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『えいじの好きな作家たち』 第6回 ウクレレえいじ

第6回『西村賢太』

えいじの母は読書家で、地元三重県で読書会という会に何十年も参加していた。

メンバーは7、8人。

毎月、読書会のメンバーが代わり番こで、薦める本を一冊読み、感想文を書いて、話し合うという会だったらしい。

毎回実家に帰ると母がその読み終えた課題の本をえいじにくれるのである。

「あんまり好きと違〈ちご〉たわ」

えいじの母は正直者だ。

そんな中の一冊が、西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』だった。

西村賢太の本は読んだことがなく、MX テレビの『5時に夢中』の破天荒だが自分の意見をしっかり持った強面コメンテーターのイメージだけだった。

ユーモアもあり、嫌いじゃなかった。

いつかは読みたいと思っていた。

西村賢太。
1967年東京生まれ。

西村賢太はえいじと同世代である。

『どうで死ぬ身の一踊り』

この作品は強烈な私小説である。

大正時代の無頼の小説家、藤澤清造の没後弟子を名乗る男。

夢中になり、奔走する。

子供の頃の父親の事件。

夜逃げ。

夢の同棲生活。

ブチキレて女に激しい暴力をふるう男。

純真無垢がゆえなのか。

人間の心の不可解さ、怖さを描いている。

だけどおもしろいのは自分を客観的に見ているからだろうか。

私小説でこれを書く凄味も感じた。

正直者、愚か者。

だから心を打つのか。

約12年前の師走の夜。

西村賢太さんに偶然会ったことがある。

当時えいじとガッポリ建設の小堀さんは、震災直後で益々仕事がなく、毎日のように公園で会っていた。

「えいじさん、サウナ行こうや」

小堀さんは金もないのにパチスロで勝つと、ラーメンとサウナを奢ってくれた。

「えいじさん、色々考えたってしょうがねえや。今日と明日のことだけ考えてりゃいいのさ」

小堀さんはボブ・ディランみたいなことを言っていた。

小堀さんも同世代。
その日暮し仲間。
現代人では珍しい正直者、愚か者。
不器用な男である。

巣鴨でラーメンと餃子を食べた後、そのまま駒込駅前のサウナに行った。

冬だし、夜10時を過ぎていたからか、サウナはガラガラで貸切状態だった。

小堀さんはサウナ大好き、俺はサウナより普通の風呂のが好きだった。

「えいじさん、少しだけサウナ入ろうや」

二人でサウナの浴室に入ると先客がいた。

強面の裸の男が座っていた。

汗だくの強面の男はギロリと俺たちを見た。

「あ」

西村賢太さんだった。

えいじは軽く会釈をした。

西村さんも会釈を返した。

ちゃんとした人だった。

温泉や銭湯のオッサン同士のよくある挨拶だった。

小堀さんはずっと俺に喋り続けていたので、西村賢太さんに気付いていなかった。

暫くして西村賢太さんはサウナを出て普通の風呂場へいった。

「小堀さん、さっきの人、西村賢太さんですよ」

「え?誰それ、芸人?」

小堀さんは西村賢太を知らなかった。

えいじはサウナは苦手なのですぐに風呂場に出た。

西村賢太さんは髪の毛や身体を洗っていた。

えいじも少し離れて同じ並びに座り、髪や身体を洗っていた。

サウナにガッポリ建設小堀、えいじ、西村賢太、三人だけ。

濃いなあ。

えいじは少しニヤニヤしていた。

小堀さんはこの時期、眉毛を全剃りにしていた。

しかも金がないので理髪店に行けず、意味もなく髪は1メートルくらい延び放題のロン毛だった。

映画『マチェーテ』のダニー・トレホみたいだった。

小堀さんは中肉中背だが、眼はギョロリと鋭く、身長は178センチもあるのだ。

座って髪を洗ってる西村賢太さんのちょうど真横に水風呂があった。

小堀さんはサウナから出てくると、よろよろと水風呂の手前まで歩き、フセインの銅像が民衆に引き倒されるみたいに、水風呂に全身をバシャ~ン!と突っ込んで倒れた。

冷水が、風呂場に飛び散り、床に溢れた。

「冷たっ!」

西村賢太さんとえいじは同時に叫んだ。

髪の毛を洗っていた西村さんは、舌打ちし、振り返り、水風呂の中の男を睨みつけた。

ヤバい、喧嘩になる!

えいじは西村さんが強面の小説家と知っていたので焦ったがもうどうにもならない。

小堀さんが殴られる!

