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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

特攻花の咲く島で

2008-08-14 04:23:26 | 奄美の音楽



 ”特攻花”by 笠木透

 mixiの奄美大島愛好コミュに、作家・島尾敏雄が昭和33年から20年余りを”鹿児島県立図書館奄美分館”の館長として務めた際に住んだ住宅が道路整備のために取り壊される危機にある、なんて報告があった。
 まあ、私はその種の記念物にさほどの思い入れも持たないタチではあるのだが、島尾という作家も移り行く時の流れに押し流されて行くのだなあ、などと慨嘆などしてみたのも事実だ。

 島尾といえば当方が最近、入れ込んでいる奄美に縁の深い作家である。彼には有名な”死の棘”なんて作品の影に、”夢の中の日常”などというシュールな短編があり、太平洋戦争末期に特攻隊の指揮官として奄美の基地に赴いた際の体験に取材した「出発はついに訪れず」という重要な作品もまた、残している。
 というか。島尾は結構好きな作家で、そのどちらも学生時代に読んでいるはずなのに、何が書いてあったかほとんど覚えていないのだった、私は。情けないことに。

 せめて特攻隊の若者たちを思い、今度、後者だけでも読み返してみよう・・・などと思いつつ、8月15日が過ぎるとともに、そんな想いは忘却の彼方に押しやられてしまうのだった、毎年。
 怠惰の上に時は降りつつ。そう、こんな風に時はすべてを押し流して行く。

 60年代の終わり、あの中津川フォークジャンボリーを主催したことで知られ、以後も地味ながら日本のフォーク界に独自の地位を占めるシンガー・ソングライター、笠木透が奄美を舞台に”特攻花”なる歌を作っている。

 飛び立った特攻機が給油のために南の島に降りる。給油を終え、飛び立っていった特攻機はそのまま帰らなかったが、その機体にくっついていたらしい植物の種がその場に落ち、後に芽を噴き、あちこちに可憐な紅い花を咲かせた。南の島の人々は誰ともなくその花を”特攻花”と呼んだ。

 笠木のこの歌は、悲嘆を歌うではない、告発を行なうでもない。もとより、特攻などという戦術を賞賛するはずもないが。
 ただ、ほとんど軽やかといっていいリズムとメロディのうちに淡々と、特攻隊員の運命と、特攻花の伝説を歌う。それは、逝ってしまった特攻隊員たちの青春へのオマージュかと思いたくなるような爽やかさを持っていて、涼やかな後味を残す。

 しかしそいつは心の底にいつの間にか太く強い何かを残していって、そいつはいつまでも静かな、硬質な怒りを奏で続けるのだった。

 ☆特攻花(作詞・笠木透)

 ”風吹けば 風に揺れ 雨降れば 雨にぬれ
  小さ愛さ 紅い花だよ 小さ愛さ 赤い花だよ”

チルダイ式記憶箱

2008-08-13 02:09:12 | 沖縄の音楽


 ”裸足(からびさー)”by ji ma ma

 どのような経緯だったか忘れたが。嗄れ声、なんて表現は粋じゃないな、ハスキーな声の女の子に悪い子はいない、なんて話に友人と飲んでいてなった。
 うん、そうだそうだよなと頷きあったのだが、よく考えてみればお互いにハスキーな声の彼女というのはいたことはなかったのであって。まあ、それはしょうがないよと笑いあった彼はその後、長い旅に出てそのまま帰らず、年賀状のタグイのやり取りもいつか絶えた。

 気が付いたが、夏になってから沖縄音楽の話ばかり書いている。奄美の音楽を聴いているうちにその気になった沖縄音楽の聴き直しが結構はまり、それにこの夏のクソ暑さが加勢して、島歌漬けとなっている次第。ご退屈の向きもあろうが、どうか気まぐれをお許し願いたく。

 沖縄の音楽をあれこれ検索しているうちにふと出会い、気になったのが今回の”ji mam ma”なるグループ(?)の音楽である。京都で結成されたバンドであるが、現在ではメンバーである沖縄出身の女性歌手の個人ユニットとなっている、とのこと。
 だったら彼女のソロ扱いでいいじゃないかと思うのだが、この辺がどうなっているのかよく分からない。ネットの書き込みなど読んでみても、彼女個人を”ji ma ma”と呼んでしまっている人が多いようだ。

