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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

全然分かっていないイスラエルを聴く

2008-04-19 04:49:18 | アジア

 ”Best of Avi Perez ”

 イスラエルのポップス歌手、Avi Perez が数年前に出したベスト・アルバムだそうです。もちろん、これが初聴き。

 考えてみればユダヤ民族の音楽というもの、東ヨーロッパをさすらった人々が生み出したクレズマーやら南ヨーロッパを流れた人々の間で生まれたセファルディなどと聴いてきたのだけれど、イスラエルの音楽となるとまるで未知だったりするのだった。いやそもそもイスラエルの音楽と言ってもどのような素性のものか。
 国を失い各地に流れた民の築いた国の音楽ということは、クレズマーやセファルディのような、他の土地からの”お持ち帰りもの”の音楽なのだろうか。

 ところがとりあえず聞いてみたその音楽の感触は、イスラエルを囲むアラブ諸国のものに普通に通じる”中東のポップス”の響きそのままなのだった。
 打ち込みと民族打楽器がカチカチと火花を散らして打ち出すリズムに乗って、メリスマのかかったボーカルがうねりながら流れて行く。なかなかかっこ良い音楽なのですが、あれ?

 なにやら戸惑ってしまうのは、聴こえてきたこの音楽、彼らイスラエル国民と敵対関係にあり、たびたび戦火を交えている周辺のアラブ諸国のそれと一まとめに”アラブポップスの一種”と呼びたくなる性質のものだけれど、そうも行くまい。どう呼んだらいいんだろう、とりあえず。

 よく分からないのだけれど、この音楽はどこでどう育ってきた音楽なのか。
 だってこれ、ユダヤ民族が今イスラエルのある土地に昔からず~っと住んで来たのならこのような音楽を持っていて当たり前であろう、というような音楽なのですよ。周囲のシリアやらレバノンやらエジプトやらって国々のそれと当たり前の顔して連なり、そのあたりのポップス・シーンの一角を担っている、そんな音楽なんだ。

 イスラエルという国が出来てから周囲の国々の音楽に影響されて出来上がったって感じでもない。民衆の中でしかるべき歴史が流れた末に生まれ出て来た、地に根を生やした音楽の手触りがある。

 これはつまり、当方がイスラエルやユダヤの歴史に無知であるって事なのでしょう。
 亡国の民となって四方に散って行った人々がいる一方、”居る権利”を失った土地にとどまり、父祖の地において流浪の民としての立場を生きる、そんな微妙な歴史を生きた人々もいたんだろうか。これは、その人々の育んだ大衆音楽なんだろうか。

 なにをいまさら、ってなことを延々と書いてるけど、この辺の歴史をあまり勉強してませんでした、すまん。この辺の歴史に詳しい人は「アホか」と鼻で笑っているんだろうなあ、これを読んで。まあ、しょうがないや。
 と頭を抱える当方を尻目に、Avi Perez の歌声は結構ソリッドな出来上がりでかっこ良い””中東ポップス”を織り成しつつ流れて行くのでありました。

アポロン喪失

2008-04-17 04:42:26 | その他の評論


 知らなかったのだが、この8日に作家の小川国夫氏が亡くなっていた。享年80歳。

 独特の透明感溢れる作風が印象的な作家で、ことに私は、彼が若く、まだ無名の学生時代にバイクを駆って地中海沿岸を流離った、そんな旅の想い出をつずった詩的覚書、とでも言うべき初期作品集の澄んだ余情を愛していたものだった。
 大学を出たものの就職もせずにブラブラとフーテン生活を続けていた頃私は、「アポロンの島」等、小川国夫のそれら初期ものを読みふけった。

 いま思えば、容赦なく過ぎ去って行く時の流れから目をそらさんがために、小川氏の描く、人の姿も意識も透明になり日差しの中で溶けて行きそうな地中海の日々の永遠に逃げ込んでいたのだった。
 私は本の記述の向こうに、出口の見つからないオノレが日々へのひとときの慰謝として時間と空間の向こう、幻想の地中海世界から差して来る非在の陽光を弄んだ。

