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西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

網干善教さん死去78歳

2006-07-30 | 諸先生・諸先輩・同輩・諸後輩の思い出
今朝の『朝日』一面に高松塚古墳発掘・発見・調査した考古学の網干善教さん死去が報じられている。78歳だった。喜寿は越えておられる。明日香村出身、龍谷大学大学院修了、関西大学教授を勤め、名誉教授になったおられた。記事によると「自宅は奈良市朱雀2の1の23。」とある。私のセカンドハウスのある「つなね」も朱雀2丁目で「ご近所」である。平城・相楽ニュータウンの一角で近鉄・高の原駅より歩いてすぐだ。実は、私が奈良女に勤めていた頃、網干先生の家に学生たちと調査に伺ったことがある。テーマは、宅地分譲を受けた居住者が自由に住宅を計画するとしたらどういうものになるのか、そこにどういう「思い出し・思い入れ」が働くのか、というものだった。網干邸を「飛び込み調査」に訪れた時、網干先生が対応された。私が門前で調査の趣旨を説明したが「そういうことはプライバシー」と言われて調査を断られた。門構えがしっかりし黒い壁の外観の住まいだったと思う。やはり「田舎風」が感じられた。網干先生は、平城ニュータウンの初期からの住人で「文化協会」の有力メンバーでもあったと思う。最近、高松塚古墳の管理状態を嘆いておられたようだ。時々近鉄の電車でお見受けした。今頃、あの世で高松塚の「綺麗どころ」と歓談されているかもしれない。ご冥福を祈りたい。ここで簡単に描写した網干邸をもう一度外から眺めてみたい。