弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

手当廃止に係る代償措置であることが否定された例

1.就業規則の変更による労働条件の不利益変更

 労働契約法10条は、

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」

と規定しています。これは「周知」と「合理(性)」を要件として、就業規則の変更による労働条件の不利益変更を認めるものです。

 合理性が認められるのか否かの考慮要素として「変更後の就業規則の内容の相当性」があります。この「内容の相当性」の考慮要素の一つに「代償措置」があります(土田道夫『労働契約法』〔有斐閣、第2版、平28〕562頁参照)。

 この代償措置は、飽くまでも、不利益に変更される労働条件の代償措置である必要があります。労働条件の不利益変更と前後して、何となく労働条件の一部が利益に変更されているようなものは代償措置とは認められません。

 近時公刊された判例集にも、代償措置であることが否定された裁判例が掲載されていました。東京高判令7.3.27労働判例1333-5 国立研究開発法人精神・神経医療研究センター事件です。

2.国立研究開発法人精神・神経医療研究センター事件

 本件は被告・被控訴人(国立研究開発法人・神経医療研究センター)が設置運営する病院で働く看護師や保育士が原告・控訴人となって、特殊業務手当を段階的に廃止することを定めた就業規則の変更の効力を争い、廃止がなければ得られたはずの金銭を請求した事件です。

 本件の被告・被控訴人は、特殊業務手当の廃止の実施に伴い、地域手当の率の引き上げ、夜間看護等手当の増額、役職手当の引き上げといった代償措置を講じていると主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり述べて、これらの扱いが代償措置であることを否定しました。結論としても、特殊勤務手当の廃止の合理性を否定し、原告・控訴人の請求を認めています。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、本件特殊業務手当の廃止変更を実施することに伴い、①地域手当の率を14%から16%に引き上げ、②夜間看護等手当を増額し、③役職手当を引き上げるという代償措置を講じたことにより、平成30年度以降の5年間、多くの職員に対する給与の総支給額には影響がないか、わずかな影響しかないこととなったとして、これら①ないし③の代償措置を考慮すると、特殊業務手当廃止による不利益の程度がわずかである旨を主張する。しかしながら、まず、地域手当の引上げ(①)は、特殊業務手当の廃止とは関係なく、平成26年12月の時点で、人事院の給与勧告を受けて、職員に対する給与改定案の中で示され、被控訴人を含むNC6法人と本件組合を含むNC6法人の労働組合との間の同月18日付け確認書により、平成30年度までに実行することが合意されていたものであって・・・、G1が代表する被控訴人側も被控訴人内の会議や本件組合との団体交渉の場でこれを認めていた・・・ものであるから、特殊業務手当廃止の代償措置と評価することはできず、不利益の程度を考える際に考慮するのは相当ではない。夜間看護等手当の増額(②)についても、その支給対象は『深夜勤務に従事した職員』であり、特殊業務手当の受給者とは支給対象が異なっているほか、増額の目的は『人材確保等』であって・・・、特殊業務手当廃止の代償措置とは位置づけられていない。なお、夜間看護等手当については、他の病院が増額した時期に増額をしなかった結果、他と比較して低かったという事情があったことも認められる・・・。役職手当の引上げ(③)についても、その支給対象は看護師長等の役職者であり、特殊業務手当の受給者とは支給対象が異なっているほか、増額の目的は『他職種の役職手当額との均衡、部下数の増による職責の増大等の考慮』であって・・・、やはり本件特殊業務手当の廃止変更の代償措置とは位置づけられていない。そうすると、①ないし③は特殊業務手当の代償措置とは認められないから、これらを考慮すると特殊業務手当廃止による不利益の程度がわずかである旨の被控訴人の主張は採用できない。

3.本当に代償措置か?

 当たり前のことながら、代償措置でなければ、労働条件の不利益変更と相前後して利益変更されている労働条件があっても、これが不利益変更の合理性を基礎付ける要素として評価されることはありません。使用者側から代償措置だという主張が提示された場合には、それが本当に代償措置と評価できるのかというところから考える必要があります。本裁判例は、代償措置といえるかどうかを考えるにあたっての視点を提供するものとして、実務上参考になります。