主に左翼傾向を持つ各メディアが今後、皇后陛下、皇太子妃に対する、こじつけてでも強引に称賛記事を載せ続け、そのかたわら秋篠宮家へのdisリに走るであろうこと、先の記事で示しました。
皇統の伝統破壊、つまりは皇室瓦解の因である女性/女系天皇擁立につながる「女性宮家」創設案を潰した安倍総理貶めと、秋篠宮殿下sageの記事を『皇太子さま 新元号決定の裏に無念の「安倍極秘対談」30分』なるものものしいタイトルで載せたのが「女性セブン」です。
記事を読めば、記載されている全ての負は今上陛下の憲法違反と皇室典範無視による「生前退位」が発端なのに、その後のもろもろを全部安倍総理のせいだとする、あからさまな責任転嫁論であり、まるでレーダー照射問題を日本のせいにする韓国のやり口です。
記事趣旨を要約すれば「本来、新元号認可の署名をするのは新天皇であるところ、安倍のせいで今上陛下の署名になってしまい、それは新天皇である皇太子殿下をないがしろにすることだ」という無茶苦茶な論法です。
『本来ならば、新天皇の即位後の最初の国事行為が、新元号の政令への署名になるべき』と「女性セブン」は、それがなされなかったことが今上陛下のご意思である「生前退位」であるにもかかわらす、それが安倍総理のせいである、という筆致なのです。
左翼誌特有の「アベガー」論で、そこには安倍憎しの感情のみで論理はありません。
『皇室の伝統を理解していない政治家や官僚が急ごしらえで退位特例法を作ったから』お気の毒な皇太子殿下は天皇としての意思が示せなかったという論法なのですが、そもそも政府の頭越しにNHKという公共放送を使って退位のお気持ちを唐突に表明、それを受けた政府は寝耳に水であたふたと対処に追われたのが安倍政権なのです。その視点を完璧に無視。
もし、特措法という急場しのぎで対応せず、恒久法として対応するなら皇室典範の改正から始めねばならず、そのことの是非論から延々と始めねばならず、
ことは皇室典範を規定した憲法問題にも関わって来ます。ご高齢の今上陛下の意思に添うなら、特例法しかなかった、というのが事実です。
それを「女性セブン」は”宮内庁関係者”の安倍総理への批判として、(新元号の決定は)過去の施政者たちでさえ慎重に距離を取った、畏れ多い行為なのです。私利私欲の道具にしていいものではありません」と述べています。
原因と結果を故意に取り違えた発言です。全ては今上陛下の「生前退位」が発端であるというのに。
そして記事の結びが『皇太子さまの心中はいかばかりだろうか」
と安倍総理があたかも、皇太子の心を傷つけた悪人扱いです。
「女性セブン」の読者レベルなら、容易に騙されるであろうし読者でなくても新聞各紙の広告欄にでかでかと『皇太子さま 新元号決定の裏に無念の「安倍極秘対談」30分』『全舞台裏』とものものしく宣伝すれば、さして知識もない一般国民の脳裏にも刷り込まれてしまい、悪質な洗脳であると言わざるを得ません。
上記の記事と並べられているのが『佳子さま「糸が切れて・・・・」秋篠宮ご夫妻の蒼白』というタイトルで秋篠宮sage記事。そして抜かりなく、サブタイトルとして『眞子さまとの奔放発言に「愛子さま天皇待望論も」とあり、典型的、ミスリード記事です。
秋篠宮家支持者にとって痛いのは、記事内で指摘された眞子さまと佳子さまの不心得、皇族であることの無自覚、ひいては悠仁さまへのご教育は一体大丈夫なのか、という内容は全て否定しようがないものばかり。
秋篠宮殿下も、眞子さま佳子さまも厳しきご自覚を! と申し上げるしかないのですが、記事の狡猾なところは「だから、そんな秋篠宮家で育てられた悠仁さまは天皇にふさわしくない」「だから、愛子さまを天皇に」と読者に印象づけることなのです。
「女性セブン」の末尾はこうです。
『眞子さまの結婚に臨む姿勢や、佳子さまの今回の”主張”を見る限り、にわかに「愛子さま天皇待望論」が現実味を帯びてもおかしくありません」(皇室ジャーナリスト)
愛子さま天皇擁立論は、眞子さま小室問題や佳子さまの勘違い発言の遥か以前から強くあるのに、ここでも原因と結果を故意に取り違えた「秋篠宮家の教育がなっていないから」愛子さまを天皇に、という強引論です。
「雅子が、愛子が」としか談話では語らずそこに「国家が」も「国民が」もない、そして遅刻早退を繰り返す東宮家の愛子さまへ「教育」は無視。校則違反の雅子さまの愛子さま野外学習追いかけにも触れず。東宮ご夫妻がなされるべき公務のほとんどが、秋篠宮家に押し付けられていることにも知らんぷり。
公務せず、ドタキャンドタ出を際限なく許す皇太子、静養とお遊びは盛んな東宮ご一家。こういう教育を皇太子殿下に授けた今上陛下、皇后陛下への批判の視点も皆無。教育が全ての原因という左翼女性誌論法なら、両陛下の教育の欠陥にも当然触れねばならないでしょうに、教育批判の矛先は秋篠宮家のみに向ける卑劣さ。
もとを正せば、皇太子に帝王学を施さず「家庭第一主義」を教え込んだ両陛下、ことに皇后陛下の「教育」のつけ。それは秋篠宮殿下の「リベラル」なお考えにも影響しています。
大本の「教育」失敗は、いったいどなたなのか?