 音楽自体は今どきの女性歌手によくあるパターンといっていいだろう、いかにも「R&Bが好きです」みたいなサウンド、黒人ぽい節回しを強調する歌い方である。
 ただそれが醸し出す空気感が都会の夜ではなく南の島の真昼間であるあたり心地良く思える。特別に南の島の特性を取り入れた音楽をやっているわけではないのだが、歌声の合間を吹き抜けるのは、確かに南の島の香気と感じられる。

 真夏の陽炎燃え立つ向こうに見えた遠い海の記憶や、子供の頃に作ったピンホールカメラの中に倒立して浮んだ、不思議に変形して見える見慣れた日常の風景。そんな懐かしさを不思議に喚起させる歌声でもある。

 恋人に「せわしい日常を忘れ、ひと時、ゆっくりと時を過ごしましょう」と呼びかける。初めての子を生んだ学生時代の友人に便りを出す形で青春の日々を振り返る。失ってしまった愛と守りたい愛の話。そして、でぃごの咲く道と父親の思い出。
 と、まるでストレート過ぎる歌詞の世界はひねくれた聴き手である当方には照れくさいものであるはずが、そのハスキーな声の持ち味と南の島を巡る風の感触に、いつの間にか納得をさせられてしまうのだった。

 けだるい真夏の昼下がり。どこかにあまやかな感傷を含む微風が吹き過ぎて行く。こんな時間を、いつか過ごしたことがある。思い出して振り向けば繰り返される季節と、立ち去ったきり返って来ない人たちの記憶。
 それにしても毎日毎日、暑いですね。こんな日々も時が過ぎればまたいつものように終わり、木枯しが表通りを吹き抜ける季節がまたやって来るなんて、ちょっと信じられない気分だ。

プミポン国王の作り賜いし歌謡曲

2008-08-11 02:47:12 | アジア


 ”Songs Composed by HM the King of Thailand”
 
 タイのプミポン国王が相当なジャズ音楽好き、それも自分で演奏してしまうミュージシャン体質のファンであらせられるのをご存知の向きもあろうかと思います。
 故・景山民夫の小説中で、ジャズクラブのライブにサックス抱えて乱入する若き国王の姿が活写されていたことなど、記憶に残っていますが。

 まあ、上に挙げた写真をご覧ください。ベニー・グッドマン楽団に加わって演奏をするプミポン国王の姿であります。これをはじめて見た時はコラ写真かと思ってしまったくらいで。こんなのありかよ~。サックス奏者としてのアルバムさえリリースしている国王陛下であります。

 で、今回取り上げるのは、そんなプミポン国王が作曲されたポピュラー音楽集という次第で。タイの一流歌手たちが入れ替わり立ち代り、心を込めて歌い上げています。
 形式はルークトゥンというかの国の歌謡曲、という事になっているのですが、ジャズや時にはラテン音楽の要素が大幅に導入されて、めちゃくちゃに洒落た音楽になっています。あたかも南国タイの熱気はらむ夜空に映し出されたハリウッド・ドリーム!みたいな夢の世界が展開されている訳で。

 この、アジア歌謡+ちょっと前のジャズという図式は、なんだか昭和30年代の我が国の”都会調歌謡曲”をも連想させるものがあります。私なんぞは聴いていると初めて聴く曲ばかりなのに懐かしさで胸が一杯になってきますな。
 全盛期のフランク永井に歌わせてみたいような。あるいはちあきなおみなどに、昭和歌謡の埋もれた名曲再発掘など行なうのと同じ配慮の元に、日本語詞など付けて歌ってみて欲しいとも思えますね。

 ほんと、そんな感じの切なく暖かい旋律を持った良い曲を作るの、この王様は。

 それにしても、ねえ・・・ここまで音楽好きで、かつ、確実に人に抜きん出た才能を持っていながら、でも生まれが生まれであって、まあ、よりによって一国の国王にならねばならなかった人って、世界中探してもそう多くもないとは思うけれど、どんな気持ちで毎日を送っているのだろう?
 時に国王は、寝覚めの夢に見るのでしょうかね、”しがないバンドマン”として、食って行くために場末のクラブで演奏したり、安いドサ廻りに出かけたりするご自身の、”ありえたかもしれないもうひとつの姿”などを。

