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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

バタやんの島唄

2007-11-23 01:17:17 | その他の日本の音楽


 ”島唄2”by 田端義夫

 以前からバタヤンこと田端義夫氏の島歌もの、もう少しスパンを広げてみればマドロス関係、海洋関係の歌と言うのが気になっていた。
 なにしろデビュー曲がいきなり「島の舟唄」であり、その後も、「かえり船」「玄海ブルース」「ふるさとの燈台」「島育ち」などなど、妙に潮風漂う出し物が、バタヤンのメニューの中に居並んでいるではないか。しかも明らかな南向き奄美~琉球航路。こいつは何か深い根を持つ志向なのか?

 このあたり、「港々の歌謡曲」のイナタい響きを求めて国境線を越えて行くのが本能のワールドミュージック者としては心穏やかではいられない。その辺のレパートリーばかりを集めたアルバムでもないものかな、などと気にはなりつつ、地球の裏側のポップス事情などに夢中になっていたのだが。
 そんなある日、なんとなく通販サイトを検索していたら、何のことはないそのものずばり田端義夫の”島唄2”なるCDが出ていたではないか。しかも、もう4年も前に。なおかつ”2”だ。”1”はこちらの知らぬ間にリリースされ、当に絶版となっているようで、なんとも間が抜けたオハナシ。

 と言うわけで遅まきながら今回やっと”2”を手に入れ、聞いてみた次第である。
 冒頭に収められた”涙そうそう”はかってラジオで聴いていて、それについてはこの日録ですでに書いている。こうしてCDを手元に聴き直してみてもこの曲の、ゆっくりと天空を過ぎって行く暖かい日差しみたいな、穏やかな手触りは変わらない。

 収められているのは田端義夫がこれまでに発表してきた沖縄~奄美関連の作品群に加え、「涙そうそう」のようにビギンや喜納昌吉の、ずっと新しい作品をバタヤン節で歌いこなした新録がいくつか。
 昔の録音と最近の作との声の張りの差は、それは仕方がないのだが、アルバムを聴き進むに連れ、気にならなくなる。
 これはビギンの比嘉栄昇が田端義夫のライフ・ストーリーを題材に作り贈った曲なのだろう、人生を振り返っての感慨を込めて歌う「旅の終わりに聞く歌は」がアルバムのど真ん中に鎮座し、「空は夕焼け旅は終わらず」と締められては、たかが数十年の時の経過など、こだわって聞いて入れらない。

 ちょっとどぎまぎしてしまったのが、これは当方、子どものころから聴き馴染んでいた”島のブルース”である。
 ”奄美なちかしゃ 蘇鉄の陰で”と、この唄がこのアルバムの中におかれ、しかもこちらの頭がワールドミュージック状態、という設定で聞き直してみると、”島のブルース”って、歌詞の通りの奄美のイメージではないね。と言って沖縄でもなし。歌のメロディや歌詞やアレンジなどなどが入り混じって醸し出すのはもっと南に下って、台湾の山地民族の習俗を彷彿とさせる、そんな世界だ。少なくとも私にはそのあたりを想定して作られた歌のように聞こえる。

 これ、製作当時の製作者側にとっては奄美も沖縄も台湾山地も似たようなもの、というか全部あわせて”南方”を構成する一つの世界、くらいの把握がなされていたんではあるまいか。そんな風に思えるが。当時の”本土の人間”の意識とはそんなものだったのかなと、なんだかヤバい気分で首をすくめてしまったのだった。

 それら、収められた”島唄”の出自も良く分からないままなのだが、作詞家や作曲家の名に普久原とか上原とか照屋とか沖縄の人らしき苗字も散見されることから、”本土”の作家が作り上げた想像の産物は意外に少なく、取り上げる島唄のソースは地道に現地に取材していたのだろうか。
 などというのも、今日、”島唄”として我々が聞く音楽に比べると、田端義夫の島歌は、若干観光絵葉書的匂いが漂うのである。まあ、そのような歌を選んで歌っていたのかも知れぬし、当時の島歌はそのようなものであったのかも知れぬ。この辺は、その方面に詳しくない当方、今後の研究課題ということで(こんなんばっかしだな)

 なぜマドロスものか、なぜ南を目指したのか、に関してはついに良く分からぬままだ。検索をかけて彼の人生を追ってみても特にそれに関わる強力なエピソードがある訳でもなし。
 デビュー曲が海絡みだったのも単に流行だったからのようだし、その後の展開もやってみたら受けたから続けた、というきわめて”大衆音楽の真実”なものだったのではないかと、とりあえず想像しておく。