その時。

勢いよく、髪の毛を左右に振り乱しながら、水風呂から小堀さんが水を滴らせながら立ち上がった。

ロン毛、眉毛なし、ギョロリとした眼光。

全裸の178センチの危ない顔面の男が水の中から現れた。

「うわぁ」

西村さんは声を発し、小堀さんを見て見ぬふりをし、身体を鏡の前に戻し、また髪の毛を洗いだした。

セーフ。

西村さんは小堀さんを見て、ヤクザかヤバい奴と思ったようだった。

まあ、ヤバい奴には違いないが。

えいじは小堀さんの顔面に見馴れて麻痺していたようだ。

そのまま、西村賢太さんはサウナに戻らずに、風呂場から脱衣場に出て行った。

西村さんは髪の毛と身体を洗っていたから、そろそろお風呂から出て行こうとしていたとは思うが、もしかしたら小堀さんを見て、出ていってしまったかもとも思った。

今更ですがごめんなさい。

やっぱり眉毛がないと怖いのか。

実はえいじも眉毛を剃っていたことがある。

今から18年前のこと。当時。酔ったみうらじゅんさんからよく呼び出しがかかっていた。

「みんな、ウクレレさんを待ってますよ」

みうらじゅんさんから呼び出され、新宿の飲み屋まで行くと。

お店にみうらじゅんさんと猫ひろしくんとなべやかんさんが居た。

雑誌の対談後、そのまま、お店で飲んでいるらしかった。

「ウクレレさんは眉毛がなかったら絶対売れると思うんですよ」

かなり酔ったみうらじゅんさんがいきなり話し出した。

「え?眉毛ですか?」

「はい。前からずっと思ってたんです」

「眉毛ですかあ。眉毛はちょっと…」

えいじもかなり抵抗した。

しかし、酔ったみうらさんは真剣な話しぶりでなかなか引かない。

「えいじさん、明日、誕生日じゃないですか?」

猫ちゃんが余計なことを言った。

「ええっ!?」

みうらさんはノリノリだ。

「ウクレレさん、幾つになるの?」

「え?あの…、ちょうど40歳になります」

「ヤッター!」

みうらじゅんさんと猫ひろしがハイタッチしている。

「僕もえいじさんは眉毛がない方がいいとずっと思ってました!」

半笑いのやかんさんものっかってきた。

「今、11時55分や!カウントダウンや!」

みうらじゅんさんはべろんべろんでノリノリだ。

ヤバい!

眉毛、剃らされる!

「カウントダウンって!ちょっと、ちょっと待ってくださいよ!髭剃りとか持って無いから今日は無理ですよ!」

えいじは必死に抵抗した。

「髭剃り持ってますよ!」

猫ひろしが叫んだ。

なんで持ってんだよ!

「よっしゃあ!1分前!眉毛全剃りカウントダウン、スタート!」

えいじはやかんさんと猫ちゃんに眉毛を剃られた。

「ウクレレさん、40歳おめでとう!さあ、『七人の侍』の志村喬、お願いします!」

みうらじゅんさんに促され、眉毛なし新生えいじは全力で志村喬をお見舞いした。

「勝ったのはワシたちじゃない、農民たちだ!」

「…」

みうらじゅんさんが言った。

「あかん。怖いわ。笑えんわ」

「ちょっとぉ~!」

40歳のえいじの叫びが深夜の新宿の夜空にこだました。

この年、えいじは1年間、眉毛を剃ったまま過ごした。

眉毛を全剃りしたことで、いろんな経験をした。

人間たち、世間を見た。

その後えいじは、「まゆげがナイと」という歌を作詞作曲し、翌年発売したウクレレえいじデビューアルバム全99曲入りCD 『ウクレレ番外地』の1曲目に収録された。

居島一平氏のラジオ番組でも流してもらった。

そして。

「まゆげがナイと」がきっかけで、落語家の立川生志師匠から独演会にお誘いいただいたことがある。

その昔。
生志師匠が大病され、生死をかける大手術した時のこと。

手術前に担当のお医者さんから。

「リラックス出来る音楽を聴きながら、全身麻酔をし、そのまま、意識がなくなっていき、眠っている間に手術を完了させます。何かお好きなCDとかお持ちですか?」

と言われたらしく。

普通ならクラシック音楽とかを流すらしいのだが、生志師匠はなんと「まゆげがナイと」を医者にお願いしたのだという。

「まゆげがナイと」は2分くらいの曲である。

♪まゆげがナイと まゆげがナイと
 相手は敬語

手術中、延々とリピートして流したらしい。

お医者さんや助手の皆さんは半笑いだったという。

患者の生志師匠はリラックス出来たかもしれないが、お医者さんチームは手元とか危なくなかったのだろうか。

「えいじ先生のおかげで一命を取り留めましたよ」

難しい手術は無事に成功した。

立川生志師匠は日本中を駆け回り、益々大活躍している。

横浜にぎわい座、内幸町ホール、福岡、他数え切れないほど独演会のゲストに呼んでもらっている。

『生志の番』という落語会では、志の輔師匠とイイノホールで共演させていただいた。

えいじは今でも生志師匠にお世話になりっぱなしなのであった。

生志師匠はその珍手術譚を、えいじに後日談として話してくれた。

手術が成功してよかった。

眉毛を全剃りにしてよかった。

生志師匠は談志師匠のお弟子さんである。

生志師匠はもし万が一、手術が失敗しても。
「オレは『まゆげがナイと』を聴きながら、笑いながら、あの世に旅立ったのさ」

と最後まで芸人として、笑い飛ばそうとしたのかもしれない。

”何んのそのどうで死ぬ身の一踊り”
藤澤清造

【おしまい】


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