 まあ、過ぎ去った思い出のように装ってはいるが、今でも私はあんまり変わらない日々を過ごしてはいる。

 氏の訃報を聞き、あの頃と同じ、白い表紙に赤い背の文庫本で小川作品を再読してみたいなあ、などと思ったのだが、もう一度手に入れようにもあれはとうに絶版である。小川氏の澄んだ作風に似合った、良い感じの装丁だったのだけれど。
 愛読書だったはずの、あれらの書が見当たらないということは、その後の放浪時代に二束三文で手盤してしまってそれっきりだったのだろうか。そうなのだろう。今頃になって思い出したところで、もう20年も30年もの歳月が流れている。

 そして、小川氏は亡くなられた。私は、若い頃と同じようなすべてを捨てての放浪の日々に今また焦がれつつ、しかし実行に移す気力も失われたまま、なすすべもなく年老いて行く。地中海の陽光は遠く、どこでもいつでも、時との戦いは過酷だ。

 (冒頭の写真は、故・小川国夫氏)

ラサ橋って知ってますか

2008-04-16 03:10:27 | 時事


 ☆4月14日、中国のインターネットユーザーの間でチベット騒乱に対する西側メディアの報道を皮肉った「CNNになり過ぎるな」という曲が出回っている。写真は先月14日にラサで撮影(2008年 ロイター)

 まあ、これもプロパガンダというんでしょうかねえ。例のチベット問題に関して、北京政府への国際的な非難が巻き起こっているわけですが、それに対する北京政府の巻き返し工作の一つと見られる物件が出て来ました。「Don't be too CNN(CNNになり過ぎるな)」という歌だそうです。

 これですが
  ↓
 http://video.cctv.com/opus/subplay.do?opusid=84523

 歌詞内容は、「CNNは報道するすべてが真実だと厳かに断言するが、私はそれが実は幻想だということがだんだん分かってきた」なんて調子らしいです。

 これはいったい、誰に聴かせるためのものなんだろう?というあたりから考えてみるのですが。
 まあ、中国以外の国の人々がこの歌を聴いて、「ははあなるほど、チベットで起こっているはCNNのニュースでやっているのとは違うんだな」とか考える事を期待して作られたものではないでしょうね。これまで行なわれてきたようなチベット報道をひっくり返すほどの説得力は、とてもありません。それにそもそも中国語で歌われているのだから。

 これは中国国内に向けられたメッセージなのでしょう。中華人民共和国国民に向けて、「いろいろ我が国に対する報道がなされているが、あれはぜ~んぶ我が国を貶めるためのでっち上げだから。信用しないように」ってね。

 それにしてもこの種の”共産圏の宣伝歌”も変わったものだと思います。今でも北朝鮮あたりではやってるでしょう、ドッカ~ン!と咆哮するオーケストラを伴い、クラシックの声楽の正式な訓練を受けた歌手が朗々と自国の正義を歌い上げるってパターン。
 あれとは大分違っている。なんか若い女性歌手、それもなにやら今風な自由な雰囲気を漂わせた若い女性が、”自分で作った”という触れ込みで歌う、って設定。

 しかもその曲調は、マイナー・キイのおセンチなフォーク調である。なんか私は70年代フォークの”アメリカ橋って知ってますか~♪”なんて歌を思い出してしまったのですが(古い)(苦笑)
 まあ、中華圏にはあのタイプのフォーク歌謡ってのが伝統的にあるわけですが、”国策”をアピールするために使われたことは、あんまりなかったんじゃないか。

 結局、北京政府がこのような、あちらなりの”ナウい大衆の感性”におもねった作品を提示しなければ自国の国民に対して説得力を持ち得ないと判断したのでしょう。中華人民共和国もそんな状況に突入しているってことでしょうか。
 もしかして北京政府自体が中国人民の織り成す巨大な人の渦の蠕動を”手に負えないもの”として恐れていやしないか?って気もします。

 で、さて、この事実が指し示す世界の明日は?なんか非常に気色悪いのは確かですな。

 ○西側メディアのチベット報道を皮肉る曲、中国でネットに(ロイター - 04月15日 18:43)