 それにしても・・・かっての日本人が海の向こうに向けた視線の切ないこと。
 南の島に仮託したつましいエキゾチシズムに酔い、”純情なる島娘”の幻想に勝手に切なくなっている。
 まだ貧しかった時代の日本人たちが浜で車座になり、酒の肴のスルメを焼く、その匂いが潮の香に混じって漂ってくるようだ。船の焼玉エンジンのポンポンいう音が響いて、浜は夕暮れ。

 そして、その切なさの具現としての”マドロスの旅”を、つまりはあてない幻想行を身をもって演じていた田端義夫だった。

 そんな彼の老いた身が、南の港で予期もしなかった現世の人間たちに迎えられ、「よく帰ってきたサー」と手を差し伸べられた、そんな”ありえない帰郷”風景が収められたアルバムなのだなと勝手に理解し、最初は違和感を感じていたビギンの連中の曲にもいつの間にか馴染んでいた当方なのでありました。
 

南の島の福音歌

2007-11-21 21:36:11 | アジア


 ”Mujizat Itu Nyata”by Joy Tobing

 インドネシアの教会外賛美歌と言うのかキリスト教系ポップス、”ロハニ”に相変らず興味を惹かれて聴き続けているのですが、その方面の若いながら実力者、ジョイ・トビンの新作が手に入った。

 いやもう、彼女はロハニの第一人者と言ってしまっていいような感もありますな、このアルバムなど聴きますと。
 そのハスキーがかった高音で清浄なるメロディを高らかに、そしてソウルフルに歌い上げるあたりは、もはやはまり芸と言った風格も感じられます。

 もともとは普通のアイドルコンテストかなんかの出身だと言う彼女が、なぜこの方面を歌うに至ったか、その経緯は毎度こんなんで申し訳ない、知らないんですが、彼女の出身地である北スマトラのバタック地方では、キリスト教の信仰も盛んであるそうで。
 彼女もおそらくはその関係でクリスチャンであり、賛美歌も歌いなれている。だからロハニ業界のヒトが「ああ、ちょうどいいや、歌っちゃいなよ」となったのかも。と、思いつきで言っておきます。

 また、発表してきたアルバムタイトルを見ると、「喜びの歌」「奇跡は真実」「感謝」なんて、それ臭いものが並んでいるんで、もはや専門の”ロハニ歌手”化している可能性もある。
 イスラム教人口が支配的であるインドネシアにおいて、営業的にそれがそれほどおいしいとは思えないんだけど、意外に儲かるのかのか?
 いや。そんな話題は、清浄なるロハニの響きには似つかわしくないですな。

 他のロハニのアルバムと同じく、これも美しいバラード中心に構成されたアルバムですが、3曲ほど収めらているアップテンポの曲が皆、英語の歌詞であるのはなぜ?
 そしてそれらを聴いていると、ほとんどアメリカのモダン・ゴスペルと音楽的には変わりはないんですな。それが、他のナンバーにおいてはインドネシア語で歌われている、それだけで不思議な妖気を放ち始める。この辺もこれから解明して行かねばならぬロハニの謎といえましょう。

 それにしても彼女、あるいは彼女のスタッフ、我が日本の”Misia”の歌う「Everithing」 って曲をロハニの歌詞を付けてカバーしてくれないものかなあ。良い感じの出来上がりになると思うんだが。

映画「ホワイト・ファング」批判

2007-11-20 22:08:23 | その他の評論
 月曜日、深夜のテレビで「ホワイトファング」とかいう映画を見たんだが、ありゃなんですか?駄作を通り越した異常作品。公開当時、どんな評判になったのかしら?

