秋月日向守@軍装愛好家歴20年目

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秋月日向守@軍装愛好家歴20年目
@akizukihyuuga
中身は♂のアラフィフ。ミリタリーアンティークコレクター。合気道2段。居合術・杖術・槍術3段目録→振興剣術流派創流者。映画・酒好き・二次元にも精通。アイコンはマンガ家『夜桜エレル』さんより使用許可頂いてます。生きていれば何とかなる! #六四天安門事件は中国共産党の民衆虐殺行為
紀州安藤家、三万五千石twpf.jp/akizukihyuugaJoined May 2010

秋月日向守@軍装愛好家歴20年目’s posts

「業○スーパーで売ってる、ブラジル産の鶏肉は『唐揚げ』にしたら旨いけど、鍋料理に使ったら水臭いんだよな」と思ってる人、それ正しい!ブラジルの肉はフライドチキンに合う様に飼育されているから水っぽく、唐揚げや煮物料理には合いますけど、素材を生かす日本の鍋料理では水っぽくなります(続)
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じゃあ鍋料理に使うのにはどうしたら良いのか?当方は『廃鶏』(卵産まなくなった鶏の肉)を勧めますが、それじゃあ自分の家で鶏を捌かなければなりません。そこで使うのは『鶏肉圧縮法』。○務スーパーで買ってきた鶏肉を解凍し、パットの上に並べて重しを掛けておくのです。(続)
以前もツイートしたけど、阪神大震災の時に中内会長の命令で神戸市内のダイエーが安全確認後に早期に開店。おにぎりを1個10円、弁当を1個100円で売るという対応を行い、食料の売り惜しみや略奪を抑えた。現在でも企業倫理の教科書として世界的に広まっている。
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Katana Edge@中2超ポリコレリベサヨうんこ美少女💉💉💉💉 (cv: 広川太一郎)
@amiga2500
多分、コンビニやスーパーが真っ先に復活する事は、物資不足に乗じた価格暴騰防止に役立つんだろうなぁ。
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重しは1~3㎏でもOKですが、重い程尚良し。それを冬場ならキッチンの冷たい場所で、夏場は冷蔵庫で3~5時間寝かせます。ドリップ沢山出ますがそれは鶏肉から水が抜けた証拠。それを鍋に使ってみて下さい。全然味と食感が違います。
この写真撮った米兵士(ジョー・オダネルだと言われている)は、「焼き崩れたマリア像や聖人の像が私の顔を睨み、『何故長崎の信徒を殺したのだ』と言われている様で怖かった」らしい。
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和中 光次(わなか みつじ)
@111g0
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長崎、浦上天主堂。原爆で落下したキリスト像の頭部。
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南極で料理人していた人の本で、「高野豆腐をコンソメスープに付けて戻し、軽く絞った物に衣を付けて揚げると、チキンナゲット風になる」という記述があり、やってみたら本当だった。これで低カロリーなチキンナゲット沢山食べられる。
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『ほう・れん・そう』という言葉自体も ほう:報告を何時でも受けられる様に心がけましょう れん:連絡受けたら直ぐに行動しましょう。 そう:部下から何時でも相談を受けられる環境を作りましょう。 が本来の意味(上司の心得)ですから。何故か部下が心がける言葉に変わってしまったそうです。
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昔私の武術兄弟子がドイツを歩いていた時、通り過ぎたドイツ人が目尻を引っ張って細めにするポーズやって来たので(東洋人を差別する意味)、その場で当身食らわせて投げ飛ばした事があったそうです。で、ドイツ語で「意味解ってるぞ!そういう事やるからユダヤ人虐殺したんだよ」と言ってやったとか。
職場にドイツ人のお爺さんが居るんだけど、「ジャガイモはナイフで切って食べるんだよ。潰して食べるのはフランス人の下品な食べ方だからね。これ絶対だよ」「ワインはモゼルワイン。日本で言う白ワインを飲むんだよ。赤ワインはフランス式で下品だからね」と教えてくれる。ドイツ人だね!!