 ”朗読シアター2008 沖縄戦とその傷跡”

2008-08-09 23:59:02 | 沖縄の音楽

 「朗読シアター」とは、太平洋戦争における沖縄戦の記憶を風化させないために、沖縄放送局のアナウンサーの企画・演出によって続けられている舞台。
 戦争に関わる文学作品などを時に舞台劇仕立てで朗読する試みのようです。今年が4回目の公演で、今回は「戦争の傷跡をどうとらえるか」がテーマとか。

 先日、深夜、気まぐれにチャンネルを合わせたテレビで中継録画に偶然出くわしたもので、そのような試みが行なわれているとは、これまで知らずにいました。民謡歌手の大工哲弘が出ていたので彼への興味から見始めたのだけれど、結果、なかなか複雑な思いにさせられてしまったのでした。

 もちろん、途中から偶然見かけた公演の評なんて書けたものではないというか書いちゃいけないんけど、まあ、見ていて受けた印象や見ながら考えた事のメモ的なものならお許し願えるんではないかと。とりあえずそんな気持ちで書きますんで、そのつもりでお読みください。

 公演のプログラムは下のようなものだそうで、朗読作品の内容は沖縄の民話に取材したファンタジックな内容のものと太平洋戦争に従軍した沖縄の人々の体験記が交錯するもののようでした。先に述べたように途中で中継を見始めたので誤解している部分があるやも知れません。

01:30:00 オープニング
Play 01:32:27 朗読作品「かんからさんしん物語」著・嶋津与志
Play 01:50:45 【ライブ】大工哲弘・安富祖貴子
Play 01:55:25 朗読作品「水滴」著・目取真俊
Play 02:16:07 【ライブ】大工哲弘・安富祖貴子
Play 02:19:48 朗読作品「雨」著・牧港篤三
Play 02:22:55 【ライブ】大工哲弘・安富祖貴子
Play 02:27:45 エンディング

 公演のメインであるアナウンサー氏の作品の朗読は、申し訳ないが私にはなんだか居心地の悪いものでした。
 声高に、というか時に絶叫調になってしまうその様子は、なんだか古い左翼の人たちがお好きだった押し付けがましい権威主義や教条主義の気配が漂い、安いヒロイズムに酔っているようにも感じられ、何と申しましょうか私などは”引いてしまう”という反応を示すしかないのでありまして、これは今日の平均的市民の反応であろうかと思われます。

 ここで、そんな人々を捕まえて「これは意義ある公演なのだから、もしあなたに良心というものがあるなら耳を傾けるべきである」なんて説教したら、そりゃ、ますます無力な”孤高”に閉じこもってしまった昔の”良識ある文化人”と同じ道を歩くことになってしまう。そりゃやっぱりまずいでしょうね。ここは大いに考え直す余地があると思います。

 公演の終わり近く、大工哲弘が三線を弾きながら”沖縄を帰せ”のさまざまな改良ヴァージョンを披露していたのが、印象に残りました。

 ”沖縄を帰せ”とは、まだ沖縄がアメリカの占領下にあった頃に作られた返還運動の歌であり、大工のアルバムにも収録されていたからご存知の向きも多いでしょう。「沖縄を帰せというが、その、”帰せ”という主体は誰なのか?」なんて論争も呼び、「沖縄を帰せ、沖縄を帰せ」ってくだりを「沖縄を帰せ、沖縄に帰せ」なんて歌い直された、なんて歴史もある歌。

 大工哲弘は、もともとはワンコーラスしかないこの歌に、沖縄と平和を考えるさまざまな歌詞を何コーラスにもわたって当てはめる作業を、その後も行なっていたようです。それらをメモでもして置けばよかったと今となって反省しているのですが。

