第6回女性政治家と市民団体が韓国社会を変えた 性売買防止法できた道のり

大貫聡子

連載「買春は暴力」⑥

 売る側を被害者として保護し、買う側を処罰する法改正に踏み切ったフランス。こうした法体系は「北欧モデル」「性平等モデル」と呼ばれ、1999年のスウェーデンを皮切りに、ノルウェーやカナダ、アイルランドなど各国に広がる。

 アジアでは、韓国も2004年、日本の売春防止法に似た「淪落(りんらく)行為等防止法」を廃し、買春を暴力ととらえ、買春者と斡旋者の処罰を強化した「性売買防止法」を制定。買春者処罰を実施するとともに、国の責任で性売買の当事者だった女性の支援に取り組むことになり、各地に相談所やシェルターなど設置された。売春の「春」は、実態を表していないとして、性売買という言葉をつくった。

 法律で現場や社会はどう変わったのか。

 6月、韓国・釜山(プサン)を拠点に活動する女性団体「サルリム」の初代所長で女性人権活動家のチョン・キョンスクさんと、性売買経験当事者団体「ナリナティ」のメンバーが来日した。来日は、困難な状況にある女性たちを支援する一般社団法人「Colabo(コラボ)」の招きで実現した。

 「サルリム」は「生かす」「生活する」という意味で、02年から釜山にある性風俗産業が集まる「玩月洞(ワノルドン)」という場所を拠点に活動を始めた。日本の植民地時代にできた緑町遊廓がルーツだという。

 韓国で法律制定のきっかけとなったのは00年と02年に群山(クムサン)市内の性風俗産業の集まる地域で起きた火災だった。業者によって借金のカタに性売買を強要され、建物内に閉じ込められていた女性19人が犠牲になったことが報道されると、女性団体などによる抗議や法規制に関する議論が活発化。スウェーデンの「北欧モデル」を参考に売る側を「被害者」ととらえ、「性売買被害者の人権保護や自立支援」を掲げる法律が04年、進歩派の盧武鉉政権下で成立した。

性売買は女性ではなく社会の問題

 チョン・キョンスクさんは「政治主導というよりも、女性運動に関わってきた女性政治家と市民団体が協力してつくった法律だ」と振り返る。「これまで女性個人の問題として見られてきた性売買を、社会構造の問題として捉えるようになったことに大きな意義がある」と話す。

 性売買防止法ができたことで、相談所で女性を待つだけでなく、現場に出向き、女性たちに性売買から抜け出す手段があることを伝えられるようになったという。

 支援の現場では、最初から性売買から抜けるよう拙速に促すことはしない。「多くのことを強要されてきた女性たちが、再び自分が望まないことを強要されることがあってはいけない」といい、言葉や説得よりも「共にいること」を大切にしてきた。

 女性たちがデモをすれば、彼女たちの横に座り、警察や店の関係者が暴言を浴びせないか監視する。店からの不当な借金を訴えに女性たちが警察署に相談に行く際も付き添う。彼女たちを見下し、タメ口をきく警察官がいれば、一緒に声を上げて闘う。抗議しても聞き入れられない時は陳情書を書く。「私たちの抗議で懲戒処分を受けた警察官もいました」とチョン・キョンスクさんは話す。

 サルリムにつながってから抜け出すまでに10年以上かかる人も、再び店に戻る人もいる。「その選択を待ちながら、その時が来たら支援する」。サルリムの推計では、これまでにつながった女性の約3割が性売買から抜け出したという。

 多くの妨害も経験してきた。「背負わされている借金は無効で不当だ」というチラシをつくって女性たちに配った時、数十人の業者が相談所に押しかけてきた。刃物を持ち込む人や、「一緒に死のう」と脅迫する人、ワイロを渡そうとする業者もいたという。

 相談所で不正が行われているという告発があり、警察の捜査を受けたこともあった。「結果として根拠のない訴えであることがわかったが、捜査を受けている間、女性たちに会いにいけない状況に追い込まれたことがつらかった」と話す。

性売買は買う側の問題 変化を体感

 ナリナティはサルリムにつながり、性売買から抜け出した当事者たちで構成される。

 メンバーのティングルさん(仮名)は「初めてキョンスクさんに会ったとき、抱きしめてくれて、温かかった。私を受け入れてくれたと感じた」。レッドさん(仮名)も「人を信用していなかった。それはサルリムの人に対しても同じだったが、長い時間をかけて信頼関係をつくるために努力をしてくれる様子を見て、信じるようになった」と話す。

 ベクチさん(仮名)は18歳であっせん業者に売られ、28歳で性売買から抜け出した。

 04年の法律で、売る側について「被害者」という概念を取り入れるようになった一方、売る側を「被害者」と「自発的に行った者」に分け、強要されたということが証明できなければ処罰を受けることがある。「今も女性が処罰される現実がある。課題は大きく、法律を改正する必要がある」と話す。

 それでも変化を体感することがある。「一般の人たちが、性売買は買う側の問題だと考えるようになった。そして性売買に対して正しい情報を求める人が増えている」という。

 同じくメンバーで「道一つ越えたら崖っぷち 性売買という搾取と暴力から生きのびた性売買経験当事者の手記」(アジュマ)の著書があるポムナルさん(仮名)も「性売買は女性に対する暴力だと認識されるようになっている」と話す。

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 国は11月12日から25日まで「女性に対する暴力をなくす運動」を実施している。

●配偶者暴力相談支援センター ☎#8008(はれれば)

●性暴力・性犯罪被害者のためのワンストップ支援センター ☎#8891(はやくワンストップ)

 年齢や性別を問わず相談できる。

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この記事を書いた人
大貫聡子
くらし報道部
専門・関心分野
ジェンダーと司法、韓国、マイノリティー