今後、更に盛んになるマスコミ論調の、極めて稚拙なしかし浅慮の国民は騙されるであろうミスリード記事の典型が「女性セブン」の記事でした。
眞子さまと佳子さま、とりわけ眞子さまはご自分たちの軽率な行動と発言が、弟君であらせられる悠仁親王殿下の即位妨害につながっていることを、厳しく自覚なさるべきです。秋篠宮両殿下にも、お子様たちのご指導は毅然とあられるようお願いします。
備考1
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190404-00559299-shincho-soci&p=1https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190404-00559299-shincho-soci&p=1
備考2(報道へのまっとうな、批判記事です)
文春・新潮砲が秋篠宮家と佳子様に辛口攻撃
http://agora-web.jp/archives/2038052.html
以下、抜粋
●佳子様のICU卒業に際しての記者団からの質問への書面回答が大波紋である。今週の週刊文春と新潮はそれぞれ別の視点でこれまでにない厳しい批判を浴びせている。とくに佳子様に厳しい。
●文春のタイトルは、「奔放プリンセス 佳子さまの乱全内幕」で「眞子さま小室さんを応援」⇒BB 佳子さまが小室ssi応援と書かれても、反駁が出来ません。
●秋篠宮殿下が佳子様には体罰を加えられることがあったとか、悠仁さまには甘いので不満が出たとかがあり、留学から帰国後は眞子さまの味方をして今回の文書も両親の了解はなかったとしている。
●新潮のほうは、「佳子さま炎上で問われる秋篠宮家の家庭教育」というタイトル。見出しでは「殿下ご変調」で宮内庁病院の処方箋」「国民に寄り添えない皇嗣家の私」ときた。ネット上のコメントで佳子さまの身勝手への批判が強いことが書かれ、自主性にまかせた結果の深刻さが論難されている。
●新潮は「陛下は皇后さまとともにひたすら無私を貫いてこられた」としているが、この点は私は少し違うと思う。
●昭和天皇ほどには今上陛下が無私の存在だったかと言えばそれは少し違う。むしろ、普通の家庭に近づけようとされたわけだし、宮内庁の侍従などに任すのでなく、自分たちでいろいろなことを判断し、実行に移してこられた。その延長線上に現状が良くも悪くもあるのではないか。
・・・・抜粋ここまで
備考3
ご結婚記念の食事会で、愛子さまが皇后陛下に花束を捧げた、それだけのことが「天皇の一人娘 自覚の」花束という大仰なことになります。しょせん親が考えたイベントで、花束を捧げたのは悠仁さまもなのですが、広告では無視。
おまけに表紙が韓タレ上げ。
愛子さま天皇擁立へと引っ張っていく論調と、そのかたわら小室問題を利用した秋篠宮家貶めがワンセットで当分、続きます。ついでに安倍政権disりがほぼ定番。
「眞子さま佳子さま騒動で「愛子さまを天皇に!」待望論に火がついた 」
愛子さま天皇擁立論など、眞子さまたちに関係なく以前から盛んだったのですが、佳子さまご発言の軽率さが、いいように利用されています。
*コメ欄は承認制です。承認しない場合があります。 以上でよろしければ内容要約のタイトルを入れ、他とかぶる可能性のない固定HNでご投稿ください。
祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え
BB様、皆様
おっしゃる通り。
まさに本質。
改めて、御教示有り難う御座います。
日本大事、天皇大事、万世一系の秋篠宮御一家による宮中祭祀が大事。
ただし、このままでは毒された内親王を除く。
