります。

 余談ではありますが・・・Emile の声ってちょっと、あの岡田真澄氏に似ているんだよね。
 だからこうして聞いているとEmile と、昨年でしたか亡くなってしまったファンファン氏の思い出とが、なんだかゴタマゼとなって押し寄せてきて、なんとも言えない気分になるのでした。

とかくこの世は

2007-10-11 15:27:50 | 60~70年代音楽


 ネット上の知り合いである”神風おぢさむ”さんが、”とかくこの世はLet It Beと、おぢつぶやく ”というタイトルで日記を書いておられる。そのタイトルを見ているうちのふとした思い付きを下に書いてみます。
 まあなんだか分からないネタけど、面白いと思って笑ってくれる人も一人くらいはいるだろう、と・・・ちなみに私、とくにビートルズのファンでもないんですが。

とかくこの世はNo Reply
とかくこの世はTomorrow Never Knows
とかくこの世はI'm a Loser
とかくこの世はTaxman
とかくこの世はHello, Goodbye
とかくこの世はWithin You Without You
とかくこの世はCome Together
とかくこの世はHoney Pie
とかくこの世はLove Me Do
とかくこの世はShe Loves You
とかくこの世はFixing a Hole
とかくこの世はWhen I'm Sixty-Four
とかくこの世はSomething
とかくこの世はI'm So Tired
とかくこの世はAll My Loving
とかくこの世はKansas City
とかくこの世はOh! Darling
とかくこの世はHere Comes the Sun
とかくこの世はI Me Mine
とかくこの世はBack in the U.S.S.R.
とかくこの世はHappiness Is a Warm Gun
とかくこの世はRock & Roll Music

バター石の秘密

2007-10-10 02:22:34 | ヨーロッパ


 ”Butterstone”by Dougie Maclean

 秋の調べと言うことで。直球ど真ん中として、このアルバムを持ってきてしまいました。スコットランドのベテラン・シンガーソングライター、ダギー・マクリーンの1983年作のアルバム、”バターストーン”であります。ああ、こりゃ切なくって良いや、この季節には。

 ダギーについて検索をかけると、スコットランドの観光案内のページの中に、こんな記述が見つかります。
 ”MacLeanは1970年代初期以来のケルト族音楽復活の最前線にあった。 彼はTannahillの織工および愚かな魔法使いのような尊重されたバンドのメンバーだった”

 自動翻訳された文章は、妙な味わいがありますねえ。このままでいいんじゃないかって気がしてくる、見ていると。まあ、そうも行かないんで。

 ”Tannahillの織工”はタナヒル・ウィーヴァーズ、”愚かな魔法使い”は、シリー・ウィザードと、それぞれ我が国のファンには知られている名門トラッド・バンドですね。で、1983年以来、彼はケルト音楽復活の最前線にあったそれらのバンドを離れ、ソロ・アーティストとして活躍を続けている、と。

 ダギーの作品である”カレドニア”は、スコットランドの第2の国歌扱いとなった、なんて記述も見受けられますな。現地では、そのくらいの信望を集める歌手のようで。

 我が国ではトラッド好きにしか知られていない人だけど、もっと人気が出てもいいんじゃないか。
 ダギーの作る、いかにも”ケルトの末裔”を思わせる神秘的な響きを秘めた、しっとりと美しいメロディって、いかにも日本人好みの”フォークっぽい繊細さ”に溢れていてると思うんだけどなあ。

 とくにこのあたりの、ほぼ自身のギター弾き語りのみでしっとりとスコットランドの自然と人々の暮らしを歌い上げたアルバムは絶品です。シンと冷え、静まり返った空気の中に澄み切った哀感が一筋、スッと伸びて大気の中に溶けて行く、そんな感触がなんともいえないのであります。

 この時期、ダギーのアルバムのジャケは、彼の奥さんの描く水彩画で彩られていたんだけど、これがまた良い感じ。上に添付した画像で、そのニュアンスをお分かりいただけるかどうか・・・時の止まったような、不思議な静けさに満ちたタッチでスコットランドの田舎の風物を描いていて、これがダギーの歌の世界と見事にマッチングしていたのでした。

 奥さんの絵を絵葉書か何かにしたものがあって、あれは買っておけばよかったなあ、とか、もう絶版であろう今頃になって悔やんでいるんだけど、というか、奥さん、画集でも出していないかなあ、その後。などと思ってみる秋の入り日かな。