弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

振動工具の使用時間を把握し、その使用時間や程度に応じて必要な措置を講じるべき注意義務が認められた例

1.振動工具使用時間把握義務

 使用者に労働時間管理義務があることは、良く知られています(平成29年1月20日策定『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』、労働安全衛生法は、66条の8の3、労働安全法施行規則52条7の3第1項等参照)。

 使用者が把握しなければならないのは、労働時間だけではありません。安全衛生の観点から、一定の危険な作業については、従事時間の把握を求められることがあります。振動工具の使用時間は、その一例です。

 近時公刊された判例集にも、振動時間の把握に係る注意義務が認められた裁判例が掲載されていました。神戸地姫路支判令7.1.23労働判例1334-5 兵庫県公立大学法人(振動病)事件です。

2.兵庫県公立大学法人(振動病)事件

 本件で被告になったのは、兵庫県立大学等を設置している公立大学法人です。

 原告になったのは、被告の事務嘱託職員に任命され、チェーンソー等を用いて大学キャンパスで学内の清掃等の環境整備に従事していた方です。振動病に罹患したのは、被告が振動工具の使用時間を2時間以内にすべき義務、又は、適切な作業計画を策定すべき義務に違反したからだと主張し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 振動病(振動障害)とは、「チェーンソー、グラインダー、刈払機などの振動工具の使用により発生する手指等の末梢循環障害、末梢神経障害及び運動器(骨、関節系)障害の3つの障害の総称」を言います。

 2時間という数字は、平成21年7月10日 都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知 基発0710第1号『チェーンソー取扱い指針について』が、

「日振動ばく露限界値(5.0m/s2)に対応した1日の振動ばく露時間(以下『振動ばく露限界時間』TLという。)を次式、別紙の表等により算出し、これが2時間を超える場合には、当面、1日の振動ばく露時間を2時間以下とすること。」

と定めていたり、

平成21年7月10日 都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知 基発0710第2号『チェーンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害予防対策指針について』が、

「日振動ばく露限界値(5.0m/s2)に対応した1日の振動ばく露時間(以下「振動ばく露限界時間」TLという。)を次式、別紙2の表等により算出し、これが2時間を超える場合には、当面、1日の振動ばく露時間を2時間以下とすること。」

と定めていることなどに対応します。

 この事案の裁判所は、

「チェーンソーを含む振動工具を使用する場合には、それにより振動障害が生じる可能性があるのであるから、使用者である被告においては、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負うと解されるところ、本件各指針や証拠(甲44)に照らせば、使用者においては、本件各指針が適用される振動工具については、基本的にはその使用時間を最大でも2時間以内とすべき義務を負うと解するのが相当である。また、本件各指針が適用されない振動工具を使用する場合にあっても、上記のとおり、振動工具を使用する以上振動障害が生じる可能性があるのであるから、被告において、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負うと解されるが、振動の程度は工具によって様々であるから、その使用時間を一律に2時間以内にすべき義務があるとは認められない(認めるに足りる証拠はない。)。」

としたうえ、

「被告が、本件各指針の対象となる工具の使用時間について、2時間以内とすべき義務に違反したとは認められない。よって、原告の主張は採用できない。」

と判断したものの、次のとおり述べて、振動工具の使用時間について把握し、その使用時間や程度に応じて必要な措置を講じるべき注意義務への違反を認めました。

(裁判所の判断)

振動工具を使用する以上振動障害が生じる可能性があるのであるから、被告において、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負うと解されるところ、本件各指針の内容にも鑑みれば、具体的には、被告においては、原告について、振動工具の作業時間や作業方法等の適切な作業計画を策定し、原告の振動工具の使用時間について把握し、その使用時間や程度に応じて必要な措置を講じるべき義務を負うと解するのが相当である。

「これを本件についてみると、原告は、エンジン付刈払機を1月平均10日使用し、その使用時間は1日平均1、2時間で、エンジン付バリカン機を1月平均20日使用し、その使用時間は1日平均2時間であり、原告の自前の工具を1日平均2時間使用していたほか、振動工具を1日3~6時間使用していた旨供述するところ・・・、この内容は、労災申請の際に原告が申し出た内容・・・や、業務日報の内容・・・ともおおむね整合的であり、原告の同供述は信用できる。そうすると、原告は、本件各指針の対象となるものも含め、振動工具の使用時間が相当の長時間に及んでいたことがうかがわれる。」

「そして、原告は、日々の作業内容について業務日報を作成し、その内容をMら原告の上司も確認していたところ・・・、業務日報には、その多くにおいて、原告が振動工具を使用して作業した旨記載されている・・・。また、被告においては、令和元年5月の時点で、原告について、刈払機による作業時間が長くなる傾向にあるとの課題があると感じていたのであり・・・、Mにおいても、原告と共に働く従業員から原告が振動工具を使って自分のやりたい草刈りをしているというような苦情を聞いていた・・・。これらに照らせば、被告において、原告が刈払機を含む振動工具の使用時間が長時間に及んでいることを十分に認識し得たといえる。さらに、原告は、令和元年7月1日に姫路市医師会による特殊健康診断を受け、『経過観察』との診断を受け・・・、『異常なし』との診断ではなかったのであり・・・、原告について、振動病を発症する可能性もあることが示唆されていたのであるから、被告においては原告の振動工具の使用状況を把握する必要性が高かったといえる。」

「そうすると、被告においては、原告の振動障害が生じることを避けるべく、原告に対し、振動工具の使用時間を確認したり、作業計画を策定し、その計画に従って作業を行う旨指示するなどの義務があったと認められる。

それにもかかわらず、被告は、原告の振動工具の使用時間を把握せず、その使用時間や程度に応じて、適切な作業計画を策定していないのであるから、被告においては、上記義務を怠ったと認められる。

「これに対し、被告は、振動工具の使用時間に係る制限を守るよう指導し、その範囲内で原告の裁量に任せていたと主張する。確かに、原告は、チェーンソー以外の振動工具安全衛生教育修了証や、刈払機取扱作業者安全衛生教育修了証を取得し・・・、振動工具の使用時間の制限について理解していたのであるから・・・、被告においては、振動工具の使用時間について原告に指導し・・・、実際の業務内容については原告の裁量に委ねることも考えられる。しかし、前記・・・のとおり、被告においては、原告が振動工具を使用する時間が長時間に及んでいることを十分に認識し得たのであるから、使用者として振動障害が生じることを防ぐために、原告に委ねるのみならず、一定の措置を講じるべき義務があるというべきである。

「また、被告は、原告の振動病発症について予見可能性がなかったと主張する。しかし、振動工具を使用している以上、振動病発症の具体的な可能性があることは明らかである上、原告については、令和元年7月1日の特殊健康診断は、振動病を発症する可能性が示唆されているものであることは前記・・・のとおりである。よって、被告において、原告が振動病を発症することについて予見可能性がなかったということはできない。」

「以上によれば、被告の主張はいずれも採用できない。」

3.振動工具の使用時間を把握する義務

 以上のとおり、裁判所は、振動工具の使用時間を把握し、その使用時間や程度に応じて必要な措置を講じるべき注意義務の存在・違反を認めたうえ、振動障害を防ぐためには労働者に委ねているだけではダメだと判示しました。

 危険な作業に関しては、厚生労働省が指針等を出していることが少なくありません。行政が出している指針は、そのまま民法上の注意義務に直結するとまではいえないものの、法的な注意義務の根拠として活用できます。怪我や病気をして気になった人は、調べてみても良いかも知れません。