起床と就寝の繰り返し

起きている間にやったことの記録

『「面白い!」を見つける』を読んだ

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林雄司さんの『「面白い!」を見つける』という本。

副題に「物事の見え方が変わる発想法」とあって、その題の通り日常から自分なりの面白さの見つけ方が詳しく解説されている。方法が、実感を伴っていて具体的で面白い。上を見ようとかちゃんと調べようとか人と話すとか。

僕のデイリーポータルZで書いた記事も出てきて嬉しかった。意外なところで意外な記事が登場した。

グッときて考え込んでしまったのが『「面白い」の探し方』というパートの『感想のセリフから探す』のところ。「全然違うね」「今こうなってるんだ」などのセリフを言えていたらあなたはそれを面白がれる。そう言わせてくれるものを探しましょうという内容。セリフの中に「そういえばあったね」があるのだけど、僕はこのセリフから面白がるパターンが多いなと思ったのだ。

キッチンの隅にある小さい棚とか、エレベーターで知らない人と乗り合わせると上見ちゃう習性とか、ビールの缶に書いてある英語とか、ずっとあったのにちゃんと気にしたことがない対象が好きだ。本では、インターネットに記事を書くことを落とし穴を掘ることに例えていたけど「そういえばあったね」の場合、のほほんと暮らしてきてふと振り返ってみると無数の落とし穴が勝手に掘られていたような感覚に近い。この道をふらふら歩いてきちゃったのかよと愕然とする。面白いし怖い。

昔鍾乳洞を見学した時、帰り道に上を見たらフナムシがたくさんいて、すごく怖くなって鍾乳洞から飛び出したことがあった。虫は特別苦手じゃないんだけど、その時は「これが最初からずっといた」という事実が怖くてたまらなかった。怖がる対象も「そういえばあったね」なのだ。

何がそんなに面白くて怖いんだろう。細部を見逃して暮らしちゃうがさつな日々を面白く感じるのかもしれないし、気づかないままその細部を傷つける恐れがあったことを恐ろしく感じるのかもしれない。

初めて気がつく瞬間

子どもと一緒に過ごすようになってから、初めて食べるものの反応を楽しみにしてきた。初めてのコーラとか、初めてのグミ、初めてのガリガリくんとか。明らかにおいしいものじゃなくてもいい。初めてのウニとか初めてのゴーヤとか。目を見開いて驚いたり、文字で表現しづらい何とも言えない声を出す。

そのリアクションがあまりにも本当で、こちらも「初めて」を一緒に体験している気持ちになった。

そんな数年間があり、手頃な「初めて」は一通り経験できたかなーと思った頃、不意に「おばあちゃんにもお母さんはいるの?」と聞かれた。

地下鉄を乗り換えようと歩いている時だった。「いるよ」と言うと、「そのお母さんにも? そのお母さんのお母さんにも?」と聞いてくる。「いるよ、いるいる」と言うとしばらく黙った。何かを考えている。水の中みたいな沈黙の後、今までよりひとつ低いトーンで

「最初の人がいるってこと?」

と言った。すごい瞬間に立ち会ったなと直感した。何をどう考えたのか詳しいことは分からないが、子どもは自分の感性を使って人類の起源にたどり着いたのだ。今まで子どもの頭の中にいなかった最初の人類が、この瞬間からはいるのだ。文字通り、胸が震えた。

感動しながらなるべく冷静に、最初の人類って言われる人たちはいたっぽい。アフリカのあたりに。というふわふわした知識を話した。ふーん、という反応。その後図書館で子ども向けの歴史の本を借りて、該当するページを見せてちゃんと話した。「すごい」と言っていた。

それから歴史について一層興味を持って勉強を続けて、なんてことはないが、日々ぼんやりしているように見えて色々考えているんだろうなと思う。

これからもそんな風に「恋って何?」とか「宇宙の外側には何があるの?」とか「靴下って靴の上にない?」とか、色んなことに気がついていくんだろう。

初めて食べるものの次はこれだな、と思った。少しでも多く気がつく瞬間に立ち会えたら嬉しい。

10年?