文仁親王と悠仁親王の御代を目指して。
御多忙中、大変失礼致しました。
「美智子さまは陛下がご成婚の日におっしゃった《どのような時にもお立場としての義務は最優先であり、私事はそれに次ぐもの》というお言葉を、60年間、大切にされてきました。今回の佳子さまのお言葉をお聞きになられた美智子さまは、慄然とされたことでしょう。秋篠宮ご夫妻を通じて、苦言を呈すこともお考えのはずです」
「両陛下でかつての戦地を巡られた“慰霊の旅”も、お二人の強い希望がなければ実現しなかったものでした。美智子さまは、佳子さまにもご自身なりの問題意識を持ってご公務に取り組まれることを望まれていたはずです。それにもかかわらず、主体性が感じられない回答をされた佳子さまに、美智子さまは肩を落とされたはずです」
強い希望ってアテクシ優先じゃないですか、義務を優先してきたとか嘘っぱちで、矛盾しています。
女帝は「皇室にアテクシを持ち込んだ人」と、何かで読みました。
「国民との心通い合わせの場」と自分で言っていたのに、天下をとって国民を扇動する必要がなくなったのか止めてしまった記者会見で「アテクシ、アテクシ」言っていたのも、昭和天皇の「天皇に私無し」への反抗だったのかもしれません。
天皇陛下のお言葉にアカを入れる女帝ですから、佳子殿下のお言葉にも口を挟んでいる可能性があります。
おかしなことを言わせて右側にバッシングされる、秋篠宮殿下と同じパターンになっています、偶然かしら?
大嘗祭についての発言は、お言葉は事前に天皇夫妻の了承を得ている、3人で定期的に話し合いをしている皇室の意志だという報道もありました。
批判が予想される発言を宮家に押し付けるなんてことも、女帝だったらやりかねないです。
皇室の希望なら、天皇に堂々と言わせればいいでしょう。
卑怯者、汚れ役を弱いものにやらせるなと言いたいです。
「>美智子さまがあまりにご立派でいらっしゃる
以前はそう思ってたけど、秋篠宮の体たらくを見て今はそう思わなくなった。長男は跡継ぎだから教育係に厳しく養育させたが、次男は溺愛するばかりですっかりダメ人間にしてしまった。」
>私も美智子さまとても尊敬しています。でもやっぱり、今の問題を見ていると美智子さまのお輿入れが終わりの始まりだったのでは。せめて、子育ては乳母や女官に任せるべきでした。
次男が、溺愛されていたとは思わないけれど、秋篠宮さまばかり矛先が向けられていましたが、大本に原因があると認識してくれる人が増えるといいな。
https://headlines.yahoo.co.jp/cm/articlemain?d=20190405-00010012-jisin-soci
K氏がNY留学前に、秋篠宮家に挨拶に行ったとされる報道がありました。
K氏が乗った車が、何故か東宮所有の車で、しかも東宮御所の門から入った。
その日は、秋篠宮両殿下はK氏に会っていなかった。
果たして、これはいったい何を意味するのか...
http://livedoor.blogimg.jp/yyib/imgs/b/8/b81fe396.jpg
それからもう一つ気になることが
K氏は、M子さまの後を追って入学したのは分かっていますが
雅子ssiの妹礼子ssiの、非常勤講師としてICUに勤務したのが
偶然かそれとも何らかの意図があっての勤務か
時期的にちょっと気になりました。
礼子ssi:国際基督教大学非常勤講師(2011年 - 2012年)
2010年4月 M子さま入学
2010年9月 K氏入学
国際基督教大学非常勤講師(2011年 - 2012年)
皇室を取り巻く問題は国民が認識すべきである。
解決したのかしていないのか?くすぶる火種が何か?
