”島唄2”by 田端義夫
以前からバタヤンこと田端義夫氏の島歌もの、もう少しスパンを広げてみればマドロス関係、海洋関係の歌と言うのが気になっていた。
なにしろデビュー曲がいきなり「島の舟唄」であり、その後も、「かえり船」「玄海ブルース」「ふるさとの燈台」「島育ち」などなど、妙に潮風漂う出し物が、バタヤンのメニューの中に居並んでいるではないか。しかも明らかな南向き奄美~琉球航路。こいつは何か深い根を持つ志向なのか?
このあたり、「港々の歌謡曲」のイナタい響きを求めて国境線を越えて行くのが本能のワールドミュージック者としては心穏やかではいられない。その辺のレパートリーばかりを集めたアルバムでもないものかな、などと気にはなりつつ、地球の裏側のポップス事情などに夢中になっていたのだが。
そんなある日、なんとなく通販サイトを検索していたら、何のことはないそのものずばり田端義夫の”島唄2”なるCDが出ていたではないか。しかも、もう4年も前に。なおかつ”2”だ。”1”はこちらの知らぬ間にリリースされ、当に絶版となっているようで、なんとも間が抜けたオハナシ。
と言うわけで遅まきながら今回やっと”2”を手に入れ、聞いてみた次第である。
冒頭に収められた”涙そうそう”はかってラジオで聴いていて、それについてはこの日録ですでに書いている。こうしてCDを手元に聴き直してみてもこの曲の、ゆっくりと天空を過ぎって行く暖かい日差しみたいな、穏やかな手触りは変わらない。
収められているのは田端義夫がこれまでに発表してきた沖縄~奄美関連の作品群に加え、「涙そうそう」のようにビギンや喜納昌吉の、ずっと新しい作品をバタヤン節で歌いこなした新録がいくつか。
昔の録音と最近の作との声の張りの差は、それは仕方がないのだが、アルバムを聴き進むに連れ、気にならなくなる。
これはビギンの比嘉栄昇が田端義夫のライフ・ストーリーを題材に作り贈った曲なのだろう、人生を振り返っての感慨を込めて歌う「旅の終わりに聞く歌は」がアルバムのど真ん中に鎮座し、「空は夕焼け旅は終わらず」と締められては、たかが数十年の時の経過など、こだわって聞いて入れらない。
ちょっとどぎまぎしてしまったのが、これは当方、子どものころから聴き馴染んでいた”島のブルース”である。
”奄美なちかしゃ 蘇鉄の陰で”と、この唄がこのアルバムの中におかれ、しかもこちらの頭がワールドミュージック状態、という設定で聞き直してみると、”島のブルース”って、歌詞の通りの奄美のイメージではないね。と言って沖縄でもなし。歌のメロディや歌詞やアレンジなどなどが入り混じって醸し出すのはもっと南に下って、台湾の山地民族の習俗を彷彿とさせる、そんな世界だ。少なくとも私にはそのあたりを想定して作られた歌のように聞こえる。
これ、製作当時の製作者側にとっては奄美も沖縄も台湾山地も似たようなもの、というか全部あわせて”南方”を構成する一つの世界、くらいの把握がなされていたんではあるまいか。そんな風に思えるが。当時の”本土の人間”の意識とはそんなものだったのかなと、なんだかヤバい気分で首をすくめてしまったのだった。
それら、収められた”島唄”の出自も良く分からないままなのだが、作詞家や作曲家の名に普久原とか上原とか照屋とか沖縄の人らしき苗字も散見されることから、”本土”の作家が作り上げた想像の産物は意外に少なく、取り上げる島唄のソースは地道に現地に取材していたのだろうか。
などというのも、今日、”島唄”として我々が聞く音楽に比べると、田端義夫の島歌は、若干観光絵葉書的匂いが漂うのである。まあ、そのような歌を選んで歌っていたのかも知れぬし、当時の島歌はそのようなものであったのかも知れぬ。この辺は、その方面に詳しくない当方、今後の研究課題ということで(こんなんばっかしだな)
なぜマドロスものか、なぜ南を目指したのか、に関してはついに良く分からぬままだ。検索をかけて彼の人生を追ってみても特にそれに関わる強力なエピソードがある訳でもなし。
デビュー曲が海絡みだったのも単に流行だったからのようだし、その後の展開もやってみたら受けたから続けた、というきわめて”大衆音楽の真実”なものだったのではないかと、とりあえず想像しておく。
それにしても・・・かっての日本人が海の向こうに向けた視線の切ないこと。
南の島に仮託したつましいエキゾチシズムに酔い、”純情なる島娘”の幻想に勝手に切なくなっている。
まだ貧しかった時代の日本人たちが浜で車座になり、酒の肴のスルメを焼く、その匂いが潮の香に混じって漂ってくるようだ。船の焼玉エンジンのポンポンいう音が響いて、浜は夕暮れ。
そして、その切なさの具現としての”マドロスの旅”を、つまりはあてない幻想行を身をもって演じていた田端義夫だった。
そんな彼の老いた身が、南の港で予期もしなかった現世の人間たちに迎えられ、「よく帰ってきたサー」と手を差し伸べられた、そんな”ありえない帰郷”風景が収められたアルバムなのだなと勝手に理解し、最初は違和感を感じていたビギンの連中の曲にもいつの間にか馴染んでいた当方なのでありました。