 ともかく。そんな具合に、”沖縄を帰せ”なる歌を物差しに使って”沖縄と戦争と平和”の寸法でも測ろうかというような大工哲弘の様子から私は、唐突ですがキリスト教文学に関するさまざまな試みを行なっていた作家・遠藤周作氏を思い出したのでした。
 故・遠藤氏は、「カトリックという西洋人仕様で作られた堅苦しい背広を、日本人である自分にも心地好く着られるように改良する、それが自分にとってのカトリック文学執筆の目的の1つである」なんて趣旨の発言をされていたと記憶しています。

 大工哲弘も、戦争や平和といったとてつもなく手ごわい概念を、”沖縄を帰せ”なる歌の歌詞を何度も書き換え、検証を繰り返すことによって、自らの掌のうちに馴染ませる、そんな作業をしているのではないか、なんて私は思ってしまったのでした。

 と、まあ、ほんとにまとまりませんが、今回はこんなところで。今度はちゃんと最初から最後まで見てみよう、ということで。

30年目の赤花

2008-08-08 21:17:21 | 沖縄の音楽


”赤花”by 知名定男

 知名定男の”メジャー・シーンへ向けてのデビュー・アルバム”であるところの”赤花”が、とうの昔に廉価版でCD再発なっていたのに気が付き、購入。
 78年度の作品と帯にあるから、私にとっては30年ぶりの再会ということになる。いや、きちんと作品に相対するのは発売30年目にして初めて、というのが正直なところだ。

 今日では民謡歌手としての評価も高く、またネーネーズらのプロデューサーとして沖縄の大衆音楽を世界にまでも向けて発信する沖縄島歌界の一方のドン、と言うことになるのだろうか。

 この知名という男が若き日、”沖縄発の新人シンガー・ソングライター”として中央に打って出ようとした際の貴重な記録とでも言うべき作品集である。収められた曲たちはどれも非常に魅力的で、今聴いても新鮮な感動がある。沖縄の伝統に根ざし、かつポップ。この配合具合は心地好いものだ。

 とはいえ30年前、このアルバムを初めて聴いた際の私の印象はあまり芳しいものではなかった。

 70年代当時、同じ”沖縄からの衝撃”として先行して話題になった喜納昌吉の、あの派手なキャラクター設定に比べるとこのアルバムの大きくエコーをかけられた朴訥な歌声はいかにも地味だった。
 歌詞も強烈なメッセージを打ち出しているわけでなし、一つ一つの曲のポップさも、なんだか商業主義に媚を売っているようでうさんくさく感じてしまったのである。

 結局私はこのアルバム、発表当時にFMかなにかでいくつかの曲を聴いただけで購入することはなかった。

 その後、私が”大衆音楽としてポップであること”の奥深さ、偉大さに気がつくのに十数年かかっている。その”ポップさ”が、知名が沖縄民謡の奥深い泉の底から細心の注意を払って汲み上げて来た大衆音楽のエッセンスに根ざすものと気がつくまでにそれだけかかった、とも言えよう。

 知名の歌声の後ろで響いている、いかにもな”70年代の日本のニューミュージック”風のバッキングは、今となってはなにやら気恥ずかしくて、その種の音楽をリアルタイムで体験してきた当方のような世代には青春時代のさまざまな失敗談と絡み、時に身の置き所のないような気分にも誘われるのだが、それでもこのアルバムに横溢する若き知名の輝きは貴重なものと感ずる。

 あの頃、まだ時は若く、トライすべき荒野は残されていた。そしてこのアルバムの歌声は、その荒野に踏み出した(ややトウは立っていたにせよ)青年の血の騒ぎのレポートの一巻だった。
 なんて文章で終えてしまいたくなるのも、わが老境の感傷か。

大島豊さん、公開質問です

2008-08-06 15:10:04 | 時事


 拝啓・大島豊様

 2002年暮れに行いました最初の質問以来、再々質問差し上げましたが回答がいただけないままなので、改めて公開質問させていただきます。

 ラテン音楽誌、「ラティーナ」の2002年11月号における、「アルタン」のメンバーへのインタビューを読ませていただきました。その際の大島さんの発言の一部に納得できないものを感じました。広島への原爆投下を「我々にとっての9・11なのです」などと”説明”しておられる部分です。我々日本人の被爆体験を、そこまで矮小化して語ってしまって良いものか。
 「ある意味で」なる注釈は付いていたものの、その理不尽さへのフォローにはとてもなっていないと感じました。さっそく、それに関する疑問文を、ラティーナ誌の読者投稿スペースである”オピニオン”のページに送りました。そして後日発売された12月号。同ページにそれに対する回答とおぼしきものが掲載されましたが、編集部の不手際が原因であるとの、なんとも因果関係の釈然としない内容でした。そこで、まことにぶしつけなお願いで恐縮ですが、大島さんご自身から、この件に関する説明をいただけたらと思い、ここに公開質問させていただく次第です。よろしくお願いいたします。