  [北京 14日 ロイター] 中国のインターネットユーザーの間で、チベット騒乱に対する西側メディアの報道を皮肉った「Don't be too CNN(CNNになり過ぎるな)」という曲が出回っている。
 Mu Rongxuanという人物が作曲・演奏したとされる同曲は、チベット自治区ラサで起きた騒乱を西側メディアが歪曲(わいきょく)して報道していると非難する内容。
 歌詞の一部には「CNNは報道するすべてが真実だと厳かに断言するが、私はそれが実は幻想だということがだんだん分かってきた」とあり、ビデオクリップの映像には、ラサでの焼け落ちた店舗や立ち上る煙など、中国の新聞が繰り返し掲載してきた写真が使われている。
 同ビデオクリップは、中国中央電視台(国営テレビ)のウェブサイトにも掲載されていた。

サッコとヴァンゼッティ

2008-04-15 01:07:31 | 北アメリカ

 ”Here's To You”by Joan Baez

 まさかとお思いでしょうがさらに続く”新大陸の大衆音楽に差すイタリアの影”シリーズの第6回です。
 今回は、サッコとヴァンゼッティ(Ferdinando Nicola Sacco & Bartolomeo Vanzetti)事件について。

 サッコとヴァンゼッティ事件とは。
 1920年の4月15日、アメリカはマサチューセッツ州の工場の会計係と守衛が殺された事件について、イタリア移民のサッコとヴァンゼッティの二人が犯人として逮捕されます。裁判の結果、二人は有罪を宣告され電気椅子で死刑となりました。

 が、実は二人を有罪とするにたる物的証拠もなく、これはまったくの冤罪だったのですね。結局は二人が無政府主義者であった事を嫌悪した裁判官と陪審員が偏見にもとずく判決を下したというのが真相だったようです。その後、実際に犯行に関わった人物が特定され、その人物が二人の無実を証言することになるのですが、事件の再審が認められることはなかった。

 二人が無政府主義者であるゆえに。そして二人が例のWASP、白人でアングロサクソン系でプロテスタントである、という条件を満たす”アメリカの支配層”から見れば、”まともに英語も操れない2流の移民”であるイタリア系であるがゆえに。

 「共産主義者や無政府主義者を排せよ」「アングロサクソン系以外の移民を排せよ」そんな当時のアメリカの風潮ゆえに有罪が宣告され、死刑が執行されてしまった不合理。
 1977年、マサチューセッツ州知事は二人の無実を認める公式声明を発するのですが、この時点で死刑執行から50年以上も過ぎています。

 二人の悲劇は1971年、ジュリアーノ・モンタルド監督により映画化されます。「死刑台のメロディ」なる邦題で我が国でも公開されました。
 映画の主題歌ともいえる歌が非常に衝撃的な場面で流れてきます。

 歌うのは、その唄の作詞者でもあるアメリカのベテランフォーク歌手、ジョーン・バエズ。バエズは「ニコラよ、バートよ。あなたがたの想いは私たちの心に生きている。最後の瞬間、苦しみはあなたがたの勝利の証しなのだから」といった詞を書き、それにイタリア映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネが、戦前の労働歌など想起させる、また、ある種の祈りのようなニュアンスも込められたメロディをつけています。

 この歌、”Here's To You”は、ゲタ履きのヨーロッパの心を歌う歌手とでも言いましょうか、ギリシャ出身のナナ・ムスクーリなどにも取り上げられていますが、ムスクーリはバエズの書いた短い歌詞の一節を執拗に繰り返すことによって、非合理のまかり通る世界への怒りと過酷な運命を甘受せねばならなかった二人への鎮魂を歌い上げているように聴こえます。

 実はアメリカの社会派フォークの開祖とも言うべき歌手、ウッディ・ガスリーがこの事件に関する歌を幾つか作っていて、それをまとめたずばり”サッコとヴァンゼッティ”なるアルバムがあり、それについて論ずる方が意義ある文章を書けたような気もするんですが。
 けど残念ながらそのアルバム、いつか聴こうと思いながら、まだ果たせずにいます。それどころかそのアルバム、持っていないし実は見たこともない。聴いた事があるという知り合いもいない。