皇室を本当に愛していたら目を閉じず問題をしっかり見据えること。
見て見ぬ振りして何も問題ないというのはカルト信者。
未来永劫しっかりとした皇室を引き継いでいく必要がある。それが揺るぐことが一番問題だ。
…という観点からお話するものであると。
10分39秒から ヤフオク事件がうやむやに。対して、不敬罪のあるタイが王室に厳格。
↓
【ch北海道】マスコミも黙らせた「皇室の大事件」[H31/4/5]
https://youtu.be/X5yGTa1qzFw
この記事からご挨拶いたします。
還暦すぎましたも人身御供だったんですね。あの人はバーブ佐竹とか他のブログで二度も持ち出していました。本当は還暦よりもっといっているのでは。御供は最近は他のブログで、ちゃんとした常連さんに成りすまし行為もやらかしています。
僭越ですが秋篠宮様には諸葛孔明のような知恵者が必要ではないですか。今上にはミチコさん、ナルヒトさんには小和田という存在がいますが、そんなのではなく真の賢臣が必要かと。始皇帝にもマリアテレジアにもそんな存在がいたからこそ大帝となりました。(マリアテレジアは女性なので即位していませんが)
安倍総理と皇太子の名前を見出しに付ければ国民が注目するというマスコミの下心もあるのでしょうね。あまり知らない人ほど読んだとおりに思い込みます。
夫の即位式に元気で仲もいいのに欠席する后妃って世界にいますか。日本にいます。難しい行事は女子皇族出席禁止の方がマサコさんや擁護派には助かるんです。アイ子ちゃんもそうです。女帝にしたいと言っても儀式や公務や記者会見に出なくて済むよう、そして子供さえ産めばいいという虫のいいことを必死で擁護者らは考え中でしょう。
家庭内分裂はかなり厳しいものなのでしょうね。
この度のK子様発言で、K子様がM子様の味方であることはわかりましたが、妹だけの応援で、あのようにかたくなさを保っていられるものでしょうか。
K子様は留学もされていたので、ずっとそばにおられたわけではないし。
私は美智子皇后の支えがあるのではないかと推察します。
「M子ちゃん、あなたが信じた人を信じなさい」と。
このように世間が騒ぎ、騒ぐに十分足る理由があっても、裁可は取り消されませんよね。
どうしても浩宮から皇統をつなぎたいのであれば、愛子天皇しかありません。
皇太子のお子様は愛子さまだけなのですから。
秋篠宮家の不評は、美智子皇后の妄執を後押ししてくれるものです。
ナルちゃん憲法の失敗はどうであれ、愛子天皇に持って行きたいのだなと思います。
40年ぶりの親王誕生というのに、悠仁様ご誕生に際し、記帳代も設けられなかったことなどから、親王が産まれても美智子皇后の中では一顧だにするものではなかった気がします。
親王を抱える秋篠宮家への冷遇ぶりを見ても、そんな気がします。
において、
「小野寺まさる」さんのお名前を、「まこと」さんと書いておりました。
大変失礼致しました。ここにお詫びと共に訂正させて頂きます🙇🏻♀️
1969年共同通信浜田記者によるカウンター情報があります(掲載は女性自身ですが)。その他署名記事をいくつか....
『別冊女性自身 ご成婚10周年記念家庭保存版 皇室と昭和の秘録/大写真集』
昭和44年(1969年)4月1日発行
皇太子ご夫妻その抵抗と勇気の目撃録 浜田寛(共同通信 宮内記者)
p.184より引用
ご夫妻は、浩宮にはやさしく、それに比較して礼宮にはきびしく、という教育方針を考えておいでだ。
その意図するところは、浩宮は必然的に、将来の天皇としてのきびしい生活を要求される。それにひきかえ、弟宮である礼宮は、ある時期がくれば御所から解放され、かなり自由な人生が楽しめるだろう。
そのとき、礼宮が、兄宮の責任ある地位と、それにともなう苦労とを、実感としてうけとめ、浩宮に対して、よく弟であろうとつとめられるように、幼児から、きびしい皇室のしきたりを身につけさせたほうがよいと、ご夫妻はお考えのようだ。
従来、皇室では、宮号をよぶことはあっても、その名をよぶことはなかった。
だが、浩宮徳仁親王は、名前のほうの“ナルちゃん”を愛称とした。