 皆さまへ・下が、ラティーナ誌に送付したメールの全文です。文中、”インタビュアーのかた”とあるのは、大島氏を指します。念の為。

    #       #       #

 ラティーナ11月号の、「アルタンまつり2002とマレード・ニ・ウィニー・インタビュー」においてインタビュアーのかたが、広島への原爆投下を「8月6日はある意味でわれわれにとっての9・11なのです」などと表現しておられるのには唖然としました。
 「世界のあちこちにおいて”テロ”を繰り返してきた”テロ国家”であるアメリカが、もう一つのテロ勢力によって攻撃を受けた」すべての民族、国家を公平に考えればそのようにしか要約できない、あの”9・11”の事件と、人類史上初めて行われた、同じ人類に対する核爆弾の投下という重すぎる出来事が、果たしてイコールで結べるものなのでしょうか。(「ある意味で」の一言は、それに対する補足には、まったくなっていないでしょう)
 インタビュアーの方の、あまりにも欧米に対して隷属的過ぎる価値観には、唖然とするよりありません。まるで、「崇高な欧米の皆さんの世界の出来事に比べたら、卑しい我々の世界に起こった事など、持ち出すことさえはばかられる小さな出来事なのですが」とでも言わんばかり。
 平和記念館を訪れ、広島への原爆投下について学ぶべきは、アルタンのメンバーよりもまず、あのインタビュアーのかたではないでしょうか。


亀ラップ、這い回る

2008-08-05 06:07:44 | アジア


 ”5TH”by Turtles

 これは、”韓国風・艶歌歌謡曲調ラップ・ユニット”とでも呼べばいいのだろうか。

 近頃、”貴族コント”で売り出しているお笑いコンビ、”髭男爵”の山田ルイ53世に、顔も声も芸風もそこはかとなく似ている男性ラップ歌手”タートルマン”と、彼を囲む女性コーラス2名によるチームである。

 まあ、韓国語のラップの決まり具合はすでに定評があるわけだが、この連中はとりわけエグイ路線を選んでしまったようだ。ラップに絡んで韓国歌謡特有の臭みを大幅に含んだメロディを大乗りで歌い上げる女子二人のコーラスの高らかな響きは実に臆面もない艶歌魂炸裂ものであり、いやあ、恥ずかしい。

 さすがの私も一瞬、オーディオのボリュームを絞った。近所の人々にこんなの聴いてると知られると恥ずかしい気がしたんで。すぐに思い直して再びボリュームは上げたけどね。
 社員旅行かなんかの宴席における、たちの悪い酔っ払い男女の大騒ぎと聞けないこともない、この際限もないバカ騒ぎ。

 というか、ここまで韓国民衆の心の底辺に淀む喜怒哀楽をえげつなくすくい上げることが可能なほどにこのラップなる表現、韓国民衆にとって自家薬籠中のものとなっていると理解するべきなんでしょう。
 日本のラップなんか、いまだに”本家・アメリカの黒人がやった事をいかにうまくなぞるか”に腐心している、ただそれだけだものなあ。

 ちなみに。このCD、なんか意味ありげなビニール袋に入っていたんで何かな?と思ったんだが、あけてみてなるほど、と。不必要なほどに入り組んだ折り方をしてCDを収納するデジパック仕様なのだが、どう折っても歌詞カードが収まらないのだ。だからビニールの外袋に全部まとめて入れる形にせねばならなかったのだ。

