1.労働者性の判断基準
労働法の適用を受けないようにするため、業務委託や請負といった法形式が使われることがあります。
しかし、こうした法形式を使いさえすれば適用を免れることができるとなると、労働法で定められているルールは死文化してしまいます。
そのため、業務委託契約や請負契約を締結して働いている人であっても、実質的に労働者といえるような働き方をしている場合、労働法の適用があるとされています。
それでは、業務委託契約や請負契約のもとで働いている人が労働者に該当するのか否かは、どのように判断されているのでしょうか?
労働者性の判断にあたって実務上重要な意味を果たしているのは、
昭和60年12月19日 厚生労働省の労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』
という文書です。行政実務でも裁判実務でも、労働者性が認められるのか否かは、ここに書かれている基準に沿って判断されていると理解されています。
しかし、近時、大学の非常勤講師などの専門的労働者・裁量的労働者を中心に、労働基準法研究会報告の判断基準から逸脱しているとも見れる裁判例が出現するようになっています。東京地判令7.2.20労働経済判例速報2590-17 国立大学法人東京海洋大学事件も、そうした裁判例の一つです。
2.国立大学法人東京海洋大学事件
本件で被告になったのは、東京海洋大学を設置する国立大学法人です。
原告になったのは、平成17年4月以降、被告大学と期間1年の「委嘱契約」を交わし、これを更新しながら非常勤講師として勤務してきた方です。令和4年度の委嘱を行わないと告げられたことを受け、「委嘱契約」は労働契約であると主張し、労働契約法に基づく無期転換権を行使したと主張し、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
労働者性の判断基準には幾つかの検討要素がありますが、主要なものの中に、
「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無」
があります。これについて、労働基準法研究会は、次のとおり説明を加えています。
「業務の内容及び遂行方法について『使用者』の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。なお、管弦楽団員、バンドマンの場合のように、業務の性質上放送局等『使用者』の具体的な指揮命令になじまない業務については、それらの者が放送事業等当該事業の遂行上不可欠なものとして事業組織に組み入れられている点をもって、『使用者』の一般的な指揮監督を受けていると判断する裁判例があり、参考にすべきであろう」
https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf
業務の性質上具体的な指揮命令になじまない業務としては、労働基準法研究会報告に掲げられているもののほか、専門職のように裁量をもって自律的に遂行することが求められる業務も含まれます。そのため、専門職等の労働者性が問題になる事案では、しばしば労働者側から「事業組織に組入れられている」ことが主張、立証の対象とされてきました。
本件の原告も、類例に漏れず、次のとおり主張しました。
(原告の主張)
「労働基準法は、専門業務型裁量労働制に従事する者についても労働者であるとしており、裁量性の高い労働者の存在が肯定されている。これら裁量性の高い職務においては、使用者の業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令が一般的かつ抽象的になるにつれて、請負・委任などにおける注文者が行う指示との区別が相対化し、その区別が不明瞭になるので、『事業組織への組み入れ』を労働者性の判断要素として位置付けることが妥当である。原告が被告大学で担当していた科目は、1年生を対象学年とする理系の基礎知識を教える科目であり、臨時的な科目や特別な科目ではなかった。すなわち、原告は被告大学の業務遂行に不可欠な労働力とされ、事業組織へ組み入れられていたから、労働者と認められるべきである。」
しかし、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、原告の労働者性を否定しています。
(裁判所の判断)
「原告は、裁量性の高い職務においては、使用者の業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令が一般的かつ抽象的になるにつれて、請負・委任などにおける注文者が行う指示との区別が相対化し、その区別が不明瞭になるので、『事業組織への組み入れ』を労働者性の判断要素として位置付けることが妥当である旨主張し、原告が担当する科目が基礎科目であり、臨時的な科目や特別な科目ではなかったから、被告大学の業務遂行に不可欠な労働力とされ、事業組織へ組み入れられていたとする。」
「しかしながら、前記・・・のとおり、原告が労契法2条1項の『労働者』に該当するか否かは、原告が被告の指揮監督下において労務を提供し、当該労務の提供への対価として賃金を得ていたといえるか否か(原告と被告との間に使用従属関係が存在するといえるか否か)という観点から判断するのが相当である。たとえ『労働者』とされる者の裁量が広い場合であっても、例えば、『使用者』の命令、依頼等により契約によって通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合には一般的な指揮監督を受けていると評価され、使用従属関係を肯定し得ると考えられ、『事業組織への組み入れ』といった独立した判断要素を用いる必要性には疑問がある。また、原告が、被告の業務遂行にとって不可欠な労働力であったとしても、このことが、必ずしも被告との間に使用従属関係が存在したことを基礎付けるとはいえないから、この点からも『事業組織への組み入れ』を独立した判断要素とする必要性は認め難い。」
3.「事業組織への組入れ」ではなく「通常予定されている業務以外の業務に従事」
「事業組織への組入れ」は労働基準法研究会報告が考慮要素として挙示しているものであり、これを労働者性を基礎付ける事情として主張することは、伝統的な考え方に従えば、何らおかしなことではありません。
しかし、本裁判例は労働基準法研究会で指摘されている「事業組織への組入れ」を独立した判断要素とする必要性は認め難いと判示しました。
「事業組織への組入れ」を労働者性の判断基準として用いることには、大阪地判令7.1.30労働経済判例速報2580-3 国立大学法人大阪大学事件も消極的な判断を示しており、裁判所が一定の方向性を打ち出しているようにも見えます。
労働者性の判断基準-業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令と「事業組織への組入れ」 - 弁護士 師子角允彬のブログ
司法判断がこのまま「事業組織への組入れ」という要素と決別する方向で動いていくのか、引き続き裁判例の動向を注視して行く必要があります。