 けど、ですね・・・そのような”正しい”音楽について論ずるより、完全にショービジネスの世界に生きる映画音楽の大御所、エンニオ・モリコーネが、半世紀も前に遠いアメリカの地で非合理な死を押し付けられた同胞たちの鎮魂のために作った16小節のメロディについて書くのが、どちらかといえば私の趣味である、という気もするのでありました。

ナポリターナとデキシームーン

2008-04-13 01:44:20 | 北アメリカ


”Look-Ka Py Py ”by THE METERS

 さて、”新大陸の大衆音楽に差すイタリアの影”シリーズの第5回です。というのも無茶な話ですがねえ。ともかく、論理的な根拠というものをはなはだしく欠きつつ、ひたすら当方の「そんな気がする」って雑な見当付けのみで進行して行くこのシリーズであります。

 今回は”ニューオリンズ・ファンクの帝王、”ミーターズ”を取り上げます。

 60年代末より活躍を始め、自己のレコーディングのみにあらず、アラン・トゥーサン等が作ったスタジオのハウスバンドとしても活躍し、ニューオリンズR&Bの開拓者としてかの地独特の雑食性のファンク・サウンド創造に貢献してきたバンドです。
 その影響はR&Bフィールドのみにとどまらず、たとえばレッド・ツェッペリン等の、ロック畑のミュージシャンのリズム・ライン作りにまで及んでいる地味ながらも実力派のバンドであります。

 などと言っておりますが、もうこの辺になってくると書くべきものがなくなってくる。
 なにしろ今回、彼らを”イタリアの影”の一員として取り上げる気になったのはただ、歴代メンバーにレオ・ノセンテリ(Leo Nocentelli)ジョー・モデリステ(Joe Modeliste)ラッセル・バティステ(Russell Batiste)といったイタリア系かと思われる名前のメンバーがいるからってそれだけのことなんだから。

 まあ、イタリア系の名を持ったメンバーがいるからって、やってる音楽は濃厚なアメリカの黒人音楽の根っこに至るような代物で、ジャケ写真を挙げておきましたが、見た目も彼ら、黒人ですわ。かろうじて左端のノセンテリの顔がイタリアの血を伝えている感じだけれど。

 それでも無理やりこじつけますと、ですね・・・NCCPやスカッパ・ナポリといった南部イタリアの伝統音楽のバンドが、現地特産?の巨大タンバリンなどを打ち鳴らし作り出す、呪術的なタランテッラのリズムなどと、ミーターズが打ち出す、複雑に絡み合う、迷宮化なんて言葉まで使いたくなるファンク表現には、そこにほんの一筋ほどの血のつながりがあるんではないかと私は幻視を楽しんでいるのであります。

 ・・・無理かなあ。それにしても、なんでミーターズにはイタリアっぽい名前のメンバーが続いたんだろう?どなたがその辺の事情をご存知のかた、おられますか?アメリカ南部はニューオリンズなんて場所とイタリア系の人々と、何の関係があったのだろう?こいつは不思議でなりません。

ベトナムは右から崩せ

2008-04-12 06:16:34 | 時事


 車のトランクに積みっ放しになっていた段ボール箱を片付けたら、その下に古い新聞紙が敷いてあった、
 なんとなくその見出しに目をやると、大きな活字で「ベトナムは右から崩せ」とある。え?この頃、なにかあったっけな?
 なにしろベトナム戦争最盛期に青春時代を過ごした身とあっては、その一語に、意識の底に沈んで錆び付いていたなにごとかが目を覚ましかけ、思わず変色しかけたその記事を手にとってみたのだが。

 サッカーの日本代表に関する記事だった。対ベトナム戦は右サイドから攻略せよ、と。
 60年代の”あの頃”に政治の話に夢中だった仲間の今などを思う。おい、Nよ。そらっとぼけて某土地の利権なんかに熱くなってんじゃねーよ。あ、いや、こちらの話です、失礼。
 つーか、こんなボケ話の何が面白いか、もう誰にも分かりはしないよ。