 ”開拓時代のアメリカ、ゴールドラッシュに沸く山奥の鉱山町における少年とオオカイとの友情話”というのが物語の要約なんだけど、ともかく脚本がご都合主義のカタマリみたいな代物。

 なにしろ登場人物がすべて、イヌ(そして、その延長線上におけるオオカミ)のことが毎日気になって仕方がないという設定ですわ。どんな世界なんだよ、犬マニアで埋め尽くされた世界なんて。賭け事は犬同士の戦いが対象であるし、街の住人の喧嘩も犬が原因。そんなに年がら年中、犬のことばかり気にしている人間集団ってシュール過ぎる。

 主人公たるオオカミも凄いぞ。巨大なヒグマに追われた少年を守るために牙を剥いて恫喝すれば、何倍もの大きさのヒグマが尻尾を巻いて逃げ、採掘場を襲った完全武装の強盗団はオオカミが咬みかかっただけでヒイヒイ悲鳴をあげて逃げ出す。

 坑道の落盤で人が土砂に埋められても、オオカミが飛んでいって前足でちょっとサクサクやれば簡単に救出されてしまうし、ついでにオオカミのその前足には金色の粉が付着していて、なんとそれがきっかけで金の鉱脈が発見されてしまい、主人公たちは一瞬にして大金持ち。

 ついて行けませんわ。なんだよこの調子良いだけのストーリー進行は。まあこういうのでなけりゃ、頭の軽いアメリカ大衆には理解不能なのかもな~。

 そして極めつけ。そこにアメリカ大陸先住民、いわゆるアメリカインディアンが登場するのだけど、その”いかにも容貌魁偉な異民族”臭を漂わせた男は、「犬に友情を感ずるなんてとんでもない。人間は犬より優れた存在だ」なんてことを”神聖な祖先からの教え”みたいな思い入れで語る。

 見えてきましたね。「心優しい人間性の豊かな白人たちは動物であるイヌやオオカミにも友情を感じたりすることが出来るが、野蛮で愚鈍な未開民族たるアメリカインディアンたちは、そのような高度な感性は持ち合わせていない」って言いたいわけですな、つまり。
 もちろん、そんな決め付けをして良い根拠って、何もないのに。

 で、「だからそんな連中を皆殺しにして、彼らの土地にアメリカ合衆国を建てたヨーロッパからの移民たちの行為は正しかったのだ」という結論に帰着するのでありましょう。ひどい話だぜ。
 まあこの辺の理屈を押し立てて、現代史ならベトナム~イラクなどでアメリカはあれこれやってきたし、我々としては”広島長崎に対する核攻撃の正当化”というもので親しい。

 「ほんとにアメリカ人って、臆面もなく底抜けに悪質だよな」と呆れた、夜更けの映画鑑賞結果でありました。

痛快なり崩壊

2007-11-19 06:48:39 | 時事


 「一流料亭でござい」とか言ってふんぞり返っていた店のいい加減な実態が明らかになり、信用が崩壊して行くのを見るのは、ある種の快感がありますな。ハハ、ザマミロ。落ちるとこまで落ちたらいいがな。

 と、以前経営していた店の関係で、その種の場所に出入り商人として関わった身としては思うのであった。

 まあ、そんなところをヒイキして「やっぱり本物は味が違う」とか、そんなもの分かりもしないのにグルメぶっていた連中の見栄も地に落ちた、こいつも痛快でありますなあ。

 ○船場吉兆、牛ヒレ肉でも偽装か…原産地記録を保管せず (読売新聞 - 11月19日 03:12)
 高級料亭「吉兆」のグループ会社「船場吉兆」(大阪市中央区)による牛肉の産地偽装表示事件で、同社が、みそ漬け商品に使った牛ヒレ肉の原産地などを記録した書類を保管していないことがわかった。
 みそ漬け商品などに使ったサーロイン肉では、佐賀、鹿児島県産を「但馬牛」などと偽って表示していたことが判明しており、大阪府警は、ヒレ肉商品でもサーロイン肉商品と同様に産地偽装が行われた可能性があるとみている。
 保管していなかったのは、「子牛登記書」「出荷証明書」「個体識別番号」で、牛の出生地や卸先などが記載されている。農林水産省が10月下旬~11月初旬、同社本店を調査した際、サーロイン肉の書類は残っていて、偽装表示発覚の端緒になったが、ヒレ肉のものは見つからなかった。同社は農水省に、「記録はないが但馬牛だ」と説明しているという。

輝ける東京

2007-11-17 23:50:34 | 南アメリカ


 ”Tokio Luminoso”by Osvaldo Pugliese

 ケーブルテレビに昔のテレビドラマばかりやるチャンネルがあって、そこで以前、”レモンのような女”というシリーズを見た。1967年あたりの作品。
 岸恵子が主演で、毎回一話完結。岸がいろいろな、当時のナウい女像を演じてみせる、と言った趣向のようだった。当方が見たのは、彼女がお嬢さん風に見えながら実は泥棒集団の女首領(!?)なるものを演じた回だった。