 このへんのテキトー具合も含めて、やっぱり愛さずにいられません、この艶歌ラップ集団を。

氷の上のその他の魂

2008-08-03 04:30:37 | その他の評論


 この数日来の。いや、もっとずっと前からだと言う人もおられるだろうけど、ともかくこのオノレの日録を顧みるに、何をムチャクチャな事を書いておるのだと呆れる部分もないではない。我が事ながら。そうですよ、私もヤバいかなとの自覚はそれなりにあるんだから。

 何年か前に某雑誌社で書評の仕事を一緒にした畏友、という呼び方を許していただけるでしょうかM女史の指摘によれば、私には抜きがたき露悪趣味がある。その辺の発露と言えましょうか、「こんな話は書かない方がいいだろうなあ」みたいなネタを思いつくと逆に猛然とそいつを文章化してしまうのですね、やめておけばいいのに。
 そういえばM女史からは、私を評するこのような言葉もいただいている。「あなたは一年中、”王様は裸だ”と騒いでいる子供のようだ」と。そう言われればそうかも知れん。今はただ、王様がいつも裸でいてくれることを祈るのみである。誤爆もあるからなあ。

 そんなわけで。また書かなけりゃいいような話題を思いついた。
 なんか、月刊プレイボーイ誌・日本版が廃刊となったそうですね。元記事は一番下に引用しときますんでご覧いただけたらと思うんですが。

 これは週刊のプレイボーイ誌とは別の、アメリカ直輸入の情報と”プレイメイト”のヌードとが売りの雑誌でしたね。白人女に対して性的興味がまったくない私としては、全然お世話にならなかったんで、あんまり記憶に残っていない雑誌でした。そうか、そういえばあったなあ、そんな雑誌が。
 アメリカ大衆文化(そしてアメリカ白人女)に関心のある向きには、さまざまな感傷もあるかと思いますが、私にとってはかの雑誌、妙に紙が厚くて手に取ると無駄に重かったことくらいしか記憶にない。

 それにしても私のように白人女はダメ、というのは、やはり珍しいんでしょうかね?
 ともかく私、性衝動を持つ対象として可能な人種は、まず日本人、そして韓国人、中国人くらいで、つまりは東アジア限定なんです。まあなんとも守備範囲が狭いというか人種問題に保守的なポコチンを持ってしまったものだなあと苦笑する次第なんですが。

 ここで思い出すのは、60年代アメリカの黒人革命思想家(という紹介が適当かどうか分かりませんが、この言い方が一番イメージを結びやすそうなんで)であったエルドリッジ・クリーヴァーという人物なんです。

 彼は、しがない街の不良だった少年時代に、収監された監獄の壁に貼られていた白人女のピンナップを見ながら、「黒人である自分がなぜ、同じ黒人の女のヌード写真より白人の女のヌード写真をより好ましいものと感じ、発情するのだろうか?」といった疑問を抱く。そのあたりから彼は、黒人たちが抱え込まされた抑圧に気が付き、革命家として目覚めて行く訳ですが。
 詳しいことは彼の著書、「氷の上の魂」で述べられているんで、興味をお持ちの向きはぜひ、ということで。

 いや実際、この問いかけは重いですよ。「あなたの発情範囲の地図を描きなさい」私だったら思想調査にまず、この設問を加えるでしょうね。
 で。このクリーヴァーの疑問と、私の狭い狭い守備範囲の性欲とを並べてみると。なにが浮かび上がってくるのでしょうね?いや、すみません、いまだにこれが分からないんですよ。まあ、「性的には日本一の右翼は俺だ」とか、密かに思ったりしているんですがね(!?)

 おい。キャラ作りがくどすぎるぞ、上木彩矢!あ、唐突に関係ない話をすみません。テレビを見ていたらふと、言いたくなったんで。

 ○<月刊PLAYBOY>09年1月号で休刊 部数が低迷
 (毎日新聞 - 08月01日 10:51)
 集英社は1日、月刊誌「PLAYBOY日本版」の出版を11月発売予定の09年1月号を最後に終了すると発表した。
 日本版は75年に創刊。ウサギのロゴで知られる男性向け雑誌で、創刊直後は発行部数が90万部を記録したが、インターネットや携帯電話の普及などもあり部数が低迷、最近半年間の平均発行部数は5万5000部となっていた。

