”LAGOS STORI PLENTI (Urban Sounds From Nigeria)”
アフリカはナイジェリアの首都、ラゴスで今日、活躍する、”ストリート系”と言うのか、ラップやらヒップホップなどのミュージシャンを集めたコンピレーション盤である。
こちらとしてはナイジェリアといえば、やはりフジやアパラといったイスラム系音楽の、太いアフリカン・ビートとイスラム色濃いコブシ付き歌唱のぶつかり合う世界に血が騒ぎ、そちらが気になって仕方がないのではあるが、ともかくなかなか盤が手に入らないし、フジやアパラのシーン自体も、こちらが熱狂した当時の音から大分、様相を変えてしまった部分もあるようだ。
たとえば80年代のフジの持っていた、地の底で煮えたぎるような重くどす黒いビートは、こちらが現地の音を聴けずにいた空白期間のうちにすっかり変質し、数倍のスピード感を持って疾走するようなものに変わってしまっている。
スピード感を獲得した代わりに、それら今日のフジは重さや黒さはずいぶん希薄なものになっていて、なおかつ、本来それら音楽には入らなかったはずのシンセ等のメロディ楽器が幅を利かせるようになっていたり。なんか薄くないか?これがあのフジかなあ?
それが今日を生きるナイジェリアのイスラム系ポップスの姿なのだと言われれば、もとより他国の音楽、あれこれ文句をつける筋合いもないのではあるが。
とはいえ、やはりナイジェリア音楽の熱さに入れ込んだ、かっての想いは簡単には忘れられず、こうして本来は苦手であるヒップホップなどにもとりあえず耳を通してみる次第である。
ああでも、これも”あり”じゃないのかなあ、と思うよ。聞き始めは、何しろ大嫌いなラップなんで嫌悪感ばかりだったのだが、聴き進むに連れ、結構引き込まれる瞬間にも遭遇できるのだった。
かってここで西アフリカ風に変形されたファンク音楽の話などしたのだが、あそこで遭遇したアメリカの黒人音楽のアフリカ風変質はここでも起こっている。
ナイジェリア風に誤読されたヒップホップやラップは、グニャリとデフォルメされるうち、いつのまにか太古のアフリカにまで遡り、ラゴスの”今”の夜に、ドロリと熱い汗を分泌しているのだった。
そいつはある意味、かってフジやアパラが持っていた、熱気を孕んだアフリカ独自の黒光りのする美学の実現を果たしていると感じられる。
おそらくは誤解や勘違いに元を発するのだろうが、本家・アメリカのそれよりずっとプリミティヴな響きを獲得している打ち込みのリズムをバックに歌い交わされる、野太い声のラップのフレーズや、そいつを煽り立てるコーラス隊は、いつの間にかラップより発してラップではない、
やってる奴ら自身は結構、”アメリカ風のナウ”の猿真似以上の意識はなかったりするのかも知れないが。いや実際、そんなものだろう。この段階では。でも、こいつはもしかしたら、面白い化け方をするかも知れないぜ。
かってアフリカに先祖がえりをしたアフロ・キューバン音楽が、アフリカ的洗練を経てアフリカ独自のハイライフやリンガラ・ポップスなどに進化していったように、このあたりからとんでもないものが生まれ出てくるような、予感を感ずるラゴスの夜だったりするのだった。