 その回のゲストは伊丹十三で、彼の演じる、現実から何センチか浮き上がり、いつも夢の世界に生きているような純粋な男にすっかりいつもの調子を狂わされる女首領は、「でもいいわ、今回は何も盗めなかったけれど、あいつの心だけは盗んでやったんだから」などと納得する羽目に陥る。

 当時の”オシャレなもの”をいろいろ見る事が出来たのだったが、まあ、実はドラマの内容はどうでもいいのであって、問題はそのエンディング。

 荘重なるクラシックの曲が(タイトルなんか知るはずがないよ、私が)流れる中、カメラは夜のネオン輝く東京のどこかの大通りを延々と写し撮って行くのだった。岸と伊丹が演じて見せたような不思議な男女が棲息する街、東京を称揚するのが、そのドラマの真の目的だったかのように。

 そしてこちらはそれを見ているうちに、その画面のバックに鳴り響いているのがクラシックの曲ではなくタンゴの鬼才、オスバルド・プグリエーセの楽団が演奏する”輝ける東京”であるかのような気がしてきたのである。というか、ドラマを見て後、数ヶ月経過した今となっては、完全にそちらの方が事実であるように思えている。

 アスバルド・プグリエーセ(1905~1995)は、いわゆる音楽上の革命家の一人で、アルゼンチン・タンゴの世界に独特の表現を持ち込んだ人物。ほとんどファンキーと呼びたいようなユニークなリズム処理で聞く者の血を逆流させるかと思えば、甘さを押さえたチョコレートみたいな苦味の勝っているがゆえの秘めたる甘美さが際立つ奇妙な持ち味の”泣かせるメロディ”を聞かせた。

 冷徹にして熱情的と矛盾した表現をあえて使いたいような、不思議な迷宮的構造を持った音楽を終生、奏でたミュージシャンだった。それでいて、あくまでも民衆のための音楽家であり、嫌味な芸術趣味に閉じこもることがなかった。

 そんな彼が、おそらくは来日公演の際に見た、ネオンサインの光の海、夜の東京に感銘を受けて作ったのであろう曲が”輝ける東京”である。なにしろプグリエーセであるから、月並みな東洋趣味のメロディなどは一片たりとも出てこない。
 瞑想的な中に、どこの国のものでもない独自の響きを持つメロディが、ひそやかに甘美な夜の神秘への頌歌を詠う。

 プグリエーセにこの曲を書かせた、この一事をもってしても偉大なり当時の未来都市東京!と賞賛の言葉を捧げたい気分になってくるのだった。

 (冒頭に添付したのは、”輝ける東京”が収められたプグリエーセのアルバム、”Pugliese por Pugliese”のジャケ写真)

オリエント夜話

2007-11-15 22:46:07 | ヨーロッパ


 ”Orients”by Sapho

 SFとミステリーの作家であるフレドリック・ブラウンに”未来世界から来た男”という短編集があって、これが要するに艶笑SF集である。軽いエロ落ちのショートショートで繋ぎながら、いくつかの短編を読ませて行くという仕組み。

 この本を私は中学生の時に読んだのだが、情けない事ながら、その”艶笑”の部分が理解できなかった。
 すでに素早い奴は不純異性交遊で名をはせていたというのに、その方面にまるで目覚めていなかった当時の私なのであって、性的知識において、大幅に後れを取っていた悲しさ、たとえば次のような小笑話があるのだが、こんなものが理解できなかったのだからお笑いである。

 (ネタバレというよりネタそのものを書くので、これから該当図書を読む予定の人は”このオチが理解できなかったのだ”の行まで飛んでください。と気を使うほど重要作とも思えないが)