ジリアムの煉獄巡り

2008-08-02 01:52:32 | アジア


 昨日に続き、さらにジリアム・チョン話です。こんな話に執着して申し訳ないんですが。

 先に、「妙な因縁でこのたびジリアム・チョンのファンになったが、彼女の属するデュオ・チームの”ツインズ”の音楽は聴くつもりはない」みたいな事を書きましたが、ブログ仲間のころんさんより教えていただきました、「そんなバカにしたものではない、結構ツインズの音楽は良いよ」と。
 なるほどそれじゃ、ネットのあちこちにあったツインズの音楽性を軽視するような書き込みも、今回の事件に起因するジリアム・バッシングの一環なのかもね。とりあえず何かの機会を捉えてツインズの音楽も聴いてみることにしましょ。

 そういえば動画ネットなど探ってみると、エディソン・チャンとジリアム・チョンの共演になる音楽のプロモーション・ビデオなどもいくつか見つかって興味を惹かれたものでした。
 我が国の芸能界でもよくあるでしょう、人気芸能人二人に架空の恋人関係を演じさせて話題作りをし、それで映画やらなんやら撮ってしまって一儲け、なんてね。おそらく、あれの一種なんでしょうね。あれをエディソンとジリアムはかって、やっていたんだ。

 まあ、どれもたわいのない青春もの恋愛ものムービーなんですが。作中で浜辺で肩を抱き合うシーンなどあると、その後二人が、とんでもない”流出画像”で世を騒がせる事となる事情などと絡んで、スリリングな想いを禁じ得なかったりするのでありました。
 いや実際、エディソンとジリアムの二人が”セフレ”となるきっかけってのも、この辺の仕事の縁からであったとしても不思議はない。映像で恋人同士を演じているうちに本気になってしまったとか。ありそうなことだなあ。

 画面の中で二人が演じていた”理想の恋愛”とかに夢を与えられていたファンとしては、それゆえ、今回の”二人が送っていた性生活の実際・大公開”はショックだったでしょうね。なにしろ流出した画像を見てみれば現実には夢も何もない、互いに性器を舐めたり咥えたりの即物的快楽世界の大展開だ。それで頭に来てバッシング大会かあ。

 そのあたりをいろいろ検証して行くと、大衆の集合無意識的欲望の沼から芸能界という魔物は何を掴み挙げてはオカネに変えていたのか、そのあたりの罪深き構造が実にリアルに姿を現すようで、いやあ、勉強になります。
 そして、こんな事件が起こり、なおかつ、このようにグロテスクに展開して行く香港という地、奇妙な非現実を生きていた英国領から北京政府に”返還”された後もやはり、世界の中のある種の”最前線”に身を置いている土地なのだなあと感嘆もしてしまうのであります。

 さて、今回冒頭に貼り付けました画像でありますが、ジリアム・チョンが中国のどこやらにテレビの公開録画番組かなんかの収録で出かけた際の災難のようです。このオヤジ、現地の偉いサンなんだそうですが、権力をカサにきての堂々の公開セクハラ。呆れますねえ、大丈夫なのか、こういう国でオリンピックとかやって。
 このオヤジのセリフを想像してみましょうか。

 「おい、お前のエロ画像、見たぜ。かわいい顔してとんでもない事をやってんだなあ。あの男にあれだけのスケベな事をしてやってるお前なんだから、俺にこのくらいの事をされたって平気だよなあ。いや、人目がなかったら俺もフルコース、願いたいところだぜ。いやあ、あれをやってもらったらさぞかし気持ち良いだろうなあ。どうなんだよ、ええ?ゲハハハハハ」

 いや、思い切り下品になってしまって、ますます申し訳ない次第であります。ジリアム、頑張れ。
 

ジリアムに恋して

2008-08-01 02:59:29 | アジア

 お暑うございます。
 今年の夏は嫌な暑さじゃないですか?なんか脳が蒸されて何もする気がしなくなってます。おかげで日記の更新も滞りがちで、ご贔屓くだすっている皆様にはまことに申し訳ない次第であります。 
 そんな具合で脳が溶け出しているせいでしょうか、今、香港の、これは「元アイドル」とつけねばならないでしょうか、女性デュオ”ツインズ”の一員だったジリアム・チョンのことばかり考えてしまう今日この頃です。これはもう、ファンというよりは”恋”の心境ですかねえ。

