”Songar Fra Havdal”by UNNI BOKSASP
ノルウェーの中堅フォーク・シンガー、Unni Boksaspによる民謡集である。2007年作。
彼女が師と仰ぐ、Magnhild Almhjellという、どう発音すれば良いのか分からん名前の女性民謡歌手が生前、持ち歌としていた曲ばかりを集めたもので、彼女へのトリビュート・アルバムと考えていいようだ。
とはいっても、このMagnhild Almhjellなる人は民謡の歌い手として高名だったわけでもないようである。はっきりしたことは分からないが、ごく平凡なノルウェー女性としての生涯を全うした、そんな人のようで。
勝手に想像すれば、自国の民謡に興味を持った少女時代のUnniが、田舎に住む遠縁の歌好きのおばあちゃんにいろいろ昔の歌を教えてもらっていた。その思い出に捧げる意味でこのアルバムは作られた、なんていきさつがあるのではないか。
収められているのは、実に素朴な民謡の数々である。北国特有の、シンと澄んだ清らかなメロディ。どこかに朴訥に口ごもるようなニュアンスが漂い、いつまでも終わらぬ冬の灰色の空を想起させる翳りが、その旋律に、より深い味わいをもたらしている。
歌のテーマはキリスト教に関する歌、子供の遊び歌、農作業の歌、漁業の歌、子守唄、ほんのつかの間で過ぎ去ってしまった若き日の輝きへの賛歌、などなど。
それをUnniは、北欧名物の共鳴弦付バイオリンやリュート、リラなどの古楽器や、私などは小学校の教室の隅で見かけた記憶のある足踏み式オルガンなどによる、非常にシンプルなアンサンブルをバックに歌う。
とはいっても、これらの曲のオリジナルはすべて無伴奏で歌われていたそうで、これでも華美過ぎる(?)演出なのである。
今回、歌の持ち味を生かすためにあくまでも素朴な歌唱に徹するUnniだが、終わり近く、彼女自身、お気に入りのメロディと称する14曲目、”Kara Tu Omna”で、もの凄く技巧的なヨーデル風ボーカリゼーションを聴かせ、ハッとさせてくれる。遠慮せず、こんなのをガンガン聴かせてくれればと思うのだが、これは下品な期待というものなのだろう。
歌詞カードに添えられたMagnhild Almhjellの思い出のスナップ写真数枚から想像する彼女の生活は、とても豊かとはいえないものだったのだろう。
それでも、森の入り口に建てられた傾きかけた古い山小屋は、短い北国の夏の日差しの中で、まるでお伽噺の舞台装置としか見えないし、その前でテーブルの上に思い出の写真や記念品を並べ、花をあしらったもの(これはノルウェーにおける生け花に相当するものなんだろうか?)の脇に立つMagnhild Almhjellは、とても幸せそうな老婆に見える。
それでいいじゃないか、と無責任な見物人たる旅人の私はとりあえず思っておくことにする。
それにしてもこの盤、最初に聴いた時はあまりに地味過ぎ、一度は売却候補の段ボールの中に投げ込んであったのだ。それが、ふと気を取り直して聴いてみたら噛めば噛むほど、というか味わいの深い代物だと分かった次第。ああ、危なかったなあ。