デイリーポータルZという読み物サイトに記事を書いている。

初めて記事を載せてもらったのが2015年の6月。月1で連載するようになったのが9月。6月をスタートとするのであれば、もう10年経っていることになる。10年。

たまに同世代のライターの人と会って「10年ぐらいやってるんですよね」「ずっと3年目ぐらいの気持ちだけど」みたいな話をするのだけど、ちゃんと確かめたことはなかった。いざ確かめてみたら10年だ。「10年ぐらい」と「10年」は重みが違う。逃げられない時の重みがある。怖い。

プロフィールのページに載っている「これまでの記事」の数を数えたら463あった。463? うん、463だ。マンガや投稿企画や、すごく短いものも一緒になっているので、全部が皆さんの想像するような「記事」ではないが、ある程度の長さのものだけ数えてもきっと相当な量がある。こわ〜。敢えて乱暴な表現をすると「時間キモい」と思う。なんなんだ、時間。10年。おい。

でもやってきた誇らしさと「結構いいのもあるよな」という自負もあるので、振り返りつつ紹介します。

2016年4月29日 歩いたところから花が咲く

はじめたばかりの時は勘所が全く分からなくて空回りしていたが(今もしている)、これはアイデアと撮り方が噛み合った気がする。編集担当だった古賀さんと造花を切ったり挿したり、すごくテキパキ作業して清々しく終わったのを覚えている。

なんでカーテンを着ようと思ったのか思い出せないが、これもうまくいって気に入ったので2023年にもう一度着た。

2016年11月3日 コンビニおでんの容器は絶対に水筒になるはずだ

会議と撮影と執筆を1日でやるっていう企画でできた記事。無茶だと思ったら、特になんの苦労もなくできた。この日が楽しかったので、この後何があっても「最悪1日で全部済むから」と思えるようになった。約10年、ずっと自分を助けてくれた記事。安藤さんと撮影していて、ずっと笑ってくれていたのが印象に残っている。

2017年7月4日 ビンのフタが開きにくいと盛り上がる

この年の4月から月2回掲載のペースになって、またしばらく自分なりのやり方を模索して空回りすることになる(今もしている)。何事も本当に「分かる」までに時間がかかる。

この記事はその中でも珍しく、準備に時間をかけずにうまくできたと思う。提案してすぐ、古賀さんが新入社員の皆さんを呼んでくれたのがすごく助かった。かたいビンが難なく見つかったのも助かった。撮影の後、家でしばらくピクルスを食べていた。

2018年1月16日 めでたいぞ! 花マン

紙花を体に貼った記事。当時の状況を思うと、どこにそんなことする時間があったのか不思議だ。あまり寝てなかったのかもしれない。寝てない人が考えそうなことだし。

子どもが産まれたばかりの時で、編集担当の藤原さんがお祝いをくれた様子が最後に載っている。こんな人が父親になるのは不安。

しかしこの記事はよく人から褒めてもらえて、2019年に為房さんが同じことをやってくれた。

そもそもなんでやったのか不思議なのに、それをカバーするので一層不思議な味わいがある。

2019年9月10日 肩に付いていてかっこいい箱はピザの箱

見直すと、やっとこのあたりから月2のペースを楽しめているなと思う。2年かかってるな。おい。

これは、藤原さんにチャットで提案した話から脱線して全然違うアイデアになり、それがすごく楽しかったのを覚えている。最初は「写真撮影でよく言う、足を肩幅に開く、ってなんやねん」という話だった。

撮影は早朝にやったので、暑い時期なのにひんやりした雰囲気の写真もある。この時期はよく早朝に撮影したり深夜に書いたりしていた。今友達がそんな生活していたら止めると思う。

2020年3月31日 ライスペーパーをむしゃむしゃ食べる春

コロナが流行りはじめて、なんだかすごく悲観的になり落ち込んでしまって「もう楽しい読み物とか無理かもな」と思っていた時期だった。本気でやめることを考えて、代わりに何をやるのかを真剣に考えたら「どうせふざけるんだろうな」という結論に落ち着き、この記事を書いた。

こんなこと言っちゃうと楽しく読めなくなりそうだけど、そんな時もあったと知って欲しかった。記事は「春に大事な決断をしてはいけない」で始まっている。

2021年2月9日 腹話術で合唱をしてみたい

「口を閉じたまま歌う」という遊びがすごく好きになってしまい、繰り返しやっている。記事でちゃんとやったのはこれ。その後スライドの企画やイベントでやっている。下の動画では自分5人で『世界に一つだけの花』を歌っている。

人と歌うのは楽しい。そう言えばまだ実際に会って合唱したことはないな。

2021年5月2日 パンの袋に自作のシールを貼ると主導権を握れる

短い記事をみんなでたくさん書こう、っていう企画で書いた記事。「短く書け」というフォーマットが個人的にすごくしっくりきて、その後たくさん書かせてもらった。

記事というものは人の興味を引いて説明して楽しませて、を一通りやらなきゃいけないイメージを持っていた。大きな公園でやる大道芸人さんのような仕事だが、短い記事は路上にビールケースを置いて突然おもしろい一言だけ叫んで逃げればいい。そう思ったらたくさん好きな記事ができた。たくさん叫んでたくさん逃げた。