 まあ、これだって相当な異常心理で、むしろ現時点では、明らかになったジリアンの影の行動に幻滅してファンをやめるほうが自然だったりするのではないか?
 そのような状況下で、逆に私は「これからジリアムのファン稼業をはじめます」とか言ってるんだから我ながら気が知れない。

 こんな書き方じゃ、事情を知らない人には何も伝わらないな。初めから書こう。

 ちょっと前に香港芸能界を激震させた”エディソン・チャン写真流出事件”と言うのがあったんです。
 大富豪の息子で影のある二枚目俳優という何が文句あるんだ、みたいなポジションにいるエディソン・チェンという男が、もてるを幸い、アイドル歌手や有名女優たちとセックスしまくり、その一部始終を、まあそういう趣味なんでしょうな、いちいちビデオカメラに収めていた。

 そして、その大量のワイセツ画像(専門用語で”ハメ撮り”って言うんでしょうか)を自分のパソコンに保存していたんだけど、そのパソコンが故障したんで店に修理に出したら、そこの店員が中にあった画像に気付き、すべてネット上に流出させちゃった。そんなマヌケ話。
 これは香港芸能界、激震が走りますな。人気女優やアイドル歌手が陰でセックスやりまくっていた事実が、証拠画像つきであからさまになってしまった。しかもその画像がネット上を増殖しまくる。誰にでも手に入る、

 画像を流した店員が捕まったり、ハメ撮りエディソンが申し訳ないから芸能界を引退します、なんて宣言したりしたんだけど、もう遅いわ。エディソンのセックス大会の相手をした、本来、被害者ともいえるはずの女優陣も無事ではすまない。
 決まっていた結婚が破談になったり、ジリアムのように「清純派ぶってアイドルをやるその影では、男の××××を咥えてたのかよ」なんて怒声つきのバッシングを受けたりする始末。それまでヒイキにしていた分だけ、偶像が落ちたときに憎しみの発露がとめどなくなるのは定番ですな。

 で、ジリアムも「あの頃は私も若く、愚かでした」なんて涙の記者会見(?)を行い、ついでにそのあたりの事情を記した告白本まで出版して一儲け企むとはさすが商売人の香港人だねえ。それはそれとして。

 なんてニュースを興味本位で追い、問題の画像(いや、見てみると実際、ひどいもんです)をネット上で探し回りチェック入れたりしているうちに、これはどういう心の動きなのかなあ、なんだか段々ジリアム・チョンが、汚れたアイドル歌手が、段々といとおしくなって来ちゃったのですね。

 ニコニコとアイドルをやりながら、その一方ではカナダかなんかで育った帰国子女の二枚目俳優エディソンと何年にもわたって”セフレ”の関係だったんだねえ。でも、エディソンが婚約相手に選んだのは、どこぞの金持ちのお嬢さんで、ジリアムではなかった。
 まあ、今回の流出でそこら辺の話もことごとく破談となっているみたいだから、結果は同じとは言うものの。

 で・・・その”ワイセツ写真”が撮られた現場を、私なんぞは想像してしまうわけですよ。
 エディソンは自らの性行為をきっちりアングルを決め、カメラをセットしてことに及んでいたのでしょうなあ。
 その部屋に流れていた行き止まりの倦怠感と荒涼たる魂。そんな灰色のものに包まれて性の享楽に溺れていた彼と彼女ら。
 我らの生きる時代の貌が剥き出しでそこにあった。そんな場で、自らの抱えていた孤独にさえ気が付かずに、一心に×××を××××していたジリアムの姿。萌えるわ。という私の感想も異常だけどね。

 ちなみに。私、ツインズの歌は聴いた事がありません。これからも聞くことはないでしょう。あんまり面白そうにも思えないんだもの。でも、これからもジリアム・チョンのファンは続けます。うん。なんのこっちゃではあるが、そういうことだ。

 (冒頭に掲げたのは、まだ清純派ぶってアイドルをやっていた頃のツインズ。ジリアムは向って左。ほんとうはハメ撮り写真のほうを貼りたかったんだけど、まあ、そうも行かんでしょ)