 今、北京政府のチベット人民への人権弾圧問題に絡み、北京オリンピックのための聖火が世界のあちこちで妨害を受けている。抗議デモもあちこちで行なわれ、北京オリンピック開会式への出席を拒む国家の要人なども外国では現われているようだ。ネットにおける論議も盛んに行なわれている。

 その様子を見てザマミロ北京と思う反面、騒いでいる連中がいつまでチベットとその人民の問題に関心を持ち続けるのだろうと、ふと心が冷える部分もないでもない。
 結構、オリンピックが始まって誰がメダルを取った、ウチの国は何個目だ、なんて話題が始まると途端にそんな事はきれいさっぱり忘れ去り、「チベット?ああ、そういえばそんなのがあったっけな。なに、お前、まだそんな話で熱くなってるの?好きだね~」なんて言い出すんじゃないのかね。

 そんな思いが私の心の底にあり、アンチ北京政府の運動が盛り上がれば盛り上がるほど、そいつは重く湿った触手をあたり一面に伸ばして行く。
 いや、そんなことないでしょと信じたいんだけどね、それは。でも。これまで生きてきて、そんな光景ばかり見て来たんでね。またそうかなあ、と。
 ああ、独り言です、気にしないでください。

痛快、ハモンド野郎!

2008-04-11 02:55:00 | ヨーロッパ


”A Bigger Tomorrow ”by Paolo “Apollo” Negri

 さて、”新大陸の大衆音楽に差すイタリアの影”シリーズの第4回です。今回はPaolo “Apollo” Negriなるオルガン弾きのアルバムを。
 と思ってジャケをよく見たらバックのミュージシャンもイタリア系の名前で、レコーディングされたのもイタリアのスタジオ。何のことはない、普通にイタリアのジャズマンではないの、この人?

 いやあ、なんとなくアメリカで活躍するイタリア系のミュージシャンと思い込んでいました、今の今まで。なんかねえ、タイトルも英語だし、ジャケの雰囲気も、いかにもアメリカな気がして・・・

 というわけで、気を取り直しまして、Paolo Negriなる、イタリアのジャズ・オルガン弾きが昨年発表したアルバムであります。
 なんとも軽薄なノリが楽しいプレイヤーですな。いろいろゲスト・ミュージシャンも入れて、非常にファンク色濃い演奏を聞かせる。けれど、基本的には彼のオルガンにギターとドラムスが加わる、伝統的なトリオ編成のオルガン・ジャズの演奏家なんでしょう。

 使ってる機材だって由緒正しいハモンド・オルガンです。けど、その「ともかく弾けるだけ弾いちゃえ」みたいな音符の洪水系演奏のおかげで、楽器の音もコンボオルガン、あの60年代にグループサウンズが使っていた安物のキーボードみたいに薄っぺらに聴こえてしまう悲喜劇(!?)まあ、本人が納得して弾いてりゃそれでいいんでしょうけど。

 全体に、オシャレにして軽薄な60年代のヨーロッパ製スパイアクション映画のサントラみたいな雰囲気が横溢しています。時に忍び寄るボサノバのリズムやらサイケなプレイを聞かせるギターの響きなどが、60年代末の熱っぽくて、しかしそこはかとなくアバウトでもある空気を演出。サイケなイラストに飾られたジャケも、いかにも、でありますなあ。

 拳銃片手に高級車を乗り回す粋なスパイと、奇想天外な”秘密兵器”と、”世界征服を企む悪のシンジケート”と、ミニスカートでゴーゴー踊る付け睫毛のオネーチャンのファンタジーの世界。
 シャバドゥビシュビドゥビドゥビドゥビドゥ♪と高速回転極彩色で走り回るPaoloのオルガンが醸し出すいかにもいい加減な熱狂は、ある意味確かにイタリア的、信ずる気にはなれないが愛さずにはいられない魅力とでも申しましょうか。