短い記事は月に2回のペースで加わり、実質週に1回記事が載ることになる。短い記事はその日にやることを決めて撮影して、夜に書いていた。コンビニおでんの容器の記事のことをいつも思い出していた。

2021年12月15日 北向ハナウタとトルーの不毛ラジオ第24回『好きなパン』

ラジオもやらせてもらっていた。2021年7月から2022年1月まで。好きな回は『好きなパン』。敢えて展開を想定しにくいテーマで初めてみたら、グルーヴが生まれて楽しかった。

ラジオを聴くのが好きなので定期的にできて夢のようだった。この時期は子どもと一緒に昼寝をしなくてはいけなくて、子どもの「もう寝る時間だよ?」という声が入っている。個人的にすごく貴重な音源である。

聞き返すと僕の元気が足りないな、という反省がある。これには理由があって、日頃では考えられないくらい頭を回転させながらしゃべっているので「元気を出す」というところまで気が回らないのだ。無理に元気を出すと、今度は頭が働かなくなり相手の言うことを大きな声で繰り返すだけのマシーンになる。でもそこから初めて、徐々に頭を働かせるのでも良かったのかもな。初めからうまくやろうとし過ぎてしまった。でも聴き返すとおもしろい。ハナウタさんは元気だし考えてしゃべってるから。

2022年2月5日 土曜のお便り 〜死についてごちゃごちゃ言うクマ

突然思い付いて数コマで終わるマンガを描くようになり、2019年の8月から2023年の2月まで隔週で載せてもらっていた。全部見返したわけじゃないけど、パッと見た感じでは『死についてごちゃごちゃ言うクマ』が好きです。

まとめて本にもした。

単価を下げたくて作り過ぎてしまって、まだある。良かったら買ってくだささい。

振り返ると、記事とマンガとラジオを同時にやっている時期があるな。どうやっていたのか思い出せない。不思議。

2022年8月2日 エンドロールになりたい

真夏の河原で踊っている。記事の中に暑い暑いと書いてあるが、今の暑さでは、そもそもこういうことをしようと思いつきもしないので懐かしい気持ちになった。

河原が好きなので「河原に行きたい」という願望がスタートで企画を考えているものがたくさんある。

2023年5月23日 本の帯を本以外にも

この年の4月ぐらいから短い記事という枠がなくなった。しかし掲載の回数は変わらないので週1ペース。個人的に全部短い記事の気分で書くようになった。

新しいことをやってみたくてマンガ記事も書いていた。楽しいし、続ければおもしろくなっていきそうな手応えはあるのだけど、描くのに時間がかかるので手が出しにくくなってしまった。

この記事はテレビに本の帯みたいなものを作って巻いている。推薦する有識者みたいな写真も撮って楽しかった。

2024年3月14日 コーンスープ占い

これはリアルタイム更新の記事。どういうことかと言うと、少し撮影したらその場で原稿を書き、それをすぐに編集部の方が記事として掲載してくれる。それを5回繰り返す。これがものすごく神経を使って疲れるし恐ろしい体験だった。文字を打つ手が震えるのだ。でもおもしろかった、って反応ももらえるので元気があったらまたやりたい。2人で行動して、作業を分担できたら手も震えなくなるかもしれない。

2025年7月26日 顔はめパネルに全身入れる

うまく説明できないが、やりたいことがきれいにできて胸がスーッとした記事。たまにこういうことがある。他のだと、腹話術で合唱とか、顔のパネルを景色に添えるとか、顔の前でパンを回すとかがそう。顔だな。顔に何か思うところがあるのかもしれない。

こういう、説明できる以前の何かが世に発表されてるのって怖いことだな。でも発表したからこそ胸がスーッとしているのだとも思う。

14個紹介しました

始めて少し経った頃から遡って14個。10個ぐらいにおさめたかったけどもう削れない。本当は『詳しくない人の音声ガイド』とか『本当の忘年会』とか『袋麺のかけらのメッセージ』とかも紹介したかった。

昔書かれたものって、読むとっかかりがないし空気感が違って読みづらかったりするけど、そこを乗り越えたらきっとおもしろいので是非読んでください。

衣替えが終わらない

やっと冬服を奥にしまって戸を閉める瞬間、ふわっとしたものがピロンと見えて中に消えていった。あんな服持ってたかな、と少し考え、一応確認しようと思って中を覗いたらネコがいた。絶対に出ないぞという意思の強い顔をしている。手を突っ込んで無理に抱こうとすると、中で暴れて服が引っかかれるので、戸を開けたままにしておいた。しばらくして見にいくとぐっすり寝ていた。クローゼットの戸を閉めないと気持ちが悪いのだけど全然閉められない。仕方がないのでブログを書いた。