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 アメリカ人の夫婦がインド旅行をする。ちなみにダンナはインポテンツに悩まされている。
 夫婦は旅した地で街角の芸人が魔法の笛を使って、ただのヒモにまるでヘビのように鎌首を持ち上げさせるのを見た。
 夫婦はその笛を芸人から購い、夜のベッドで妻は横たわる夫に向い、その笛を吹いた。と、夫のパジャマの股間がモコと持ち上がったのである。
 妻は喜んでさらに笛を吹いたのだが、パジャマの前を掻き分けて立ち上がってきたのは夫のパジャマの紐だった。
 
 ~~~

 このオチが理解出来なかったのである。まあ、理解できなくともとくに惜しいような作品でもないのだが、ともかく当時、何が面白いのか最後の一行を読んでも理解不能だった。
 ただ、シンと静まり返った夜の中でユラと立ち上がったパジャマのヒモ一本、そのおかしいような物悲しいような光景だけが妙に記憶に残った。

 子供の頃の夜というのは、そんな、幼い者には理解不能の秘密の気配がどこかに潜んでいたものである。そいつは悦楽の予感の向こうに、先のパジャマのヒモの物悲しさを孕み、しかし子どもが見てはいけない、気がついてもいけない禁忌として夜の向こう側に広がっていた。

 異色のシャンソン歌手、サッフォーの歌の世界は、そんな夜の向こう側で演じられる不可思議な幻想劇としての性の予感に満ちている。フランス人ながら北アフリカのアラブ世界、モロッコで育ったと言う履歴を持つサッフォーにしか描き得ない幻想。それはリアルなそれとは微妙なところで異なっているデフォルメされたアラブ音楽の影が差すフランス歌謡の世界。

 打ち鳴らされるアラブの打楽器が、笛が、ウードがカーヌーンが異国情緒を盛り立てるが、それはおそらくサッフォーが少女時代に耳に馴染んでいた故郷でもあり異郷でもあるアラブ世界の歪んだ記憶の模写である。リアルに見えて作り物であり、作り物でありながら、血肉が通っている虚実皮膜の賜物。

 それら音の迷宮を縫って流れるサッフォーのフランス語の妖艶な歌声は、遠い昔にその言語がアラブ世界の言葉たちと交わした密約の開示のようにも思われてくる。パリ~モロッコを繋ぐ夜はますます深い闇に沈む。
 

ダルシマーの秋

2007-11-14 04:19:02 | 北アメリカ


 ”dulcimerharvest” Ruth Barrett & Cynthia Smith

 え~晩秋でありまして。やっているのかいないのか分からない”秋らしい音楽”シリーズの、その何回目か、ということで。

 こいつはずいぶん古くからの愛聴盤ですな。そんなに頻繁に引っ張り出すわけでもないんで、愛聴盤と言うのはふさわしくはないかもしれない。ひんやりとした秋も終わりのある夜に、ふと盤の存在を思い出し、引っ張り出して聴いてみる、なんて付き合いで。

 そもそもこの盤の主役であるマウンテン・ダルシマーなんて楽器がポピュラーではない。

 添付した写真をご覧になって概要をお分かりいただけるかどうか。バイオリンを引き伸ばしたような、ヘチマのような形をしたボディに3~5本ほどの弦が張られた楽器であります。これを多くの場合、膝の上に寝かせて左手で弦を押さえ右手で弾き、日本の大正琴みたいな感じで演奏をする訳ですな。

 もともとはこのボディに小型のハープのようなものが付随していて、そいつでピアノで言えば左手のパートを奏でながら、こちらの部分でメロディを奏でる構造になっていて、その状態のものをチターと呼び、あの映画”第三の男”のテーマの演奏でおなじみだったりする。

 あの楽器がヨーロッパから開拓期の新大陸アメリカに持ち込まれ、その際、演奏の煩雑なハープ部分が切り離され、単純化された形でメロディ演奏部分が独立して成立したのがマウンテンダルシマーという次第で。この楽器が継承されてきたアメリカ民謡の宝庫、アパラチア山系の名をとってアパラチアンダルシマーと呼ばれる事もある。

 もっとも注目すべき特徴はフレットの刻みがダイアトニックになっている点で、つまりピアノで言えば黒鍵のない状態。単にドレミファソ・・・と音が並んでいるだけで半音の演奏が出来ず、基本、一種類の音階しか演奏できない。まあ、本当を言えばいろいろ演奏上で工夫のしようもあるんだけど、基本的には。そのくらいプリミティヴな楽器であります。