 そんな中、11曲目に収められた”Under the Rain, Waiting for You ”が描き出す、夏の日のけだるい昼下がり、懐かしい街角の雨上がりの匂い、なんてものを想起させる不思議な叙情がなんとも忘れられなかったりする。
 もしかしてこのオルガン弾き、相当いける奴なのかも知れません。

ユーゴスラビアの下半身

2008-04-09 04:32:25 | ヨーロッパ


”The Best Of ”by Lepa Brena

 え~と、この人をなんと紹介したら良いのかよく分からない。要するに旧ユーゴスラビアの大物歌手ということなんだけれど、かの国がバラバラに分裂した今、どう言ったらいいのか。出身地であるボスニア・ヘルツェゴビナの歌手って言い方は彼女の意思に反するのかも知れず。

 80年代辺りからユーゴスラビアの大衆的人気歌手にしてセックスシンボルなんて存在だったそうで。ユーゴスラビア時代には記録的売り上げを示したヒット曲を連発し、サラエボ・オリンピックの開会セレモニーで歌ったというから、いわゆる国民的歌手って奴だったのでしょう。
 ユーゴが分裂の気配を示し始めると統一維持を公然と支持して批判を浴びたり、統一を訴える唄をリリースし、そいつを歌ったステージで思いこみ上げて泣き崩れたりと、そっちの方の活動家の側面も覗える。

 この辺をどう理解していいのか私には分からないのだけれど、各民族が一つになって大国・ユーゴを支えていた時期に思い入れのある人なんでしょうな。当然、「それは自決を求める各民族への弾圧である」と考える人々からは反発を食らう事になるでしょう。見る人によっては”ユーゴの右翼”みたいな感じなのか?そんな理解でいいのかどうか。
 これは、そんな彼女がこの20年に発表して来た楽曲の集大成みたいな二枚組のCDであります。

 何かというとエレクトリックなダンスポップスが出て来てしまうスラブ圏のポップスでありますが、そうなる以前の音を聞きたくて入手したCDでした、実は。
 で、聞いてみると飛び出してくるのは、いやあ、実にいなたいリズムとメロディの連発です。ドスンドスンと刻まれる重たいリズムに乗って、非常に歌謡曲チックなマイナー・キーのメロディが、大迫力のハスキー・ボイスで歌い上げられる。

 これなんか聞いていると、今日のバルカン・ポップスがいかに各民族の伝統にこだわった”立派で正しい”音楽であるか、なんて思えて来ますな。
 ここで彼女が展開しているのは、そんな民族の垣根を乗り越えた、なんて美しい表現も恥ずかしい、世界中のどこの国でも大衆の下世話な好みにピッタリはまるのではないかとも思える”歌謡ポップス”の世界なのです。

 早い話が、この場で先に取り上げた、あのドイツの下品なドタバタ・ディスコグループ、”ジンギスカン”のヒット曲、あの”ジン、ジン、ジンギスカ~ン♪”って代物、あれそっくりの曲が続々と繰り出されるのですな。時に、”エッ!ホッ!”なんて掛け声も込みで。でかい音で聞くのが恥ずかしいわ、ある意味。

 言ってみれば旧ユーゴスラビアの下半身、気のおけない民衆の楽しみが体現された世界。うん、こんな音楽が聞きたかったんだよ。オシャレじゃないけど民衆の体温が直に伝わってくるような”歌謡ポップス”が。
 けれどこれも、ユーゴがどうの、ではなくてそれ以前に、さらに大きな時代の波の前に、すでに失われ行く世界なのでありましょう。

ラプラタ河と夜の向こうのイタリア

2008-04-07 02:41:20 | 南アメリカ


”Coleccion 78 R.p.m. 1941-1953”by Angel D'agostino

 ちょっと間が開いてしまいましたが、ラスカルズ~ジェイとアメリカンズと続いてまいりました”新大陸の大衆音楽に微妙に差すイタリアの影を考えるシリーズ”の第3回目になります。
 シリーズだったとは私も知りませんでしたし、この先も続くかどうか見当もつきませんが。