本日は私の誕生日だったけど、悲しい事に親戚が釣りの事故で亡くなった。明日明後日と葬礼の手伝いをする。しかし事故がネットニュースで流されたので、感想の書込に「老害ジジイ勝手に水葬」とか、「アホの爺さん死んでおめでとう」という様な記述多くて、正直悔しくて腹立たしくて(続く)
昭和20年8月6日8:00。祖父(軍曹相当官)は朝礼終了、「お茶でも飲もう」と官舎に戻り、湯飲を持った瞬間に、広島市方面から『ピカッ!』という光窓から差込み、その後に『ドドド!』という地鳴が如くの音を聞いたと言う。「何が起こった?」と官舎から外に出ると、広島市にキノコ雲が上がるのを見た。
稽古帰りに動物園前駅で小用をしていたら、「ようオッサン、金貸してくれや!」と、バタフライナイフちらつかせながら所謂『オヤジ狩り』しに来た4人組が居たので、持っていた居合刀抜いて「おう、やろうや!ワシもいっぺん人斬って見たかったんや」と叫んで追い回した。のは20年前の私。
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あのピカドンが堕とされた長崎でも、信者は飛ばされた鐘を掘り起こして、クリスマスの時に鐘を鳴らしました。日本も同じです。除夜の鐘が五月蠅いと言うのなら、除夜の鐘打つなというのでは無く、そういう文句言う奴が引っ越せば良いのです。
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書き込んだ奴が目の前に居たら、全員刀で首斬ってやろうかと思う位・・・。事故の状況を知らない癖に、死者に鞭打つ様な事書き込みやがって!亡くなった叔父は久しぶりに帰省した息子と釣りに行き、釣った魚をつまみながら1杯やるのが楽しみで、今日も朝から2人で磯に出かけた。釣果は良く(続く)
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輩が、人の死を茶化し笑いものにする・・・。これ人間のやることですか?せめてもの抵抗に『不謹慎な書込止めて下さい』と書き込んでおきましたが、正直「ここに書き込んだ奴は全員海で溺れて死んでしまえ!」な思いです。叔父は私の父が亡くなった時も一所懸命手伝いしてくれたいい人です(続く)
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魚籠が1杯になり重くて海に落としてしまい、それを取ろうとして溺れてしまったんです。磯に残された息子は海保と消防署に連絡する以上何も出来ず、目の前で溺れ死んでいく親の姿を見るしか方策が無く、今でも親を助ける事が出来なかった事を悔やみながら泣いていました。そういうの知らない(続く)
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その叔父の死に顔を見て、私も悲しくて仕方ありません。故人の息子は父親の死を目の前で見たという心の傷深いですし、遺族も「何故そんな無茶したの?」と泣いてばかりでした。親戚として掛ける言葉もありません。 念のためにネットニュースリンクしておきます。(続く)
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有名な遺骨ですよね。恐らく歩けない母親を背負って逃げていたら、階段の上にたどり着けなかったという・・・。母親を棄てて逃げていたら、せめて1人は助かったかも知れないのに、やはり見棄てられなかった姿は涙が出てきます。
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『ゼロパーク』に展示されている時、そこらで買って来たアサ○ペンのペンキで適当に塗られて、所々潮風にやられて哀れな物でした。同じ場所に展示されていた『海龍』と一緒に、大和ミュージアムに引き取られて良かったです。
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ドイツ爺さん。ドイツの事色々教えてくれるので本当に楽しい。実は東ベルリンに住んでいて、貨物の中にこっそりと隠れて西ベルリンに行き、旨い物沢山食べて帰って来たという体験を持つ肝座った人。当時の話聞くと本当に楽しい(但し時折独語で話すので、こっちも独語の勉強になる)。
『護衛艦に漁船衝突事故から1週間』日テレ・フジ・TV朝日・TBS→報道無し。読売テレビのみ「漁船が悪かったのが証明、護衛艦が悪いと書いた朝日・毎日新聞は勇み足&基本的な知識知らない」と批判。読売テレビ凄い。
篠原さんは稽古で見事な1本背負いを見せて、後輩が思わず 「うまい!」 と声を上げたら、 「誰が馬じゃボケ!!」 と声を上げた後輩を投げたという、とんでもないパワハラ伝説がある(その投げられた人から聞いた話)。
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『てつのくじら艦』見学していた時、案内係の元自衛隊員(この方面白くて、色々機器触らせてくれたんです)に、「士官といえども、あんな狭い所に寝るんですね」と言ったら、「うん。だから暑い時は魚雷の上で寝るの。あそこは涼しくって良いんだよ」という話思い出しました
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これが祖父が見て体験した 『昭和20年8月6日。広島原爆の状況』です。その後広島駅の瓦礫から出て来た死体の話、「人手が足りない」と、救護所で被爆者の治療補助に当たった時の話と続きますが、かなりグロな表現が続きますのでこのあたりでツイートを止めます。後日談はまた改めて・・・。