『好きな食べ物がみつからない』を読んだ

古賀及子さんが『好きな食べ物がみつからない』という本を出した。中に僕の記事に触れてくれるパートがあって、その関係でいただいて早めに読むことができた。

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これは古賀さんが好きな食べ物を探す本。エッセイというと、短い話がたくさん入っているものしか読んだことがなかったが、これは一冊ずっと、食べに行ったり作ってみたり、とにかく好きな食べ物(自己紹介で発表する時の「好きな食べ物」)を探している。

終盤近くで候補が増えすぎてもう決まらないのでは、という雰囲気が漂ってから、一つの結論に向かっていくところが気持ちよかった。確かにこれだけ長い試行錯誤が必要だよな、と納得しちゃうシーンだった。

結論の評判がちょっと悪いところも良かった。きっと内容じゃなくて、人の習性なんじゃないかと思ったのだ。悩んでる人の背中は押したくなるし、覚悟を決めちゃった人には「ちょっと待てよ」と言いたくなる。だから大歓迎されなかったってことは、古賀さんの目に迷いがなかったってことなんだ。そう思った。

そして読んでいて「自分はどうしよう」とずっと思っていた。そういう本だから。考えてみよう。

宣言したい好きな食べ物

過程は省略するけど下の4つが候補に挙がった。

・おそば
・里芋を茹でたやつ
カレーうどん
・ブリ

それぞれこんな意図がある。

おそば:よく家で乾麺を茹でて食べるし、お店でも食べる。「蕎麦」や「そば」と表記すると「そば通」っぽさが出るが、そうじゃない。そば粉のこととかよく知らない。たまに食べて、質に関わらずそばでしか回復できないポイントを保っている感じ。そういう記号っぽさとリスペクトを含んだ表現として「おそば」とした。

里芋を茹でたやつ:里芋が好きな気がする。家でよく煮物を作る。気を抜いて作ってもおいしくできる。でも「煮物」って言うといかにも和食やってます、って感じが出て腰が引けてしまう。「茹でたやつ」にしよう。里芋のコロッケもおいしかった。

カレーうどん:最近、カレールーじゃなくカレー粉で作ってみたらすごくおいしかった。これからチーズ入れたりラー油かけて食べてみたりしたい。好きだ。カレーうどん屋さんでアルバイトをしていたこともある。

ブリ:魚が好きな気がする。飛び抜けて「これ」というのはブリかもしれない。お刺身でも焼き魚でも何でも好きなんだけど、よく食べるのは照り焼き。でもサンマも好き。数ヶ月前、ニュースで「今の時期は安いしおいしいです」と言っているのを見て、急いで買って祈るように食べた。普段はほとんど食べない。

足も手も動かさず頭だけで考えているので、自分で見ても頼りない。逃げる表現のことばっかり考えている。ブリのところでサンマって言ってるし。

今無理にでも1つに決めるのならカレーうどんかもしれない。逃げずに語っていたから。でも夏はカレーうどんって言わないだろうな。半年以内に変わっちゃう自信がある。でも今は好きなんだよな。

んきょ

もうすぐ都知事選である。選挙だ。

選挙は「せ」から「んきょ」と続くので、意味の重みの割には鳥の声みたいでかわいい。「んきょ」で終わる言葉には他に暗渠(あんきょ)、蹲踞(そんきょ)などがある。やっぱり意味とは関係なくウグイスの優雅さがちらつく。え段で「んきょ」があるか考えてみた。

燕居(えんきょ):家でくつろぐこと

謙虚(けんきょ):控えめな人柄

選挙(せんきょ):投票して代表を決めること

転居(てんきょ):住居を変えること

年虚…、念虚? 念慮…

「ねんきょ」で挫折した。

色々調べて印象的だったのは腎虚(じんきょ)。漢方の言葉で、泌尿器・生殖器・腎臓のなどの機能「腎」の機能低下を表す言葉らしい。機能の低下に「虚」という字を当てるのは実体験が伴っているようでグッときた。

鳴き声

いつも子どもと見ている動物番組があって、その中でネコの鳴き声に「ニャー」ではないテロップが当てられていた。「ヤンヤン」とか「ワーーー」という感じだったと思う。実際そう聞こえるし、意思を持って独自の言語を発しているのがよく分かって一層かわいく感じた。

そう思ってうちのネコの鳴き声を聞くと「ニャー」だけじゃない色んな音を出している。

「プルルッチャ」「キャイ」「ハオゥ」「クゥルルル」「キャッキャ」

思い出せるだけでもこれくらいあった。ちゃんと「ニャー」と言うのが珍しいくらいだ。ビートたけしが「バカヤロウ」って言うの、モノマネでしか聞かないね、みたいな話なのかもしれない。