 その、ダイアトニックゆえの微妙な弦の響きが非常に魅力的なのだけれど、これはまあ、文章では表現不能で、現物を聴いてもらうしかない。と言うか、その不思議な音の揺らめきというもの、私にも正体が掴めていないんで説明のしようがない。原始的な楽器ゆえの妖しい響きがともかく一度聴いたら忘れられないものがある。

 これはそのマウンテンダルシマー演奏では名高い女性二人組の名演集。ダルシマーのデュオにシンプルな伴奏が加わった形で、アパラチア山系で継承されてきた古い民謡を演奏しています。アイルランド民謡として名高い”Planxty Irwin”なんてのも演奏されていますが、まあ、あの曲の地味な処理では一二を争う、くらいの出来上がり(?)

 干草かなんかの上にダルシマーが置かれたジャケ写真がそのまま収められた音楽の匂いを伝えていています。
 秋の収穫、大自然の豊饒の中に埋もれて見えなくなりそうな、アパラチア山系の素朴な暮らしの中で人々の手に馴染んだ、使い込んですっかり角が取れ、丸くなったメロディが聴こえてくる。どこかに宗教的な、いわゆる”敬虔な”と呼びたくなる素朴な祈りの感触も伝わって来たりもして。

 ともかくこんな静かな秋の夜は、ふとこの盤を持っていた事を思い出して引っ張り出し、アパラチアの山々と人々の素朴な暮らしを思いながら聴いてみる、そんな次第となっているのであります。

洋行帰り2007

2007-11-13 06:20:38 | その他の評論


 外国の映画賞の授与式なんかにギンギンに頑張った衣装で出席している様子など、見ているこちらの方が疲れてくる感じでね。この女、弱ったもんだと思っていましたが、やっぱりね。そりゃそうだろう。

 ”ゲンダイネット”で、「映画”バベル”の演技で外国で評判になり、最近、”シャネル”の広告モデルにも抜擢されたにもかかわらず、かんじんの我が日本では今ひとつ人気が出ない菊池凛子」なんて報じられていて、それを読んでなんだか納得が行った私なのである。

 まあ、この件に関するほかの人の日記では、「あのヒト、顔が怖いもの」「そもそも、彼女の出世作の”バベル”って面白くないのが問題」なんてのが私としては共感できたのだけれど。そうだよ、彼女の顔は怖いよ。

 まあ、「外国で評価されたから一流」って考えがそもそもおかしいんであってさ。だって、ビートたけしのゴミみたいな映画、外国でいくつ賞を取ったのさ?外人の目の節穴ぶり、よく分かるじゃない。まあ、そんなものでね。

 これが、日本人の手放しの”洋行帰り”崇拝が無効になった証明、となったら痛快なんだが、そんなんでもないんだろうなあ・・・


 ○菊地凛子 芸能マスコミがソッポ向くワケ
  (ゲンダイネット - 11月11日 10:00)
 米映画「バベル」でスポットを浴びた菊地凛子(26)が仏高級ブランド「シャネル」の広告モデルに抜擢され、今月から世界展開が始まった。日本人初の起用で、米アカデミー賞助演女優賞ノミネートに次ぐ快挙だ。にもかかわらず、あまり騒がれない。“勲章”好きの芸能マスコミが飛びつかないのは珍しい。ワイドショー関係者はこう言う。
 「バベル騒動でわかったのですが、菊地は視聴率を稼げない。アクが強い割には沢尻エリカのような味がないせいなのか、主婦層に人気がないのが痛い。それで、積極的に扱わないのが暗黙の了解になっているのです」
 紙媒体の“評価”も似たり寄ったり。「女優としての実力はあっても、ファン層がイマイチわからないので取り上げづらい」(芸能記者)とのこと。

妖しきインドの木陰に

2007-11-11 02:46:09 | アジア


 ”Meeting By The River”by Ry Cooder & Mohan Vishwa Bhatt

 1960年代のサイケ文化隆盛時には、インド音楽(らしきもの)の影響を受けたサウンド、なんてものを聴かせるロックバンドも普通に見受けられたものでしたが。
 あれは当時のヒッピー連中などがインド文化に傾斜した、その尻馬に乗ったものなのでしょうね。もう少し生真面目な連中は、ジャズのジョン・コルトレーンに影響を受けて、なんて事もあったのかもしれない。

 当時はそのようなものを「おお凄い」とか感心して聴いていたものだけど、あれって本物のインド音楽家が聞いたらどの程度シリアスなものだったんでしょうね?結構アバウトなものだったんじゃないだろうか?(と言うか、リアルタイムでも、「これ、怪しいかもな?」って気持ちはかすかに心に兆してはいたものだった)

 まあ、今日だってややこしいインド古典音楽のなんたるかなんてこちらには分からないし、たまに気まぐれにCDを聴いてみる、程度の付き合いなんで、なんとも確たることは言えない状況、あんまり変わっていないんだが。

