第4回「Tachinbo joshi」に絶句 フランス人が見た歌舞伎町

大貫聡子

連載「買春は暴力」④

 今年8月。気温が40度に迫る暑さのなか、東京・歌舞伎町のホテル街には、ホテルの入り口に立つ若い女性たちを何度も通りを往復して物色するように眺める男性たちの姿があった。

 報道ではインバウンドや外国人客の存在が指摘されるが、記者の目には、女性に話しかけているのは中高年の日本人男性が多いように映った。

 フランスは2016年、買春処罰法を制定した。売る側を被害者として保護する。買う側を罰する対象とし、とくに未成年や障害があったり妊娠したりしているなど弱い状況にある人を買春した場合には厳しい罰を科す。

 そうした法体系の国から日本はどう見えるのか。路上やSNSなどで繰り広げられる性搾取の現場で女性たちに声をかけて支援を続けている希咲(きさらぎ)未来さんに案内されながら、記者はフランスの性加害予防専門家、セバスチャン・ブロショさんと歌舞伎町を歩いた。

 「あまりに幼い……」。パリ周辺地域の公的性暴力予防機関「クリアブス」に勤務するブロショさんは、スマホを触りながらホテル入り口の奥に隠れるように立つ女性たちの姿に目を見開いた。「私にも14歳のめいがいるので、彼女の姿と重ねてしまう」と話すと、目が涙でいっぱいになった。

 売春のために路上に立つ女性たちはフランスでも「Tachinbo joshi(立ちんぼ 女子)」という言葉とともに報じられている。

「出会い」や「マッチング」も性売買に

 ブロショさんが勤めるクリアブスはフランス各地にあり、性暴力の加害者に対応することの多い警察官や医師など専門職への研修、子どもに性的関心をもつ人が犯罪に走らないための相談対応など、性暴力事案の予防活動に取り組む。

 歌舞伎町でブロショさんは、街にあふれる風俗の無料案内所やホストクラブの看板の多さに目を丸くした。「出会い」「マッチング」などをうたう広告も「パパ活」などの性売買に利用されている、と希咲さんが説明すると、信じられないというように首を左右に振った。

 多くの人が行き交う通りで、客と思われる男性が女性に声をかけている姿を見て足を止めた。21年から活動をする希咲さんが、路上に立つ女性たちのなかには未成年も少なくなく、中には10代前半の少女もいることを説明すると、「なぜ子どもが守られないのか」と嘆いた。

 日本には、18歳未満への買春を取り締まる児童買春・児童ポルノ禁止法があり、児童買春での検挙は416件(24年)。希咲さんによると、実態はもっと多くの未成年が被害にあっているという。

 フランスでは買春処罰法の制定以降、人目につく場での買春行為は激減した。ただ、その場はSNSなど、摘発を警戒して見えづらいところに移っているという。ブロショさんは「それ自体は非常に大きな課題」としつつ、フランスに比べると、日本はまるで「買春がエンターテインメントのようだ」と話す。「Tachinbo joshi」の存在は海外でも報じられ、わざわざ歌舞伎町へ見に来る外国人観光客もいる。「海外からは、買春は日本独特の文化のように見られているのではないか」

妊娠が困りごとになる背景に売買春や性暴力

 さらにブロショさんは、メイド風の衣装を着た女性が、通りの左右にずらりと並んで客引きをしている様子を目の当たりにし、驚きの声を漏らした。

 多くはコンセプトカフェの従業員。呼び込みをする女性たちが料金などを説明し、男性を店に案内することを希咲さんが説明すると、ブロショさんは歩きながら、ずっと「客と思われないか、女性を変な目で見ていると思われないか、苦しかった」と語った。「日本の人たちがこうした状態をおかしいと思わないことが恐ろしい」

 希咲さんによると、路上に立つ女性たちの多くは虐待を受けるなど家庭に居場所がなく、社会的にも孤立している。性売買の現場でさらなる暴力を振るわれたという話を彼女たちから聞くが、被害を訴えることは難しい。客を勧誘したとして摘発されるのも、社会から「問題視」されるのも売る側である女性だからだ。

 一方で、買う側の男性は「(買うことで)女性を助けてあげている」と話す人も少なくないという。「日本は女性の性を搾取することが当たり前になっている。買う側、搾取する側が問題視されていないことが問題だ」

 買春は思いがけない妊娠の問題にもつながる。ブロショさんは、葛藤や困難を抱える妊産婦を支援する認定NPO法人「ピッコラーレ」(東京)も訪問した。

 代表理事の中島かおりさんによると、妊娠が困りごとになる背景には売買春や同意のない性行為などの性暴力、性被害の問題がある場合がある。お金も居場所もなく、1日の最後に男性と入ったホテルで洗濯をし、シャワーを浴び、チェックアウトの時間まで眠るのがつかの間の休息だと話す女性も少なくないという。

 そうした状況で妊娠し、子どもの父が誰なのかわからないこともある。「女性が『彼氏が』『元彼が』と話していても、実際に話を聞いてみると、性的に搾取された結果に得たお金を当てにされていることもある」と中島さんは言う。

 現場で暴力を受けたり、金銭と引き換えに暴力的な性交を強いられたりした経験を語ることは並大抵ではない痛みとエネルギーを要する。女性たちが警察に相談することはない。

 中島さんは「女性が被害申告できるように、(フランスのように)売る側を犯罪とせず、保護の対象とすることが必要」という。「問題なのは、孤立した女性の居場所が性産業にしかないような状況を黙認する社会です」

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 国は11月12日から25日まで「女性に対する暴力をなくす運動」を実施している。

●配偶者暴力相談支援センター ☎#8008(はれれば)

●性暴力・性犯罪被害者のためのワンストップ支援センター ☎#8891(はやくワンストップ)

 年齢や性別を問わず相談できる。

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この記事を書いた人
大貫聡子
くらし報道部
専門・関心分野
ジェンダーと司法、韓国、マイノリティー