 そんなわけで今回は南米はアルゼンチンのタンゴの名演復刻盤というものを持ってきました。
 まあ、アルゼンチンというのは実に私好みの、不思議な幻想を孕む国民性の国であります。
 その土地は南米にありながら、「自分たちはヨーロッパの一国なのだ」と信じたがる人たちも多いと聞きます。その意識に入れ込むあまり、周囲の同じ南米の国々を見下す傾向さえ覗え、煙たがられる側面もありと。

 またこれもそれに関連する事項と考えていいんでしょうか、そもそも建国の頃は周囲の国々と同じように国内に抱えていたはずの黒人の国民と言うものを今はまったく見る事がないのはなぜだろう?黒人たちはいつなぜ、どこかへ行ってしまったんだろう?
 その他、この国が体験してきた不思議な”バブル期”とその崩壊劇などなど、他国の国民が野次馬めいた視線を送るのは失礼なのですが、いやいや、実に魅惑的な知的迷宮を成すお国柄と私などは考えているんですよ、皮肉とかで言うのではなく本気で。

 その国を代表する音楽、タンゴも、やはり素敵に迷宮的な響きを持っています。

 そもそもが陽気で情熱的と言われるラテン音楽の中で、例外的に闇を孕んだ音楽である。
 他のラテン・ジャンルにおいては能天気に撥ねているリズムは、タンゴにおいては四角四面の律儀な刻まれ方をし、そこに一閃する怜悧な響きのバンドネオンのフレーズ。音楽空間の温度は下がるばかり。
 歌い手たちはクールなダンディズムを気取り、彼らが口にする歌詞は、叶わぬ恋、廃墟と化す街、忘れられた女、鳴らなくなったギター、苦い酒に帰らぬ思い出、そしてすべてを覆い尽くすように降り継ぐ冬の長雨、といった後ろ向きの人生観を表すものばかり。

 そして・・・基本的にはスペイン系の人々が中心になって作った国、アルゼンチンではあるものの、歌手名やタンゴバンドの構成メンバー表など見ていると、音楽の世界においてはむしろ、スペイン系の名よりイタリア系の人々の名を見る機会のほうが多いような感じもあります。イタリア系の人々は確かにアルゼンチンにおいてはスペイン系についで大勢力ではあるものの。
 (そういえばタンゴの花形楽器であるバンドネオンも、イタリア系の人々が持ち込んだと考えるのが自然でしょう)

 南米にありながらヨーロッパの一国。陽気に撥ねるラテンのリズムの只中で愁いに沈む音楽の国。その音楽を奏でるのはスペイン系と見えてイタリアの血の流れる人々。
 幾重にも重なった幻惑の輪が、かの国を包んでいます。ホルヘ・ルイス・ボルヘス等のラプラタ河幻想文学の伝統など考え合わせるに、かの国においては現実と幻想の隣り合わせ具合の濃度が違うのだ、などと断じたくなります。

 そのタンゴ界で、かって人気者であったダンスバンドの一つ、Angel D'agostino楽団の、これは歴史的レコーディングを納めたアルバム。

 リーダーの、この人の名もおそらくはイタリア系ですよね?Angel D'agostinoは、あまりピアノの左手が得意でなかったとかで、楽団の低音部をコントラバスに任せっぱなしにした、との事。そしてリーダーとして”目立つ”舞台は、バンドネオンやバイオリンセクションが奏でるフレーズの繋ぎ目、そこにきらりと光る、おそらくは考えに考えた美しいフレーズの短いソロを差し挟む瞬間、と決めていたようです。

 それゆえ、不思議な効果が生まれました。独特の”間”を感じさせるリズム表現でバンドの演奏は進行し、曲構成の中の”ここぞ!”という場面に華麗なピアノのフレーズが一瞬奏でられ、そして消えてゆく。それは神秘的な夜霧の中をときおり、なにやら非常に美しいものが横切って行く。あの正体は人か魔か?なんて幻想劇を演出するような独特の構成を持つ音楽です。