 でも、とうのインド古典音楽だって、スチールギターだのテナーサックスだのと、本来関係のなかったはずの楽器をホイホイ流用して演奏されたりしているんで、結構適当なものなのかもな、なんてインド音楽関係者に聞かれたらヤバいような事を考えたりしているのですな。

 いや、でもほんとにインド古典音楽ってのもアナーキイと言うか自由奔放な部分もあって、つまりはなんでもありなんじゃないかと思ってしまうんですよねえ。マンドリンみたいに複弦に改造されたり、チェロの音域までもカバー出来るくらい低音弦が付け足されたバイオリン、なんてのが普通に使われたりしているのを見るにつけても。

 たとえばこれは、ライ・クーダーがインド風に改造を施したギターを使って演奏を行なうインド古典音楽家である、Mohan Vishwa Bhatt と共演した盤なんですが、うん、まあ、それらしくシリアスな音楽として聴こえては来るんですが、これって60年代の”サイケなインド音楽風ロック”と、ほんとのところ、どれだけ違うんだろう?

 ライがキューバ音楽のミュージシャンと共演した演奏など聞くと、なんかギターが入るべきじゃないところに平然と自分の演奏を押し込んだりしているし、分からないよ、これだってどうだか?
 共演のMohan Vishwa Bhatt だって、「これも営業」とか割り切って”白人のダンナ”に調子を合わせている可能性だってあるわけでしょ?

 この種の異文化共演盤を聴くたびに胸に浮かんでしまう疑いなんですけどね、これは。


ペルシャン・ポップスの冷ややかさ

2007-11-10 03:56:36 | イスラム世界


 ”Vadeh”by Behzad

 どう文章にしたら良いのかよく分からないことというのがあって。今回は、アラブのポップスとイランのポップスってなんか感触が違うんだけど、何が違うんだろう?なんて話を書こうとして取っ掛かりがつかめず、頭からつまずいている。
 アラブ民族とイランのペルシャ民族の違いなんて、とくに興味を持って調べなかったら分からないでしょ?イラン人とイラク人の違い・・・見た目で言ったら、まるで同じに見えるんだけど、我々日本人などには。

 今回取り上げたこれはイランのポップス界の重鎮、ベフザットが昨年出したアルバムなんだけど。とか言ってるが、当方も彼を聞くのはこれが初めてだ。
 冒頭、”歌謡曲のイントロ”としては日本人も聞き慣れた短調の旋律が民族弦楽器によって奏でられ、おや、と思わされたりする。まあ、イスラム圏の音楽を貫いて流れ、日本の演歌世界にまで至るコブシ連続帯に関しては、いまさら指摘するまでもないんだけど。

 これもトルコのサズなんかの系統なんだろうか、乾いた音の民族弦楽器がイスラミックな旋律を奏で、民族打楽器がキビキビとしたビートを打ち込む。どちらも中央アジアの沙漠から直送、みたいな風と砂の吹きすさぶ響きがあり、遊牧民族の血が意外なほど濃く感じられる。

 気になっているのは、その涼しげな印象なのですな。

 同じイスラム圏でもアラブ方面のポップスは、我々日本人でも、そのコブシ混じりの狂おしい旋律と激しいリズムに巻き込まれ、まあ誤解も混ざっているのかもしれないけれど、彼らアラブの民と一緒に魂を熱くする瞬間を感じないでもない。
 でも、イランのポップスというのは。聞いていても我々異邦人が共有できる汗の実感が、あまりない、そんな気がする。

 このベフザットの歌唱にしても、非常に男らしく端正なものがあるんだけれど、あんまり汗臭くないのですな。切々とコブシ混じりの旋律を歌い上げても、なんか額には汗一つかいていない、汗の臭いの代わりに男性用化粧品の香りでもしそうな、そんなひんやりとした感触が音楽の底に潜んでいるのだ。

 これはなんなのだろうなあ?歌声にもバックのサウンドにも、そんなクールな響きを感じるのだけれど。
 まあ、私がこれまで聞いた数少ないイランの、というよりはペルシャン・ポップスと言った方が感じが出るのかな、とにかくそれらから受けた印象からだけで言っていることで、毎度の事ながら根拠薄弱な問いではあります。

 だけどこれまで聞いたものはすべて、そんな感じがある。それもまた事実であって気になってならず、これは今後の研究課題だったりする訳で。あなた、イランのポップスを聞いていて、その辺、不思議に感じたりしたことないですか?と問うたところで、答えが返って来ることは、まあないだろうなあ。