弟宮の礼宮文仁親王は、宮号の“礼(あや)”をとって、“アーヤ”とよばれている。このあたりにも、人間的に「ナルちゃん」とよび、しきたりどおりに「アーヤ」とよぶご夫妻の考えが、あらわれているように思えるのだが……。
初出:『女性自身』昭和42年(1967年)7月3日号掲載
上記記事を初めて読んだ時には、逆だろう⁉︎と。だから今の惨状があると思いました。
浩宮様にはやさしく...するおつもりでも、ナニでいらして。そうもいかなかったような。とはいえ礼宮様を甘やかした訳ではなく、苛烈なエピソードも。
浩宮様が感情と共感性に乏しく、情況に応じ適切な行動ができない事は、愛子様に通じる資質の問題が大きかったのですが。厳しく躾けた所為だと言って、美智子妃殿下は受け入れられなかったのです。
『浩宮さま』浜尾実著
p.52より抜粋
浩宮さまは、両陛下からはもちろんのこと、私からもよく叱られたものであった。
お食事のことで両陛下が厳しかったために、お叱りをうけるのはお食事の前後が多かったようである。
一般にスプーンを使って自分で食べられるようになった子供は茶碗を叩いて面白がることがある。浩宮さまもそういう時期があった。
「イケマセン」と皇后さまがやさしく言われるのだが一度でお止めになるときとそうでないときがある。
二度三度言われてもおききにならないときは、陛下のご出馬となる。陛下はしばしば浩宮さまのお尻を叩かれた。
あるときはその茶碗叩きをお止めにならないという理由で庭にだされたこともあった。
小坂部元秀著「浩宮の感情教育」飛鳥新社 2001年
P.73-73より引用
この学年の相(原文ママ)主管の佐藤茂人教諭が、浩宮の中等科時代に数学の家庭教師を引き受けていたことは先に述べた。
冬の東宮御所での勉強中、部屋の暖房が利きすぎているので
「窓をすこしあけた方がいいね」と言うと、全部開放し、しばらくして
「もうすこし閉めて」と言うと、ぴたっと閉めてしまった。
――「浩宮には、窓をちょうどよく開けたり閉めたりするってことが出来ないんだ。自分で窓をしめたりあけたりする習慣が、小さい時からなかったんだろうね」と佐藤さんは言い「だから家庭教師に行った時には、なるたけ自分の部屋の窓のあけしめをやらせたんですよ」と語ってくれた。
きちんと決められたことはできるが、きわめて日常的な、小さい時からわれわれが日々の生活の中で自然に身につけるもの、生活の知恵ともいえないような文字通り「瑣事」にうとい点が浩宮にあるのは、やはり否めなかった。
文藝春秋2009年2月号 『秋篠宮が天皇になる日』
異例の誕生日会見中止。天皇の心痛と怒りの核心は?未曽有の危機に浮上する皇位継承ナンバー2 保阪正康(ノンフィクション作家)
h ttps://hinomoto.wiki.fc2.com/wiki/秋篠宮が天皇になる日
秋篠宮は小さい頃から動物好きで、御所を羊にまたがって歩き回ったり、何種類もの両生類や爬虫類を飼って、時々脱走騒動を引き起こしたりしていた。
父・今上天皇の教えとして、秋篠宮が語った小学校低学年の頃のエピソードがある。
〈「冬、私がペットにしていたテンジクネズミを、私が池で泳ぐかと思って泳がしました。そうしたら心臓マヒを起こして死んでしまいました。
ちょうどその時に父が、そこを通りかかりました。『何をしているんだ』と。『泳がしたら死んじゃった』と私が言ったのです。
そうしたら次の瞬間、私は池の中にほうり込まれていました(笑う)」〉(江森敬治『秋篠宮さま』毎日新聞社)
品行方正な兄、やんちゃで奔放な弟、というイメージはこのころから定着しつつあった。
皇太子の高校時代の担任であった小坂部元秀は『浩宮の感情教育』(飛鳥新社)で、美智子妃との父兄面談について記している。
浩宮の作文が、喜怒哀楽の感情表現に乏しく、当人の気持ちが伝わってこない、という担任の指摘に、
〈美智子妃からは「(略)浩宮は長男ということで、私もいろいろと細かい点まで注意するようにしたため、
のびのびしたところが多少不足するようになったのかもしれません。兄と比べて礼宮は次男ということで、
逆にたづなをゆるめたようなところがあって、のびのびしずぎたようですけれど……」と、頸をやや傾げながら慎重な言いまわしだった〉
現在、皇太子の会見から感じる平板さ、無機質な印象がすでにあらわれているとみることができる。