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私が日本のフェミに賛同しないのは、正にこれなんです。真のフェミなら、女性を武器に働いている人の(グラビアアイドル・○俗労働者)権利を、全力で守らないといけないですね。福島○ずほとか田嶋○子は『女尊男卑論者』であってフェミニストではありません。
ウィキにも書かれてますが、原爆投下された時『浦上教会』式典が行われてたんですね。沢山の信徒が集まり、神父・副神父がお祈りを捧げようとしたその瞬間、ほぼ上空で原爆が炸裂。全員が即死したんですね。宗派は違えど同じキリスト教徒がキリスト教徒を殺したんです。
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父が亡くなり実家へ戻る事になり、アパートを引き払う時に「今は葬礼中なので無理ですが、落ち着いた時に支払いの名義人を亡き父から私に変えますので、手続きに来て下さい」と連絡。2ヶ月たって私が実家へ引っ越すと、私の口座から勝手にアパートの分+実家の分二世帯分が引き落とされてました。
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『現人神・陸海軍大元帥』のお立場から、『人間天皇』へ昭和天皇は大変な思いをされたと思いますが、昭和30年代まで大元帥から抜けられずに、吉田茂総理が再軍備、憲法改正を考えていると聞いた時に、「吉田を呼べ、私が内容を詰問する!」と言われ、侍従長に止められたという逸話があります。
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簡便な昼食(祖父の記憶によると、梅干握飯に若布味噌汁)を取り、「陸からの救援は無理」との事で大発に乗り、宇品から広島市内へ向けて出発したのが13:00頃だったという。広島市内に近づき太田川河口を昇る頃、祖父は凄まじい物を目にする事になる。最初は人間だとは思わなかったらしい。
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と伝えると、学生は「えっ?さっきから下がってるの目玉ですか?どうしようどうしよう!」と慌てだすとそのままバッタリ倒れた。祖父が「おい!」と体を揺すったが、既に息切れていた。この話をする都度「今でもあの学生、可愛そうでならん」と言っていた。
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日が落ちてもうめき声が聞こえ、更には腐臭が漂い始めて寝付けず、外へ出て焼け野原になったを見ると、青く燃える人魂が沢山見えた。それが『腐りかかった死体から出たガスに、自然発火して燃えている』と解り、「まるで魂が燃えている」と感じたらしい。その夜は持って来た焼酎を呑んで眠った。
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昼前頃、上官から「大変な事になった。広島市と連絡がつかないらしい」と聞かされ、12時頃「広島市が爆撃を受けた。被害は甚大!救援に広島市内に向かう。各自準備するべき」と命令が下される。祖父は『さっき光った光は火薬庫攻撃されたんとちゃうんか?』思いながら、ゲートルを巻いた。
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その準備中、祖父は『忘れられない』という体験をする。向こうから火傷で顔が2倍に腫れ上がった学生がやって来て、「ピヤッと光ったらめくらになりました。私の目どうなってますか?」と聞かれた。その顔を見た祖父は驚き「めくらになったも何も。おまはんの目玉垂れ下がってるがな」
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大発は太田川を登り、やがて中島町へ。そこは地獄であったと祖父は言った。川面は一面の異様な死体で覆い尽くされ、周囲はうめき声と悲鳴。更には外壁が真っ赤に燃え上がる産業奨励館。祖父は『こんな武器使われたら、もう日本は勝てん。負けや』と思ったという。
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大発の前に乗っていた兵が「風船の様な物が浮いている」と言うと、横に居た兵が「違う!あれは人だ!」と大声で叫んだ。黒焦げになった者・腹が異様に膨れた者・全身の皮が剥けた者が次々と流れてくる。大発に乗っていた兵の殆どが顔を見合わせて「一体何があったのか?」と騒ぎ始めた。
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後に解る『原爆爆心地』から1㎞離れた場所に、仮の宿営地が作られた。宿営地と言ってもテントを貼る訳でも無く、残っていた鉄筋コンクリートの建物の床にゴザや毛布を敷いただけの粗末な物。食事は乾パンと水、祖父はそれ以外にギンバイしてきたドロップと焼酎を持っていた。
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「真水なんで何処にあるんや?川の水は人間の脂だらけやぞ!」と思っていると、機転が利く部下が落ちていたバケツを持って、壊れた水道から真水を汲んできてくれたお陰で、上衣と袴を水洗いする事が出来たが、その水は真っ黒に汚れ、不思議と血の臭いがしたという。
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その日は具体的な救護計画と市内復旧への計画がなされ、「兎も角鉄道を復旧しないとならない」と、祖父は7日は広島駅の瓦礫撤去班に選別される。夜になって上官(学徒出陣の少尉、薬学科だったらしい)から「この兵器は毒ガスかも知れない。寝る前に各軍服を脱いで真水で洗いなさい」と指示が出る。