 いやそれは、ただ楽団の主の技法上の都合から偶然生まれた音楽表現というばかりではなく、Angel D'agostinoが父祖の国イタリアから、その血の中に持ち来たった長い長い歴史を秘めた幻の具体化なのかも知れない。ずっと好きでタンゴを聴いては来たものの、いまだ何も分かってはいない者が勝手な推測をするな、ってなものなんでしょうけど。

 ブエノスアイレスの街を包む闇は今夜も深い・・・だろうと思う。

芸能人のエゴ誤拡大の一様相について

2008-04-06 22:46:06 | その他の評論


 下のニュースは、”勘違いしてしまった馬鹿な芸能人の悲喜劇”の典型例として、大いに笑わせていただきました。すっきりしない日々、こういうシンプルなニュースは助かるなあ。

 武田は、”人格者の教育者”の役をやっているうち、それを自分の実像と思い込んでしまっていたんですなあ。で、歳下の者たちすべて、自分が担当しているクラスの生徒と思い込み、誰彼かまわず説教垂れるようになった。

 ドラマの中で物事が武田の都合よく進行するのは、台本がそうなっているからに過ぎないんだけどね。そもそも武田は教育者でもなんでもなく、単なる暑苦しい歌手上がりの俳優、それだけの存在なんだけど、そこのところもすっかり忘れて。

 それでも芸能界、ドラマが受けているなら皆はそれなりに話はあわせてくれますわな。けど、それにもおのずから限度があったって事で今回の事態。「自分は金八であり人格者だから、他人の秘密をバラしてもかまわない」なんて、そりゃ勘違いどころじゃすまないものなあ。

 これで本当に番組も武田も終わりとなれば、そりゃ楽しいだろうけど、なにしろ芸能界ですから、適当なところで手打ちをしたほうが金になると双方が判断したら、何事もなかったように笑顔で握手でしょ。まあ、そんなもんだよね。
 
 ○武田鉄矢が二重の意味で信頼を失った“亀梨騒動”
 (ゲンダイネット - 04月05日 10:00)

 ドラマ「3年B組金八先生」(TBS)の武田鉄矢(58)が役者生命の危機を迎えている。
 騒動の始まりは一部週刊誌が明らかにした亀梨和也(22)と小泉今日子(42)の破局報道。以前「3年B組」の生徒役で出演していた亀梨が昨年暮れに武田の元に小泉とのことで相談に来たそうで、報道後、武田が「デイリースポーツ」で連載中のコラム「武田鉄矢のなして?なしてや?」でこんなふうに書いた。
〈亀が小泉さんと一緒に僕の所に来て「付き合ってます」と、きちんと伝えてくれた。「今は若いからドラマとかできるけど、僕には役者としての才能がないと思ってます」「(将来は)ブティックを経営したい」「29歳までには結婚をしたいんです」〉
 このコラムを知って関係者は大騒ぎ。アイドルが女性関係を口にし、自分から才能がないなどというのはもってのほかで事実なら大問題だ。しかも、武田がそのことを先方の了解なしに書いたら当然、モメる。
「亀梨が所属するジャニーズ事務所サイドはカンカン。ジャニーズは武田と『3年B組』を通じて28年間の付き合いになるけど、今後は縁切りするしかない。武田が出るドラマにジャニーズのタレントはもう出ないのではないか。『3年B組』も武田も大ピンチです」
 それでも“恩師”の武田の元に亀梨が相談に来てもおかしくないし、八方ふさがりで悩んでいる姿を見た武田が応援したくなる気持ちもわかる。
 武田が人間性を疑われるのはその後だ。3月28日掲載の同コラムで「お詫び」として、亀梨が言っていないことをライターが書いてしまい、自分もチェックをしなかったのがミスといったように言い訳し、一方で発売中の「週刊現代」では「僕の失言でしかない」とオロオロしている。
 金八先生は今回の件では言った言わないでモメた上に、“教え子”を守ることができず、信頼も失った。これで従来通りに仕事ができるというのは考えが甘すぎないか。
【2008年4月2日掲載】